正義の味方なぜか人質になる
「悪者め! リアのパパを放せ! パパー!」
リアが離れた場所で必死に叫び、こちらへと駆けてこようとしている。だが彼女は周りの大人達に羽交い締めにされて動けない。それを見ながらジェイは何故こんなことになったのかと思わず乾いた笑いを漏らした。
よりにもよって正義の味方の自分が強盗の人質などに。
つい先ほどまでは何事もなく今日一日を終えられると思っていたのだ。
リアの幼稚園の友達とその母親とともにジェイ達親子はエチゴヤデパートを訪れ、子供服を買った。互いの娘の服を買い終わり、そこで別れたのまでは良かった。
帰り道ジェイは壊れたカフリンクスを修理に出す為、それを買ったジュエリーブランドの店舗に寄った。そこで強盗に遭遇し、何故か今人質にされている。押し入った強盗の近くにいたのが自分だったのが運の尽きなのかも知れない。
この店はジュエリーブランドの店舗だけあってさほど広くもない。その狭い店内はいつもの静けさとは打って変わり騒然となっていた。
その中でついうっかり人質にされたジェイは密かにため息をつく。そしてそっと自分を拘束している——つもりであろう犯人の様子を伺った。中年の随分柄の悪い男だ。体格は比較的良いほうだろう。しかし、己より背も高く若い男であるジェイをいくら一番手近にいたとはいえ人質に選ぶあたり、あまり頭は良くなさそうだ。
そもそもジェイがこの男に片腕を掴まれてしまったのは、彼があまりにも普通の人間で警戒するにも値しない相手であったからである。悪の組織アカエスの『魔人』や、たとえ奴らの組織の者でなかったとしても魔力の高い者が接近してきたならばジェイも警戒した。だがただの無力な一般人が相手なら警戒する必要もない。指一本でも何とでも出来る。
今犯人は見るからに旧型の魔法銃をジェイに突きつけている。だがそんなものではジェイをどうこうすることは出来ない。
本来ならば悪の組織以外の犯罪者の対応はジェイの職務範囲ではない。ジャボン国警察との絡みもあり、なるべく手を出すべきでない話なのだ。だが流石に警察が駆けつけ対応してくれるまで待つのも馬鹿らしい。何せ人質は自分自身なのだ。
一刻も早くコイツを締めて、この場を立ち去ろうと心に決めた。だが問題はリアが見ていることだ。武器を持つ凶悪犯を素手で倒したりしたら『何でパパはそんなに強いの?』などと質問攻めにあうだろう。だからこの男を倒すならば常人には見えないスピードで一撃で仕留める必要があった。
ジェイは自分の背後に立ち、金を持ってこいとわめき散らす犯人の胸元へ肘打ちを放った。次の瞬間、犯人は魔法銃を落とし、己の胸を抑えて床に倒れた。
ジェイの攻撃が見えなかったリアやその場にいた者達は、突然倒れた犯人に驚いている。この隙にさっさとこの場を立ち去ろうとジェイはリアへ駆け寄った。目をまん丸にして父親と床に倒れこんだ犯人を交互に見ていた彼女ははっと我に返る。そして自分を羽交い締めしている大人達の腕から逃れようと激しくもがいた。
ジェイの目の前でリアを羽交い締めしていた大人達が軽く二メートルは吹っ飛んだ。五歳児の力と思えないそれにはジェイも流石に少し驚いた。だがこれが所謂『火事場の馬鹿力』というやつだろうと己を納得させ、駆け寄って来た娘を抱きとめた。
「パパ、大丈夫?」
「大丈夫だ」
ほっとした表情を浮かべたリアだったが、今度は何故犯人が倒れたのか気になったらしい。困惑した表情が浮かんでいる。
ジェイは娘が口を開くよりも先に口を開き、きっぱりと言い放った。
「発作だ」
「ほ、ホッサ?」
リアだけでなく、その場にいた者達が首を傾げる。だがジェイは真剣な表情で頷き、続けた。
「そう。やつは何か持病があったようだ。その発作が突然起こり倒れ……パパは無事に逃げられたんだ!」
「ホッサ……」
「そう、発作。さあリア、ここは危ないから早く避難しよう!」
周りの者達が目の前で起こった事態を飲み込めていない今がチャンスだ。警察が駆けつけてくる前に姿を消そうとジェイはリアを抱え上げる。警察が来たらあれこれと聞かれ面倒なことになってしまう。今のうちにこの場を立ち去り、ついでに組織に連絡して事情を説明せねばならない。警察の捜査の手が自分へと届かないようにする必要がある。
