(2)考査様々
協会への移動は勿論方陣移動である。
着いて驚いた──
人・人・人・人──
「何……この人数……」
そびえ立つ協会の建物の周辺にある荒野に、老若男女の人だかりが出来ていたのだ。
「凄いですね……」
さすがのラーレも、出来た人波みに開いた口が塞がらないようだ。
とにかく次に来る人のために方陣から離れ、どこか適当な場所を探す。
どうやら皆、協会の前に設置された物見台中心に集まっているようだ。
協会の中には入れないらしかった。何人かそのようなことを言ってぶつくさしている。
「三年ぶりに行われるから、こんなになったんでしょうか?」
共にきた魔法管轄処の魔法使いがロジオンに尋ねる。
「一次考査の基準が甘かったと言う憶測は、あながち間違っていなかったかも……」
苦笑いしながら場所を探して彷徨う。
よく見ればいるはいる──。
まだ十にも満たないような小さな子が母親らしき人に「頑張るのよ!目指せ最年少魔導師!」と励ましていたり。
「魔導師になれば、良い職場に勤めることができるからね!」と子に諭す父親とか。
「……こんなんだったっけ……?認定考査って……?」
自分より幼い子供らが、親に連れられて来ている光景を目の当たりにしてロジオンは冷や汗を掻いた。
「俺、前回も受けましたけど三年前もこんな感じでしたよ」
と、さらりと答えた。
「今や一種の銘柄みたいな感じになってるんですよ、魔導師って職」
重ねて女魔法使いも答える。
「はは……は」
もう笑うしかない。
(これじゃあ認定考査を取り止めるわな)
一つのステイタス
より良い職場につくための資格の一つとして見て、皆は取っているわけだとロジオンは、意味合いが変わった認定考査に驚かざる得ない。
「ロジオン様、見てください──あれ」
アデラが指した先がまた凄い。
余裕で十人は座れそうな豪奢な絨毯がひかれ、その上にまた豪華な作りの長椅子と円卓。それに大きな日傘に暖を取るための火の属性の石が入った携帯用暖炉。
そこに美女に囲まれて、優雅に長椅子に寝転がって寛いでいる少年。
「見ただけでも何処かの金持ちのお坊っちゃまですよ」
「あ~……お近づきになりたくないな……」
皆、同意した。
なるべく離れた場所にいようと全員一致でそこを離れる。
しかしながら、あそこまで豪華ではなくても、似たようなお坊っちゃまやお嬢ちゃまが結構いる。
「……ロジオン様が地味に見える」
魔法管轄処の魔法使いがポツリと言った。
「国は一番大きいんですけどね」
アデラの突っ込みが悲しい。
「……良いの。目立ちたくないの」
そう言い返したものの、マントくらいはエルズバーグの国章が入った高級品にすれば良かったと後悔した。
「ちょっと!離しなさいよ!」
聞き覚えのある声に立ち止まり、そちらの方角を見つめる。
赤茶の艶やかなフワフワ巻き毛が揺れている。
高い声に見覚えのある容姿。
「エマ……?」
「エマさんですね……」
どこぞの金持ちの青年に腕を掴まれ、引きずられている。
「可愛い人、そんなに怖がらないで。一緒に温かいお茶を飲みたいだけなんですから」
青年の声音は優しいが行動はねちねちしている。自分の部下らしき男達を使って、エマを押さえ込んでいた。
「エマ!」
ロジオンが名前を呼びながら近付く。
「ロジオン!」
誰だか分かりエマの顔がぱあっと華やいだ。
エマの側に近付くと、憎々しげにこちらを睨み付けている青年にロジオンは穏やかに言った。
「彼女と待ち合わせをしていたのです……すいませんが他をあたって下さい」
青年がロジオンを上から下までじろりと見る。小綺麗でそこそこの容姿の青年の顔がその視線でやけに醜悪に見えた。
見かけ柔で、服装が平凡なロジオンを小馬鹿にするように鼻で笑った。
そしてエマを引っ張ると
「エマと言うのですか、可愛い名前だ。こんな萎びた格好の年下の相手など貴女はしているのですか? もっとご自分を大事になさったら如何です?」
