陣の場合 1
「ねえ、ちょっと。お兄さん」
「はい?」
振り返るとそこには、ナイスバディ(死語)のお姉さんがいた。
真っ黒の露出度の高いワンピースは、若干時代遅れな感じもするが、とにかくエロい。
長い髪はダークレッドに染められている。
こ、これはキャッチセールスか?
オレは不審に思い、様子を伺う。
「ここら辺で、鬼、見なかったかしら?」
「鬼??」
「そうよ。鬼よ。ニオイがプンプンするの」
ああ、あれだ。
関わっちゃいけないタイプの人だ。
繁華街が近いだけあって、関わっちゃいけない人達をよく目にする。
この人もきっと、幸せな気分に見せかける薬でも使っているんだろう。
「わかりません。じゃ…」
軽く会釈してその場を離れようとする。
触らぬ神に祟りなし、だ。
「ちょっとー。何勝手に去ろうとしてるわけ? 待ちなさいよ」
お姉さんはオレの腕を掴んだ。
「いや、あの、オレ急いでるんで」
「あんたの知り合いか身近なとこにいる筈よ。あたしの鼻は誤魔化せないわよ」
いやいや、言ってること意味わかんないし。
「すみません、本当に知らないんで」
お姉さんの手を振り解こうとしたけど、細い腕してるわりにガッチリ掴まれていて、思うようにいかない。
なんなんだよ…。
「もう人間は飽きちゃったから、次は鬼にしようと思うのよ。そっちの方が濃くて美味しいし」
「は、はあ…」
もうダメだろ、意味不明すぎる。
それに美味しいとか、卑猥な響きだ。
「最近の人間って不味いのよねー。味気ないし、空気が悪いってのもあるのかしら」
「……」
逃げたい。
「どうしても知らないって言うなら、お兄さんで我慢しようかしら。もうお腹空いて動きたくないかも」
オ、オレっすか?!
何されちゃうわけ?!
「か、勘弁してくださいっ」
「大丈夫。安心して。殺したりしないから」
命関わってくんの?!
だんだん、目の前のお姉さんに恐怖を覚える。
マジでヤバイよ、ねえ。
「ここじゃ人目につくから、こっち来てね」
「や、やめてくださいっ」
抵抗するも、結局そのまま怪力のお姉さんに引き摺られて行く。
「あ、あの、ここは…」
「あたしの住処よ。素敵でしょう?」
連れ込まれたのは町外れの謎のお屋敷だった。
無駄にでかい屋敷で、恐らくここで助けを求めて叫んでも、誰にも聞こえない。
なにこのシチュエーション…。
どうしてオレはこんなところに連れ込まれて、お姉さんとベッドの上で向かい合ってるんだよ。
しかしなぜか逃げたいのに身体が言うことを聞かない。
襲われちゃうの?!ねえ?!
オレの純情、奪われちゃうの?!
「んふふ。そんな怖い顔しないの。痛くしないわ」
カチャカチャと手際良くベルトを外され、ジーンズを脱がされる。
痴女!!この人、痴女だ!!
オレ襲われちゃうっ犯されちゃうっ。
「オ、オレ、好きな女がいて…だから、その……」
初めてはアイツとしたいって、ずっと思ってたんだよっ。
「あー、お兄さんもしかして、童貞さん?」
「わ、悪かったねっ」
ずっとサッカー馬鹿だったし、アイツ以外の女なんか興味なかったし。
それなのに全然オレの気持ちに気付いてくれないし…って、今それは関係ないっ。
「これも脱いじゃおうねー」
最後の砦のパンツも脱がされ、足を大股開きさせられる。
「マジで無理っ!!許してください」
下半身丸出しで半泣きのオレ。
「あらー。でも、小さいお兄さんは素直でいい子よ?」
お姉さんはオレの股間をガン見する。
「うぅ…」
そりゃ、エロいお姉さんにこんなことされたら、元気になるっつーの。
「すぐに大人しくしてあげるね」
おかーさーん!!
お姉さんはアーンと口を開け、オレの小さいお兄さんのほうに近付く。
穢れちゃうっっ。
さよなら、今日までの綺麗なオレ。
ギュッと目を瞑り、覚悟を決める。
カプッ。
「うぅううう…うぇぇ」
成人してるのに涙流すことになるなんて思ってもみなかった。
チュウチュウ。
あ、ダメ、なんか超寒気してきた。
ゾクゾクする。
血の気が引いていくような……って、アレ??
経験ないとは言え、なにか様子がおかしいことに気付き、チラッと半目を開けて見る。
「イヤイヤイヤイヤっ」
お姉さんはオレの小さいお兄さん……ではなく、太ももに口を付けていた。
しかもよく見ると、口の周りは赤く塗れている。
血ぃ?!ねえ、それ血デスカ?!
「な、なにをして……」
お姉さんはチラッとこちらを見て、不服そうに口を離した。
「邪魔しないでよー。まだ平気でしょう?」
そういう問題ではないかと。
「童貞さんって、結構イケるわね。美味しいわ」
ソウデスカ、ソウデスカ。
って、やっぱり血を吸ってるってこと?!
「お、お姉さん…血…」