(11)ノア
雰囲気も口調も変わったロジオンに、三人呆然と彼を見つめる。
そんな三人の様子に気にすることなく、ロジオンは「ふん」と居丈高に顎をそると、燃え盛る方角に向かって指を指した。
「あんた達、あれが何に見えるの?」
「……火事」
ゾフィが答えた。
それに対して返ってきた言葉が、
「馬鹿なの? 」
と人を愚弄するものだ。
いち早く我に返り、怒りを露にしたのはタウィーザだった。
どこか色気あるロジオンに、つかつかと近付いていく。
「お前! いきなり馬鹿とは何だ、私を愚弄するとは! 宮廷の魔導師や師さえにも言われたことがないと言うのに!」
「馬鹿だろう。『これが』本物か偽物かも判断がつかない馬鹿が魔導師になんかなれるどころか、魔力の使い方さえ出来ない馬鹿じゃないか」
「……えっ?」
三人は一斉に、今だに樹海を燃やし続けている火の手を「視る」
「幻覚だ……! それもかなりリアルな!」
ディルが驚きに声をあげた。
「――強めに魔力を出さんと、現実と全く見分けがつかんぞ……」
タウィーザが悔しそうに呟いた横で、
「……よく分からない」
と、ゾフィが小首を傾げる。
「……分からんのか」
残念そうに言うタウィーザにゾフィは、
「だって! 火事で起きる熱風とか火の粉とか……! 本物だよ?」
と抗議する。
「魔法でそれらしく造り出しているに決まってるじゃん。協会所属の魔導師達が」
だから、とロジオンは言葉を続ける。
「やるべきことは、何なの?」
「熱風に対する暑さ対策に、飛んでくる火の粉は本物だから、回避に――結界内で起きる攻撃魔法に注意」
ディルが答える。
チッチ、とロジオンが人差し指を振った。
「惜しいな。それも間違っていないけど―― 一番怖いのは……」
「た、助けて!」
「早く火の手が上がっていない場所へ!」
「結界が張られて逃げられないのに、どこへ逃げれば良いのよ!」
数人が叫びながら、必死の形相でロジオン達の脇を走り去っていった。
周囲からも恐怖で叫ぶ声がどこからともなく聞こえ、木霊して逃げる人影が多く見える。
「……集団パニックか」
タウィーザがポツリと言った。
「今時の魔法使いって駄目だね。戦の経験の乏しいのが多い――ってか、命の危険に晒される機会が少ないんだねえ。ドンパチやってる国なんて幾らでもあるでしょうに、そういう場所に自ら進んで行かない。それで理論や実習で出来る気になってる。――だから、予想付かない出来事が起きると、落ち着いて対応が出来ないんだ。ねえ?タウィーザ?」
「――!」
ロジオンの言葉にタウィーザはウッ、と唾を飲み込み顔を赤くして俯いてしまった。
「ビビるのはしょうがないけど、八つ当たりは止めてよね、美人が台無しじゃないの」
そう言いながら殴られた頬を擦るロジオンを、ゾフィとディルは不思議な面持ちで見つめた。
「……ねえ、ロジオン、だよね?」
ゾフィが思い切って、ロジオンに尋ねる。
見掛けは間違いなく彼――ロジオンだ。だけど、タウィーザに殴られてからのロジオンはロジオンではない気がする。
――なんか、『おネエ』っぽいんだけど
ロジオンは確かに綺麗な顔立ちだが、やはり間違いなく性別は男だ。
だが、頬に手を当てる仕草や、立つ姿が尻をつき出していたり、口調が微妙に女っぽい。しかも口が悪い。
「ああ、そうそう」とロジオンはゾフィの問いに今更気付いたように微笑む。
「ロジオンの魂の一部、って言うべき? あんたらと初対面だから『ロジオン』も話さなかったんだろうけどね」
「魂? 一部?」
ディルが理解が難しいのか、額を掻く。
「あとで詳しく本人から聞いたら? とにかく、今は落ち着いてこの状況を回避しないと。考査に受かりたいんじゃないの?」
「ロジオンって呼んで良いの?」
ゾフィに問われ、ロジオンはう~ん、と口に人差し指を当てる。
――おネエ
三人そう思った。
「『ノア』って呼ばれてた――まあ、過去の名前だし、肉体は滅んでいるからロジオンでもノアでも好きに呼んで」
そう言いながらウィンクをして見せた。




