(14)ノアは願う
四年以上更新してなかったことにビックリ!
とりあえず――と、目立たぬよう最小人数に絞り、アデラとラーレが使っている部屋に入った。
メンバーは勿論、問題の本人である「ノア」と名乗っているロジオン。
それからアデラとラーレ。
タウィーザの側近である青年――名前はアルキマという。
この国の特徴である麦色の肌に黒曜石色の瞳、癖のある髪を短く刈り上げ、好青年に見える。
殴って「ノア」を出したタウィーザ本人は遠慮してもらった。
遠慮してもらったのは何もタウィーザだけではない。
ロジオンの周囲の現在、魔導師認定考査を受けている魔法使い全員は、不正を怪しまれる可能性もあるため、協会内か外で待機してもらうことにしたのだ。
「僕の母が侍女頭です。頼んで呼んできてもらいます」
ディルが気を利かせてくれる。
「侍女頭って、あの大きい女性? 協会内に入ったとき最初に説明してくれた人がいたのよ」
とラーレは、ディルの熊のような大きさに感心しながら尋ねた。
「はい、おそらく母だと思います」
にこっと愛想のいい笑顔を向けると、「ちょっと探しにいってきますね」とこの場を離れていった。
待つ間の部屋の空気は、あまりいいものではなかった。
何せ、バハルキマの王子がエルズバーグの王子を殴ったのだから。
「パニックになった」と反省しているようだが、これが原因で国間に摩擦が起きたら厄介なことになる。
それはお互いに分かっている。
アデラもラーレも平和的に収めたいと思っているが、何せ多くの証人がいる。
こっちが「他言無用」と決着をつけても、うっかり口を滑らす者がいたら――おしまいだ。
「……我が主がしでかしたこと、お詫びのしようがありません」
「いえ、今回の野営考査は難しかったと思います。それでパニックを起こすのは致し方ないこと」
さて、そうしようかととっかかりを探っていた二人だったが、アルキマの方から声をかけてきてくれて助かったと言わんばかりにアデラも口を開く。
「ロジオン様はそのようなことを気にするお方ではありませんから、どうかお気を楽に」
とラーレも言葉を添える。
「しかし……我が主人が犯した行為によってロジオン様の人格が変わってしまわれたのは確かですし」
「いえ……殴ったからこんな人格になったわけでは……ないようです」
「でも、女性らしくなってしまわれたのは、やはりうちの主人が原因でしょう?」
――ええと……
アデラは困っていた。
ラーレだってロジオンがこうなった理由を詳しく知らない。
何せ全部ベラベラ喋ってしまったら、これよりもっとパニックが起きるだろう。
(一体どこから話していいのやら……)
とうのロジオンに視線を移すと本人は気楽なようで、寝台に座って外を眺めている。
その仕草が――やはり女だ。
「ドレイク、くるかなぁ? イゾルテ様もくるかしら?」
ノアというロジオンが口を開く。
鼻歌を歌い、どこかウキウキしてる様子に残りの三人にいやな予感が襲う。
「ロジオン様! いい加減にからかうのはお止めください!」
たまらずラーレが叱るも、彼、というか彼女はどこ吹く風だ。
「いいじゃない。ようやく出てこれたんだし、ドレイクやイゾルテ様に会いたいわ。――久しぶりに二人にハグしたいなぁ」
「ハ、ハグ? ドドレイク様にハグ! ですって!? な、何言ってるんですか!?」
アデラよりラーレが顔を真っ赤にして怒っている。
「あ、貴女、ドレイクに惚れているな? 止めときなさいって、あいつ只人に興味なんて蚤ほどもないわよ?」
「う、うるさい! ドレイク様は男にだって興味ないわよ!」
「さあ? どうかしら?」
ふふん、と鼻で笑うロジオンにますます向きになるラーレ。
標的の相手がこないうちに取り合いが勃発している様子は、男を取り合い戦う女性同士そのもだ。
