(3)面談するよ?
乗り込んできたアリオンと軽い昼食を取りながら、ロジオンは自分の意向に合う侍女がいるなら頼むことを了承した。
「結構、賑やかな人なんだ……アリオンの兄上は……」
お互い午後の仕事に戻るからと、忙しくパンと紅茶を口に押し込みながら足早に去っていった。
「陛下がよく『穏やかな風』のような方と呼ばれています。それにちなんで、ディリオン殿下は『冷風の王子』今はバハルキマ国のレギオン殿下は『涼風の王子』アリオン王国軍将は『暴風の王子』と異名があるんですよ」
迎えに来たハインが可笑しそうに説明した。
先程アリオンと鉢合わせした時、バンバンと肩を叩かれ、揺さぶられながら
「年下の上司で付き合いにくいと思うが、まあ、頑張れ!」
と、当の上司であるロジオンの目の前で言っていたことを思い出したのだ。
「異名を付けた人……上手いね」
四番目の兄の異名が無いのが気になるが、もう部署に行かないといけない。
魔法管轄処に在籍する魔法使いや魔導師、それに研究者。それぞれと初顔合わせをするのだ。
既に会議室に集合しているだろう。
ロジオンは昨夜、目を通しておいた書類を持ってハインを促した。
ハインを先頭に、扉の外で待機していたアデラも後ろから付いていく。
魔法管轄処は中央を抜け、北通路を渡り、北棟に位置している。
東西南北の棟と連結して円形状に通路も作られているし、中庭を通っても行けるのだが、このルートが一番近道だ。
「ロジオン様……」
先頭を歩いていたハインが改まった声音で声を掛けた。
「ん?」
「……あまり、気落ちをなさらないで下さいね」
んー、とロジオン。
「就任式の空席を見れば……分かるよ」
──やはりそうなんだ。
後から付いてきているアデラの脳裏に、午前中の就任式の様子が浮かぶ。
略式なので、王国軍、警護部隊、騎士団の手の空いている重職達のみ来るように伝令はあったが、今度の魔法管轄の筆頭は、現陛下の嫡子だ。
──無下にするわけにはいかないだろう──
と、考えた者が大多数だったのか
半刻程で終わると伝令と付随で書かれていたせいか
──ちょっと抜け出して出席しても、業務に差し支えない──
と考えたのか。
大体の、どうしても抜け出せない役職付けの者以外は出席していた。
(問題は……)
──魔法管轄処──
まさしくロジオンが就任した部署。
現在魔導師が三人。
(その魔導師がハイン以外出席しないと言うのは、どう言うことだ!)
魔法使いだって、パラパラと数人が座っているだけ。
しかも儀式用の制服を皆、着ていないときた。
元々、自由な部署だと聞いていたし、それを許していた。だがそれは、公式、儀式にはきちんとしていればの話だ。
魔法研究班が全員制服で出席していてくれたから、何とか面目が保てたが……。
(会議室に、果たして人がいるのか?)
ますます不安に駆られるアデラをよそにロジオンは、全く気にする様子もなくのんびりと歩き、大股で歩くアデラにまた後ろから踏まれた。
**
小会議室に入る。
一枚板の、磨かれたオーク材の長いテーブルが中央に重々しく設置され、それを囲むように同じ素材の椅子が等間隔で置かれている。
アデラはなるべく顔に表情を出さないようにとしたが、入って室内の人数を見るとやはり落胆の色を隠せずにいた。
就任式に全員揃っていた研究員六人は、二人に減っていた。
相変わらず二人の魔導師はいない。
十九人残っていた魔法使いだが、就任式と同じ六人はそこにいた。
(──だけど)
式の時からそうだが、とにかく態度がよろしくない。
だらしなく前に倒れ、肘を付いている。のけぞって足を広げる。ガタガタと椅子は揺らす。前の椅子に足は乗っける。ガムは噛んでるし、ヒソヒソと肩を寄せ合い顔を合わせては、こちらを見て笑っている。
(この柄の悪さでよく宮廷に仕えることが出来たものだ)
呆れるが、もしかしたら何処かの良家の子息達なのかも知れない。
そうだとしたら伝で入れるだろうし、多少の我儘は利くだろう。
(だが、我儘すぎだ!)
