(10)森林火災
「――!」
ロジオンが結界を張られたことを察知し、立ち上がる。
それはタウィーザやディルも同時で、二人はテントから血相をかかえて出てきた。
「ロジオン! ゾフィはどうした?」
「着替え中」
「暢気だな! ゾフィ、早く出てこい! こちらも体制を整えなくてはならん!」
ロジオンが指し示した方向の闇に、タウィーザは怒鳴る。
周囲からも、結界が張られたことに気付いた魔法使い達が騒ぎだしている。
「『戦の檻』ですよね。 今までそんな気配さえ感じなかったのに……。これだけの範囲を気付かれずに一気に施行するなんて流石、魔導術統率協会に所属する魔導師達だなぁ……」
ディルが感激している。その様子に緊迫感は無く素直に現状を受け入れているようだ。
対して焦りを隠せないのはタウィーザだ。
ああ! もう! と、ずかずかと闇の樹海に入って行き、白タイツ装着のゾフィーを抱き抱えて出てきた。
「――ちょっと! まだ着替え中だぞ!」
顔を真っ赤にして暴れるゾフィに、
「そこまで着替えたなら、もうここで着替えろ!」
とタウィーザは、彼女を下ろしながらまた怒鳴る。
「お嫁にいけなくなるじゃないか!」
ヒーッと半泣きでワンピースを握り締めて前を隠すゾフィを見て、ロジオンとディルは後ろを向く。
――と言うか、既に全身白タイツ装着完了しているのだから、大丈夫じゃないか? と思うが。
「後ろも前も、ツルペタの成育不良のお子様に欲情などせん!」
と、タウィーザがキリッと言い返した。
「ひ、酷い!私が気にしていることを!」
「案ずるな、嫁の貰い手が無かったら、私が慈善活動で第八夫人に貰ってやる」
「何その後ろの数! ――と言うか、そんなにお嫁さん貰えるの!」
怒りながらも驚くゾフィにロジオンは、
「バハルキマの王公貴族は、八人まで妻を娶ることが可能」
と淡々と言った。
一番下じゃん!と、きちんとマントまで着替えたゾフィがタウィーザの腹に足蹴りを入れた。
「とにかく……攻撃が来るのは間違いはないだろうから、こちらも対策するよ」
二人を落ち着かせ、ロジオンが告げた。
「物理攻撃に関しては慣れっこなので、僕が防御結界を張ります」
率先して立候補したのはディルだった。
「相手は協会の魔導師だぞ? それに対抗が出来ると?」
タウィーザが疑わしいそうに眉を寄せた。
「夫婦喧嘩のとばっちりで鍛えました」
「……レベルに天と地の差があろうに」
「じゃあタウィーザがディルと一緒に結界を張って。僕はゾフィと魔法・精神系の結界張るから」
そうタウィーザに言うと、ロジオンはゾフィに顔を向ける。
「出来る?」
「うん、頑張る!」
元気にガッツポーズを決めたゾフィに、タウィーザが気難しい顔をして舌打ちをした。
「タウィーザ……」
ロジオンが声をかけようと肩に手をかけたその時――
「火事だ-----!」
と、周囲のあちらこちらから声が上がった。
逃げてくる魔法使い達の後ろ――確かに火の手が上がっている。
それも凄い勢いで燃え広がっているようだ。
「火あぶりだと……! やることが残忍ではないか」
「範囲を限定させてその界隈に閉じ込めて攻撃するには、手間のかからないやり方ですよね」
ディルはそう言いながら右手を動かし何かの紋様を描く――するとその紋様が浮かび上がり、四人を包むように伸びていく。円柱に包むと空に溶けた。
「……変わった紋様だ」
「はい。母の種族が衣装等に用いていた模様です。自然界にあるものをモチーフにしたものが多くて、魔力を注ぎやすいんです」
ロジオンの呟きにディルが説明した。
自然と深く関わっていた一族だ。そうでないと、こんなに素直に自然界が力を貸して魔力と融合出来るはずはない。
ディルは『視た』ところ、何かの属性を強く持って生まれたわけじゃない。
母側の一族が、よほどに自然に密接で自然に近いのだろう。
(古い一族さ。シュジュユンだ)
「――シュジュユン?」
頭から語りかけてくる声にロジオンは呟く。
「よく知っていますね。一族さえも、その呼び名を知らない人もいると母から聞いてるのに」
感心したように驚いたディルにタウィーザは
「そんなことは後にしろ。ロジオン、ゾフィ精神結界を張れ!」
と怒鳴る。