そういう訳でリアを抱えたジェイはそそくさとその場から立ち去ったのだった。
***
「なあ……レッド」
「何だ、ブルー」
「さすがに発作は無理がないか?」
ここはネオトーキョー西部にあたる山岳地帯オクダーマ。
ジャボン国立公園や鍾乳洞、キャンプ場などで有名な土地だ。ネオトーキョー中心部からの距離もさほど遠くなく、キャンプやハイキング客が訪れる自然豊かな土地であった。ジェイ自身もリアを連れてキャンプのため、訪れたことがある。
正義の味方エッセエンメは敵襲の報告を受け、出動してきた。敵のいるポイントに向かう間、ジェイは昨日の出来事をブルーに話した。その反応がこれである。
「無理があろうがなかろうが、他に言いようがない」
「実はパパは武術の達人でした、ってことにしとけばいいだろ?」
「バカ。そういう僅かなヒントから真実に辿り着いたりするもんだぞ」
「そういうもんか……」
ブルーだけでなく他のメンバーも首を傾げている。そんな彼らにジェイは断言した。
「そういうもんだ」
そもそもあれは所詮一般人だと油断した自分に問題があった、とジェイは思っている。たとえ指一本でどうにか出来る力無き相手であっても、殺気を撒き散らしている者には今後気をつけねばならない。
更に言うならば刺されても撃たれても簡単には死なないという自信もいけない。『普通の人間』がどんなものか忘れてはならなかったのだ。それを装う義務が自分にはあるのだから。
そんなことを考えながらジェイは注意深く周囲を見渡しながら進む。山道はあまり見通しがよくない。敵の気配は感じないが注意するに越したことはないのだ。
山道を五人の先頭に立ち歩いていたジェイはふと立ち止まった。嫌な気配を感じたのだ。じっと山道を外れた木々の間を見つめる。間違いなくこの嫌な気配、強い魔力の持ち主はその先にいる。
「この先は川、か」
ブルーの言葉にジェイは頷き、ためらわず木々の間、道無き道を進む。敵が動く気配は今のところ感じない。五人の足は自然と早まった。
ハイカーからの緊急通報を受け、エッセエンメはここに来た。ジェイは通報から自分たちがここに至るまでの時間を考える。彼らの生存は絶望的かもしれないと思ったその時。ジェイたちは開けた場所に出た。川は目の前だ。そして何よりも探していた相手がそこにいる。
「……いたぞ」
目の前には黒紫色の巨大な化け物。その醜悪な姿はイソギンチャクに似ていた。触手は長くまるで蛇のようだ。
ジェイはここがこの化け物と戦える位の広さはあることに安心した。化け物の先に見える向こう岸、その先の木々がなぎ倒されている。きっとこの化け物はどこからか移動してきたのだろう。
戦闘態勢をとりながら周囲に鋭い視線を走らせる。やはり通報してきたと思われるハイカーどころか、人一人いない。
張り詰めた空気の中、化け物の漆黒の触手が動いた。だが、驚くべき速さで動いた一本の触手が襲いかかったのは対峙しているエッセエンメの五人ではなかった。
男のものと思われる絶叫が響き渡る。長い触手に巻き取られているのは木立の影にいたらしい人間だ。この化け物に襲われて通報してきたハイカーたちの生き残りか、はたまた別の人間かはわからない。
間合いを詰めたジェイが己の魔力で創り出した剣で化け物の巨体に斬りつけるよりも早く、触手は捕らえた獲物を口の中へ放り込んだ。口が閉じ、哀れな男は化け物に飲み込まれる。
それにほんの僅かに遅れ、ジェイの刀身が化け物の本体部分を斬り裂いた。化け物が激しく触手を蠢かせ、反撃する気配を見せたので一旦後退し、距離をとった。
だが激しく蠢く触手はこちらへと向かってこない。敵を鋭く睨み、いつでも攻撃出来るよう身構える五人の前で、それは起こった。
先ほどぱっくりと人を飲み込んだ口が大きく開き、そこから新しく別の化け物が出てきたのだ。
「おい! レッド、あれは……!」
「この間、ユラクチョのマルイ遺跡を崩壊させた鳥の化け物の小さい版だな」
ジェイはそう言って少し笑った。
倒して基地へジェイ達が持ち帰った化け物を調べたイグレク博士の言葉を思い出す。それを聞いたジェイは流石に悪の組織はやることが違うとある意味感心したのだ。
「何でも悪の組織アカエスの『新作』たちの原料は『旧人類』らしい」