前編
初めて投稿します。一応私は童話、ライトノベル、SF全般を執筆するつもりです。今回は純粋な童話。本当は一話完結にしようと思いましたが、ちょっと予定が合わず断念。また近いうちに続きを書きます。
✳︎script少女のべるちゃんというiphone専用アプリでノベルゲーム化しています。よろしければ覗いてみてください。
春の陽気に誘われて旅に出るととても気持ちのよいものです。柔らかくなった風を感じて野良の白猫であるミロもうれしそう。
お日様も笑ってくれているような、そんな気さえする、とある春の午後のことでした。ミロは自慢のひげを風になびかせながら、橋の欄干をひょいひょいと伝っていきます。この目的地もなにもない、気軽な旅がミロは大好きでした。
しかし、何も気兼ねがないわけではありません。彼女の一人旅を邪魔する雄猫たちがいました。ミロはまだ若く美しいので雄猫たちは彼女にメロメロです。
「ミロちゃんミロちゃん、一緒に遊びませんか」
「僕とはどう?」
「僕も僕も」
ミロはそんな猫たちに構わず、ぷいとそっぽを向いていつも一人で過ごせる場所を探しています。雄猫たちも必死にミロを見つけようとするので、彼女が落ち着けることはあまりありません。
「全く困ったものだわ」
今日もミロはため息をつきながら、静かな場所を探して散歩に出ていました。ぽかぽか陽気で、絶好のお昼寝日より。ミロは早くお昼寝したくて、あくびをつきつつ少し早足で町の中を歩いていきます。
途中で人間のおばさんからおやつをもらったりしながら、ミロはどんどん歩いていきます。商店街の中、木でできたちょっと古いお家のお庭を抜けて、また通りに抜けます。入り組んだ民家の並びをひょいひょい、と身軽に抜けていくと、ちょっといい感じの裏路地へ。
ミロの体二つと半分くらいのとっても細い路地です。雑草が建物の壁と土の間からびっしりと生い茂って、ふかふかの絨毯のようでした。
「ここにしましょ」
ミロの今日のお昼寝場所はここに決定です。路地の先には、建物のと建物の間の小さな隙間に日の当たる場所があります。ミロはうれしくなってそこに走りよって、すぐに丸くなりました。
「あら?」
しかしいざ体を横たえてみると、しっぽに何かが当たったようでした。いたた、と誰かが言いました。
また雄猫たちか、と思ってミロは身構えます。こんないい場所ですから、誰かが先に見つけていてもおかしくありません。
「猫のお嬢さん、しっぽにはお気をつけて」
男の子でもない、女の子でもない、不思議な声がしました。どこ? と声を張り上げながらミロはあたりを探し回りますが、どこにも誰の姿もありません。
「お嬢さん、下だよ下」
声は、本当にミロの視線の下から聞こえてきました。
そこには、一輪の小さなお花が、かわいらしく、でも力いっぱいに花弁を広げていました。黄色くて、こぶりなお花です。
「喋ってるのは、あなた?」
「そうとも」
お花は落ち着いて答えます。
「わたし、猫以外と話すのは初めてだわ」
丸い目をさらに丸くして、ミロはそう言いました。
「私は誰かと話すのは初めてだ。ここには誰も来ないから」
お花はくすくす笑いながら答えます。でもその声はどこか少し寂しそうです。
「でも今はわたしがいるわ」
なんと言おうかちょっと迷ったあと、ミロはそう言いました。どう言葉を尽くせばお花が喜ぶのかミロにはいまいちわかりませんでしたので、ただ本当のことを言うしかありませんでした。
「そうだね。君がいる」
でもお花は少し元気を取り戻したように、今度ははっきりと言いました。
「ここにいてもいい?」
おそるおそる聞くと、お花は頷きました。
「いいとも」
ミロはにっこり笑うと、今度はしっぽを当てないように、横になります。
「わたしは、ミロっていうの。あなたは?」
「私には名前なんてないよ。つけてくれる人がいなかったから」
また少しお花がしょぼくれたようだったので、ミロは慌てて次の言葉を考えます。
「でもあなた、とっても可愛いわね」
「ありがとう。君も白い毛並みがとってもきれいだね」
お花がお礼に返してきてくれた言葉が、ミロにはとってもうれしく思えました。雄猫たちが何度もくれた言葉でしたが、お花が言ってくれるとまるで違う宝物のように思えたのです。
