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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
魔法使い王子、認定考査へ行く
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(8)大人達の思惑

「風の属性を強く受けている魔法使いがいるな」

 ゲオルグが協会のバルコニーから樹海を覗き込んでいた。

 奥から、ルーカスがのんびりとした様子で来て隣で樹海を覗く。

「──だね。荒れてる様子。これ以上荒れたら樹海の中に被害が出そうだなあ」

「火を起こしているからな。火が燃え広がって大きな被害になる前に止めれば良いんじゃね──まあ、そうなったら原因の班は失格だな」

「だね」





「ゾフィ! わかってるから!」

「何も知らない癖に!」

「分かった分かった! 悪かったと言うておろうに!」

「落ち着いてよ!」

 風の中心であるゾフィの周囲が、特に風が強い。せっかく集めた薪も飛ばされしまった。

 一つがタウィーザの股に当たり悶絶する。

「これが本当に風当たりが強い──という事だな……」

 洒落てる場合じゃない。

「火種が木々に移ったら大変なことになります!」

「うん」

 ロジオンが徐にしゃがんで片手を地に付ける。

「──頭、冷やして貰うしかないかな……寒い時期だけど」

 ブルーグレイの瞳が煌めいた。地に付けた手のひらから魔法陣が浮かぶ。

「──あ」

 それを見てディルが短く声を上げた。何の魔法を施行したのか分かったらしい。

「ウキャア!」

 ゾフィの奇怪な叫び声に、タウィーザとディルが彼女に視線を移す。

 同時、荒々しく吹いていた風が嘘のようにピタッと止まった。

「……冷たい……」

 地から噴射している水に、全身もろに被ったゾフィがいた。

「さすが『水』の称号を持つ師の弟子だな。的確に命中させおった」

 おお、とタウィーザが感心しなからロジオンを誉める。

「落ち着いた?」

 ディルが毛布をゾフィの肩に掛けてやる。

「……落ち着いたけど……真冬にこれは無くない?」

 ゾフィがロジオンを睨む。

「タウィーザに火を起こしてもらおう? 彼の余計な勘ぐりがそもそもの原因だし」

 そうロジオンは笑った。




**

「ごめん、迷惑かけた」

 もう一度火を起こした焚き火の側に、濡れたゾフィの服を干す。

 彼女は持って来た服に着替え、毛布にくるまっていた。マントまで濡れたので防寒着が無いためだ。

「最近は制御がきかなくなるってこと、無かったんだけど……」

 シュンとして頭をもたげて小さくなっているゾフィが更に小さく見える。

「迷惑どころでは無いぞ。叔父上の的確な判断がなければ、今頃樹海が大惨事になるところだ」

 タウィーザの叱咤に

「タウィーザにも責任はあるんだから……」

とロジオンが窘める。

「私のからかいで、ああも暴れられては困る。例の魔承師補佐はかなり長い時を生きていると言うではないか。それで浮いた噂一つ無いと言うのはおかしい、と言うより気味が悪い。補佐はいい大人であろう。酸いも甘いも面も裏もある──君が見ている補佐は一部分であって全てではない。ゾフィが見てきた彼の様態が周囲との評価が違うからと癇癪起こして惨事になっていたら、へたをすれば失格だった」

