(6)アデラ、激怒
個人面談二日目──。
朝に帰ってきたハインから結果を聞いたロジオンは、まず魔導師二人を呼び出した。
──が、来なかった。
仕方ないので、こちらから出向く。
「いませんね」
「……どいて」
ハインを扉の前から退かすと、ノブに手を掛ける。
カチッ
──パ……キィン──
と、鍵が開く音と、重なる薄い硝子が割れる音が辺りに響く。
コンラートとの戦いの中で何度も聞いた音。アデラは結界が破かれた音だと分かった。
扉を開けてみれば
「もぬけの殻……だわ」
三人は僅かに開いている窓を見て、力無く呟いた。
「追いますか?」
アデラの問い掛けにロジオンは「いや」と首を振った。
「他の場所でまた偽装したら……協会が黙ってないでしょう」
「ご立腹でしたから、魔承師・補佐が……」
「これから先……魔導師認定考査を受けられないかもね。あの二人……」
竜の逆鱗に触れました。
**
「キアラ=ハンとソアラ=ハン」
「「はーい」」
二人揃って舌ったらずの声音が、ロジオンの鼓膜に甘く響く。
キアラが姉。ストレートの髪を二つに分け、高く結わき、後れ毛と脇に少し残した髪はクルクルと巻いている。
ソアラは妹。緩く掛けた波打つ髪を、キアラと同じく結わき後れ毛と脇の髪はストレート。
同じ白のブラウスに黒のウエストを絞ったジャンバースカートに。ゴツくて踵の高いブーツを履いていた。
そっくりの二人を見分ける方法は『黒子』
キアラは右目の下に
ソアラは左の口元にある。
「給与とか福利厚生とか……後、日常生活に関して不満はありますか?」
「「ありませーん」」
二人示し合わせたように対象に手を上げる。
(可愛いなあ……)
思わず目尻が下がる。
アイドル的存在だと聞いて頷ける。それを聞いて昨日、彼女達に来なかった魔法使い達を説得して面談に来るように頼んだのだ。
──効果抜群
男子限定だが、残りの魔法使い達は鼻の下を伸ばしながらやって来た。
「「あ、一つだけありまーす」」
「何ですか?」
「「私達のお気に入りブランドの服の業者さんが、来ないことでーす」」
「……日用品が大体なんで……」
「「後ぉ、協力したんで、ご褒美下さいッ」」
ロジオンは彼女達の好きなブランドで、マントをオーダーすることを約束させられたのだった。
**
「後は研究班だけですね」
「うん」
ハインが顔を綻ばせながら、嬉しそうに書類を片付ける。
あの後、残りの魔法使い達の面談も行った。
『就任式からちゃんと出ようと思ったんですが、“全員解雇すると聞いている。顔を合わせたら解雇を言い渡される”と聞いて、行けなかった』
皆が皆、口裏を会わせるように話して驚いたロジオンだ。
キアラとソアラに説得を頼んだ時も皆、そう話してビビっていたと言う。
「例のグループでしょうかね? そんな情報流したの」
例のグループとは、『魔力を無くした』ゴロツキ達である。
「違うよ……逃げた二人」
ロジオンは気にする様子も無く、淡々と答えた
「──あ、ハイン。それ混ぜないで」
執務机に、三つに分けて置いてあった身上書。
それを合わせようとしているハインを慌てて止めた。確認をして、揃え直す。
「何故分けているんです?」
ハインの問いにロジオンは、苦笑しながら言った。
「『解雇』の話……あながち嘘じゃなくなっちゃったよ……」
「──えっ?」
目を見開いて固まるハインにロジオンは、三つに分けた身上書を見つめながら話を続ける。
「僕が筆頭になる話が陛下から出た時……建て直しを宣言したんだよね。このままじゃあ……魔法管轄処は宮廷のお荷物に成り下がる……。それにはまず……魔法を扱う者達の意識の改革が大事だ。国を代表する者達が集まってるはずな場所……だからね」
三つに分けた左手に手を掛ける。
「──まず……この五人は保留。魔力を無くしたのか奪われたのか……はたまた……どうだか分からないからね」
次に右手の方に手を掛けた。
「こちらの方は……今月、又は来月に辞める予定の魔法使い達」
「成る程……改革に付いていけない、付いていきたくない者達なわけですか」
そう言うこと──と、ロジオンは重ねて話す。