ミロとお花はそれっきり黙って一緒に日向ぼっこをしました。車が時々通りを通ったり、人間の子供たちの笑い声が遠くで聞こえるだけで、あとは静かなものです。
風がさわさわと、二人の間を凪いでいきます。
こうしてお花とミロは出会ったのでした。
※※※
目的地のなかったミロの散歩に、初めて目指す場所ができました。それはもちろんあの裏路地です。日向ぼっこできる場所なんてたくさんありますが、静かで、そして気の合う友達がいる場所を見つけたのはこれが初めてでした。
何しろ、気の強くてすぐに旅に出てしまうミロには、今までろくな友達がいなかったのです。だから、お花と話す時間はミロにとってとても大切な時間になりました。
今日も、ミロは路地裏で日向ぼっこの最中でした。お花も同じように、その体いっぱいに太陽を浴びて気持ちよさそうです。そのお顔はお日様を見上げてまぶしげでした。ミロも同じように仰向けになって空を見上げると、ゆっくりと雲が空をたゆたっているのが見えました。ミロはこの落ち着いた時間が大好きでした。
「君はいつもここに来るね」
お花が言いました。
「そう。散歩も好きだけれど、あなたとお話するのも好きだから」
ミロは手で顔をこすりつつ言いました。少し恥ずかくて、あんまりお花に顔を見せたくなかったのです。
「あなたはずっとここにいるのね」
今度はミロがそう言葉を投げかけると、お花はやっぱり寂しそうに言うのです。
「私は、君と違ってここを動けないんだ」
ミロがお花の足下に視線を動かすと、そこには立派なギザギザな葉っぱがあり、お花の茎は土の中にしっかりと埋まっていました。
「じゃあ、わたしがどこかに連れていってあげましょうか?」
少し期待を込めてミロが提案します。
でもやっぱりお花は悲しそうにこう言いました。
「いいや、そうすると私は死んでしまうんだ」
「そうなの?」
「うん。私は死ぬまでここを動けないんだ」
「ふーん・・・・・・」
ミロはうなだれてしまいます。
この不思議なお花と一緒に旅が出来たらどんなに幸せだろう。ミロはいつもそればかりを考えていました。
「でも、それでも君が友達であることには変わりないから」
お花はミロを元気づけるように、そう付け足します。
「わたしもよ」
お互いに微笑みあって、二人はまた日向ぼっこを再会します。さっきまでうなだれていたのが嘘のように、ミロの中は幸せでいっぱいでした。
お花が言ってくれる言葉は、その一つ一つが嘘のようにミロを元気づけてくれます。
「でも君なら、こんなに退屈な場所じゃなくてもたくさんいい場所を知っているだろうに。友達や君のことを好きな男の子もたくさんいるのだろう? なぜこんなところに?」
ふと、そうお花が聞きました。
「だって男の子は旅には邪魔なだけだもの。お友達だって、そりゃあ今まで何人かはいたけれど、でも途中で別れてしまったわ。みんな人間に飼われたりして。だけど、わたしは自由でいたいの。旅が好きだから」
「そうか。だったら私はたぶん、一番君の旅の邪魔になってるんじゃないかな」
とっさに言い返そうとしましたが、ミロの中には言葉が見つかりません。
それは、確かにお花が言う通りだったからです。
旅が何よりも大切なミロにとって、動けないお花は邪魔にしかなりません。いつかは別れなければなりません。
でもミロにはお花と別れるなんて考えることさえできませんでした。旅をやめることも、同じです。
どっちかをとるなんてことは、ミロにはできません。
言葉を失っているミロを見かねたのか、お花は優しく彼女に語りかけました。お花はミロの悲しい顔をみるのが辛くて、つい言ってしまいます。
「実はね、私にはここを離れる方法が一つだけあるんだ」
「本当?」
必死にどうしようと考えていたミロの顔に、花が咲いたような笑顔ができました。
「うん。もうすぐ、動けるようになるんだ」
「じゃあ、その時は一緒に旅をしましょうよ!」
「うん」
ミロはしっぽをブンブンと振って、立ち上がります。ついうれしくて、その場を飛び跳ねてしまいます。
でも、その様子を見てお花は何とも言えない顔をしていました。それは初めて出会ったころと違って、ほんの少し小さくしぼんで見えました。