(4)野営
「第三考査は協会の周辺で一晩、野営をしてもらいます」
ドレイクの言葉に皆、動揺して騒ぎ出した。
「一次考査通過葉書に、野営の準備の旨をお知らせしといたはずです」
「でも今までは、協会の中で宿泊したと聞いています」
若い魔法使いが挙手をして尋ねた。
「それに考査の内容も大分変わりました。その点は、事前通達するのが当然でしょう?」
気を良くしてか、保護者らしき女性も意見を述べる。
──すう、とドレイクの纏う気が冷たい物に変わって、ロジオンは「沸点が低い」とぼやいた。
「ここ数年の魔導師認定考査の内容は酷いものでした。レベルの低下だけでなく、賄賂による認定詐称──レベルだけでなく、魔法の使い手のモラルも誇りも落ちていました。認定考査を行うに価しないと考え、三年前を最後に行わないでいたのです」
ドレイクの怒気を含んだ説明に、シン……と静まりかえる。
余程腹に据えかねての決断だったと分かる。
「行わない三年もの間に『考査の再開を』との要望が大変多く、我々も迷いました。ではこの間に魔法を扱う者達のレベルや、モラルの向上したのかどうか確認するためにも今回、認定考査を再開しようと決定したわけです──ここで確認できなければ、認定考査は廃止する予定です」
ドレイクの決断の言葉に、どよめきが起きる。
さらにドレイクは言葉を重ねた。
「考査内容は、今までずっと変わらずにいました。それも魔法の使い手達の低下に繋がったと、協会側も反省しております。残った者達の間で事前に八百長の取引が出来ること、前もって対策を取ることが出来る──そうなると本来の実力が分からない。今回、その反省に基づいて事前通達は控えました」
ドレイクの紅い瞳が、質問をした二人を交互に見つめた。
二人は神妙な顔付きでドレイクから顔を反らし、俯いてしまった。
「──では、第三考査の内容を説明します」
ドレイクが告げる。
「今から明日の朝まで、協会周辺で野宿をしてもらいます」
「……すいません。準備をしてこなっかたんですけど……」
一人が手を上げると、続いて何人か上げる。
──野営準備──
と言う事前通達があったのにも関わらず、準備をしてこなかった者もいるらしい。
ドレイクには、この告白は想定内だったらしく
「では、今から一番近い街に出向いて支度をしてきなさい。勿論、戻ってくること。夕方までに戻ってこなかったら失格とします」
と、特に変わることなく淡々と述べた。
「野宿は個々でしても構わないし、何人か纏まって行っても構いません。だけど、団体で此方にやってきた者達はバラバラに別れてもらいます。顔見知り同士で組んだら、それも失格となります」
また、どよめきが起きた。
「団体って俺達みたいなのですよね……」
「みんなバラバラになるの……」
魔法管轄の魔法使い達も不安を隠せないようだ。
「私もロジオンと顔見知りだから駄目ね──」
エマも残念そうに呟いた。
「これから早速準備に入ってもらいますが、付き添いで来た方と保護者は一旦帰っていただくか、協会内で宿泊願います」
ドレイクの言葉により、大きいどよめきが生まれた。付き添いや保護者の方が衝撃が大きかったのか。
「補佐! 我々は護衛です! 主人と離れては我々の役割を成しえません!」
「そうです! 第一、離れた何かがあって主人が怪我などしたら、我々はお咎めを受けるのです!」
次々とそのような声が上がる。
アデラも困ったようにロジオンと顔を合わせた。
ラーレは協会内で宿泊出来ることに喜んで、護衛兼世話係の役目をすっかり忘れているようにはしゃいでいる。
「──では、第三考査を諦めて下さい」
ドレイクの冷酷な言葉に一瞬静まりかえったが、すぐに先程より大きなどよめきとブーイングが発生した。
「うちの王子はまだ小さいのよ! 保護者無しでこんな夜は明かりのない、猛獣が出そうな場所で一人で夜を明かせろと言うの!」
虐待だわ! と保護者達が騒ぎ出す。
「お宅の王子のご年齢は?」
