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ふわふわましろ  作者: 駒田 窮
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後編

ふわふわましろ完結編です。今書き終えたばかりなので、もし誤字脱字がありましたら脳内補完をお願いします。エピローグ的なものを追加するかもしれませんが、とりあえず完結ということで。

ミロはそれからまた新しい旅に出る支度を始めました。群がる雄猫たちも今は少しだけ別れ難く思えます。それくらい長く、ここにいたのです。今まで一つの場所にこんなに長くいたのは初めてです。全部、お花のおかげでした。ミロにとって、やっぱりあのお花は特別な存在になっていたのでした。

 でも最近のミロはお花に会いに行っていません。今までご飯をくれたおばさんのところに挨拶にいったり、商店街の人たちにお礼を言いに言ったりしに毎日大忙しだからです。

 お花とは旅の約束をしてから一ヶ月くらい経ちますが、あれから一度も会っていません。お互いに準備をしよう、とお花から言われているからです。もう冬の寒さのかけらもない、穏やかなお日様に誘われてついつい、あの裏路地に誘われそうになりますが、そこは我慢です。きっと我慢して我慢して会いに行ったら、とってもうれしいだろうな、とミロは期待して仕方ありません。

 そして、もう少し時間は進みます。

 お空がしとしと泣く季節がやってきました。毎年この時期はミロも少し疲れ気味。旅にはあまり適さないのです。お花も太陽を浴びることができずさぞ大変だろう、と思ったミロは久しぶりにお花のところに会いに行くことにしました。いつこの街を出るのか、お話をしなければいけませんし、ちょうどいいと思ったのです。

 空はどんより曇り気味。でもミロの心は弾んで今にも飛んでいってしまいそうでした。

 入り組んだ迷路のような路地を曲がって、いつもの場所へ。自然とステップを踏む足を構いもせず、随分前から貯まっている水たまりをはね飛ばし、ミロは進んでいきます。

 そして、約束の場所に。

「久しぶりね、お花さん!」

 ミロが元気に声をかけますが、声はありません。

「お花さん?」

 ミロは不思議に思って探し回ると、小さく声が聞こえました。

「しっぽにはお気をつけて、猫のお嬢さん」

 それはあまりにも弱々しく、悲しげな声でした。ミロはこんな声を聞いたことがありません。まるでしわがれたお婆さんの声のようで、あんなに凛々しく立派だった黄色のお花の声とは思えませんでした。

 でもそれは、間違いなくお花の声でした。ミロは足下を探し回って、やっとその姿を見つけました。

「久しぶりだね、ミロ」

 ミロにはお花の表情がわかりません。ですがその時だけは、なぜだか少し微笑んでいるように見えました。それがなんだか悲しくて、ミロは何も言い返せません。

 お花はもう前の若々しい姿は失い、しぼんでしまっていました。蕾のように閉じた花弁からは白い綿毛のようなものがのぞいており、それはミロには白髪のように見えました。

「お花さん、大丈夫なの? とても具合が悪そうだわ」

 ミロがその言葉をやっと絞り出すと、お花ーーーいえ、前までお花だった蕾は、申し訳なさそうに答えます。

「ミロ、私は今まで嘘をついていたんだ。いや、嘘ではないかもしれない。でも私は言うべきことを口にせず、君を騙していたんだ。まずそれを謝りたい。悪かった」

「何を・・・・・・言っているの?」

 ミロは後ずさりしてしまいます。聞きたくない事実が、ミロを待ちかまえているのを、彼女は感じました。

 曇り空がごろり、と鳴りました。

「ここには、実は私だけしかいなかったわけじゃない。今まで何人かの兄弟たちで一緒に生きていたんだ。でも私だけ遅れてしまった。兄弟たちは先立って行ってしまった。私は一人でここに残されてしまった。寂しかった。私一人だけが綿毛になるのが遅れたせいで、結局この寂しい場所に取り残されてしまった」

