(5)バハルキマの王子
「では、ロジオン様」
「気を付けて下さいね」
「うん、君達も。エルズバーグの宮廷魔法使いだと知られたから、力試しに攻撃されるかも知れないから」
ロジオンの台詞に魔法管轄処の皆は揃って肩を落とした。
「……やっぱ、そうきますよね」
「目立たないように一晩過ごします」
「うん、別に魔法を施行してはならないと言ってないしね──エマ」
「そういう事お」
エマがニヤリと笑った。
「超絶結界魔法使いのエマ様に任せなさい!」
ガッツポーズを取るエマ。
「うん、だからうちの子達宜しくね。事前に気配を消す魔法を施行してやって」
「高くつくわよ」
「考査が終わったら、ハインに有休取らせるって言うのは?」
乗った!と満面のエマ。
「ロジオン、貴方は良いの~?」
「……ちょっと、難しいかな……って……」
ロジオンが視線で訴える。
ロジオンを見据える目差しが、周囲を取り囲でいた。
注目浴びたまま結界で気配を消すのは難しそうだ。中にはそれ相応の魔法の使い手がいるだろ。
──僕に集中している間に──
目で合図を送り、自分から離れてもらう。
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つん──と引っ張られて、その方向に顔を向けるとゾフィが、ニコニコとロジオンに笑顔を向けて立っていた。
「一人なら私と組まない?」
「──えっ?」
思わず引いてしまう。
この「隙あらば狙いますよ」と言う周囲の雰囲気が読めないのか?
「……止めときなよ……女性同士で組んだ方が良いよ」
「じゃあなに? 貴方は私を襲うというんだ?」
「それは無い」
きっぱりと言い切る。ユリオンと似ていると認識してしまった今、恋愛感情さえも起きない。
「じゃあ、か弱い女の子を明かり一つ灯らない森の中でたった一人で過ごせと?」
「いや、だから同性同士でって……」
ゾフィがハア、と盛大な溜息を付いた。
「君が王子で高名だった称号者の弟子だったのは分かってるよ。それを知った上で組まないか?って言ってるんだよ。一人だと間違い無く大勢の標的だよ?」
「君も標的になる可能性の方が高いよ……」
大丈夫! ゾフィはそう言って胸を張った。
「こう見えても私、結構出来るのよ。曾お爺さんより魔力が高いってドレイクのお墨付きなんだから!」
「ドレイクだって『魔力をどう使いこなすか』が問題って言ってたじゃないか」
ロジオンの言い返しにゾフィは「うっ」と口詰まる。
視た感じ、彼女の魔力は不安定だ。風に揺らぐ波のように上がったり下がったりしている。
精神的に不安定な者であったり、まだ年若い女性だと結構多い。
彼女はまだ若いからかな──少なくとも自分より年下だと分かる。
「……だって、ドレイクが君といなさいって……」
ゾフィは拗ねたように口を尖らせ、ロジオンに告げた。
こっちが驚いた。
「……えっ? 何でまた……」
「知らないよ。ドレイクって必要以上話してくれないし」
「必要な事も話さないしね……」
ゾフィもロジオンの意見に異存は無いらしい。うんうんと同意して頷く。
「──おい、そこの」
ぞんざいな口調で後ろから呼ばれ、ロジオンは振り向く。
そこには、あの豪華な団体の主人が腕を組んで偉そうに立っていた。
癖の強い黒髪を整髪料で整え、耳を出して脇をすっきりと見せている。肌は小麦色で南の地方によく見られる色だ。現地の者だろう。アデラより肌の色が濃い。
何より、特徴の黒く太い眉にまるでアイシャドウを塗ったかのように濃くて長い睫毛が、黒曜石のような瞳を覆う。
バハルキマの人間だろうか? あそこはエキゾチックな美男美女が多い。
──魔法勝負?
早速かと身構える。
「二人共エルズバーグの王子であろう?」
彼は、癖の強い炭のような真っ黒な髪を後ろに流しながら艶っぽく尋ねる。
「違うし! 私女だし!」
ゾフィが肩を怒らせて抗議をした。
「ユリオンでは……無いな。胸が無いから女性に見えなかったぞ」
悪びれることなく言い放つ。
「ユリオンを知っているの……?」
ロジオンが疑わしそうに尋ねた。
「知っているも何も。──では、そなたが第五王子のロジオンか」
「……誰?」
「私はバハルキマ国エリオン王太子の第一王子である、タウィーザである」
バハルキマ──エルズバーグ第二王子・エリオンが当時の婚約者を蹴ってまで落ちた恋の相手が、バハルキマの第一継承者のオルタルシア姫。
その二人の息子──?
