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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子は宮廷筆頭魔法使い
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(4)明証

「ゾウル=セルバン。二十三歳。エルタミーナ地区・スガナ領の三男。二十歳に宮廷魔法管轄処に在席……ここまでで間違っているところは?」

「……」

「得意な魔法:火・炎関係。へー」

「……」

「魔導師認定考査を受けたこと……『無し』」

「……」

「趣味:悪言 仲間とたむろっているのが好き。足癖が悪い。口も悪い。人も食べ物も好き嫌いが激しい。人間不信ですぐに切れる……」

「──そんなこと身上書に書いてねえよ!」

「何だ……喋れるじゃん。まだ、魔法が撤廃しきれてないかと思ったよ」

 ふざけんな! チッと舌打ちして応接間の卓から足を下ろした。

 執務室の隣の応接間が面談の場であった。


 最初の一人は、良家ゴロツキ(アデラが命名したのを使っている)グループのリーダーだ。

 短く刈り上げた髪を整髪料でツンツンに上に立てて仕上げ、所々に赤い染色をしている。

 オーダー製だと思われる皮製のジャケットにズボンにブーツは、意味があるのか無いのか破いたり不明な鎖やベルトがジャラジャラ付いている。

 ロジオン的には有りだが、宮廷内ではこれでは非難されるだろう。

 よく見ると顔立ちだって悪くない。普通にしていた方が、マシになるタイプだ。

(しかしまあ……よく父上も見逃していたよ)


 ──って言うか、興味なかったのかも。そんな感じなんだろうな


 ふてくされた態度のゾウルだが、からかう目的で就任式や顔合わせに出向いてきたとは言え、来たということは気になるのだろう。


 来ない魔導師達と

 来た魔法使い


 どちらも同じ心配がある。


(流石、火を扱っていただけあって気性が激しいんだ)

 目の前でぞんざいに座るゾウルと視線があった。

 へっと顔を歪めるとゾウルはずいっと、卓越しに顔を近付けてきた。

「何か俺の顔についてる? ニセお・う・じ・さ・ま」

 ──ここにアデラがいなくて良かったと、ロジオンは胸を撫で下ろした。

 そんなロジオンの様子を気にすること無くゾウルは、揚々と喋りだした。

「聞いてるぜ。本物はおっちんじゃって、コンラートが似た子を探して仕立て上げてんだって。あんた、どこの人間なんだ? ──ああ! そうだよな? 自分だってどこの人間か名前だって分かんねーんだもんな? 尋ねられても困るよなー?」

「そう言う噂は……耳にしてる」

 淡々と答えたロジオンの落ち着いている姿に、ゾウルは痩せ我慢だと思い込んでいた。

「協力してやるよ」

「何を?」

「この噂がもっと遠くに広まってみろよ? 大問題になるぜ? その前にさ、消さなきゃいけないよな──それを俺らがやってやるって!」


「……噂を信じているわけ?」


 ぴん──と、一瞬にして張り詰めた空気に、ゾウルは口を閉ざした。


 真正面にいる少年の顔から笑みが消えた。ブルーグレイの瞳が、先程より光を放っている。

 

 ──これは噂は本当だな。

 ロジオンの様子に確信したゾウルは、氷膜のような空気に気付かない振りをし口を開いた。

「俺達だって、ただ今までのように暮らしたいだけなんだぜ? 実家に帰って田舎暮らしなんて御免だし。第一、三男の俺には居る場所がない……他の仲間だってそうさ」

 ふっと、厄介払いの日々を過ごした実家の暮らしを思い出す。

 領地も財産も長男が全て受け継ぐエルタミーナ地区は、古い封建制度のままだ。

 封建とはいえ、長男以外の他の子供にまで財産分与をする中央とはわけが違うのだ。

 ここに居る限り給金は入る。住むところは困らない。魔法を扱うと言っても、ここのところずっと平和で、自分は仕事に出たことなど無いから命が危なくなることはない。

 ―─こっちだって生きるために必死なんだ!


