陣の場合 4
「ヤッホー、来ちゃった」
「うへっ?!」
大学からの帰り道、何故かどうしてなのか、ユマさんがオレに手を振っていた。
今日もセクシーぼよよんな洋服に身を包み、見目麗しい……って、そんな場合じゃないだろ。
「なんで?!」
「えへ。陣くんの好きな子見てみたいから」
えへって、そんな年じゃないでしょう……といいかけたけど、ミイラにされそうなのでグッと飲み込んだ。命大事。
「それで、例の子は?」
キョロキョロと回りを見渡すユマさん。
「今日は一緒じゃないっす」
先に出てきて本当によかった、と心底思う。
この人に捕まったらマジでめんどくさいことになり兼ねない。
「えー。残念。せっかく恋のキューピットになってあげようと思ってたのにっ」
「余計なことしないでください、本当に勘弁してください」
勝手にオレの気持ち伝えられたら今まで我慢してた意味がなくなる。
「あたしは陣くんのために…」
「オレのために、あいつにはちょっかい出さないで欲しいですっ。本当にマジでダメです、ダメっ」
ちぇっ……と口を尖らせるエロエロお姉さんは、気付けば他の学生の注目を浴びている。
通りかかる学生どもが、チラチラとコッチを見る。
確かにこの人、美人だもんなぁ。
「よく見れば美味しそうな男の子いっぱいいるじゃない」
そんな男子学生の視線に気づいたのか、エマさんはじゅるっと舌なめずりをした。
「お願いしますからうちの学生に手を出さないでください」
「ケチッ」
「オレってすごーく寛大だと思うんですが……」
拉致られてあんなことされても怒らないんですよ?
「おい、陣。なにやってんだい?」
キュッと目の前に停まったお洒落な黒いビートルから、聞き覚えのある声を掛けられる。
「うわ、出たっ」
「オレを化け物みたいに言うなよ」
車から降りてきたのは、従兄弟の杏里。
オレの恋敵でもある。
相変わらずの美貌に長い手足、サラサラヘアーまで靡かせちゃって反則でしょうよ。
イケメンって神々しいオーラ出ちゃうもんだよな。眩しすぎるわ。
「何しに来たんだよ」
「出版社の帰りなんだが、丁度いい時間だからお迎えにね」
「あっそ……」
「お前はデートか?邪魔して悪かったな」
「は?デート??」
「こんにちはー」
ユマさんが全力の笑顔で挨拶をする。
かんちがーい、それ、かんちがーい。
「ち、違うよっ」
「貴方が陣くんの従兄弟さん?本当に素敵な方ねー」
「ああ。よろしく」
不敵な笑みを浮かべる二人。
「……随分とこちらに馴染んでいらっしゃるのね」
「まあ。それなりですよ。貴女も今の時代にキチンとついて行けているようだ」
「ふふ」
笑顔で交わしているけども、なんだかとってもツンドラ地帯。寒いよ。
なんだろう、この二人は知り合いなのか?
「陣、悪いけど彼女を呼んできてくれ。オレは構内詳しくないから」
「えー、やだよ」
「いいから行け」
杏里の般若顔スマイルを向けられ、圧倒される。
逆らってごめんなさい。命だけは助けてください。
「わかったよ……」
仕方なくオレは構内にあいつを捜しに行った。
「なんで吸血鬼がこんなところに?」
「あら、それは此方の台詞だわ。鬼のくせにどうして陣くんの従兄弟なのかしら」
傍目に見れば美男美女が笑顔で語らうように見える。
しかし、水面下では恐ろしいほどの火花が散っていた。
陣は知らないが、杏里は鬼である。
「しかも人間と恋愛してるなんて、いつからそんなに落ちぶれたの?魔族の誇りはないの?」
大きく分類すれば、吸血鬼も鬼も魔族。
人間とは違う。
「ふん。関係ないね。それより何故陣と居るんだ?。あいつを殺ったら、いくらアンタでも容赦しないぜ?」
轟々と音が聞こえそうなほど、杏里の背後には怒りのオーラが渦を巻いている。
「やだぁ、あたしは殺しはしない主義なの。それにあたしの本命は、ここら辺にいる鬼の血よ。貴方が飲ませてくれればすぐに退散するわ」
「ふんっ。貴様のようなヤツに飲ませる血など一滴もない、さっさと失せろ」
「冷たいこと言わないでよぉ。生きる為には必要なのよ?これはお食事なんだから」
「生きる?屍同然のやつの言うこととは思えないね。とにかく、オレの大切な奴らに手を出したら許さないからな」
「……陣くんは、貴方が人間じゃないって知ったらどうするかしら?」
「さあね。でもオレを脅したって無駄だ。オレらにも多少の魔術は使える。記憶の操作くらいは造作もない」
「貴方って、綺麗な顔してる割に性格悪いわねー」
「自分の惚れた女以外に優しくしても何の利益も無いからね」
「……その女の子の血は、どんなお味かしら?」
ユマがそう言うと、杏里からフッと笑顔が消えた。
「もし彼女に手を出したら八つ裂きにしてやる。何度も何度も切り裂いて、魔獣のエサにしてやるからな」
あまりの迫力に、ユマは思わず後ずさりした。
「そんな怖い顔しないでよ。陣くんの好きな女の子に手を出すわけ無いじゃないのぉ」
「……陣の好きな、ね」
杏里は漸く表情を緩めた。
「貴方知ってて先に手出しした訳?。それ酷いー」
「関係ないね」
「あ、来た」
陣と共に少し背の低い女の子が此方に向かって来る。
決して美人ではないが、愛嬌のある顔立ちで活発な印象の女の子。
「あんなちんちくりんに二人してゾッコンとか、意味わかんない」
ボソっとエマが呟くと、杏里は小さく笑った。
「そりゃ、彼女を知らないからさ。知れば誰でも惚れる。結構競争率高いんだぜ」
「ふーん」
納得いかない様子のエマだが、近付いてきた彼女に笑顔で挨拶をする。
「こんにちはー」
「あ、こんにちは……?」
彼女が戸惑うのも無理はない。
見ず知らずの年上の女性が、自分の恋人と居るのだから。
「ユキナちゃん、お疲れ様」
ユマに見せたそれとは違う、穏やかな笑顔で彼女を迎える杏里。
「杏里、今日はどうしたの?」
「ん。出版社の帰りに近く通ったから、ユキナちゃんの顔が見たくてね」
ベタベタと人目も気にせずに彼女の肩に腕を回すけど、恥ずかしいのか拒否される。
「ちょ、公共の場ではダメだってば」
「じゃあ早く行こうか。二人でゆっくりしよう」
「え、でも、こちらの方は?」
チラリとエマを見る彼女。
「そっちは陣のデート相手だから、オレらには関係ないよ」
「えー?!そうなの??」
「そ。だから邪魔しないようにね」
そう言って杏里はサッサと彼女を車に押し込み、走り去ってしまった。