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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子は宮廷筆頭魔法使い
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(5)姉妹

「止めて下さい! そんなこと! 王子だって暫く自室から出るなと言っていたじゃないですか! 何とかしてくれますよ!」

「そんなこと信じられるか! 調子の良いこと言っているだけだ! 結局、どうにも出来ないで俺達は首だ!」

「あんなに親身になってくれた方は初めてですよ? もし、魔力が戻らなくても何か違う居場所を探してくれますよ」

「お前は魔法が使えるから言えるんだ! 良いよなあ? お前は残れるんだからよ」

「……」

「魔法しか取り柄がない奴に何処へ行けって言うんだよ! ここしか無いんだよ、俺等は! もう構うな!」


 出ていけ!


 どつかれながら部屋を追い出された小柄な娘は、閉じられた扉の前で暫く項垂れていた。

「……もう、勝手にしてください」

 突き放した言い方だった。心底呆れたような……。

 娘はフラりとした足取りで、自室とは違う方向へ歩いていった。





**

『火』の付属が付いている鉱石に火を当てると、直ぐに熱くなる。

 それを水の中にぶっこむと、あっという間にお湯になる。

 何かの元素を含んだ鉱石は貴重で、滅多に採掘されない。

 採掘されても、その値段の高さに庶民達の手にはそうそう渡らない代物。


(さすが鉱山を持つ、大国・エルズバーグ。こんな大きな石が普通に使われてるよ)

 ロジオンは、無駄に大きい湯槽に浸かりながら、水を湯に変化をさせた鉱石を掴んでいた。

 同じくらいの大きさの鉱石が入っている網の中から一つ取って、マジマジと見つめる。

(……と、言うか、人一人入るのにこんな大きな湯槽を使うから、こんなに鉱石が必要になるだけで……無駄)

と、言うものの、贅沢に慣れていないロジオンにとって

 こんな良い思いをして良いのか?

と、言う反面、気持ち良くないわけはない。

 はっきり言って気持ちが良い!

(このまま贅沢に慣れたらどうしよう──なんてね)

 一人の気ままさに泳ぐ。

 泳いでも全く問題ない広さに気分も良くなり、鼻歌を歌いながら更に泳ぐ。

 パタパタ

と、こちらに駆けてくる元気な足音が聞こえ、泳ぐのを止めてそちらを見上げた。

「……?」

 小さな子供の足音だ。

 そう思った途端、湯気の向こうからバタンと扉の開く音がして

「ロジオン兄様ー! アラベラも入るのー!」

「イレインも!」


 ──バシャン!!


 盛大な水しぶきと共に小さな個体二つ。

 アラベラとイレインだ。

「──ちょっ! あり得ないんだけど!! アラベラ! イレイン! 君達はもう男と一緒に風呂に入っちゃいけない歳だろ!?」

「ユリオン兄様とも入ってますよ?」

「従兄弟達も!」

 背中流してあげるー、と無邪気に海綿を持ち、突っ込んでくる妹達。

「……仲良しだね」

「うん!」


 浴槽がこれだけ広い理由が分かったロジオンだった。



 きゃいきゃい騒ぎながら、背中と髪を洗ってもらう。

 くすぐったさに笑いたくなるのを耐えながら、しばらく妹達のオモチャになっていたロジオンだったが

「ごめん……熱くなってきた。のぼせる前に出るね」

と、髪と身体に付いた泡を落としながら離れた。

 もう着替えて食事を取らないと、勤務時間に間に合わない。

 朝から長湯をしてのぼせるわけにいかない。

 このまま妹達にお付き合いしてると、のぼせるのは確実なのだ。

 