「さっき話したように……国の代表でここに居るんだから……いざとなったら命を投げ打って、国民を守らなくてはならない。この厚待遇も……命と魔法の引き換えなんだ。筆頭である僕や陛下……殿下。その命令だけ聞いて動いていれば言い分けじゃない……。すぐに動けるように……心身共にいつも鍛えていくよ──今までとは違うからね──と話したわけ。温い場所が良いなら……とね」
「私も、頑張ります! 付いていきますよ」
「ありがとう」
ハインの逞しい言葉に、ロジオンは目を細めた。
「残留の意思があるのは……たったの五名。そのうち二人は双子の治療系魔法使いだから……」
「戦闘要員は、私とロジオン様を入れて五名ですか……」
はあ、と溜め息をつくロジオンとハイン。
「そう言えば……コリンと言うゴロツキの付き人の娘は? 今日も面談していませんでした?」
「うん……あの娘は、今月中に辞めるって」
「やーっぱり。嫌気がさしたんでしょうね」
「……」
ロジオンは、じっとコリンの身上処を見つめていた。
「ハイン……」
「はい?」
「今日、この子見て……思ったことあるんだ……またで悪いんだけど、行ってきてくれるかな?」
**
中央に構える国王陛下の執務室に出向いたロジオンは、今日までの事を報告した。
「それで……急募を掛けて欲しいのです」
ロジオンの言葉に父陛下は「うーん」と気難しい声を出す。
「急募を掛けても構わんが、集めて採用して教育して……となると、時間が掛かるね」
と父陛下。
「国中から募集で集まってくるとかだと、凄い人数じゃないか?」
とアリオン。
「しかし……五人では、どうしようもありませんよ」
「宮廷に出入りしている者達に、目ぼしい魔法の使い手を聞いてみるか?」
アリオンはそうロジオンに提案してみる。
「構いませんけど……実技の試験はさせてもらいます」
そうはっきりと言った。
今までの魔法管轄処にいる者達は、ほとんどが紹介で入ってきている。
そして、身上書だけ貰い話をして大抵採用。コネの世界である。
「ハインの前の筆頭から、実技の試験が無くなったそうですね……?」
「うん、そうそう。彼は変わり者だったけど―え──と、ゲオルグと言う名だった。目利きが鋭かったんだよ。魔力も魔法も大したものだった」
懐かしそうに、うんうんと話す父陛下。
「それが……当たり前になっちゃいけませんよ……」
ふー、とロジオンは息を吐く。
「ロジオン、悪いが今の時期に急募は掛けられない」
アリオンが日程表を見ながら、深刻そうに答えた。
「聖燭の月に初雪の月だ。特に聖燭の月には新年の為に来客は多いし、税を納める業者も大勢やって来る。こんな時期に急募を掛けて見ろ。城ん中、滅茶苦茶人増えるぞ? 怪しい奴が紛れて入ってくる可能性の一番高くて警戒が必要な月なのに、更に増やしてくれるな」
うーん、と、これにはロジオンも頭を痛めた。
よくよく考えれば、この時期は魔法管轄の方も総動員で警戒に当たらなくてはいけないのだ。
―─人手が足りない──
三人唸った。
「仕方無いかな……」
最初に口を開いたのはロジオンだった。
「困った時には『魔導術統率協会』」
「ああ! その手があるじゃないか! お前、ツテ持ってるし。紹介してもらえよ!」
「ツテあったって……派遣料まけて貰えませんよ?」
「……まけて貰うつもりだったのか?」
出来れば、とアリオンに真剣に答えるロジオンを見ながら、父陛下は嬉しそうに口髭を擦る。
「アリオン、ロジオン。儂、良いこと思い付いちゃった」
「……はい?」
陛下がゴソゴソと探す先は『優先重要書類』
探し物が見つかり、ピタリと止めると書類を引き抜いてロジオンに渡した。
──魔導師認定考査のお知らせ──
「初雪の月、二十日だから。ロジオン、君、行きなさい。行って受けてきて、ついでに目ぼしいの勧誘して来なさい」
「──いや……僕……条件に」
「成る程! 良い案です! そうすれば派遣も短縮出来るし、節約ですな!」
「いや……! だから、僕、条件の『自分で魔法を創れた者』に入らな……」
「行ってもらわないと困る! 筆頭を名乗るには魔導師にならないとな!」
後込みしながら説明するロジオンの話など、まるで聞いてない。と言うよりごり押しである。
「行ってきなさい。まだ時間はある。創れば良いじゃないか、魔法を」
「そうだぞ、ロジオン! やれば出来る!」
──ロジオンの身体中から冷や汗が流れてくる。蛇に睨まれた蛙状態だ。
自分のことだけやってれば、絞り出すことが可能かもしれない。
(でも……)
今は無理!
