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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子は宮廷筆頭魔法使い
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(8)本来の生き方

「私とあの方の将来の為に犠牲になって!」


「―─!」

 振り落とされる刹那。

 アデラは縛られた足を横に動かした。脛の部分がコリンの注射を持つ腕に当たる。

「キャッ!」

 コリンが注射ごと固い床に転がった。

 その隙に縄を解こうとするアデラだったが、関節を外しても解けないことに目を見張る。

「無理よ。呪術を籠めた縄で編んでるの。簡単には解けないわ」

 ふふ、と薄く口を開け笑うコリンは、乱れた黒髪が目元を隠しているせいか、余計に気味悪くアデラの目に写る。

 転がった注射器を拾い、中身を確認しする。

「ああ良かった……。この毒、作るのに苦労するのよ? でも、速効性はその分高いの」

 コリンは積まれている麻の袋を、アデラの縛られている足に次々と乗せていった。

「鍛えているものね貴女。私が馬乗りするとまた飛ばされちゃうから……。無駄な抵抗が出来ないようにしとかないと」


 さて―─コリンはアデラの足の動きを麻の袋で封印すると、再び注射器を片手に持つ。

「―─今度こそ! さよならよ!」

 暗くて邪な笑みを浮かべ、コリンはアデラの二の腕に注射器を射した。



 バサバサバサバサバサバサ―─!


