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正義の味方と子ども会キャンプ

「楽しみだねー、パパ」


 リアは上機嫌でバスの窓から外を眺めている。

 今日は楽しみにしていたオクダーマでのキャンプ当日。アザブジュバン第一区子供会は貸切バスでネオトーキョー西部にあるオクダーマに向かっている最中だ。

 上機嫌のリアとは反対にジェイは気が気でない。いつ緊急出動があるか分からないのだ。

 キャンプ場に着いてからならばまだなんとかなる。だが車に乗ってる最中だとどうしようもない。まず降ろしてもらわなければならないし、何よりここは高速道路だ。

 ジェイはリアに気づかれぬよう密かにため息をついた。


 ※※※


 オクダーマはネオトーキョー中心部に比べるとずっと涼しい風が吹いている。幸いなことに天気にも恵まれた。

 キャンプ場は川のすぐ近くであり、多くのロッジやバンガロー、バーベキューハウスを有している。

 アザブジュバン第一区子ども会は人数が多いこともあり、今年はテントを利用せずロッジを利用しようという話になっていた。なかなか夏休みの真っ只中ということもあり予約を取るのが大変だったが、このキャンプ場にしたのは正解だとジェイは思う。

 何しろ子どもたちが大好きな水遊びをできる川がすぐ近くだ。水回りの設備も清潔だし、言うことがない。そして何と言っても温泉施設も歩いて数分のところにあるのだ。これは嬉しい。

 今日の予定は盛りだくさんだった。昼食は野外炊飯で子供達とともにカレーライスを作り、その後に川で水遊びをした。今は待ちに待った夕食のバーベキューの時間だ。この夕食後は花火をして、温泉に入りに行くのである。


「リア、ショーニュードーって初めて」

「明日が楽しみだな」


 美味しそうに肉を頬張りながら、リアは明日の鍾乳洞の見学について語る。色々と下調べしてきたらしい。

 各々が肉を食べ、大人達はビールまで飲んでいい気分なところ、それは現れた。


「これはこれは、美味しそうなバーベキューですねぇ。魔人アザゼル」

「これはぜひ我々も御相伴にあずからねばねぇ。魔人サマエル」


 今まで何もなかった空に黒い渦巻きが現れ、その中から二人の男が出てきた。

 ジェイは凍りつく。悪の組織アカエスの幹部である魔人だ。魔法科学の技術でつくりだされた魔物などより遥かにタチの悪い存在。それが二体も同時に現れたのだ。

 魔人はジェイ達正義の味方エッセエンメと対極にある存在だ。だが強化人間という点においては同じである。

 全く侮れない。

 ここのところ魔人が表舞台にでることは少なくなっていた。だがジェイは妻レイチェルが現れたあの日からこういう日が来てもおかしくはないと思っていた。

 とはいえ、いまは子ども会のキャンプ、それもバーベキュー中だ。そんな場所に現れるとは、とジェイは唇を噛みしめる。

 アザゼルとサマエルの姿に呆気にとられていた子ども会の面々、他のキャンプ客達が我にかえりざわめきだす。

 それはそうだ。何もないところから突然男二人が現れ、今もなお宙に浮いているのだから。薄々彼らの正体に気付いているものは青ざめている。


「やれやれ、自己紹介せねばなりませんね。私は悪の組織アカエスの幹部で魔人アザゼル」

「同じくサマエル」


 悪の組織アカエスという言葉にその場の皆が凍りつき、次の瞬間蜘蛛の子を散らすかのようにどんどん人がその場から逃げ去っていく。魔人アザゼルとサマエルに一番近い場所にいたのは、何の皮肉であろうかアザブジュバン第一区子ども会の面々であった。