魔法管轄処の筆頭としての仕事。
五人の魔法使いの魔力を失った事件の調査。
そしてまた始まる、年末年始のダンスとフルートの特訓。
ダラダラと背中に汗が流れて止まらない。
「無理無理無理無理無理──!! 身体持たない!!」
おっとり喋るロジオンの珍しい早口言葉が、執務室の外まで響く。
(口が回るじゃない……)
外で待機していたアデラにもしっかり聞こえ、関心したのであった。
**
中央執務室から出てきたロジオンは、脱け殻のようだった。
フラフラと覚束無い足取りで、自室へ向かう。口から出る言葉はなく、ただ溜め息ばかり。
「ロジオン様、どうされたのですか?」
堪らずアデラの方から声を掛けたが「何でもない」と、言葉少なく答えるばかり。
ようやく自室に着いて、アデラは項垂れたままの主人を気遣い、扉を開ける。
「おかえりなさいませ、ロジオン様」
ラーレの微笑みが出迎えてくれて、ロジオンはその温かさが胸に沁みた。
「ラーレ……聞いてよ! もう、最悪だ!」
飛び込むようにラーレに抱き付いたロジオンを見て、衝撃を受けたのは──
勿論、アデラである──。
「来年……魔導師認定考査を受けろって! そんな時間どこにあるんだよ……!」
「あらら、大変ですのね」
よちよち、と抱き締めて頭を撫でるラーレ。
「ああ……もう! 最悪だ!」
「──最悪なのは、こっちの方です……」
地の底から這い上がってきた魔物の声に、ロジオンもラーレも
ビクッ
と身震いし振り向く。
仁王立ちしたアデラが肩を震わせ、睨んでいた。
「……ア、アデラ……いたんだ……」
「ロジオン様が、中央執務室を退出された時から、ずううううぅぅぅぅぅぅぅぅといましたよ」
ようやくアデラの存在に気付いたロジオンだったが、時、既に遅し。
パッとラーレから離れたが、アデラの爛々と輝く眼光の鋭さは消えない。
「お、お姉ちゃん? どうしたの? いつものお姉ちゃんらしくないよ。弟みたいなものじゃない、ロジオン様って」
──ラーレの言い分に、若干傷付いたロジオンだった。
アデラはふかーく深呼吸をすると、怒らせていた肩を下ろした。
そして、深々とお辞儀をすると
「私はお邪魔虫だったようで──大変失礼しました。私はこれで下がりますので、後はごゆっくり。お休みなさいませ」
と、顔を上げてにこりと固まった笑顔を見せた。
「ア、アデラ……? ちょっと待って──誤解──」
バタン!
と鼻先で扉を閉められ、バタバタと怒り収まらない様子の足音に怖じけついたロジオンは、額を扉に擦り付けていた。
「どうしよう……半端無く怒ってる……」
「……姉と、どういうご関係なんですか?」
今度は後ろから地響きのような問いかけが聞こえ、顔を青くするロジオンだった……。
次回は木曜日に更新の予定です。