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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
魔法使い王子、認定考査へ行く
36/49

(6)協会にて

 宿泊施設は、協会に所属している魔法の使い手達と同じ建物であった。

 魔承師や補佐が住まいする建物とは違うらしい。


「同建物内の六階のエリアが食堂となっております。朝五時から夜九時まで利用可能となっております。談話室は五階と四階。四階には購買もございます。各割り当てられたお部屋にはシャワーが設置されておりますが、一階には大衆風呂もございますので抵抗がなければどうぞ御利用下さい。皆様がいらっしゃいますこの建物内と──私の右手に見える通路から出た建物は娯楽がございます。その建物内まではご自由に出入りなさって、おくつろぎ下さって構いません。それ以外の建物、施設にお入りなさるのはご遠慮下さいますよう」

 薄紫色の、ひだの無いワンピースに丈の短いジャケットを羽織る女性の集団。

 その列から一歩前に出て、宿泊する者達に説明をする女性がいる。

 ジャケットの袖に黄色い線が入っている所を察するに、後ろの集団のまとめ役であろう。

 宮廷で言えば、侍女頭か。

(今はいないと言っていたが、雇ったのか)

 ふーんとアデラ。

 しかしこの侍女頭──大きい。

 ドレイク位はありそうだ。

 どこかの種族の血が入っているのは間違い無い。見事な真白の髪が印象的だ。

「では、お渡しした番号を読み上げます。ご自分の番号が呼ばれたら侍女の後ろに付いて下さい。その侍女がお部屋にご案内致します」




**

「あ~あ、残念。ドレイク様と出会うチャンスがちっとも無い……」

「ラーレ」

 つまらなそうに寝台に寝そべるラーレに、アデラは厳しい視線を投げかけた。

「はいはい、分かってますぅ。ロジオン様の護衛兼お世話係で来たんですぅ」

 二人一部屋で割り当てられ、案内された部屋に姉妹二人。今のラーレにとっては姉の存在が非常に邪魔であった。思いっきり行動を制限されるのに決まっている。

 協会の侍女頭の注意など、ラーレは従うつもりなど全く無い。

 何せ、これはドレイクに急接近出来るチャンスなのだ。

 落とすまでにはいかなくても、お近付きにはなりたい。

 こちらは只人──花の命は短いのだ。


「お姉ちゃん、お風呂いかない? それか娯楽施設」

「主人が考査の為にお一人で頑張っていると言うのに、そんな事出来無いでしょう? それに、隙を見てドレイク殿に近付くために抜け出そうって魂胆分かってるから」

「明日になるまで結果なんて分からないんだから、その間食事もしないし風呂にも入らないの?」

「そうしたいくらいだ」

 それが仕える者の姿だとでも言うように、アデラは胸を張った。

 ロジオンと良い仲になってもそう言う所は変わらない、ラーレは呆れて溜息を付いた。

「……お堅いなぁ。お姉ちゃんがやきもきしても仕方ないじゃない」

「あんたが護衛兼お世話係で付き添って来たのに、上の空で役目をちっとも随行しないからでしょう! 遊びに着たんじゃないんだから、ロジオン様だけでなく協会にも迷惑かけたら直ぐに帰ってもらうよ!」

「分かったわよぉ……」

 顔を近付かれ睨まれ、ラーレは唇を尖らせた。


(何て言ったけど……アサシン足るもの、このチャンスを生かさないわけにはいかないわ)




**

 あれから大人しくアデラと部屋にいて、時間がきたら食事に風呂に行った。

 そうしたら驚いた。あの豪華な団体はバハルキマの王子のものだったのだ。

 食事中に向こうから声を掛けてきて発覚したのだ。

 向こうは大人数でやって来たのでそこだけ賑やかになり、アデラとラーレは国の交流大使とばかり会話に花を咲かせた。

 そのうち、大国二つの与太話に人が集まって来て、最終的には宴会みたいになってしまった。

 アデラはバハルキマの侍女達と、おしゃべりに夢中になっている。

 ──今だ!