アデラの憤怒の混じった鋭い視線がハインを射ぬく。
気付いたハインはビクリと肩を揺らすと
──違う違う
と、首を振った。
(だとしたら)
例の反ハイン派って言うやつか。
(ハインがコロッとロジオン様に傾倒したから、それも加えて反抗しているわけだな)
それにしても──アデラは平静な態度を崩さずに、良家の子息崩れと勝手に決めつけた魔法使い達を眺める。
もう少し品とか格とか、滲み出て良いものだと思う。これでは城下街にたむろしているゴロツキと変わらない。
(ロジオン様と同年齢か、それより少し上か)
ちらりとロジオンの横顔を見る。
彼もだらしないと頭を痛めたけど……。
(可愛いげがあるし、品も格もある!)
満足げに頷くアデラである。
しかし、大変だなあ、と再び良家のゴロツキ達を見る←(また呼び名が変わった)
その数人の中の一人に、困ったように眉を下げ、小さな声で話しかけている娘がいるのだ。
察するに注意をしているようだが、当の本人は気にしている様子はない。
それどころか、うざそうに手で彼女を追い払っていた。
当のロジオンは、研究班の二人に向かい合わせに座っている双子の少女とニコニコしていた。
ムッと、しかめっ面をしそうになるのを辛うじて止め、双子の少女達を見る。
感謝祭の時、ロジオンの傷を癒した治癒系魔法使いだ。
二人で治療を行わないと力が発揮できないらしい。
その為か、元々仲が良いのか、いつも同じ服装を着て一緒に行動をしていた。
双子で何組が働いているが、彼女達は服装や髪型が宮廷内で目立つ存在でアデラも知っていた。
目立つの原因はそれだけでなく、ようするに可愛いくて男性受けするのだ。
管轄処の魔法の使い手の中では、ロジオンに対して友好的である。
お互い手を振りあって見ていると機嫌の悪くなる光景ではあるが、後ろが殺伐とした雰囲気を放っているので注意をするのを憚れた。
(少しでも味方する魔法の使い手がいれば、ロジオン様も心強いだろう)
そう、グッとアデラは耐える。
「注目!」
ハインが声を張り上げた途端、良家のゴロツキ共が
「注目!──だってよ!」
と笑いながら囃し立てた。
「つい最近まで偉そうにしていた奴が、今は偽者と噂の高い魔法使い王子様に、尻尾を振ってやんの!」
「いやー、出世する奴は変わり身が早いねー」
「どうやって取り入ったのお?」
「あの協会の美人魔法使いもさ、どうやって落としたんだよ」
「今度は何の悪巧みかなあ?」
ハインの表情が険しくなった。
「ハイン」
それを知ってなのか、ロジオンが彼の名を呼ぶ。
ハッとロジオンと視線がぶつかった。
見透かしたような目をしたロジオンにハインは、ローブの中に隠れている拳を下ろす。
せきを切ったように、大声で喋る良家のゴロツキ達に視線を移したロジオンは
「ちょっとの間、口を閉じといてね」
と、パチンと指を鳴らした。
瞬間──
「ん? んんんんん!……?!」
ゴロツキ達がパクパクと口を開け慌てながらも、懸命に声を出そうと喉元を押さえだした。
「少しの間だけだから……静かに聞いてくれない? 終わったら撤廃するから」
こちらを指差して何か叫んでいるようだが、水から上がった金魚みたいにパクパクと口が動くだけである。
「下手に撤廃させると、一生言葉が出なくなるから……ここは大人しく聞こうね……?」
ロジオンはにこり、と穏やかに微笑みを見せると長テーブルに手を当て話し出した。
「今日付けでエルズバーグ宮廷魔法管轄処の筆頭を務める……ロジオン・イェレ・エクロース・エルズバーグです。……まあ、色々とありがたくない異名は付いてるし……偽王子疑惑もありますが……。今回、僕が任命されたのも……荒れまくってるこの部署を改革して欲しいと……国のトップに言われまして。陛下の命令だと思って……協力してください」
ぺこり、と頭を下げ
「あ、そうだ」
と思い出したようにがばり、と顔を上げた。