と、至極優しい口調で囁いた。
「……うっせーな。ロジオンは身内みたいなもんなんだよ」
「……えっ?」
低いドス声に、青年は聞き違いかとエマを食い入るように見つめる。
「離せ、ゲス。今度やったらボコるぞ」
聞き違いではない。
ふっくらとしたサクランボのような口から放たれた声音は、どう聞いても成人男子のダミ声。
「──ひっ!」
慌てて手を引っ込めると、逃げるように去っていった。
「ロジオンありがと~」
うって変わって、舌ったらずな甘い声で礼を述べるエマにロジオンは
「自分で追い払えるじゃない……」
と呆れた。
「わ~い、アデラちゃん久しぶり~!」
ロジオンの突っ込みをスルーして、エマは後ろに控えていたアデラを見つけて飛び付いていった。
「お、お久しぶりです。エマ殿も認定考査に?」
「そうなの~、ドレイクに『いい加減に受けなさい』って」
魔法使いのままだって良いのにね~と、アデラにぶつくさと不満を言う。
始まるまで一緒にいようと決まり、エマを含めた魔法管轄処の通過者と一つの場所に固まり待っていた。
「エマは、今回の認定考査は何をやるか聞いてない?」
「ううん、協会内でも考査を受ける魔法使いはいるから~。公表してないのよ~」
ふ~ん、とロジオンは考え込むように顎を擦った。
「まあ! あんま考えずにやれば? いざとなれば身体が動くって!」
ニコニコとエマに背中を叩かれ、
「まあ…ね」
とロジオンは苦笑した。
確かにここまで来たら、四の五の言ってても仕方ない。
後は今までの経験と知識と運に任せるしかないか──とロジオンは、ようやく腰を据えたのだった。
「──ドレイク様が!」
ラーレが物見台に向かって声を上げた。
ドレイクを先頭に二人後ろから付いている。ドレイクの助手だろう。
静まり返り、一斉に物見台の人物を見上げた。
「ああん、カッコいい! もっと近付いてよく見たいです」
「駄目」
人を掻き分けて、前へ行こうとするラーレの首根っこをアデラが掴む。
「あの子、ドレイクが好きなの?」
こそりとエマがロジオンの耳元で尋ねた。
「そうみたい」
「何年かに一度はあるのよね~。熱狂的な子がドレイクにアプローチしてくるの」
どこが良いのやらと呟くエマの嗜好も、なかなか偏りがあるのでロジオンはあえて異論はしない。
黙って物見台のドレイクを見つめた。
──ふと思う。
「……ドレイクって、あんなに愛想が良かったっけ……?」
物見台にいる彼はニコニコと微笑んで、考査に来た魔法使い達を見つめている。
「そう言えば……。気持ち悪いわ~」
エマも同意し頷く。
「いきなり対人スキルが上がったとか?」
「いや~あり得ないわよ~。だったらとーーーーっくの昔に対人スキルが上がってるでしょ」
物見台のドレイクが、にこやかに挨拶をする。
「おはようございます。朝早くに魔導師認定考査にお越し頂き恐縮です」
声の調子もいつもより軽やかで明るい。
「……なんか爽やかだね……」
「……そうね……」
ドレイクを知るものだろうか、協会のメンバーらしき魔法使い達が揃って首を傾げている。
「私は魔導術統率協会の魔承師様の補佐を務める、ドレイクと申します」
おおお、と、どよめきが起こり所々で拍手が起きる。
「ドレイク様って凄いお方なんですねえ」
脇でラーレが、うっとりとした様子でロジオンに言った。
「まあ……そうだね……」
と、ロジオンは苦笑しながらラーレの方を向いた。
途端、ロジオンは唖然と口を開き、空いた空間を見つめた。
隣にいるエマの腕を突きその空間を指差す。
「なあに……へっ?」
エマも一緒になってその空間と物見台のドレイクを見つめた。
「では早速魔導師認定考査・第二次に移りたいと思います」
物見台のドレイクが告げる。
「魔導師認定第二次考査の問題です」
ドレイクの声に一斉に静まり返る。
「『私は誰でしょう?』」




