眼
*夏のホラー2012参加作品です。
現在SFを連載中ですが、一度ぐらいはこういった企画に参加してみようという事で、呪い系ホラーを書いてみました。やや残酷・グロ描写あり。苦手な方は要注意です。
中部地方N市にある「目抜き峠」は、かつてはこの辺り一帯における走り屋達のメッカだった。日が暮れ、通勤車両が通らなくなった深夜になると、腕自慢が集まり速さを競い合う「バトル」が始まる。よく出来たもので、峠を挟んで両側の麓には一般車が昇って来るのをチェックする係と、頂上でその情報に基づいてスタートを決める係が自然とできていた。一般車が頂上を通り過ぎてからダウンヒル・バトルが始まり、一般車が山を下りきってからヒルクライム・バトルが始まる。また、ケータイがなかった頃はトランシーバーを使って連絡を取り、タイムを計測する係もできていた。
こうなってくると、ちょっとした組織であり、自然とまとまってチームが形成されていったのも自然な事と言える。
頂上はダウンヒルのスタート地点であり、同時にヒルクライムのゴールでもあった。故に頂上には走り屋だけでなく、ギャラリーもかなりの人数が集まっていたし、ハイライトになるコーナーにもギャラリーが集っていた。
だがそれも既に過去の話だ。
凄惨な事故が多発し死者が幾人も出てしまい、波が引くようにギャラリーも走り屋達も消えてしまったのである。
しかし。決してここを訪れる走り屋がゼロになった訳ではない。今夜もまた……。
目抜き峠中腹にパトライトが灯っている。ダウンヒルコースとして知られていた西側斜面の、比較的急な左カーブ。そこを曲がり切れなかったのか、正面の斜面に突っ込んだ改造車が大破していた。通りかかった一般車が事故を目撃し、通報したのだ。レスキューがドライバーを収容し、病院へ搬送したが、一目で手遅れだと分かる有様だった。
事故処理にきた二人の警官はベテランと新人のコンビだったが、不慣れな新人警官はずっと道路脇で嘔吐していた。ドライバーの――いや、もはや遺体でいいだろう――状態を一目見てからずっとだ。
一通りの処理が終わりレッカーを待つ間、ベテランが新人に声をかける。
「おい、そろそろ回復しろよ。そんなんじゃ仕事にならんぞ」
「いや、でも先輩……あの人、両眼があんな……おうぇぇぇ」
「やれやれ。でもまぁ、嫌でも慣れるさ。ここで事故った人は皆ああなっちまうからな。何故かは知らんが」
口元を拭いながら新人がベテランの方へ振り返る。
「そうなんですか? 例外無く?」
「まぁ俺が見た限りでは、ほぼな。さすがに『あの伝説』のせいだって噂を信じたくなってくるよ」
「何なんですか? その伝説って」
「そうか、お前は地元じゃなかったな」
ベテランが通行車を一台誘導してから語りだした。
「確か戦国時代だったか、この辺りを治めていた領主がちと残虐なお人だったらしくてな。戦で捕らえた敵兵をこの峠に連れて来て、両眼をくり抜いてから処刑したらしい」
「うげ……」
「その後エスカレートしたらしくてな、領地内の罪人もここへ連れて来て両眼を抉り取って、無事に麓まで降りる事が出来たらお咎め無しってな無茶をやってたんだそうだ」
「だから……ここで事故った人は両眼が飛び出して潰れて……うげぇぇぇ」
「こら、せめて脇で吐けよ。それにあくまで噂だ。ほら、レッカーが来たぞ」
ベテランはレッカー車を誘導し始めた。
翌日の深夜。
目抜き峠を攻める車がいた。白い国産スポーツカー。給料のほとんどをつぎ込んで改造した自慢の車を、手足の様に振り回して走るのは青木修司。隣接する県では名の通った走り屋だ。今夜は仲間達と共に交流戦にやって来ていた。
バトルが一通り終わった後の休憩で地元チームから目抜き峠の噂を聞き、「なら俺が攻めきってやろうじゃないか」と言い出したのである。仲間達は気味悪がって麓で待っていた。
一般車がいないタイミングを待ち、東側登り口からヒルクライム。順調に頂上まで到達し、そのままダウンヒルに突入する。バトルからのテンションを保っていた事もあり、初めてのコースにも係わらず十分に走れていた。
二つ目のコーナーを奇麗な慣性ドリフトで駆け抜け、アクセルを床まで踏み込み、長めの直線を加速していく。正面にはやや急な左コーナーが見えていた。
そう、昨夜の事故現場が。
一気に加速した事で更にテンションが跳ね上がった青木が奇声を上げる。
「ハッハー!! ウオリャァァァァァ!!」
タイミングを見計らってヒール&トゥ。同時にギアをチェンジしようとシフトノブを掴んだ左手に力を込めた瞬間。ヌルっとした感触で手が滑る。
「!?」
有り得ないミスに驚き、一瞬だけ視線をシフトノブに向け――驚愕した。愛用している金属製のシフトノブがそこには無く、あったのは――大きな眼球だった。
ヌルっとした感触はこの眼球のものだったのか? 馬鹿な! いま何が起こっている!?