「ゾウル、もう一度聞くよ……? 信じているの? 噂を」

「真実なんだろ?」

 ニヤリと暗い笑いをしたゾウルに、ロジオンは残念そうに瞼を閉じた。

「お互い協定を結ぼうじゃないか。美味しい汁は分け合わないとなあ? 王子」

 差し伸べてきたゾウルの手を、ロジオンはジッと見つめながら話す。

「……魔法を扱う者達が基本としている教えの一つに、『他人の言葉に惑わされるな。真実は己で確認せよ』がある。……覚えてる? 君に師がいるなら習っているはずだよ」

「ああ? そういやあ、あったな。──それが何だよ?」

 言いながらヘラリと笑うゾウルは、その言葉の意味の重大さを忘れていた。

 ロジオンの瞳が細く鋭利になる。ゾウルの差し伸べてきた手を握り返した。

 僅かに上がった口角にゾウルは『承諾』をしたのだと喜んだその時──。


「過去に魔法は使えたのは本当だね。今は何故、魔力さえ出せないの?」


「──!?」

「教えてもらうよ……君の『血』から……」

 ロジオンから離れようとゾウルは手を引いたが、離れない。

 それどころか、彼の手に全てが吸い込まれる感覚に背筋が凍った。

 覚えがある。これは


『明証』だ。


 魔法を扱う者達は解る。

『視ようとしたら視れる。その人やその物の成り、本質、性質を』

 魔力があるだけでは魔法は施行できない。魔法を理解する『読』の力も必要だ。

 その魔法を己の頭で分析・解析し、自分なりの魔法を繰り出す。

 一番手っ取り早く、確実に理解する方法は

『触れる』

 こと。

 魔力が高く、強力な魔法を施行する者が『明証』をすると、相手の生きざまや過去、血縁など様々なものが見えると聞く。


 ──視られてる!

 ゾウルは、こんな強い詮議を受けたことがなかった。精神攻撃に近い衝撃に身体が痺れる。

 そしてようやく気付いた。

『信じているの? 噂を』

 ロジオンの言葉の意味を。

 魔法使いや魔導師達──それなりの力のある使い手達が、その手の噂に無関心だったことに。

『視て』理解していたからだ。

 彼が

 自分の目の前にいる少年が『ロジオン=イェレ=エクロース=エルズバーグ』だと言うことに。

 彼を脅したことで、ゾウルは自分自身の首を絞めてしまった。


 ようやく離れた手を呆然と見つめているゾウルに、ロジオンは「座って」と彼の肩を叩いた。

 力無く座るゾウルは、怯えた光を隠すように項垂れていた。

「魔法が施行できなくなったのはいつ?」

 ロジオンの問いに答える気力もないのか、口を閉ざしたままだ。

 扱いづらさを感じながらも、ロジオンは宥めすかし、時には少々脅し、ゾウルから話を聞き出した。





**

「今日、面談できたのは、結局ゴロツキ達だけでしたね」

「明日は……もう少し面談できると良いんだけど……」

 執務室にある長椅子で足を伸ばし楽な格好を取るロジオンを見て、アデラは彼の脛を叩いた。

「今日は勘弁してよ……。精神的に疲れてるんだから……」

 そう言って、目元を擦るロジオンは確かに疲れきっているように見える。

「もう……! 僕より年上の癖に……小さい悪ガキ相手にしている気分だったよ……。唯一素直だったのが、コリンって言うゾウルの実家の使用人の娘でさ……。後は類友だわ……」