 子ども会会長、副会長が青ざめて叫ぶ。


「み、みなさん。ロッジの中へ避難を!」

「落ち着いて!」


 親達は我が子の手を慌てて掴み、宿泊するロッジへ向かって駆け出した。

 ジェイはリアを連れて避難するか、リアを誰かに任せ変身し目の前の魔人達を一刻も早く倒すか一瞬悩んだ。

 一瞬強く目を瞑ると己の未練を捨て去り、子ども会会長を見た。


「会長、娘を頼みます!」

「リアちゃんパパ、どうしたんだ?」

「パパ?」


 子ども会会長は驚いたように、リアは不安げにジェイを見つめる。ジェイはリアの手を一瞬ぎゅっと握った。大丈夫だと伝えるために。

 そして行った。


「俺……トイレに行ってきます!」

「と、トイレ?」


 子ども会会長がトイレならばロッジの中にあるじゃないか、と言いだす前にジェイはリアを彼に押し付けた。そして駆け出す。

 全速力で駆け出したジェイの背中にリアが呼びかけた。


「パパ、トイレはそっちじゃないよ!」


 事実バーベキューハウスから一番近いトイレは左手側の小道だが、ジェイは右手側の小道へと続く方向へ駆けていた。この先にエスエム協会のボックスがあるのだ。

 ジェイは掛けながら最後のリアに叫び返す。


「この先に第六トイレがあるんだ!」

「んーと。あ、ほんとだ……」


 方向音痴な父親はあてにならないと思い込んでいるらしいリアはキャンプ場のマップを持ち歩いていた。どうやらそれを取り出し見て確認しているらしい。

 駆けながらちらりと背後を見れば、子ども会会長がリアをつれてロッジへと向かっている。魔人達がこの隙に攻撃を開始しないかと危ぶんだが、杞憂であった。

 御相伴に預かるの言葉通り彼らはバーベキューをつまみ食いしている。それもバーベキューハウスの中、ジェイ達が今まで焼いていた肉をだ。

 今回のキャンプのために払った費用を考えると、苛立ちがこみ上げてくる。かなり良い肉を買っていたはずだ。何せアザブジュバン第一区は富裕層が多い。その分今回のキャンプ費用は高かったのだが。

 苛立ちに任せ、走るスピードをあげる。ぐんぐんとエスエム協会のボックスが近づいて来た。飛び込み、魔法スーツに変身し、再び飛び出す。その一瞬のちに他のエッセエンメのメンバー青黒緑黄の四色が飛び出してきた。


「レッド、大丈夫か!」

「大丈夫じゃないし!」


 休みは邪魔されて、肉は勝手に食べられた。散々である。

 五人は頷きあうとバーベキューハウスへと駆け出す。バーベキューハウスに近づくと信じがたい声が聞こえ、ジェイは凍りついた。

 ブルーが驚いたようにジェイに呼びかける。


「あの声、リアちゃんだろ?」

「リア達のバーベキュー返せ、悪者めー!」

「り、リアちゃん。危ないから!」


 逃げようと諭す子ども会会長に羽交い締めされているのはリアである。既に逃げたと思った娘がなぜここにいるのだろうか。


「そのお肉、リアが食べるんだったんだから!」


 ジェイはがくりと項垂れた。どうやら肉目当てらしい。

 それにしても命知らず過ぎる。いくら五歳児とはいえ、いや五歳児だからこその行動であろう。これはもう、一刻も早く悪の組織の手の者を排することを選んだ自分に非があった。まず娘を避難させてからにすべきだったのだ。

 そんな娘を必死に止めている、子ども会会長に感謝すると同時に申し訳なさで一杯になる。所詮はよその子と見捨てないのが彼の素晴らしさだ。確かジャボン国立大の助教授であったはずだ。総帥ドゥブルヴェに頼み、次回の教授選では彼が教授になれるよう影から取り計らってもらうことにしようと思う。

