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正義の味方と切ない思い出

 とうとう幼稚園が夏休みへ突入した。

 最近不穏な空気がジェイとリアの親子の周りに流れている。そんな状態の時にやってきてしまった夏休み。リア以外に家族というものがないジェイには頼れる相手もほとんどいない。託児所、シッターさん、お稽古事の教室の予定を夏休みの終わりの日まで確認し、一人で留守番させることなどないよう計画表を作った。もちろん一人にはなるなとリア本人にも重々言い聞かせている。

 リアの護衛を襲撃した犯人も未だに誰かわかっていないのだ。またあのレイチェルが現れる可能性もあれば、別の魔人が現れる可能性もある。念には念を、だ。


「ねー、パパ。リアもやる」

「ん、ああ」


 ぐいぐいと下から洋服を引っ張られ、ジェイは作業の手を止めた。

 今日は週末、ジェイも仕事は休みだ。朝のうちはどこかへ出かけようか、と話していたジェイ親子であったが、あまりの暑さに外出はやめになった。

 と言うのも、つい先ほどまで二人はベランダで育てていた野菜を収穫する作業をしていた。だがそのわずかな時間の作業ですら、気が遠くなるような暑さだったのだ。

 朝方どこか行こうと言った手前、ジェイは出かけるかと尋ねたが、リアはぶんぶんと首を横に振った。その結果、親子は涼しい室内で過ごすことになり、リアは幼児教室の宿題プリントを始めた。その間にジェイは常備菜を作ることにしたのだ。

 二品作り終え、先ほど収穫したキュウリを手に取ったところでリアが声をかけてきた。宿題が終わったのだろう。

 リアはジェイが左右の手に持っているキュウリとめん棒を指差し、やらせてくれと瞳を輝かせている。ジェイは少し考え、危険は少ないからやらせるか、と決めた。

 踏み台を持ってきて、そこにリアを立たせる。めん棒を渡し、やり方を説明した。


「リア、このめん棒でキュウリを叩いてくれ。こうやってから後で食べやすい大きさにちぎるんだ」


 実際に目の前でやって見せる。リアはうんうんと頷きながら、父親の見せるお手本を見ていた。


「自分の手を叩かないように気をつけるんだぞ」

「うん。キュウリをボコボコにするんだね」


 ちなみに作ろうと思ったのはキュウリのピリ辛漬けだ。おつまみにもぴったりだが、リアも大好きな一品である。

 ジェイはリアにキュウリを叩いてもらっている間、タレを作ることにした。トーバンジャンやニンニクを取り出していると、リアから話しかけられる。


「ね、パパ。リアのお友達のパパはみんなお料理出来ないんだって。リアのパパはお料理出来るって言ったらみんなびっくりしてたんだよ」

「まあ、たいていのお家はママがお料理するからなぁ」

「ふーん。リアのお家は性悪……じゃなくてママがいないからパパがお料理するの?」

「んー。ママがいてもパパがお料理する家もあるだろうな」


 少ないだろうけどと思いつつ言った。料理は女がやるものという思い込みを植え付けてはならないと考えたのだ。

 実際に料理にのめり込むと、とことん凝るのは女より男の方だったりする。


「そっかあ。でもパパ、どうやってお料理覚えたの?」


 リアの問いかけにジェイはうっと言葉につまった。これはなかなか答えづらい質問である。

 適当に誤魔化そうかと思ったその時、リアがぱっとジェイの方を向き鋭い視線で睨み言った。


「わかった! ムカシノオンナに教えてもらったんだ!」

「な……! どこでそんな言葉を!」

「ステラちゃんのママとユーリ君のママが話してたんだもん! きっと年上の女にでも仕込まれたんだわ、って!」

「子どものいるところで何ちゅうことを……」


 数ヶ月前、リアの誕生日パーティーをこの家でした。その時にリアのお友達とそのママ達を招いて手料理を振舞ったのだが、あの二人にどこで料理を覚えたのか根掘り葉掘り聞かれる羽目になったのだ。

 ジェイは恐る恐る隣に立つリアの顔を見た。白状しろと言わんばかりの顔をしている。

 今ですらこの調子なのだ。数年後が少し怖い。怒られるだけならばまだ良い。パパ嫌い、不潔、なんて言われたらどうすれば良いのだろう。


「えーっと、それはだな」

「それは?」

「そう。リアがまだ産まれる前の話だ!」

「ふーん。どれくらい前?」

「結婚する前に付き合ってた人だよ!」


 自分は娘相手に何を話しているのだろう、と頭が痛くなる。


「ケッコンする前……」

「そうそう!」

「じゃあパパはその女の人とお別れして、アクジョ……じゃなくてママとケッコンしたの?」

「そうそう」


 このまま話を流してしまおうと思ったが、何故かその話題はリアの興味をひいたらしい。


「ねーねー、パパ。どうしてその女の人と別れたの?」

「へ?」

「だってね、ステラちゃんが言ってたんだよ。ステラちゃんのママがね、オトコとオンナはそう簡単には別れられないものだって言ってたって」

「パパは振られちゃったの」


 僅かな痛みとともに過去を思い出してジェイが言ったその時。がたんと大きな音がして、リアの手にしていためん棒が落ちた。


「ど、どうした?」


 リアは目をまん丸にしてジェイを食い入るように見つめている。娘のただならぬ様子に面食らった。


「パ、パパは……」

「ど、どうした?」


 再度尋ねるとリアは何でもないと首を振る。どう見ても何でもなくはないだろうが、リアはそれ以上何も言わずにめん棒を手に取った。そして再びボコボコとキュウリを叩き始める。