 えー、と不満タラタラの妹二人に「ごめんね」と何度も謝りながら湯槽から上がる。

「お母様からも後から来るって言ってたのに……」


「──それ早く言ってよ!」


 妹の言葉にロジオンはギョッとすると、急いで身体の露を拭い下着を履いて走り去った。




「……何で急いだのかなあ?」

「恥ずかしいのかしら?」

「でも、ユリオン兄様とリーリヤお姉様は一緒に入るのに」

「『ししゅんき』って言うものかも」


「「大変ねー」」


 ロジオンの慌てた様子に『ししゅんき』と決めつけた二人は、直ぐに綺麗さっぱり忘れ、背中の流しっこに楽しんだ。






**

 自室に戻ると、簡易テーブルに既に朝食が用意されてあった。

 パンの焼きたてのバターの匂いがロジオンの腹を鳴らす。

 ぐっすり寝てお風呂も入ってすっきりした所に、良いタイミングで用意された食事。

「おはようございます。お飲み物はいかがなさいましょうか?」

と、夕食時にアデラと共に運んできた侍女が控えていた。

 盆の上には、搾り立ての牛乳に、野菜ジュースと果物のジュース。それに珈琲と紅茶。

「……じゃあ……牛乳と珈琲で」

 一人でも家族で取る時と同じなんだ。贅沢だなー、と心中呟きながら座る。

 目の前に飲み物が置かれると、侍女はナフキンを手にロジオンの後ろに回る。

「軍服が汚れますから」

と、ナフキンを付けてくれた。


 ──いたせりつくせり──


 生活に関する動作を、何もしなくて良い人生。

(……楽だわ、確かに)

 しかも、宮廷に使える侍女達は粒揃い。

 くらりと来て間違いを起こしても「名誉なこと」だと相手は万々歳。

(でもなあ……)

 庶民生活に放浪生活。この侍女やアデラやハインみたいに主人に仕える生活をしていたロジオン。

 楽で優雅な生活には、どうしても違和感を感じてしまう。

 かしづかれる生活に「ひゃっほーい!」と有頂天に浸って溺れるほど高が外れる性格でもなく。

 どちらかと言うと

(どんだけ金使ってんだ?)

と、計算してビビる方である。


 ──それに

 いずれ、早いうちに離れ屋に戻るつもりだ。

 そうしたらまた、自分のことは自分でやる生活が待ってる。

(馴染んでしまったら、離れたくなくなるもんな)


 ロジオンは牛乳を飲みながら、ちらりと侍女の顔を見上げた。

 アデラと同じ小麦色の肌。

 彼女の方は黒髪に大きな黒目。

 目鼻立ちは、やはり粒揃いの宮廷だと感心してしまう。

 脇の髪は下ろし、後ろはきっちり結わいて上げてある。

 紺色のパフスリーブの丈の長いワンピースに、白い前掛けと同じ白いヘッドドレス。

 ヘッドドレスには王族に仕えている印の緋色の斜め線と、各王子・王女の生誕時に与えられた記章が刺繍されていた。

 彼女のヘッドドレスには、ロジオンのマークである薔薇杉がある。

(──早速新しい人を……)

 手回しの早さにロジオンは、呆れを通り越して溜め息さえも出なかった。

 ──だけど

 この感じ、誰かと似てる。

 ロジオンは、今度はマジマジと侍女の顔を眺めた。

 にこりと微笑まれ、イメージがダブる。

「……あっ!」

 思わず指差ししてしまったロジオンだった。





**

 アデラも朝から忙しい。

 明朝、まだ日の出ない間に起床して、ピッチリした訓練服を着る。

『アサシン』としての訓練を受けるためである。

 基本、隠密活動中心な為、特殊な訓練は夜中や日の出ない明朝に行われていた。

 そして、小休憩を挟んで各々昼間の仕事に携わる。

 こんなこと続けていれば、寝不足必須。お肌は荒れるし彼氏も出来ない。

 しかも、知るのは王家の一部のトップだけ。重労働だと愚痴るわけにもいかない。

 公だったら『なりたくない職種ワーストワン』に輝くだろう。


 それでも今だに続いているのは、国にとって必要不可欠な存在であるから。

 尚且つ──お給金が良いのだ。

 しかも退職時には、家一軒とか別荘とか爵位とか玉の輿とか──色々特典付きである。


 その分現役時には命懸けであるが。

 殉職することだって少なくない。

 平和な時を持続しているエルズバーグの中で、警備隊と同等かそれ以上に死亡率が高い職種。

 秘密を守るためか、はたまた募集をしたって来やしないのが分かっているのか、世襲制な職種。

(改めて考えてみれば、よく訓練を受け直したいと考えたな、私……)

