(17)第四考査――前(1)
おひさな投稿。
一階フロアで待っているエルズバーグの魔法使い達と、エマ、ラーレ、それとゾフィにディルがいた。
「ロジオン様!」
魔法使い達が手を振ってきたので、手を振り返す。
「元に戻られましたか?」
「お陰様で」
ロジオンのしっかりとした口調に、一同ホッと胸をなで下ろした。
「……タゥーザは?」
「さっきまで一緒にいたんだけど、側近の人が戻ってきたら他のおつきの人達とどっか行ったわよ~」
とエマ。
「『改めてお詫びに伺います』と仰せつかりました」
ラーレが告げる。
ようやく本来の仕事に集中するようになったのか、浮ついた雰囲気のなくなった妹にアデラは満足そうだ。
「まぁ……その方がいいね。目立つし」
そう言いながらロジオンは、ポケットにねじ込まれた紙を出し、広げる。
それは今までの総評点が書き込まれている。
「書かれていても合格点が幾つからなのか分からないから、どうしようもなくない?」
「そうなんですよね。で、ロジオン様が戻ってくるまでの間、皆で見せ合いっこして合格点の予想をたてていたところなんです」
と、王宮の魔法使いの一人がロジオンに総評の紙を見せる。
ロジオンは皆のをざっと見て、「うーん」と唸る。
「やっぱエマ達は高いね。第三考査で減点なしで加点が入ってる」
「このままいけば魔導師になれますかね?」
一気に王宮の魔法使い達の気色が良くなる。
「どうなのかしらね~。中止する前は魔導師考査って一年に一人か二人の狭き門で、へたしたら『その年はなし』っていうのも珍しくなかったから~」
「三年ぶりに再開されたから、今年は多めに認定するとか?」
エマの言葉にゾフィが明るい予測をたてる。
「質を落とさないように考査そのものも変更したんだし、それはないんじゃないかな?」
「僕もそう思う」
ディルの言葉にロジオンも同意した。
「えー……」と王宮の魔法使い達もゾフィも先ほどと打って変わり、ガッカリと肩を落とす。
「――でも、何か意味はあると思うよ。この総評」
とだけロジオンは告げた。
「そろそろ、第四考査が始まる頃よね~」とエマ。
「まあ、今度は頑張ろう。僕たちは」
ゾフィとディルに声をかける。
「うん!」
「そうですね」
と二人、明るく返ってきたのでホッとしたロジオンだった。
◇◇◇◇
――もうそろそろ
と待っていたのに、なかなか召集がかからない。
「正午からって言ってたから早めにお昼食べたのに、どうしたんだろ?」
ゾフィが呟く。
心配なのはゾフィだけじゃない。待機している考査にきた魔法使い達もざわつきだしている。
「珍しいね、時間にはうるさいドレイクなのに……何かあったのかな?」
まさかキスの影響が? ――なんて思ったけど「それはないな」とロジオンは脳内で否定する。
(キスくらいで動揺するような歳を重ねてないだろう? あの竜)
座ってドリンクのストローを口で弄んでいたら、
「ロジオン」
タゥーザが声をかけてきた。
見上げると、酷く消沈した顔で自分を見下ろしている。
雑談をしていた王宮の魔法使い達も、ゾフィもディルも、一瞬にして口を閉ざし、タゥーザを凝視する。
「身体の方はどうだ? おかしなところは……?」
「もう平気だから」
ロジオンはストローを口から外し、笑みを浮かべる。
「……すまぬ」
とタゥーザが頭を下げてきた。
「もう良いって。こうして無事に第四考査に間に合ってるのだから」
「しかし、私がもっと冷静でいれたら第三考査に加点が入って、総評点が良かったはず……」
「第四考査で挽回すればいい」
「そのことなんだが……」
タゥーザがまだ浮上できないのか、落ち込んだままの表情でロジオンと対に座る。
「私は第四考査は辞退するつもりだ」
「……僕を殴ったから?」
タゥーザが微かに頷いた。
「本来なら国間の問題になってもおかしくないのに、ロジオン。君は『なかったこと』として揉み消そうとまでしてくれた。私がその気持ちに応えるとしたら今回の考査を諦める、という選択しか思いつかない……」