威張っちゃって! とムッとした様子で陣を詠唱するゾフィと、それに合わせてロジオンは『水』の属性を付けた。勿論、対攻撃壁にも。
火と相対するのは水だ。
「思ったよりディルの張った結界が強力だ。俺は、召喚獣を呼んで様子を確認させる」
タウィーザがそういうやいなや「カウ!」と呼び、使役の召喚獣を呼んだ。
小さな赤い鳥が現れる。
「この火事の火の元を探れ。それから、火事を起こしている犯人が誰でどこにいるかも」
カウは炎の羽と尾を揺らし、更に広がりを見せている火災の中を飛んで行った。
「犯人は魔導術の魔導師だろうが、樹海全土を焼くまでして行うなんて気違いじみている! 下手すれば死人が出るぞ!」
タウィーザの言葉にロジオンは「あっ」と声を出した。
「協会が、この樹海全域を焼く意味は何だ?」
「それは魔導師認定考査のためだろう?」
「長い歴史の中でそんなこと一度も行わなかった。逆に樹海を保護していたはずだよ」
「そういえば、樹海には珍しい薬草やら原始植物が自生していると母が言ってました」
ディルが思い出したように口を開く。
「これを機会に、クレサレッド教会のように道や街を造る気なのかもしれんぞ?」
「今までそうそうに方針を変えなかったあの二人が、そう変えるかな……?」
ロジオンの呟きにタウィーザが片眉を上げる。いかにも胡散臭げだ。
「まるで、ずうっと昔からの知り合いのように言うのだな、叔父上は。知り合いには知り合いだろうが、な」
「――あ、ごめん」
中にいる過去の自分達の魂の記憶が時々、割り込んできて見せつけてくる。それが自分自身の記憶と混同してしまうから、ロジオン自身困っていた。
(だけど、流石に複雑過ぎて話しは出来ないよな……)
今、話せるほど時間はないし。
「自慢に聞こえて耳障りなのだ、そんなに親しかったらこの考査だって予め知っていただろう? ――いや、知っていたな? 知っていて私をこんな目に合わせるとは嫌がらせか!」
タウィーザが激昂した。ブルブルと怒りで両手の拳が震えている。
「知っているなら、私やディルだってドレイクを知っているし仲良しだよ? ロジオンだけじゃないし」
「そうですよ、それなら僕らだってこうなることを予め聞いていたことになります」
タウィーザの様子に「まずい」と思い、ゾフィとディルが擁護するが、かえって火に油を注いだようだ。
「そうか! お前達も私が魔導師になるのを阻止しに来た国からの刺客であろう! ――くそっ! まんまと騙された!」
カウ! 火の手が上がり夜空を赤く染めている方角に向かい、そうタウィーザは放した使い魔を呼び戻す。
ロジオンは嫌な予感にその方角を見て、
「――?」
ふと、あることに気付いた。
カウが優雅に羽を広げ戻ってくる。
「カウ! こやつらを火炎で動けないようにするのだ!」
三人、ギョッとカウを見上げる。
「仲間割れしている場合ではありませんよ!」
「そうだよー、ってか小さなカウの火だってまともに食らったら丸焼きだろ!」
ディルとゾフィが落ち着けとタウィーザに近付くが、彼はジリ、と二人から離れていく。
「落ち着け! タウィーザ! ――よく『視ろ』!」
と、上がる火の手を指して怒鳴るロジオンにタウィーザは、
「貴様も本当に叔父上――ロジオン王子なのか? 成りすましではなかろうな!」
と、怒りが継続している拳を、ロジオンの頬めがけて打った。
「「――あっ!」」
ゾフィとディルが声を上げると同時、ロジオンの身体が吹っ飛ぶ。
ロジオン自身油断していたのもあるが、タウィーザも力加減を全くしなかったのもある。
ロジオンの背中が後ろの樹の幹に当たり、ズルズルと擦るようにしゃがみこんだ。
「ロジオン! 大丈夫ですか!」
「いきなり何するんだよ!」
ディルが動かないロジオンに向かって駆け寄る中、ゾフィがタウィーザに食ってかかる。
タウィーザの方も見事に入った拳にしばし呆然として、
「いや……成りすましなら、殴れば……と」
と言い訳をはじめた。
「――全く、気が弱い王子だね。見かけと大違いだよ」
ディルの肩を借りながら、ロジオンがゆっくりと起き上がる。
だが、ロジオンの口から発せられる声音はロジオンの物ではない。低い声の女性のものだ。気っぷの良い男気のある快活な感じの。
そうして、ゆっくりと顔を上げたロジオンは、どこか色めいて見えた。