アルキマはポカーンと口を開けながらも、とばっちりがこないよう避難しているし。
アデラは額を押さえて、どうやって止めようか迷ってる。
ギャーギャー騒いでいたノアと言っているロジオンがピクン、と反応し、耳を押さえる。
「――分かったわ」
一人頷いて了承して、アデラ達に言った。
「部屋を出て、一番近くにある移動方陣に乗りなさいって」
「ドレイク殿ですか?」
アデラの問いに頷く。
早速部屋から出て一番近い移動方陣へ急ぐ。
「――あ、貴女は待ってて」と、ノアに止められたのはラーレだ。
「えっ? どうしてよ!? あんただけドレイク様に会うのずるい!」
「駄目だって。貴女は呼ばれていないの。勝手についてきたら、それこそドレイクの雷が落ちて嫌われるわよ?」
「で、でも! 私だってロジオン様の従者だし!」
それでもまだグチグチ言ってくるラーレに、アデラがドレイクの代わりに雷を落とした。
「いい加減にしなさい! こめかみをぐりぐりされたいの!?」
「ひっ!?」とラーレがひきつった声を上げ、ようやく大人しくなった。
アデラの「頭グリグリ」は、とんでもなく痛いというのはラーレもよく知っていた。
あのエクティレスさえも、屈した痛みだ。
長女故のアデラの下の妹弟を大人しくさせる手段。
一時期トラウマになるほどの痛みと恐怖を、ラーレに植え付けていた。
「うううううう~ひどーい……!」
半泣きになっているが、仕事なのだから公私混同しているラーレをとても連れていけない。
「ここで待ってなさい。良いわね、ラーレ。いい加減にしないと職務怠慢で王宮に返さなくてはならなくなるからな」
「……はい」
真剣に叱られて、しょぼんと肩を落とすラーレを部屋に置いて、ノアというロジオンを先頭にアデラとアルキマの三人は一番近くの移動方陣に向かった。
素早く三人乗り込むと瞬時に消えた。
着いた場所は――アデラの覚えのある場所だ。
ドレイクのプライベート階。
「こちらです」
やはりドレイクがいて、三人を個室に手招きする。
「聞かれては都合の悪い話でしょうから」
一言告げて扉を閉める。
――そこには
「久しぶりね、『ノア』」
そうロジオンに話しかける魔承師イゾルテがいた。
その神々しさにあてられて呆然としてるのはアルキマだ。
背中に揺れる銀の髪は、日に当たって銀に輝く海の色。
透けるように白い肌に色づく薄紅色の唇。
あり得ないほどに造形の整った顔立ちに、スタイル――初対面の人は大抵、アルキマのようにしばし見とれて微動だにできなくなるだろう。
「イゾルテ! 会いたかった!」
ノアと呼ばれロジオンは感無量とばかりにイゾルテと抱きしめあう。
「また生身の身体で、貴女を感じれる日がやってくるなんて思わなかったわ! ロジオンに感謝!」
ノアの台詞にアルキマだけは、別世界の人間のような顔をしている。
ここまで来てアデラもようやくこの『ノア』の策略に気づく。
ドレイクは分かっていたようで軽い溜息を吐き出した。
「ロジオンに頼みましたね? 眠ったまま起きないなんてあり得ないと思っていました」
「ドレイク~!」
今度は呆れ顔のドレイクに飛び込んでいく――が、頭を掴まれて距離を取られた。
「ロジオン様は、最初から目覚めておいでなのですね?」
アデラは頭を掴まれたまま手足をばたつかせている『ノア』に尋ねた。
「そう。だってこうして表にでれることってもうないでしょうから。だから融合するのを条件に、最後のお願いとして聞いてくれたのよ」
「……女の性でロジオン様も驚いたでしょうね……」
苦笑いするしかない。
それはイゾルテも同じ意見なようで、困ったように一緒に笑った。
「あ、あの……すいません。私はここにいない方がいいでしょうか?」
おそるおそる尋ねてきたのはアルキマだ。
――部外者すぎて、きっと彼が一番困ってる。