 自分の判断ミスへの反省と、娘の恩人への恩返し方法を一瞬頭に思い浮かべ、ジェイはリアの叫びなど無視して悠然と肉を食べている魔人二人へと呼びかけた。


「そこの魔人二人!」

「なんです?」

「人の食事中に?」

「食事中だと? 人様のバーベキュー横取りした連中の言うことか? ちゃんとバーベキュー代払えよ!」

「んにゃ? なんかパパの声に似てる……」


 ぼそりと呟かれたリアの声にジェイはぎょっとなった。

 魔法スーツに変声機能をつけておくべきだったか。これはまずい、と冷や汗が流れる。

 ジェイの焦りを悟ったのだろう、ブルーが変わって魔人達に話しかける。


「お前らなぁ、せっかくの夏休みの家族団らん邪魔すんなよ!」

「そんなこと知りませんねぇ」

「あー、この骨付き肉の美味しいことと言ったら……ぎゃっ!」


 美味しそうに見せつけるように骨付きカルビを食べていた魔人アザゼルが突然吹っ飛んだ。突然のことに魔人サマエルは箸を取り落とす。

 ジェイたちも唖然とする他ない。


「リアの骨付きカルビ!」


 ああ、とジェイは思い出す。魔人アザゼルが食べていたあれは『これはリアのだからね』と言い娘本人が鉄板に乗せていた肉だ。そしてそんなアザゼルを吹っ飛ばしたのは他ならぬ己の娘らしい。