 タウィーザも自分だけ責められるのは納得いかないらしい。

「……ごめん……なさい」

「大事にならなくて、良かったじゃありませんか」

 涙目になってますます凹むゾフィを見て、ディルが落ち着いた口調で慰めた。

「ゾフィが知ってるドレイクもドレイクなんだし。それで良いんじゃない?」

 ロジオンの言葉に、ゾフィが泣き笑いをしながら頷いた。

「それから、タウィーザも叔父上って止めてって言ってるよね? いい加減しつこい」

「あー分かった分かった」

 タウィーザは気の無い返事を返し、ロジオンに睨まれた。

「まあ、確かにタウィーザ様にとっては知らない人の話で盛り上がるのは、つまらないですよね」

「ああ、つまらん」ディルの言葉にタウィーザは同意した。

「じゃあ、これから関わる魔承師の話でもしようか?」

「さんせー!」

 ロジオンの意見に三人は喜んで同意した。




**

「あなた方、ここは立ち入り禁止の場所ですよ」

 澄み渡る柔らかい声音にアデラは聞き覚えがあり、申し訳無さに肩を縮めた。

 サラ、と衣擦れの音が近付いてくる。

 薄暗く中でも可能性の姿がはっきりと見えるのは、彼女が輝いて見えるからか。錯覚なのかは分からない。だけど、やはり彼女は特別なのだとアデラは思った。

 ラーレもきっとそう感じているのだろう。目を見開いたまま固まっている。

「まあ……アデラじゃない」

「申し訳ございません! イゾルテ様」

 こちらが誰か分かって驚いている彼女に、アデラは腰まで直角に曲げて詫びる。

 ラーレも慌てて姉に続いた。

 以前会った時の身体のラインに反った蠱惑的な装いで無く、ゆったりとした服を着ていた。寝着だろうか。

「でも、おかしいわね……この場所は、普段から閉鎖されているのだけど……」

 どうやって入ったの? 尋ねられたアデラ達も困惑してイゾルテに説明をした。

「……あら、自動移動の陣が書き換えられたのかしら? それとも封鎖する時の配置ミス?」

 イゾルテも不思議そうに首を傾ける。

 その仕草一つとっても絵になる。一つの芸術だとアデラはボオッと見入ってしまう。 それはラーレも同じらしい。

 イゾルテは深い青色の瞳でラーレをまじまじと見つめ、それからアデラに視線を移す。

「この方は?」

「妹です」

「ラーレと申します」

 アデラの紹介にラーレは軽く腰を曲げる。

「まあ! 可愛らしい方ね」

 ラーレは頬を染めた。

「二人共、ロジオンの付き添いで?」

「はい」

「本当はゆっくりと話しをしたいけど、今は考査中だから。ごめんなさいね」

 他の魔法使い達に贔屓だと疑われるかも知れないから、とイゾルテは言いながら二人の先頭に立って移動陣に案内する。

「ここに置かれているものは不明品でね、昔は人に害を出す物質が付いていたらしいの。だから地下深く隔離して浄化の魔法を施行していたのよ」

 イゾルテの話を聞いて、二人はぞっと身体を震わせた。

「──ああ、今は大丈夫よ。とは言え、なんだか分からないものだし危険な用途の物だとって言うことで、立ち入り禁止のままにしてあるのよ」

 陣に乗ると床が光り出す。次の瞬間には別の場所に移動されていた。

「ここは……?」

「私が使っている塔ですよ。思いがけない場所に移動陣が繋がってしまったのを知って、慌てて一番近い陣を変えたから」

「本当に何てお詫びしたら良いか……。私の妹がドレイク様を誘惑しよう等とずうずうしい事を考えていて、それを止めるのに頭がいっぱいでした」

 アデラの謝罪にラーレは慌てながら「余計なことを!」と怒る。

「本当の事でしょう」

「ん……もう! もっと言い様があるでしょう!」

 その二人の様子にイゾルテは、コロコロと鈴の音のような声を出して笑う。

「仲が良いのね。私は女の姉妹がいなかったから羨ましいわ」

 そう言って二人に輝く笑顔を向けた。


 ──本当に輝いてる?


