(13)問題発生
地平線が白々としてきた頃、火災体験は幕を閉じた。
この間、パニックを起し逃げ惑った者や人や木々などに被害を与えようとした者は、失格となった。
現状を見極め、どう判断し行動するか――それを行うためには、まず冷静に状況を確認しなくてはならない。状況に応じた魔法を正しく施行しなければ、かえって命取りになるのだ。
戦時中は、守りに配置されやすい魔法の使い手。
だからこそ、その場の判断が素早くできて味方を勝利に導く道標となる魔法を、施行できないとならない。
そして負け戦でも、損害を最小限にするために命を救う魔法を施行しなければならない。
どれだけ自分を抑え、冷静に行動できるか――の考査。
「この火災がまず嘘か真か視なくてはならなかった。それからどう判断し行動をしたか、見させてもらいました」
とドレイク。
自分のグループだけでなく、他のグループの魔法使い達を引き止め説得出来た。
さらに、本物である熱風や火の粉への対象に何かしら手段をしたグループには、加点を与えるとした。
エマ達のグループは無事に通過。
勿論、ロジオン達のグループも通過となった。
「ロジオン様!」
一晩協会で過ごしたアデラとラーレが、通過の吉報に喜び顔をほころばせながらロジオン達に駆け寄る。
「おめでとうございます!」
嬉しさにアデラだけでなく、ラーレも一緒にロジオンの手を握った。
「……?」
――だが
二人は首を傾げた。
ロジオンの様子がおかしい。
妙な面持ちで自分達を見ると、気恥ずかしそうにアデラとラーレの手を離し、モジモジと自分の背中に手を回した。
そう言えば、グループを組んだらしい他の魔法使いの様子もおかしい。
困惑した表情でロジオンを見ていた。
「ロジオン様?」
アデラがロジオンの顔ギリギリまで近付くと、スッ、と頬を赤らめて下がる。
「いつものロジオン様ならここで『アデラ!』と抱き着いてきそうですけど……」
ついでにチューもしそうなのに、とラーレも不思議そうに目を瞬かせる。
「この王子に殴られたらいきなり『おネエ』になったんだ」
ゾフィがタウィーザを指差しながらアデラ達に教えた。
「殴られた!」
二人一斉にタウィーザを睨み付ける。
タウィーザの付き添い達も合流して、驚いた様子で己の主人を見つめる。
「ふざけてそうなった……のでしょうか?」
アデラはロジオンに。
タウィーザの付き添い達はタウィーザに、それぞれ尋ねる。
ロジオンはエルズバーグの王子。
タウィーザはバハルキマの王子。
どちらも大国だし、お互いに血縁だ。だが殴った理由次第では国同士の摩擦が生じる。
「ちょっとした意見の食い違いからだよ。何てことない」
ばつが悪そうにして黙りこくるタウィーザを見つめながら、ロジオンは笑う。
「おネエって……?」
話してくれたゾフィにアデラは聞いてみた。
その場にいたわけではないアデラには、一晩のうちにロジオンの身に何が起きたのか、把握出来ていない。
尋ねて整理する必要があった。
「あのね、タウィーザが火事に混乱してロジオンを殴ったんだ。だけど火事は嘘でさ、それを教えてくれたのがロジオンなんだけど、ロジオンが『クネクネ』ってなってロジオンじゃなくなったみたい」
(意味分からん)
――皆、首を傾げた。
「……あの、僕が説明しても良いでしょうか?」
ゾフィの後ろに立っていた大柄の男が手をあげる。ロジオンから離れた時にはいなかった魔法使いだ。
「君は?」
アデラが尋ねる。
「ディル・アルクルと言います。途中からロジオン達のグループに入れさせてもらいました」
そう自己紹介を済ますと、アデラ達に昨夜起きたことを説明した。
「――と、言うわけです」
いつの間にか輪の中にエマとエルズバーグの魔法使い達もいて、話を聞いていた。
「……じゃあロジオン様は、殴られたショックで変な方向に目覚めたってことでしょうか?」
エルズバーグ側の魔法使いが神妙な顔付きで口を開く。
「どうしよう? 陛下にご報告した方が良いのかな?」
ラーレの意見に、バハルキマ側がギョッとし肩を揺らした。
アデラやエマは、おネエ化した理由を察しているものだから悩む。
――ここで正直に説明しても良いものか?
(でも馬鹿正直に一から話したらとんでもない内容だし、周辺パニックになるわよね……)
歴代のマルティンの魂が引っ付いていて、当時の人格も消されることなく健在にロジオンの中にいる――ということだって、いくら不可思議なことに耐性がある魔法の使い手だとてなかなか信じないだろうし。
――さあ、困ったあ
アデラとエマは視線で合図をすると、喧々諤々し始めた周囲の間を抜け出した。
「ドレイク、呼んでくる? 次の考査まで時間あるみたいだしイ」
ドレイクの助手達が、
「次の考査は正午過ぎに始めます! それまで協会内で休憩をしても構いませんし、勿論、外で休んでいても結構です!」
と知らせていた。
「でもドレイク殿は考査執行のお一人で忙しいでしょう? 終わるまでこちらから近付くのは、良い心証を与えないと思う」
「だよね~」
お互いの肩をくっつけてヒソヒソと話していると、トン――と不意にアデラの背中を叩く者がいた。
いつの間にか、ロジオンが立っていた。
「ロジオン様?」
「ドレイク呼んでよ。こっそりなら会うと思うから-と言うか会わないとまずい」
銀髪をハラリと脇に流すロジオンの仕草は、年頃の女性そのものだ。
ちょっと背中がゾワゾワしながらアデラは、
「ドレイク殿と話がつけば、ロジオン様と交代していただけますか?」
と小声で聞く。
「交代したいんだけどさ、起きないのよ。『ロジオン』が」
「――えっ?」
唖然としたまま自分を凝視しているアデラを見て、『ノア』は困ったように肩を竦める。
そうして『彼女』は艶やかに笑った。
またしばらくお休み…