 火事場の馬鹿力というやつだろう。魔人アザゼルはリアの助走つき飛び蹴りを食らって吹っ飛んだのだ。

 しかしリアはそれでもまだ腹に据えかねたらしい。倒れ伏したアザゼルの上に跨りポカポカと両手の拳で彼を殴っていた。

 ポカポカというのが可愛すぎるくらい実際は凄い音がしていたが、そんなことはまあどうでも良いことだ。


「アザゼル!」


 魔人サマエルがアザゼルに駆け寄ろうとした瞬間、電子音が響き渡る。これは携帯の着メロだろう。

 一体誰の、と思えば魔人サマエルが足を止め懐に手を入れた。やはり取り出したのは携帯電話だ。


「あー、こちらサマエル。ん? ああ、もうそんな時間か。やばい、遅れるな」


 ちらりと彼は腕時計に目を落とし、焦ったような表情になる。


「了解。すぐに合流する。——おい、アザゼル! ナリータエクスプレスの時間に遅れるぞ!」

「な! もうそんな時間か?」


 魔人アザゼルは突っ伏したまま驚きの声を上げた。

 二人の様子がおかしい事に気付き、ブルーが一歩踏み出した。


「お前達、何を相談しあってる?」

「ふん。我々はな、忙しいんだ。夏のバカンスは可愛い女子たちとパワイ旅行!」

「それも五泊だ。あー、楽しいだろうなー。完全非番! 呼び出される事なくリゾートを満喫!」

「な……なんだと?」


 衝撃的な発言に正義の味方五人は目眩すら覚える。

 なんだろう、この違いは。自分たちは休みも何も関係なく呼び出され、心休まる瞬間などないというのに。

 悪の組織のホワイトっぷりが眩しい。一体自分たちはどれだけブラックな環境に身を置いているのだろうか。


「アザゼル、私は先に行く! 遅れずに来いよ。ネオトーキョー駅発のナリータエクスプレスの時間が迫ってるんだからな!」

「ま、まて!」


 ジェイが駆け寄るより前に魔人サマエルは携帯型転送機を使い、その場から姿を消した。残るはリアにタコ殴りにされている魔人アザゼルだ。

 ジェイはブルーに目配せする。ブルーは一つ頷くとリアと魔人アザゼルに駆け寄った。


「危ないから下がりなさい」


 ブルーはリアの両脇をがしっと掴み、魔人アザゼルから引き離した。そしてそのまま子ども会会長にリアを渡す。


「さ、避難してください」

「……アッシュおじさんに声が似てる……」

「なっ……!」

「あー、あー、危ないんでねー。早く避難して下さいねー」


 イエローが子ども会会長の背をロッジ方向へ向かって押した。

 二人が去っていく背中を見送り、ジェイは気を引き締め直す。魔人サマエルには逃げられたが、アザゼルはのこっているのだ。


「さーて、私もネオトーキョー駅に……なっ、何をする!」

「そう簡単に自分たちばかりバカンスを楽しめると思うなよ?」


 先ほどの魔人サマエル同様に携帯型転送機を使おうとした魔人アザゼルであったが、いつの間にやら背後にまわっていたジェイに羽交い締めされ、転送機を取り落とした。


「は、はなせ! ナリータ空港では出国手続きやら何やらあるんだ! 間に合わなくなるだろう!」

「ふん。飛行機に乗り遅れて、一人寂しくジャボンであつーいあついバカンスを過ごすがいい!」

「は、はなせぇぇ。く、くすぐるな! う、うははははは!」

「お前たち見てないで手伝え! くすぐりの刑だ!」


 ジェイを除く四人は魔法スーツのマスクで互いの表情は分からぬものの、全員呆れ返った顔をして、顔を見合わせた。


「ほら! 早くしろ! いいのか? こいつらをパワイ旅行に行かせても!」

「あー、はいはい」

「手伝いまーす」

「な、私はたまたま今日当番だっただけだ。それでここに襲撃に……ご、ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい——」


 ※※※


「これでよしっと」


 魔人アザゼルは魔人拘束のための魔法縄でぐるぐる巻きにされ転がされていた。イグレク博士が研究用に魔人が一体欲しいと言っていたから丁度良い。

 魔人アザゼルにとっては死んだほうがましだろうが、これも運命である。

 さあ本部に魔人アザゼルを転送して自分も戻るか、とジェイが思ったその時。


「パパー!」


 遠くからリアの叫びが聞こえ、一瞬どきりとする。正体がばれたかと思ったのだ。

 だが、違った。

 リアがこちらに向かって駆けてくる。その後ろから子ども会会長も駆けてきていた。本当に迷惑の掛け通しだと、心苦しくなる。

 キャンプから戻ったらエスエム協会近くの話題の菓子屋アーマーヅカのケーキでも買ってお詫びに伺おうと心に決めた。

 見る見るうちにリアが近くまでやってきた。正体がばれたら困るジェイとブルーは一歩下がる。イエローが代わりに進み出た。


「どうしたの?」

「あ、あのね。リアのね、パパがいなくなっちゃったの!」


 イエローが一瞬ジェイを振り返り、いつもの手だと分かったのだろうリアの前に屈み込んだ。


「パパはトイレにでも行ったんじゃないのかな?」


 イエローの言葉にリアが激しく首を横に振った。


「だって、だって! 第六トイレに行くっていってたから見に行ったけど、いなかったもん!」


 ジェイは思わず額に手をあてた。

 まさかいつの間にやら娘は自分を探しに行っていたらしい。


「リアのパパはね、すっごーい痔で、すっごーい方向音痴なんだから!」

「そ、そうなんだ……うぷぷ」


 イエローが必死に笑いをこらえている。

 子ども会会長すら、驚いたような声をあげた。


「あのクールな男前のリアちゃんパパがねぇ。人は見かけによらないものだねぇ……」


 違う、断じて違うと言いたいが言えない。

 いつまでたっても探しに行く気配を見せない大人に焦れたのだろう。リアが地団駄を踏みながら叫ぶ。


「パパを探してぇ! リアのパパ! きっとパパは間違って茂みに入った上に山道に迷い込んだんだ!」

「ぷ、ぷぷ。わ、わかりました。リアちゃんのパパは我々正義の味方エッセエンメが探し出してお連れしましょう。まだ危険があるかもしれませんので、お二人はロッジへお帰りください」


 その後一人変身をといたジェイはイエローに付き添われ、ロッジへと戻った。

 リアには心配したと散々泣かれた挙句、子ども会の面々には『リアちゃんパパは極度の方向音痴で重度の痔』という誤解を受けた。散々である。

 もちろん翌日の鍾乳洞やハイキングの引率はさせてもらえなかったのは言うまでもない。


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