陣の場合 2
「うん。だってあたし、吸血鬼だもん」
そんな笑顔でサラッと言うこと?
「きゅ、吸血鬼…?」
「そうよ。生き血があたしの栄養源なの。美味しかったー」
サーッと目の前が暗くなる。
あ、吸われたから血が足りないのか。納得。
「オレの血を吸ったってこと?」
「吸血鬼だもの。当たり前でしょう?」
じゃあ、小さいお兄さん関係なくない?
気付けば、しょんぼりしている小さいお兄さん。
「ね?大人しくなったでしょ?」
そういう意味デスカ、ソウデスカ。
血が足りなくなれば、そりゃ大人しくなりますよ。
「本当はこっちからも精を吸い取れるんだけどぉ、試してみる?」
「すみません、すみません、本当にスミマセン」
「あら、残念」
「あの、動けるようにしてもらえませんか?」
「チッ」
舌打ちされちゃったよ。
ようやく身体の自由を取り戻し、あわててパンツ履くことに成功したオレは、改めてお姉さんの前に座る。正座で。
「あのー、先程お姉さんは吸血鬼だと言いましたが……」
冷静に考えてみれば、ずいぶん現実離れした事だと思うのですよ。
「そうよ。それがなにか?」
いや、そんなに当たり前って顔されても、コッチが困ります。
「このデジタル化された世界で、そういうオカルト映画のような話はちょっと……」
信じられるわけないですよね?。
「そんなこと言われても、ココにいるんだから仕方ないじゃない?」
「ほ、本当にお姉さんは吸血鬼なのですか?」
「んふふ。じゃあ何に見える?お姫様かしら?」
「お姫様と言うには年齢が……」
「ミイラにしてやろうか?」
「すみません、すみません、本当にスミマセン」
怖いよー、このお姉さん。
「あたしはね、何百年もこうやって血や精を吸いながら生きてるのよ」
何百年ってことは、おばさ…いや、ミイラにされたくない。
「じゃあ人間じゃないんですか?」
「元々は多分人間だったのよ。でも、吸血鬼に血を吸われて、いつの間にか自分もこうなっちゃったわけ」
「じゃ、じゃあ、オレも吸われたから、吸血鬼に…?」
ガクガクブルブル。
「やだぁ。そんな簡単に吸血鬼になっちゃうなら、今までお食事した相手、全員吸血鬼になっちゃうじゃない。それじゃ世の中お仲間だらけだわ」
ほっ。
っていうか、吸血鬼ってのは本当みたいだ。
うわぁ、オカルト苦手なんだけどな。
「なりたいなら、やってあげるわよ」
「いえ、遠慮します」
「あなた、変な子ね」
「それはお姉さんのほうだと思います」
「ですよねー(笑)。そういえば、あなた名前はなんて言うの?」
な、名前言うと何か悪いことが起きそうな…。
「名前くらいで呪い殺したりしないわよ。少なくともあたしはね」
バレてる?
「……陣です」
こんなに簡単に名乗っちゃっていいのだろうか?
個人情報の漏洩は怖い。
「陣くんね。あたしは今はエマっていうの。よろしくね」
今は…ってことは本当は違う名前なんだな。
「あら、名前なんて何の意味も持たないわ。だから飽きないようにたまに変えちゃうのよ」
さっきから何故オレの考えがバレているんだ?
「お姉さん…エマさんは心を読めるんですか?」
オレがそう訪ねると、エマさんはニコニコ笑った。
「さぁて、どうかしら。陣くんって “単純” とか言われるでしょう?」
「な、なんでそれを…?」
アイツにも言われるし、双子の弟の比呂にもしょっちゅう言われる。
「陣くん可愛いから気に入ったわ。鬼見つけるまでは、あなたをお食事することにしようかな」
イヤイヤイヤイヤ、オレは食糧じゃないし。
って、この人にとっては食糧か…。
「安心してよ。毎日3食血をいただくわけじゃないから。3日に一回くらいで十分よ」
そういう問題ではないも思います。
「あの、オレの近くに鬼がどうのって言ってましたよね?」
鬼に知り合いはいないと思ってるんだけど。
「うん。奴らはツノ隠しちゃえば人間と変わんないから、気付いてないだけだと思うわ。ま、どんなに隠したって、あたしの鼻を誤魔化すことは出来ないけどねー」
ツノ…鬼……。
目の前に吸血鬼……。
夢じゃないのか?
そっと自分の頬をつねるけど、やっぱり痛い。
なんだか、とんでもないことになっちゃったな。
「なんでオレなんですか?」
至って平凡な大学生なのに…。
「だって、童貞さんだから」
答えになってません。
「オレ以外にその…童貞…なんて、いっぱいいるじゃないですか」
「んふふ、本当にそう思う?」
「え…」
いないのか?オレ希少動物なのか?