 ラーレはそっと抜け出した。

 

 利用出来る建物は二つ。それ以外の建物にきっとドレイクが居る。

 一番可能性が高いのは、どの建物か──ラーレは、今まで養ってきた勘を働かせる。

(取り敢えず自動空間移動の陣に乗ってみよう)

 利用可能の建物内は階段や連絡通路で出入り出来る。それ以外は自動空間移動の陣を利用しないと移動出来ないと言うことだろう。

 どこに行くのやら分からないけど──女は度胸!

 ポンと両足ジャンプで一気に乗る。が、何の反応も無い。

「……あれ?」

 何か呪文か何か必要? ラーレは陣の上であらゆる可能性の行動を取って見るが、うんともすんとも反応が無い。

「何よー! 事前に使えなくしてるわね、これ!」

 そこまで甘くないか。

 なら、一階まで降りてエントランスにあった自動空間移動の陣に乗ったらどうだろう? ラーレは考える。


「どうなさいましたか?」

 急に声を掛けられ、考えに浸っていたラーレは肩が上がる。

 それもそうだ。馬鹿丁寧な口調だがこの声音は

「……お姉ちゃん」

 アデラだったからだ。


 アデラは腕を前に組み、額には青筋をたてていた。

「……ラーレ!」

 とうとう雷が落ちた。

 ヒャンとラーレは飛び上がる。アデラはラーレの腕を掴むと、陣から引きずり出そうと引っ張る。

「そこから出なさい!」

「ちょっと! お姉ちゃん! 待った! これ、動かないから!」

 痛いよ! と逆にラーレがアデラを引っ張った。

「言い訳は後で聞く! とにかく出なさい!」

「いったいてばー!」

 動かない陣の上でギャアギャア騒いでいたら──急に床が光りだした。

「……えっ?」

 二人止まり、床を見つめる。

「う、動いた……!」

 ラーレがそう声を上げた瞬間、陣から二人が消えた。




**

 二人抱き合ったまま、閉じた恐る恐る目を開けた。

 着いた場所は薄暗くてそら寒い。

「……ここ、どこ……?」

 何処かの建物内だというのは分かった。

「……地下?」

 二人は陣から出て、目の前の大きさ扉を見上げた。

「何だろ?」

「格納庫っぽいわね……」

 アデラもラーレにつられ、扉に触れる。

 スベスベした感触だ。扉だろうと臆測が付くが、開けるための取っ手が無い。

「とにかく、ここから出ないと……」

 アデラのその意見に、ラーレも異存が無い。頷いた。

 ──突如、扉から音が出て驚いて二人後退りする。

「開いちゃった! どうしよう……」

 結構な轟音で、見付かったらまずいとラーレはいつもの癖で隠れる場所を探す。

「お姉ちゃん?」

 アデラを見ると彼女は、硬直したまま中を見つめていた。

 フラリと中へ入って行くアデラに、ラーレは驚いてついていった。

「お姉ちゃん? 早く逃げるか隠れないと……」

「……懐かしい……」

 彼女はラーレの言葉も存在も何も入っていないようだ。瞳を輝かせ、中に収容されている奇妙な物に触れた。


 それは、見たことも無い不可思議な形をしたものだった。

 巨大な箱のような形をして、中を覗くと人が座れるような椅子が堅苦しそうに取り付けてある。

 一つの椅子の前には丸い輪っか。

「……何これ……? お姉ちゃん知ってるの?」

「──えっ? 何が?」

 今気付きましたと言わんばかりに、ラーレにきょとんと聞き返してきた。

「何がって、さっきお姉ちゃんこれら見て『懐かしい』って呟いていたけど?」

「……えっ? そんなこと言った? 見るのも触るのも初めてだけど……」

「……」

 ラーレは眉を潜めて首を傾けた。

 姉がこの手の冗談を言うわけは無いか。現に迷惑にいる姉は物珍しいそうに置いてある、様々な珍品を眺めている。

 ラーレもぐるっと辺りを見回す。

「これ……何だろう? 羽? 大きいわあ!」

「羽にしては固くない?」

 何やら文字らしいのが羽に書かれているが、全く解読出来ない。

「見たことの無い物ばかりだね」

「協会って結構怪しいのねえ教会もそうだけど」

 ラーレが呟く。


「怪しいのはあなた方ですよ」