 二人はしばらく、茫然とその笑顔に魅入られた。

「さあ、もう戻らないと。他の者に見付かったらご主人に荒波が向いてしまうわ」

 イゾルテが手を叩く。

 その音に、アデラもラーレも夢から覚めたように身体を揺らした。

「およびでしょうか?」

 イゾルテの呼びかけに応じて奧から人が出てきた。あのみごとな真白の髪を持つ大柄の侍女だ。

「ユェン、彼女達を部屋まで送って行って」

「はい」

 こちらにと促され、アデラとラーレはイゾルテに礼を述べてから、侍女の後ろに付いていった。




「迷われて妙な場所に入り込んでしまわれたとか……」

 前を歩く侍女が徐に尋ねてきた。

「ええ……まあ……」

「でも、無事に戻って来れてようございました。入りこんだら二度と出て来れない場所も此処にはございますから……」

「……えっ……」

 樹海か、此処は──

 二人冷や汗をかく。

「冗談ですよね……?」

「まあ、ある程度魔力がある方は大丈夫なようですけど……なので私共は規則を守る事は命を守る事と、きつく言い付けられております」

「魔法の使い手達の為にあるような場所なのですね」

 アデラの言葉に、侍女は微笑みながら頷いた。

「──ところでお客様方は、地下で何をご覧になったのですか?」

 侍女が聞いてきた。

「……ええと……」

 アデラは悩んだ。あれは動の表現したら良いのか。見たことの無い形容だし、材質が検討がつかない。

「地下?」

 ラーレが突拍子もない声を出し、逆に侍女に尋ねてきた。

「私達、中央の塔に入り込んで迷ったんですよ……?」

 ね? とラーレがアデラに同意を求める。

「えっ? えっ?」

 驚いたのはアデラの方だ。瞳を瞬かせて頭を捻る。

「何言ってるの。私達は地下に迷い込ん──」

「──そうでしたか。私の聞き間違いなようです」

 申し訳ございません、とその侍女は頭を下げた。

「……?」

 地下だと思っていたけど中央塔だったとか? でも、イゾルテ様は確かに近付いと言っていた。──と耳に聞こえただけ?


 軽く混乱しているアデラに侍女はゆるりと微笑みと、「こちらを曲がります」と再び道案内を始めた。






**

 バルコニーに出て柵に腰掛け、冷たい夜風に身を任せているドレイクにユェンは声を掛ける。

「イゾルテ様には、今の時期の夜風は身体に触ります。窓を閉めますよ」

 ドレイクは肩を竦めてイゾルテの部屋へ入って行く。

「ご苦労様、ユェン。どうだった? 記憶置換は上手く行っていたかしら?」

 ユェンはイゾルテの前に立ち、

「黒髪のお嬢様の方は記憶の操作が出来ておりました。……ただ、金髪のお嬢様の方は……」

と、残念そうに話した。

「……そう」

 イゾルテは頬に手を当てながら呟いたが、予想は付いていたようでさほど驚いていないようだ。

「考査が終わったら、ロジオン込みで話しましょう」

 ドレイクがそうイゾルテに話す。

「その間に誰かに話して広まる──というご心配はありませんか?」

 二人の落ち着いた様子に、返ってユェンの方が心配になったらしい。

「彼女は大丈夫でしょう。話しても夢でも見たのかと言われるかも知れませね。どちらかと言えば、興味本位で追求しようと動き出す妹君の方が心配でしたから」

 成程、とユェンは納得して、それから笑いを堪えるように口に手を当てた。

「ドレイク様にお会いしたくて何とか手段を探していただなんて、お可愛らしいではありませか。──おもてになりますこと」

「冗談じゃありませんよ」

 ドレイクは憂鬱そうに息を吐く。

 彼は、色恋沙汰の話は苦手だ。特に自分を餌にして咲かせる恋バナは。イゾルテも楽しそうに笑う。

 女が集まると必ず持ち上がる恋愛話は、女性の妄想を華やかに湧き立てるものらしい。

「協会で働く侍女達を募って教育して下さったのは感謝しておりますが、私を肴に遊ばないように」

「あら、肴にするつもりはありませんよ。そんな事をしたら後が怖くて」

「図太くなった貴女に怖いなんて言われても、実感湧きませんね」

 そんなことありませんよ、とコロコロと笑うユェンを見て、随分余裕が出てきたなとドレイクは感心していた。


「──さて、そろそろ時間ですので……」

 イゾルテに頭を下げ、部屋から出て行くドレイクに

「手加減はしてね。みな、力がバラバラなのですから」

とイゾルテは付け加えた。

「その辺り、注意事項に盛り込んであります。ご心配無く」

 ああ、でも、とドレイクは振り向き様、珍しく二人に笑顔を向けた。

「そこそこ力のある者には……遊んで結構と話しております。その中には、ユェン、貴方のご子息も入っておいでですよ」

「大丈夫でしょう。あの子、私に姿形は似てるけど実はしぶといんです。そこのところ夫似なんです」

 それはそれは楽しみです──そう言うとドレイクは部屋を出て行った。




「……良いなあ。楽しそう……」

 ドレイクが出て行った後、イゾルテがポツリと言った。

「イゾルテ様も参加しないのですか?」

 ユェンが不思議そうに尋ねてきた。

「えっ?」

とイゾルテは瞳を瞬かせる。

「イゾルテ様は魔承師ですから、少なからず関わっておいでなのかと……」

 ユェンも瞳を瞬かせた。


「……そう言えばそうね……」


 イゾルテは納得したように頷いた。





また暫く休載します。

書き忘れていました。ムーンに連載していたイルマギア番外。そこで出したヒロイン、ようやく登場です。これからドレイクと絡みがあるのでしょうか?

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