「第一王子だったら王位継承からいったら近いんじゃないか。そんな人が何で認定考査に受けに来てるの?」
ゾフィの言い方には刺がある。
──力試しなら受けに来るな──と暗に言っているのだ。
「確かに私は、なるべくして帝王学を習ったがな。だが、預言に導かれ魔法も習ったのだ」
「預言?」
ロジオンの問いにタウィーザは、悩ましげな笑みを浮かべる。
「私が産まれる少し前から『雪原の月にこの世界を救う偉大なる魔法の使い手が誕生するであろう』と言う預言者のお告げがあった。
「それで私が産まれたわけだ」
ふう、と切なげに息が漏れる。
「確かに相応の魔力を持ち、何でも秀で過ぎてそつなくこなしてしまう、類い希なる才を持って生まれた私であった。宮廷だけでなく、国民の期待と希望を背負って魔法の修行に励んできたのだよ」
そして──と、タウィーザが自分の髪を後ろに流す。
「この日がやってきたのだ! 私が魔導師に認められる日が!」
天才型でな、と憂いを含んだ笑いを漏らした。
「そんな私に、未知の世界を見せて己を余すことなく高めてくれた宮廷魔導師達に、礼を与える日がついに……!」
それから暗い笑いに変わる。
「礼節がある王子様なんだ」
へえ、とゾフィが感心している所に
「礼は礼でも、あの表情から察するに違う意味」
と、ロジオンが突っ込む。
「そこでだ」
タウィーザがロジオンを指差す。
「私の栄えある魔導師認定の為に、伯父上に力をお借りしたいのだ」
「伯父上言うの止めて」
同い年なんだからとロジオン。
「それにさっき聞かなかった? 僕といると今夜、多分眠れないよ?」
「そこまで警戒することは無いだろと読んでいるが……」
とタウィーザが答えた。
「確かに伯父上は、水の称号を持った高名な魔導師の弟子であった」
「だから伯父上は止めて」
「師であった水の魔導師が亡くなり、弟子である伯父上が次の水の称号を得るのに一番近い魔法使いとなったわけだ。だから、水の称号が欲しかったら手っ取り早く伯父上を倒すのが良い──先程、魔承師補佐が『勝ち抜き戦』を遠まわしに了承した──だから、真っ先に狙われるのは自分だと伯父上は考えた」
「……そうね、うん」
「だが、狙う側にとってみれば運良く伯父上を倒しても、今度はその場で自分が狙われる。称号争いは一体一の勝負が鉄則。今の魔法使い達は時代の流れで見習い扱いがほとんどだから、一対一の戦いはまず無理なのだよ」
「……そうなの?」
隣でゾフィが頷く。
「参戦には纏まった形で戦うのさ。単体で動くことはない」
「前衛・後衛に分かれるのも……魔導師同士ってこと……?」
「魔法使いは束になって戦うのだよ──そのあたり、国によって扱いが異なるがな」
ロジオンの口は開いたままである。
──じゃあ、僕は随分高度な戦いを強いられたわけだ。
エルズバーグだけが、レベルが落ちている訳じゃあ無いのか……?
思わず声に出そうになり、慌てて口を閉じる。
(一番の巨大国家の宮廷にいる、魔法の使い手達のレベルを知られるとまずい)
「まあ、そんなわけで伯父上を集中して狙う事はなかろうと言う、私の見解だ」
「戦いになるんだったら、多分団体行動でやると思うよ」
ゾフィが意見を述べる。
「……だからドレイクは顔見知り同士で組むな、と言ったのか……」
ドレイクの、あの注意の意味が分かった。
勝手知ったる仲間同士なら、自分達がどう動けば良いのか事前確認し合わなくても目線や行動で分かる。
今日初めて会った者同士ならまず、お互いが警戒し合うから組んで誰かを攻撃しよう等と言う考えはおきにくい。
「あー……だから……」
と、ロジオンは納得したようにゾフィを見る。
ドレイクの言葉を真に受けて本当に戦いが始まるかも知れない。
だから戦闘慣れしている自分に彼女を預けた訳だ。
ロジオンの視線に訝しくしているゾフィ。
「そう言う事だ。一晩仲良く協力しようでは無いか」
そんな二人の間にタウィーザは割り込み、朗らかに笑いながら馴れ馴れしく肩を叩いた。
ロジオンの親戚だった件。