 ロジオンの護衛をやれば、彼が寝るために寝室に入るまでが勤務時間なのだ。

 ロジオンが夜遅くまで起きていればいるほど、自分は更に遅い時間に就寝である。

 そして、夜が開ける前には起床。

『過労死』

と言う文字がアデラの頭に浮かんだ。


(これは早いところ、交代要員を見付けてもらわないと……)


 つらつらと思いにふけながら、ロジオンの自室前に辿り着く。

「ん?」

 扉の向こう──所謂部屋の向こうから笑い声が聞こえ、はて? とアデラは首を傾げた。

 笑い声は女性の声で、聞き覚えがある。話しているロジオンも、弾んでいて楽しげだ。

 ちょっとカチンときながら、扉をいつもより強く叩いた。

「おはようございます、アデラです! お迎えに上がりました!」

 入って、と昨日より明るい返答が返ってきた。

「失礼します」

 反対にアデラの口調は暗い。

 むすりとして入ったアデラの目に入ってきたのは、こちらに目もくれず立ち話をしているロジオン。


 そして──アデラの妹・ラーレだった。



「お姉ちゃん、おはよ」

「『お姉ちゃん』じゃない! 王子の御前だ。公私混同は駄目だ!」

 厳しく諌めるアデラに口を尖らせるラーレを見て、ロジオンはクスクスと笑う。

「いいよ。僕の前では楽にして」

 そう助け船を出してきたロジオンにアデラはきりり、と姿勢を正す。

「いいえ、クセになりますから」

と言った。

「アデラ様は生真面目で……。大変ですわね、ロジオン様」

 接待用の口調だが刺のある話し方のラーレに、アデラはきつい眼差しを向けた。

「そう? 素直で面白い人だよ……? 好きだけど、僕は」

 かあああああああああああ! と、瞬時に顔を赤くしたアデラを見て

「ほらね?」

と、ロジオンとラーレは笑った。


(からかわれてる……)

 自分の知らないうちに親しくなって、自分がいる時より笑って楽しそうなんて。

 知ってる。

 ラーレの方がずっと器用に要領よく生きて、人生を楽しんでる。

 会話だって、いつもクドクド注意ばかりする自分よりずっと楽しいだろう。

(馬鹿だな、私……)

 昨日の朝のコブラの誓いだって、からかわれただけだ、きっと。


 すっ……と、感情の熱波が引いた気がした。


「もう、お時間ですよ」

「あ……ちょっと待って」

「支度の途中でしたか。──では、私は外で待機しておりますので」

 折り目良く頭を下げ一旦下がろうとしたアデラだったが、ロジオンに止められた。


「待った。先程……ラーレと今後について話をしたんだ」

「──今後? では、部屋付き侍女としてお認めに?」

 そう言うこと、と言うように、ラーレが可愛く首を傾ける。

「裏方の仕事をしている人の中で……魔法防備の術を持っている人が……何人かいると聞いてね」

「いますね、確かに」

「侍女と従者を順番に……暫く持ち回りをしてもらおうと思う」

 良いんじゃないでしょうかとアデラ。

「その方が……アデラだって午前か午後に休憩が取れるし……身体が楽になるでしょ」

「はい」

「アデラ様も若くないから、昔みたいに動けないでしょうし」

「余計なお世話ですよ、そこは」

 拗ねた素振りを見せたアデラに、ロジオンとラーレは快活な笑いを見せた。




他のお話にも付けたな、こんな副題…。

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