 冴え冴えと耳に届いたどこかのんびりとした口調に、アデラとラーレはギョッと肩を縮めた。





**

「──もう! あの王子、使い物にならないじゃないか。薪も集められない、テントも張れない、ご飯も作れない」

 ゾフィはぶつくさ言い続けながら薪を拾う。

 とにかくずっとこんな調子だ。だが、彼女が文句を言いたい気持ちはよくわかる。

 結局、自分とロジオン、それにタウィーザの3人で一晩を過ごすことになったが、このタウィーザ、生活面に関する作業がほとんどできない。

「私は生まれながら王子だからな。王子と魔法の教育以外は下々の者がやるのが当たり前なのだ」

「ロジオン様の方がもっと大きい国の王子だろ! ロジオン様が出来て何で出来ないのさ!」

「それは継承順位の違いであろう」

 ロジオンは継承順位はかなり下だ。対してタウィーザは継承二位。



「何もできない癖にえっらそうに!」

 一人ゾフィは怒りを吐き出す。

 その後、言い争いになったが「まあまあ」とロジオンが間に入って仲裁をした。

 ──言い合いになったと言っても、とうの本人は何が悪いのか分からずキョトンとして言い返すだけだったが。

「ああいうの質悪いわ……。たった一晩なんだから、ロジオン様も放っておけば良いんだよ」

 今、ロジオンと二人でタウィーザが持ってきたテントを張ってるが、上手く張れるのだろうか?

「全く薪になる枝もあまり落ちて無いなあ……」

 冬だしずっと雨は降っていないから、乾いた枝がもっと落ちていても良いはずだが、他の野営している魔法使い達に取り尽くされたのか。

「あ、ここ。この木の下に結構まだ……」

 根元から枝分かれしている樹木の群が有り、そこの下にはまだ枝が落ちていた。

「──その木の枝は薪に使っちゃあ危ないよ!」

 枝を拾うゾフィの手が止まる。声を掛けて来た少年を見てゾフィは腰が抜けた。

「ク、クマ!」

 覆い被さるように自分を見下ろす姿は、とてつもなくでかい。しかもいかつい。

 でも、声や顔付きを見るにまだ若い、髪は白いけど自分と同じ年代ではないかとゾフィは思った。

「嫌だなあ、熊じゃないよ。一応、魔法使いの端くれ何だけど」

 彼は気にすることなく黒目がちの瞳を細めると、へたり込んでいるゾフィに手を差し出した。

「でも急に後ろから声掛けて、びっくりさせちゃったね」

「うん、びっくりした」

 ゾフィは差し出された手を取り、起き上がる。

 立ち上がって見ても、やはり少年は大きく、小さめのゾフィは首を上げっぱなしだ。

 少年は先程、ゾフィが薪にしようとした樹木に触れながら言った。

「この木は根から花までみんな毒を含んでるんだ。強い毒でとても危険なんだよ。薪になんてしたらその煙でみんなやられちゃう」

「そうなんだ」

「近くの有毒な植物はこれだけかな……。多分みんな、森の奥深くまで行かないと思うから」

「貴方、もしかして皆に言って回ってるの? 危険な植物の事」

「言って回ってると言っても、目の前を通る時に軽く注意するくらいだよ。薬草学を習っている魔法使いもいるから『余計なお世話』みたいな顔された時あるし」

 僕も野宿の準備があるし、と呆れ顔のゾフィに話す。

「お人好しだなあ、君」

「だって、中毒位なら協会がすぐ治療してくれるけど、君のは即死レベルだよ?」

 ゾフィはゾッとして肩を震わせた。

「君、一人で野宿なの? 女の子一人で?」

「ううん、差の激しい王子二人と一緒」

「ああ! あの派手な御一行様の? 後……王子はエルズバーグだったよね……もしかしたら使われまくり?」

 ううん、とゾフィは首を振る。

「エルズバーグの方は慣れてる感じ。仕度してくれてる。──問題は派手王子の方だよ……」

「王子でも様々なんだね」

 ふーんと興味深そうに頷いている大きな少年を、ゾフィはじっと見つめる。

 もとい、彼が肩に背負っている食べ物を。


「ねえ、良かったら一緒に来ない?」

 ゾフィは大きな少年に、ニカッと笑って見せた。



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