「――そんなこと、することはない」
「しかし!」
ようやく顔を上げたタゥーザとロジオンは、真っ直ぐに見つあう。
銀と青の混じった、不思議な色合いの瞳にタゥーザは見入られ動作を止めてしまう。
「僕は国の王子として、魔導師認定考査を受けるわけじゃない。一人の魔法使いとして、だ。……正直、父である国王陛下の命もあるけれど、その前に僕は王子としてでなく、魔法の使い手として生きていくと決めているからここにきた。だから僕にとって国との問題じゃない。僕自身とタゥーザの、二人の問題だと思っている。タゥーザ、君が一国の王子としてこの認定考査を受けにきたのならここで降りることを勧めるけれど、そうでなければ降りることはない。ただ僕は――タゥーザの暴行の件は致し方ない状況だったと認めて許している」
「私は……バハルキマの王太子で、父に次ぐ王位後継者だ。おいそれとこの地位を捨てるわけにはいかない立場。もし軽々しく捨てたら宮廷内で紛争が起きよう。しかし、宮廷内では多くの臣下達が、私が魔導師になることを望んでいる」
「では僕と目的は違うけれど、このまま続行したほうがいい」
ロジオンがそう勧めるが、タゥーザはまだ何か言いたげに組んだ指を弄ぶ。
「……その、臣下達が私に魔導師になることを望む理由というのはある『予言』のことでだ」
「『予言』?」
タゥーザは頷くと、話を進めていく。
「会った時に話したであろう? 宮廷の予言者が私が産まれる少し前に『雪原の月にこの世界を救う偉大なる魔法の使い手が誕生するであろう』というお告げをした。そうして私が産まれた……。私は『世界を救う』のだとずっと言われて育ってきた」
「……ああ、そうだったね」
「ああ、ロジオン。君と同じ月に産まれた」
「うん」
テーブルを挟み、見つめ合う二人に奇妙な静寂が起きていた。
それを先に破ったのは、タゥーザ。
「……予言者含む、私の周囲の者達は世界を救う魔法の使い手は私だと信じ込んでいた。そして私も……自分だと信じていた。管見であったのだ、私は」
真っ直ぐに見つめてくるタゥーザの黒曜石のような瞳が、焦燥とした光を放っている。
「『世界を救う』のは……」
「――それは『予言』であって『確証』ではないよね?」
タゥーザの言葉をロジオンは、わざと遮った。
「予言は占いと同じで、確証のないものだと思っている」
「我が宮廷の予言師は能力が高い。外したことの方が少ない」
「全てが当たってはないんだろう?」
「ああ」とタゥーザが頷いた。
「バハルキマの政治がその予言師頼りなら、皆が傾倒する理由は分かる。――けれど、僕の耳には参考程度にしているとしか届いていないよ」
タゥーザは視線を落として、じっと考えこむ仕草をとる。
「『世界を救う』なんて確証のない重荷を背負っていくなんて馬鹿馬鹿しくないかい? それに未来なんてここで選択しだいで大きく変わることだってあると僕は思う。タゥーザは今、どうしたい?」
「……やはり、今回は見送る」
ロジオンの問いに長い沈黙の後、ようやくそう口を開いた。
「もう一度、自分が本当に魔導師になりたいのか、魔法の使い手になりたいのか――考えたい。周囲に流されるままではなくて……」
「……そう」
タゥーザがロジオンに手を差し出してくる。
握手を求めてきたのだ。
「『明証』などするつもりはないぞ? 親戚同士の友好の握手だ」
「したって『防御』するけどね」
互いに悪戯な顔で笑うと、握手を交わす。
「時間が空いたら、是非バハルキマに遊びにきてくれ。その時には我が国を案内しよう、伯父上」
「……それで呼ぶの止めてって」
苦々しい顔を見せたロジオンに、タゥーザは快活に笑うと去っていった。
「……タゥーザ、棄権するんだ」
ゾフィがしんみりと呟いた。
「お嫁さんになりたかった?」
「そんなわけないだろう!八人目の嫁になるなんてまっぴらだよ!」
ロジオンのからかいに顔を真っ赤にして反論したゾフィに、笑いが起きた。