ドレイクが尋ねる。
「五十一歳よ!」
流石に周囲が静まりかえった。
年齢五十一の通称・王子は、母の後ろで背中を丸めて怯えていた。
「……夜に一人で過ごせるほど成長したら、おいで下さい」
淡々とした喋りのドレイクの言葉に、憔悴の影がちらほら見えた。
それでも、気を取り直して話を続けている。
「魔法を扱う者達は、貧富や身分の差は全く皆無なのです。あるのは魔力・そして魔力をどれだけ上手く魔法に出来るか──それに限ります。ここにはそれなりの富限者に、貴族など地位の高い者達が受けに来ているのは知っております。受けにきた魔法の使い手達が、魔法に携わる人生を送りたいと切に願うなら、仕える者達はその意志に従いなさい。対してに単に認定が欲しい、力試しで来ただけで魔法の使い手として生きるつもりはないと主人が思うのなら、その主人と共にお帰り願います」
──魔法の使い手としていきるか
──貴族や富限者の一人として生きるか
以前にも似たようなことをドレイクに言われた。
ロジオンの意志はもう、とうに決まっている。
「アデラとラーレは、終わるまで協会にいて」
主人の決意だ。
アデラは「はい、ご武運を」と頷いた。
「貴様ら、一旦帰れ。終わる頃連絡する」
しっし、と護衛や使用人達を手であしらっているのは、先程『お近づきになりたくない』豪華な団体の主人だ。
「し、しかし……! 何かあったら!」
尚も食い下がろうとする護衛達に
「聞いたであろう? 貴賤は関係無い、個々の実力の世界なのだ。何かあったらそれは自分自身で解決せよ──とのことだ」
と冷静に告げていた。
「何、我が父は分からない人間ではない。きちんと報告すれば理解してくれよう」
そう黒い瞳を細め、優雅に微笑んだ。
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「明日の明朝まで一人で野営を組むか、何人かで結託して過ごすかは自由です。とにかく『何が起きても』頑張りなさい。──一晩過ごす自信が無い者、街に行って買い出しをしたい者、協会に宿泊したい付き添いの者はこちらに!」
ドレイクの言葉に、また挙手が上がった。
「『何が起きても』というのは、助け合うのも鎬を削るのも自由──と言うことでしょうか?」
「私はそこまで細かく指示は出しません。この一晩、どうやって過ごすかは、各自で考えて実行してください。協会はその様子を観察して判断を下します」
そう答えたものの、ドレイクの表情は明らかに了承している顔だ。
(表情が邪悪すぎる)
ロジオンは、嫌な予感に胸騒ぎがしていた。
認定試験に来た魔法使い達に、自分がコンラートの弟子だと知られてしまった。
称号争いを目的とした戦いは、魔導師と魔法使い同士ではしてはならない。
だが、魔法使い同士なら構わないのだ。
格好の獲物じゃないか──。
一人で一晩を過ごすことになりそうだなぁ──ロジオンはやれやれと肩を竦めた。
「ロジオン様……」
各自、移動が始まっている中、アデラが眉を下げたまま主人であるロジオンから離れようとしない。
彼女も周囲の異様な眼差しに気付いていたのだ。ドレイクの放った言葉に。
そんな彼女にロジオンは微笑む。
「大丈夫。それより……ラーレの事をしっかり見張っていて」
確かにそうだ。解散の後、即行で協会宿泊手続きに行ってしまった。
この機会に絶対狙っている──ドレイクへの接近。
「……分かりました。くれぐれもお気を付け下さい」
「アデラも考査が終わったら忘れないでよ……? 例のこと」
「例の事……?」
すっかり忘れている……ロジオンの肩が落ちる。
「僕、おあずけくらってるんだけど……?」
途端にアデラの全身が真っ赤になった。
「ロ、ロジオン様! そそそんな大きな声で……!」
「ほらほら、早く行かないと。ラーレが暴走しだしちゃうよ」
「…もう! 知りません!」
プリプリと拗ねた様子で去っていくアデラを、ロジオンは笑いながら見送った。