 ジェイは首を傾げつつも、厄介な話題から逃れられたことに少し安堵し、タレ作りに戻る。

 そんなジェイの隣で、リアはキュウリを叩きながら何かブツブツ言っていた。小声な上にキュウリを叩く音にかき消され、よく聞こえない。


「パパはその女の人に振られてショウシンのところをあのアクジョにつけこまれたんだ……。リアがあの性悪からパパを守ってあげなきゃ……」

「リア、どうした? さっきからブツブツと」

「何でもないよ、パパ! パパのことはお墓に入るまでリアがしっかり守ってあげるからね!」

「そ、そうか。頼もしいな。ありがとう」


 ジェイの言葉にリアは満足気にうんうんと頷いている。

 よく分からないが娘が満足ならそれで良い。ジェイも思わず笑顔になる。

 それにしても、と作業をしながら考える。まさか娘との会話で彼女のことを思い出すことになろうとは。ここ数年思い出さないように努めていた女性のことを思い出して、何とも言えない気分になった。

 まだ自分が十代後半の外の世界に出たての頃に知り合った、同じ組織の女だった。同じ組織の人間という安心感もあったが、それ以上にとても優しく知性的な女だった。あれこれ言わずとも分かってくれたし、安心感を与えてくれる存在でもあったのだ。

 ジェイには母親や姉という存在はいないが、きっとそういったものに近い安心感だったのだろう。ちなみにこれはアッシュに言われたことなのだが。恋人であると同時に家族的なものを彼女に求めていたのかもしれない。

 十歳近く年上の彼女とは何年か付き合ったが、ある日突然別れを告げられた。いや、何かの予兆は二人の間にあったのだろう。だが年上の彼女に甘えているだけに近かった自分がそれに気づけなかっただけだ。

 きっと彼女も自分の話を聞いて欲しいとか、甘えたいとか思っていたに違いない。将来に不安もあったに違いない。そんな中知り合った、ジェイには埋められない部分を埋めてくれる男のもとへ去ってしまっても、それを責めることも止めることも出来るはずがなかった。

 もちろん別れを切り出されたときはショックでいっぱいでそんな事は考えられなかったが、冷静になればそう考える他なかった。

 当時アッシュは『引きとめれば良かったのに。もしかしたら完全に分かれたいとは思ってなかったかもよ。女って生き物は相手の愛情確かめるために別れを切り出して、こっちの反応みることもあるからさ』と言っていた。今の自分ならば引き止めようとしただろう。だが当時まだ二十歳そこそこだった自分にはそれが出来なかった。

 もし、あの時自分が彼女を引き止めていたら全ては変わっていたのだろうか。きっとそうだろう。だがその時そうしていれば、自分とリアの出会いもなかった。リアが存在しない人生、それを望むかと言われれば答えは否だ。

 悔やんでも過去は戻らない。それは彼女の葬儀のときに痛感したことだ。そして今手にしている幸せを手放す気もない。

 だから自分がすべきことは、繋いだ小さな手を何があっても必ず守ることに他ならない。

 そんなことを考えていると、隣から聞こえていたキュウリを叩く音が止んだのに気づいた。


「リア、終わった……」


 終わったかと尋ねかけた言葉が止まる。

 ジェイの視界に飛び込んできたのは、まな板の上で木っ端微塵になったキュウリ、めん棒を持ったまま得意げな顔をしているリアの姿であった。


「パパ、終わったよ!」

「え、ああ……」


 リアの顔には『褒めて、褒めて』と書いてある。


「ありがとう、リア。助かったよ。えっーと、ちょっと水気をきってから、タレにつけるか……」


 これはもう、目を離した自分が悪い。



 ***



 常備菜を作り終え、ジェイとリアは昼食をとることにした。

 せっかくの週末だ。ジェイはホットプレートを引っ張り出し、お好み焼きを焼くことにした。リアは目の前で焼かれるお好み焼きに大はしゃぎだ。

 ニコニコマートで特売の卵と豚バラ肉を買っていたから、豚玉である。

 じっとお好み焼きが焼けるのを眺めていたリアが何かを思い出したかのように顔を上げる。


「ね、パパ。キャンプでもバーベキューするんだよね? こういうテッパンみたいなのでお外でお肉焼くんだよね?」

「ん? ああ」


 そろそろひっくり返す時か、とヘラを手にしたジェイはリアの言葉に頷いた。

 来週末、ジェイ達親子は子ども会の行事でキャンプに行く予定だ。参加するかどうか悩んだが、前々からリアが楽しみにしていたこともあり結局参加することにした。


「ハンゴーっていうのでご飯炊くんだよね。楽しみだなぁ」

「そうだな」


 ジェイは何事もなければ良いが、と思った。だが自分がそう願う時に限って何か起きる。

 緊急出動で何処かに行かねばならないくらいならまだ良い。キャンプ場の近くにはエスエム協会の例のボックス——転送装置がある。だがもしも、と考えかけて止めた。

 考えると必ず悪いことは起こる。

 自分が育てたプチトマトを美味しそうに頬張るリアを見ながら、念のため対策だけは考えておこうと心に決めた。

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