「綿毛って何の話なの。わたしにはわからないし、そんな話聞きたくないわ」

「いいや、君は聞かなくちゃならない。なあミロ、君が猫であるように、私はたんぽぽだ。生きている間はずっと地面に縛り付けられて、最期の時だけ綿毛になって空を旅できる。騙した言葉の中に本当の言葉があるとすれば、それだけだ。私はじきに死に、空を旅しなければいけない。ミロ、君とは一緒に行けないんだ」

 ぽつり。

 お空が鳴き始め、ミロの自慢の毛並みを濡らしていきます。

「でもミロ、これだけはわかってほしい。君が偶然ここに来たこと。私はそれにとっても元気づけられたんだ。このまま死ぬまでここで一人、じっと待っているなんてあまりにも寂しい。でも君がここに毎日来てくれて、旅の話をしてくれて、知らない世界の話をしてくれて・・・・・・本当に嬉しかった」

「ならずっと一緒にいればいいじゃない。なんで嘘なんて・・・・・旅支度をしろなんて思わせぶりなことを言って、わたしを遠ざけたの?」

 ミロの声は雨音に負けないように、だんだんと強くなっていきます。悲しさと混乱で、ミロの気持ちはぐちゃぐちゃになっていました。

「弱っていく私を君に見せたくなかった。君の旅の話を聞いているうちに思ったんだ。君には旅だけをしてほしい、私のことは忘れてほしい、と。私の思い出は君には辛いだけだ。それならば嘘つきの戯言に騙された、と思ってもらったほうがいい。すべてを忘れて次の旅に行ってほしかった」

「そんなの勝手じゃない!」

 雨が地面を激しくたたきます。ミロの声は大きくなっていきますが、お花は逆にしぼんでいくように声を小さくしていきます。

「この場所に縛り付けられる辛さは、私が一番よくわかっている。だから君の邪魔をしたくないんだ。わかってくれ」

 空がぴかっと光ります。

 曇り空を、かみなりさまがまっぷたつに割りました。

 その陰が、二人の間に亀裂を入れます。

「わからない・・・・・・わからないよ」

「ミロ、私は君を嫌っているんじゃないんだ。最初は死ぬのが怖かった。知らない土地に一人で縛り付けられて、死んでもまた一人空を旅して、また知らない場所に行く。その繰り返しが私には何よりも怖かった。ここで一人で縛り付けられるのも嫌なら、一人で旅するのも嫌な臆病者。それが私だったんだ。

 でも、君の話を聞いて私は救われたんだよ。自分のこれからに希望を持てた。旅立ちたいと心から思えるようになったんだよ。もう怖さなんてない。素直にそう思えるんだ」

 ミロは後ずさりをやめません。

 たんぽぽのお花はミロの手を掴みたいと思いましたが、お花である限り無理なお話です。

「やめて。そんな話聞きたくないわ」

 しかしどんなに言葉を尽くしても、混乱したミロには届きません。

「本当は梅雨がくる前に花を散らすべきだった。湿気が多いと空を飛ぶことができずにここで朽ちていくだけだし、君にまた会ってしまうと未練が残る。でもそれでもいいかもしれないね。きちんと言うべきことが言えた。

 さようなら、ミロ。お別れを言えてよかった」

「やめてって言ってるでしょう! お別れの話なんて聞きたくない!」

 ミロはとうとう我慢できずに走り出します。

 行きはステップで通った水たまりは、今度は駆け足で蹴りとばしていきます。ミロがはね飛ばした泥がお花の葉っぱを少し汚しました。

 お花はその後ろ姿を見つめるばかりです。ぐっと足下に力を込めても土に埋まったまま動けません。

「さようなら」

 力を振り絞って口にした言葉は、雨の中に消えていってしまいました。


※※※


 梅雨はまだ続きます。

 湿気の多い毎日。たんぽぽの花には遅すぎる季節です。

 ミロは毎日、屋根のある神社や誰も住んでいない民家の中で過ごしました。その間ずっとお花の言葉を繰り返し考えていました。そのたびに悲しくなったり、怒りたくなりましたが、最後には決まってため息が出ました。