 心底嫌そうな声音で言われ、アデラは心配になり

「ここで御夕食を取られるように手配致しましょうか? ついでに甘い物も付けていただくように申し付けますよ」

と助言した。

「うん……そうしようかな……。それから……朝に風呂に入りたいから、それも頼んどいて」


 かしこまりました──アデラはそうお辞儀をすると、部屋を出ていった。


 アデラの快活に鳴らす靴の音が遠ざかるのを確認すると、ロジオンは気だるそうに長椅子から起き上がる。

 そうして、側に控えていたハインを

 チョイチョイ

と指を揺らして呼んだ。


 叱られる前の、ドロッとした雰囲気がロジオンの回りを囲んでいる──気がして、ハインは躊躇いつつ近付いた。


「はい……」

 長椅子の背にもたれ、こちらを覗くように見上げるロジオンの視線は鋭い。

 口角も下がり、言いたい不満をずっと我慢してきた口元だ。

 アデラを下げないと言えない話──魔法管轄処の内情のことだと分かる。

「……知ってたね?」

「申し訳ありません!」

 素直に謝ります! 非を認めます! ギックリ腰でも起こすんじゃないかという勢いの頭の下げ方だ。

「あやつらは、此処を追い出されたら行くところがないのです! 無理に追い出したら、街で悪さをしそうだし。それに──」

「──何故、魔力が無くなったのか……原因が分からない……でしょ?」

「『明証』をしても分からなかったのです。もしや、ロジオン様なら──と」

「そう言うの……早く相談してくれない? ただでさえ敵対心持たれてるのにさ……」

 はあ……と、ロジオンは力無く溜め息をつく。

「……大病したり、大怪我をしたりすると……稀に魔力を失うことがあるけど……そんな経験はないと言うし、『視た』感じも無かった。……死期が近いわけでもなさそうだし」

「以前、私も『視た』時もそう『明証』しました──だから、分からないのです」

 暫く沈黙があった。

 顎に指を当て思い当たる節を探して、考えを巡らしているロジオンだったが、これしかないな、と結論に至る。

「やっぱり『代償』かね……」

 ハインは首を横に振った。

「魔法は彼等の命綱ですよ? 何かと引き換えに魔法を渡すとは考えられません」

「彼等が渡したんじゃないとしたら?」

「……えっ?」

「非常に特殊な例だけど……今までに無かった訳じゃない。魔法日記を奪うより……楽に力を持てる」

 ハインの目が見開き、それから目に分かるように表情が暗くなっていく。

「それを行った第三者が、この魔法管轄処にいるってことになります……」

 声も同じく暗く低い。

「魔力が無くなったのが二年前だよ?……今、魔法管轄処にいる者達より……いなくなった者達の方が怪しいよ。今回辞めた魔導師と魔法使い。それから……二年の間に辞めていった者達の身上書は?」

「直ぐにお出しします」

 ハインは事の重大さに、顔色が悪いままだ。

 自分が筆頭時代の不始末だ。改めて自分の無能さに打ちのめされている様子だった。


「……取り合えず、ご飯食べちゃおうか?」


 アデラが、侍女と共にワゴンを押しながらやって来たのだ。

「過ぎたことは仕方ない……。とにかく、犯人を突き止めて『返還』出来るかどうかやってみよう」





**

「ハイン」

 持ってきた書類に目を通しながら、各個人の身体の特徴を尋ねていたロジオンは、二人の魔導師に絞った。

 二年前に『死期』が近いからと退職した

ゲオルグ=フォン。

 最近退職した

オルコス=ドル

「魔導師なら魔導統率協会に問い合わせれば、現在の居場所を特定出来ると思う」

「直ぐに向かいます」

 それから──と、ロジオンはプラス二枚の身上書をハインに渡した。

「これは……?」

「この二人も問い合わせて、確認」

 現在在籍している、残りの魔導師二人の身上書だ。

「この二人にも疑惑が?」

「別の疑惑がね……よく読んでよ。魔導師に認定されたのが……三年前になってるでしょ?──認定考査はここ三年間……行ってないんだよ?」

「──あっ!?」

「西暦の書き間違えかと……今日、本人達に聞こうと思ったのに……出てきやしない。もう、面倒だから……ついでに確認してきて」

 苛立ちながら話すロジオンからとばっちりが来そうな予感がし、ハインは返事をすると、さっさと部屋から出ていった。

 一番近い方陣から協会に向かうために……。


 はあ、と溜め息を付く。

 取り合えず自室に戻ろうかな──ロジオンは眠気と戦いながら、散らかした書類を片付けた。


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