エピローグ
宣言通り、エピローグです。
勢いで書いたので少し荒いかも。
でもこれで『ふわふわましろ』は完全に完結です。付け足すものはなにもありません。
今までいくつか童話を書いてきましたが、その中でも今作はかなり自分で納得いけるお話になりました。
ありがとうございました。
季節は巡ります。
絵本のページをめくるように、さらさらと流れていきます。
蝉時雨の夏。紅葉舞う秋。雪風吹く冬。
そして、何度も春が来ては、去っていきます。
ミロがこの町に住むようになってから、ずいぶんな時間が経ちました。
ミロは誰かに飼われたり、そしてまた一人になったりを繰り返しました。
でも決してこの町を離れることはありませんでした。そこはミロの居場所になっていたからです。
そして何度目かの春のことでした。
ミロはあの路地にやってきていました。もうその体はおばあさんになっていましたから、町を駆け抜けるなんてことはできません。でも、目を閉じれば、春の終わりのあの日を思い出すことができます。どんよりとしたあの曇り空に穴を開けた光の帯。その空に自由に舞っていくたんぽぽの綿毛。二人で眺めた町の穏やかな景色。
その一つ一つを、鮮明に思い出せるのです。
目を開くと、そこにはあの狭苦しい路地裏が、やっぱりそこにはありました。
でも何も変わっていない訳ではありません。路地裏を作っているビルの一つは、とっても立派な高い高いガラス張りになっていましたし、その近くの地面は舗装されてコンクリートになっていました。そこはちょうどあのときにたんぽぽのお花が咲いている場所でした。でももうそこにはたんぽぽどころか、草の一本すら生えていません。雑草が生えている地面はミロの体三つ分ほどの広さしかなくなっていました。
「仕方ないわねよねえ」
ミロはあまり言うことをきかなくなってきた体を、少し狭くなった雑草の絨毯に横たえました。
そして、空を見上げてみます。風が優しく路地の裏を過ぎていきます。冬を乗り越えたミロからすれば、本当に頭を撫でられているような気分になる風でした。思わず眠くなってしまいます。うとり、うとり。そんなつもりはなくても、ミロの瞳が少しずつまた閉じていってしまいます。
そのとき、ミロのお鼻に何かがくっつきました。
はっくしょん!
ふわふわとしていて、くすぐったくて、思わずくしゃみ。
目を白黒させてミロが起きあがると、そのお鼻にはなんだかとっても懐かしいものがついていました。
それは白くて、ふわふわしたものでした。ミロの白い体の毛にも似ていますが、そうではありません。
それは、たんぽぽの綿毛でした。
「あらあら」
まるで子どもをあやすような、とびっきりの優しい笑顔を浮かべてしまいます。
ミロは手を器用に使って、その綿毛を地面の上に寝かせてあげようとしました。でも綿毛を地面に置こうとしたその時、ミロはその手を止めました。
「ここじゃない方がいいわよね、綿毛さん」
そのまま息を吹くと、綿毛はまたさらさらと風に乗って、空を舞って行きます。その風の中には他のたくさんの綿毛たちが混ざっていました。たんぽぽの綿毛はまた寂しい思いをせずに、兄弟たちと旅を続けるのです。
その姿をミロはまぶしいものを見るように見送りました。
「あー! おばあちゃん、またこんなところにいた!」
と、そこに静かな路地裏に、元気な子猫の鳴き声が響きました。ミロは綿毛を見送ったときと同じくらいの笑顔をまたその顔に浮かべました。その子猫はミロ以上に艶やかな白い毛をしていて、昔の彼女の生き写しのようでした。その子猫は、ミロの孫でした。子猫はミロの姿を見ると、まだ走り慣れていない短い足で一生懸命、「おばあちゃん」のところに向かっていきます。
「あ!」
でも途中で雑草に足をとられて、すってんころりん。
ミロは今にも泣き出しそうな子猫の元に近寄って、優しくその背中を舐めてあげました。
「足下にはお気をつけて、猫のお嬢さん」
立ち上がるのを手伝ってあげながら、ミロはそう言います。
ミロはあの日から年を経るごとに、自分の大切なものをいくつも見つけていました。
あの日、ミロは自分の大好きだと思える友達と、場所を見つけました。
それから少し経ち、自分の大好きだと思える男の子を見つけました。そして自分の大好きだと思える子供を産みました。その子供は、ミロにとって大切で、大好きな孫を産みました。
ミロは幸せでした。
だからもう旅立つのは、あと一回だけで十分だと、彼女は思っています。
次の場所にはきっと、あのたんぽぽのお花が待ってくれているはずです。
またね、と言ったあの日の言葉の通り、もうそう遠くないうちにミロは旅立つことを予感していました。
でも、それまでほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、ミロは大好きなものたちと、大好きな時間を過ごしたい、と思っています。
そうやって綿毛と同じ感触の、自分の孫の毛を愛おしげに触れてみるのでした。
ふわり、ふわり。柔らかい、しなやかな命の手触りがしました。
こうして、春の一日が、また過ぎていくのです。