 そして決まって思い出されるのは、お花のあの言葉でした。


『本当は梅雨がくる前に花を散らすべきだった。湿気が多いと空を飛ぶことができずにここで朽ちていくだけだしーーー』

 

 このまま雨の季節が続いたら。

 それを思うと、何とも言えない気持ちになってしまいます。

 確かに雨が続けばお花はこの町を離れることはないでしょう。でもそれはお花にとって本当にいいことなのでしょうか。君のおかげで救われた、と言ったあのときの声音はミロにはとても嘘には思えませんでした。お花は旅立ちたがっているのです。やっと変われた、と喜んでいたのです。

 それを祝うことができないのは、果たして本当の友達と言えるのでしょうか。

 ミロにはわかりませんでした。

「行こう。やっぱりもう一度会わなきゃ。このままじゃだめだわ」

 もう一度。

 ミロはそう思って、またあの場所に向かうのでした。


※※※


 お花は昔と見る影もないまでに変わり果てていました。

 白い綿毛一本一本がが丸いボールのように一つに連なって、鞠のような模様を作っています。まるでそれはもうお花というより、白髪だらけの老人の頭のような見栄えでした。

 ミロはその様子に言葉を失いました。

 お花は、ゆっくりと、確かめるように言葉を吐き出します。それはもう掠れていて今にも潰れてしまいそうでした。

「ミロ、まだ、この町に、いたんだね」

 途切れ途切れの言葉の端々に、弱りきったお花の行く末が垣間見得たような気がしました。

「だって・・・・・・あんなお別れじゃあんまりじゃない・・・・・・」

 ミロはお花に近づいて、自分の小振りな鼻先で撫でるようにつつきました。その瞬間、お花の綿毛が地面にぽとり、といくつか落ちました。

 お花は弱々しくミロに告げます。

「湿気で、すっかり、重くなって、しまったよ・・・・・・。このままじゃ、もう私の分身たちは、花を咲かせることも、ないだろう。ここで、終わりみたいだ」

 ミロはその時、初めての感覚を知りました。

 胸のあたりがきしりと軋んで、誰かにつねられたような気分でした。

 その気持ちの名前を、ミロは知りませんでした。

「わたしに救われた、と言ってくれたわよね?」

 やっとそう絞り出すと、お花は頷くこともできずにその身をゆらゆらと風にたゆたわせるばかりです。

「わたしも、あなたと居て楽しかった。本当の友達ができたって思った。だから、わたしもきっとあなたに救われたの。初めて自分の居場所だって思えた。そんなこと今まで思わなかったのに、もうどこにも行く必要はないんだわ、って・・・・・・。そんな気持ちがわたしの中にあるなんて知らなかった」