「ハインの事なんだけど……彼は彼なりに……今の管轄の状態に責任を感じている……。辞めて責任を取る……のも有りだけど、残って針のムシロ情況で改革に手を貸して……責任を取る方を選んだわけ。― 人なんて、余程に器用じゃないと敵認定していた相手に……全てを預けて手を貸す……なんてね、難しいものだと思う。自分のしたことを素直に反省して……改めることが出来る……その部分を僕は認めて、籍を残してる。──まあ……新しい悪巧みをしているようなら……即、解雇ですが」
「──ぇえ?!」
奇声を上げたハインに、双子の治癒系魔法使いが笑う。
「ところで研究班の中でリーダーは?」
一番前にいた、分厚い眼鏡を掛けた癖毛の若者に尋ねた。
ボロボロで悪臭を放っていそうなエプロンを付け、背中を丸めたままロジオンと向き合う。
「リーダー……確か……いません」
「連絡係りとかは?」
「僕か……」
隣に座っている、ボサボサ髪の丸い眼鏡の女性を指差す。
「彼女です……」
は……い、とヨロヨロと手を上げる。二人とも活気どころか、生気さえ無い印象だ。
「……えらくボロボロだけど……?」
「……体力増強剤の試飲をしたんですが……」
と癖毛の若者。
「失敗しまして……」
続いて女性が告げた。
「……普通……マウスかラットとかで試験しない?」
ロジオンが呆れたように言うと
「お腹空いちゃって……食べました」
「研究班のみんなで……」
と、二人、ボソボソと申し訳なさそうに告白した。
正面の双子が「ひっ」と椅子ごと後ろに引いた。
みんなでアルコールランプを囲み、焼いてる様子が目に浮かぶ。
「……実験用に滅菌処理してある飼料を食べてるから……害は無いと思うけど……食べるために飼育しているものじゃないから……」
「はい……」
「……すみません」
ロジオンは二人に、新しいマウスやラットの発注を頼み
「後日……視察と個人面談をするから。詳しい日にちと時間は……後で連絡すると皆に伝えて欲しいんだ」
と言って研究班を解散させた。
「──聞いた通り、君達も今から個別で面談します」
良家のゴロツキ達に振り向きざま、にこやかにロジオンは告げた。
パチンと指を鳴らす。
「て、てめえ! ……ら? 声が出た」
ふう、と喉を押さえ安堵するが、ハッと気付きロジオンに向かって一斉に罵声しだした。
「ふざけるな! こんなことしてただで済むと思うな!」
「権力を使った威力行為だ! 嫌がらせだ! 」
「法律管轄に訴えてやる!」
「黙れ!!」
罵声を超えた一喝が部屋中に響く。
アデラだった。
一歩前へ進むと、厳しい口調でゴロツキ達に怒鳴り付ける。
「エルズバーグは封建国家だ! 法の配下は陛下にある! お前達が陛下に訴えると言うなら、陛下は、どうしてそのような事態になったのか、両方に公平にお尋ねになろう。そうしたら恥を書くのはお前達だぞ! お前達の実家が宮廷に地縁している家系なら、実家にも勧告が行くだろう! こんな愚かな囃しなどで家名を汚す気か!」
アデラの威圧感か、内容の的確さか──言い返すことが出来ず睨むゴロツキ達に
「座ってください」
と、先程から諌めていた娘が懇願する。
「……覚えてろ」
ぼそりと呟き、ガタンと音を立て椅子に座った。
リーダー格が座ると、他の者達も舌を鳴らしながら座る。
ふん! と鼻をならすアデラを見て、ロジオンは困ったように眉を下げた。
案外アデラは熱血だ。軍人気質、と言うべきか。
彼女の言っていることはもっともだが、それが通る相手とそうでないのがいる。
このグループは後者だ。
(あまり力で捩じ伏せたくないんだよね)
思うように事が運ばないのは覚悟の上で、筆頭を引き受けたけど──
早々と必要になるかもしれない。
「まあ……何とかなるでしょ」
割り切った口調で呟くと、にこり、と人懐っこい笑顔をゴロツキに向けた。
「では、早速……本来なら魔導師からと行きたいけど……いないので君達から順番に面談します」