一瞬の余所見が生死を分けるスピードで走っている最中で、この有り得ない出来事に気を取られた僅かな時間。これは致命的だった。
これが運命の分かれ目だった。
前を向いた時には既に、正面の斜面が目前に迫っていた。何とか衝突を回避しようとハンドルを両手で掴んだ時、視界に入ったインパネ。メーター類が並んでいるはずのそこには、メーターではなく巨大な眼球が並んでいた。この時、青木には分らなかったが、車内を埋め尽くすように巨大な眼が湧き出していた。天井、シート、床、ウインドウ……。生臭い悪臭さえも漂ってきそうな、むき出しの眼球に囲まれて走っていたのだ。
「……!!」
声にならない悲鳴を上げた時だ。目前の斜面から無数の青白い手が伸びて、フロントガラスをすり抜けて車内へと侵入して青木の眼に殺到してきたのだ。
(ヤバい! 前が……見えない!)
直後、強烈な衝撃が全身を襲い、青木の意識はこの世から消えた。
翌日の地元ニュース番組で、この夜の事故が報道されていた。
「――昨夜未明、N市の目抜き峠で衝突事故があり、青木修司さん26歳が病院に運ばれ、間もなく死亡が確認されました。警察では無理な運転で操作を誤ったものと見て――」
朝食をとりながらこのニュースを見ていたサラリーマンが皿に視線を戻してボソッと呟いた。
「またか……。無謀なやつが後を絶たないな」
「道路を塞ぐわけにもいかないものね」
妻の言葉に首を振り答える。
「そうじゃない。俺も若い頃は峠を攻めたくちだから知ってるんだ。あそこは……ダメなんだ」
「どういう事? 事故を起こしやすい作りにでもなってるの?」
口の中の物を飲み込んで妻の顔を見る。
「そうじゃない。あそこの伝説は知ってるだろう?そんな伝説が残る場所が普通なわけがないだろう?」
「じゃぁ……」
「そう、出るんだよ。本当に。ある条件でのみ、出るんだよ。犠牲者の霊が」
朝から深刻な顔をする夫を初めて見た妻が息を飲んで問う。
「条件って?」
「あそこを攻めてる時は、歓声を上げちゃいけないんだ。処刑していた領主は、自らの手でやっていたらしいが、その際に歓声というか、奇声を上げていたらしい。だからドライバーがテンションが上がったからって、変な声をあげたら……」
「その声を自分を処刑した領主の声だと思って?」
「そう、復讐しようとして出てくるって話だ。だから俺はどこを攻めていても、どんなにテンションが上がっても、絶対に何の声も出さなかったんだ」
朝食を終えて出勤する夫を送り出した後、妻はテレビを消してひとりごちる。
「まさかあの人が、あんなオカルト話を信じてるなんてねぇ。バカバカしい。しょうがない、私が後で迷信をぶち壊してあげなきゃね」
ガレージに停めてある、愛用の軽四のキーをテーブルに置いた。
いかがだったでしょうか。
よく考えると呪い系は初めてでしたので、あんまり怖くないかも……。
終わり方もあっさりですが、「霊的な事を周りが理解してくれないから終わらない」という「呪いがいつまでも残ってしまう」ラストを狙ったつもりです。
うまく伝わればいいんですが……。
*マヌケな事に、規定文字数を勘違いしていたので早速追記。「3000文字以上」なのに「2000文字」以上と思って、2300文字ぐらいにしてた……恥ずかしい。