 ミロは自分の中から素直に出てきた言葉に戸惑いつつ、それが自分の本当の気持ちであることはなぜだかはっきりとわかりました。

「おかしいね。ずっと旅が好きだったわたしが居場所を見つけて、ずっと一つの場所にいたあなたが旅をしたいって思うなんて」

 ミロはくしゃくしゃになった顔を無理矢理笑わせて、お花に向き合いました。

「たんぽぽの花は、綿毛を飛ばして、どうなるの?」

 ミロが聞きます。お花は、ゆっくりその質問に答えますが、ミロはけっして急かすことなく耳を傾けました。

「・・・・・・綿毛が飛ぶと、また違う土地に、私の分身が根付く。そこで育った私たちが、また花を咲かせる。そしてまた綿毛になる。その、繰り返し、だよ」

「じゃあ、世界全部がわたしの居場所なのね? あなたがいる場所全部が」

 ミロがすがるように聞くと、お花は答えます。

「そう、だね。きっと、そうだよ」

 その答えを聞いた瞬間、ミロは決意しました。

 自分にはしなければいけないことがある、とミロは確かにそう思いました。

 友達として、お花の最期の望みを叶えなければいけません。

「約束、果たしましょう。今」

「え?」

 ミロは強い口調でそう言うと、お花の根っこを掘り始めました。お花は少し戸惑いましたが、ミロの意図に気づくと口をつぐんでその様子を見守りました。

 そして少したつと、お花は根っこから完全に解放されていました。それは確かに自由ではありましたが、同時にもう後戻りできないことーーもう死んでしまうことを意味していました。

「本当に本当に、少しの間の旅だけれど。いいよね?」

「ああ。君の町を、見てみたい」

 お花は弱々しくも、しっかりと答えました。

 ミロはお花をお口にくわえると、少しずつ走り出していました。湿気で飛びにくくなっていた綿毛が、そのおかげで風に乗って散っていきます。


 こうして、二人の最初で最後の旅行が始まりました。


 二人は路地を駆け抜けていきます。

「ここが、あなたとわたしが出会った場所!」

 ミロが走りながら叫びます。

 お花は風にその身を散らせながらも、嬉しそうに答えます。

「うん」

 二人は空き家になった民家を横目に、風を追いかけていきます。

「ここが、あなたと喧嘩している間にわたしがずっといたおうち!」

 ミロの声が、少し震えました。

「うん」

 綿毛が、まるで神様が遣わしてくれたようなふわふわしたそれが、風に乗って消えて行きます。

 二人は商店街の中に差し掛かりました。

「ここが、わたしがいつもご飯をもらってた場所!」

 ミロの中に、お花と出会ってからの様々な思い出が駆け抜けていきます。ずっと煩わしかったもの、煙たかったもの。それらがまるで宝石のようにきらきら輝き始めた時のことを、鮮明に思い出してしまいます。

「うん」

 たんぽぽの声が、また弱くなっていきます。

 二人は町の中に流れている小さな川にたどり着きました。川の向こう側からこちらには橋が架かっており、少し傾斜がかかっています。橋の欄干にのぼれば、背の低い建物しかないこの町の様子はだいたいわかってしまうのです。ミロは身軽にひょい、とその欄干の一番高いところに上りました。

「これが、私がこの町で初めて見た景色」

 お昼時の町は、本当にのどかなものでした。どんより雲が差し掛かっていることを抜きにすれば、最高の眺めでした。

 お花の返事は、ありません。

 ミロが口にくわえていたお花を見てみると、もうさきっぽには綿毛が一本ついているだけでした。

 綿毛が旅立ちたがっているように、少し出てきた風にゆらゆらと吹かれています。

「・・・・・・」

 ミロは自分の手をつかって、その最後の一本を優しく解放してあげました。

 少し湿気ていた綿毛は、走っている最中に乾いてしまったようで、すぐに風に乗って空を舞っていきます。ミロは口を真一文字に結んでその様子を眺めています。

 ふわり、ふわり。

 まっしろな綿毛が、嬉しそうに旅立って行きます。

「またね」

 さようなら、と言ってしまわぬよう、ミロは無理矢理そうやって言葉を捻り出しました。

 ふと視線をずらすと、雲の合間から薄明光線が出ていました。厚い雲を切り裂いて、光の筋が地上に降り注いでいます。

 

 でもそんなことなど、綿毛はお構いなし。もう自由になった綿毛はただただ空を優雅に舞っているだけです。

 

 ふわり、ふわり。

 

 行くあてのない気軽な旅を楽しむように、綿毛はどこまでも飛んでいきます。



(了)

さて、たんぽぽの花言葉をご存知でしょうか。一応調べてみました。「別離」「真心の愛」だそうです。偶然ですが、今回のお話にはピッタリな花言葉です。

さて、今回は童話でしたが、次回はライトノベルを書いてみようと思います。よろしければ感想お願いします。

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