 その時、羽ばたく音も賑やかに、窓硝子や壁を突き抜けて入ってきた鳥達が、束になってコリンに襲い掛かってきた。

 クチバシは鋭い剣となり、コリンの顔―─特に瞳に襲い掛かかる。

「キャー! いやっ! 来ないで!」

 最初は威勢良く腕で払っても、数が多くて払いきれない。

 瞬く間に防御している腕は血塗れになり、髪まで引っ張っては千切る鳥達に頭まで血で染まる。

「痛い痛い痛い!! 助けて! フェザーク様!!」


「な、何があった―─うわっ!?」

 騒ぎに駆け付けたのは、研究班の者達だった。

 ―─ここは魔道具研究室で飼っている、マウスやラットの餌を保管している部屋だったのだ。

 現在マウス達がいないために、出入りする者がいないと踏んでアデラをこの部屋に監禁したのだ。


「ん! ん! んー!」

 アデラは必死に研究班達に訴える。

「えっ? えっ? えっ?」

 しかし悲しいかな―─彼らは状況をよく飲み込めず、パニクるだけであった。


 騒ぎに駆け付けたのは研究班達だけではなかった。

 勿論、ゾウル含むゴロツキグループも、他の魔法使い達も眠い目を擦りながらやってきた。


「何? あの鳥。魔法じゃない?」

「『追跡』の類に入る魔法だよ、確か―─東の方の国に似た魔法があるよ」

 そうだ。でも、一体誰が? と騒いでいる魔法使い達。


 その騒ぎに身の危険を感じたゾウル達は、すぐにこの場を去り何処か遠くへ逃げようと踵を返した。


 ―─すぅ、と羽根が、ゾウル達の横を風もないのに通りすぎる。

 刹那

「pidättää(捕縛)」

 声に反応し、小さな羽根が長い紐と変化した。

 ギュルンと空を切る音を立てながら、ゾウル達をあっという間に縛り上げてしまった。


「ロジオン王子!」

 魔法使いの一人が気付き声を上げた。

 ぎろりと、視線で殺しそうな殺伐とした目付きでゾウル達の横を走り抜ける。

 その切羽詰まった表情に皆黙り込み、道を開けた。

 部屋ではコリンにしつこく攻撃を加えていた鳥達だったが、ロジオンが中へ入ってきた途端に、元の枕に使われていた羽根へと姿を戻した。

「コリン……失望したよ。どうしてこんなことを……? ゾウル達に強要されただけじゃないだろう?」

 血だらけのコリンの身体へ、音もなく落ちていく羽根は、彼女の血を吸って色を変えていく。

 かなりの出血量だが、ロジオンは気にするどころか冷たい眼差しを彼女に向けたままだ。

「……ふふふ」

 口に含んだコリンの笑いに皆、ぞっとした。

 深い井戸の底から聞こえているんじゃないかと、錯覚するような彼女の笑い。

 笑うだけで、この部屋にこんなに響くはずがないのだ。

「私のことより、そちらの護衛さんを気にしたらいかが? 私が作った毒は少量でも死に至るから……」


「―─! アデラ!?」


 青ざめ振り返った瞬間にコリンは、自分の傷など物ともせずに窓硝子に飛び込んだ。

「お待ち!」

 駆け付けてきたラーレが窓から逃げ去るコリンの背中目掛けて、ナイフを投げる。 

 手応えはあった。


 ―─だけど今は―─


「アデラ! アデラ!」

 ロジオンの腕の中でカッと目を見開き、硬直した身体がガクガクと異常な動きを見せる姉の方が先だった。




**

 呪術縄を外し、舌を噛み切らないよう布を詰め込む。

 開きっぱなしの充血した瞳と口からは、涙と涎が流れっぱなしだ。

 痙攣が止まらない。


 ロジオンは注射器を拾い、研究班に渡す。

「急いで分析して!」

「は、はい!」

「キアラ、ソアラ!いるか!?」

 はい! と二人ロジオンとアデラの前に座る。

「でも、私達──毒の処置は出来ないんです!」

「毒によって蝕む機能の回復だけでも良い! やるんだ! ──誰か!医療部から毒に詳しい医師を! 至急だ!!」

 僕が行きます! 答えるより先に魔法使いが一人、駆け出して行った。




「グゥ! グググーーー!!!」

 数分ごとに短い間隔で起こる激しい痙攣に、アデラの身体が反り返る。

 その度に彼女の身体が硬くなり、土気色を帯びていった。

「似た症状を起こす毒はあるけど、こんな速効性な毒は見たことがない!」

 呼んできた医師が、驚きながらも解毒の可能性のある注射の準備をする。

「痙攣で針が折れないように彼女の身体を押さえて」

 アデラの腕をゴムで縛り血管を探す。

 痙攣時の反発力が物凄い。ロジオン、ラーレ。その場にいる男子から力を借りても跳ね返る。

 それでもどうにか注射を射つ。

「呼吸もまずい。きどう確保!」

「非常用のボンベ!」

 ロジオンの言葉にキアラとソアラが持ってきた。

 アデラの口にマスクを被せ、魔法で酸素を発生させる。


「……あまり効いてない……」

 変わらない痙攣と、ますます悪くなっていくアデラの顔色に医師は難色を示した。

「そんな……。毒の成分は?! 何か分かったのか?!」

 ロジオンの問いに研究班の一人が

「何かの鉱石と植物を混ぜ合わせた物で、更に何かを混ぜて化学反応させたものまでは分かったんですが! それ以上はまだ……!」

と、声を張り上げた。


「お姉ちゃん……!」

 気丈だったラーレの声に震えが出始めた。

 バレッタが壊れ、綺麗に結っていた金糸のようなアデラの髪が、狂女のように乱れている。

 痙攣が襲う度に、それほど身体に打撃を襲っているのだ。

 キアラ・ソアラがいなければ、もっと早く死期が訪れていただろう。


 ──だが、二人の治癒力を遥かに上回る毒回りの早さであった。


「「心臓の鼓動が弱ってます」」

 二人が告げた瞬間だった。

 ──ヒュッ──

 アデラが息を吸った刹那、身体が反り返る。痙攣が始まった。

 ──が、ゆっくりと身体が落ちていく。

 今まで緊張し強張っていた身体が弛緩し、元の柔らかで張りのある彼女の身体に戻っていった。


 ──そこにいた全員が、それは毒が消された為の回復ではないと気付いていた。


 小麦色の肌が浅黒くなる。

 瞑った瞳の下には疲労で出来た隈が生まれていた。


「お、おおお姉ちゃん!! いやああああ!! 起きて! 目を覚ましてぇぇぇえ!」


 ラーレがわっと声を上げ、物言わなくなったアデラの身体に突っ伏そうとしたのをロジオンが止めた。

「皆、彼女から離れて!」

 ぐいっとラーレを彼女から突き放し、素早く背広のボタンと中に着けていた前当てを外す。

「電流を流す! 巻き込まれるから離れて!」

 ギョッとして医師とキアラ・ソアラが離れた──瞬間、パチパチと音を立てアデラの胸の上で火花が舞った。

 電流が通る衝撃でアデラの身体が反り返るが、心臓は動かないままだ。

 ロジオンは次に気道を確保して口移しに酸素を送った。

 これを何度も繰り返す。早ければ早いほど蘇生率は高い。


 ──しかし、それも限界がある。


「──ロジオン王子、もう蘇生可能時間が……」

 医師が、それでも蘇生作業を繰り返すロジオンに無念そうに告げた。

 周囲で見守っていた者達も、諦めの色を出してロジオンを見ていた。

「──まだだ! まだ!」

 あまり何回も電流を流せない。マウスツーマウスに切り替えたロジオンは怒鳴った。

「確率がなんだ! 理論がなんだ! そんな簡単に諦めてたまるか! 何で相手の生きる力を見ようとしない! 力を貸そうとしない! 知ってる、彼女は壁に当たっても打ちのめされても起き上がれる人だ! 今だってまだ毒と戦ってる! 全力で戦ってる彼女を前にして、僕が諦めるわけにはいかないんだ! 何も持たない彼女ができて、魔法の使い手の僕が、簡単に諦めて止まってはいけないんだ!!」


 生きろ、生きてくれ!


 繰り返すロジオンの台詞に蘇生術。


「戻ってこい! アデラーーーー!!」


 叫びが

 思いが

 切なく 痛く

 突き刺さる──



 自分の無能が

 無念に変わる


 あの思いを、再び繰り返したくない──。



 ──ヒク──


 アデラの形良い鼻と口が僅かに動いた。

「──!?」

 ヒュー

と言う高い音が、彼女の口から放たれ、胸が上がる。


 感激と喝采の声が沸き上がった。

「まだ助かったわけではありません! 次の処置が必要です! 違う注射を射って点滴をしましょう!」


 しかし──身体がもつか。

 彼女の体力頼みだ。



 固唾を飲んでいて見守っていた魔法使いの一人が駆け寄り、アデラに触れた。

「私、地の精霊と少しですが結び付きがあります。鉱石と植物なら関係がありますから、コンタクトを取って毒を地に返せるか聞いてみます」

「俺も鉱石なら!」

「植物はできるわ!」

「研究班を手伝ってくる!」

「出来ないからって決めつけてたら、何も変わらないもんな」


 弾けるように動きだし、それぞれが模索する。


 ──助けるために


 魔法の使い手の本来の生き方を、思い出したかのように──。




毒の見解と処置方法に関しては、突っ込まないでいてくれると助かります…。

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