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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子達は本音を隠して華麗に踊る
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(18)元気出た!

第二章完結

 ──くい、と襟首を掴まれ、危うく詩集を落としそうになるのを慌てて抑える。

「……ディリオン殿下……」

 ジャケットの襟首を掴まれた状態で、後ろ向きのまま無言で連れていかれる。

「ディ、ディリオン殿下? お待ちください。どちらへ?」

 ディリオンとロジオンの護衛が、慌てふためいて二人の後を追う。

「二人とも下がっておれ。兄弟水入らずに二人で話がしたい」

 ディリオンは酔っているのか、珍しく呂律の回り具合が悪い。

「詩集、部屋まで持っていって」

 護衛は、後ろ向きのまま引きずられているロジオンの手から、詩集を受けとる。

 塞がっていた両手が空いてようやく体勢を整えたロジオンは、今度は腕を掴まれ、よろめきながらディリオンに連れていかれた。


 連れていかれた場所は、いつもの中央執務室だった。

 ディリオンは休憩室となっている隣の部屋に出向き、棚から酒を取り出し、二つのグラスに並々と注いだ。

「飲め」

 無色の酒がグラスの中で揺れる。乱暴に置いたので、卓上に溢れ、溜まりが出来ていた。

「僕……アルコールの濃いのは飲めません」

「良いから飲め。私の酒が飲めなくても飲むのが当たり前だ。断るな」

 

 ──酔っぱらい権力者。

 そう思いながらロジオンは、チビチビと酒に口を付ける。

 ディリオンはグラスに注がれた酒の半分を一気に飲むと、また乱暴に卓上に置いた。

「──くそっ! お前が余計なことをするからだ!!」

 いきなり吹っ掛けてきたディリオンに、特に驚くこともせずロジオンは、グラスの中の酒をじっと見つめていた。

「上手くいかないものをロジオン、何故お前は余計な茶々を入れた? あのままで良かったのだ。そうすればエアロンは他の子女と縁組みをして、領地が戻ってきたと言うのに!!」

「あの例の噂って……もしかして殿下が流したんですか?」

「気付いていたくせに何を言うか……」

 ふん、と鼻を鳴らし自嘲気味にディリオンが笑う。

「お前がレスパノの大使と話していたことも、アサシンの女共を自分の間諜として使って噂の出所を探っていることも──」

「さすが……殿下の持ちものの方が一枚上手なようですね」

 カンカン──ロジオンは自分の手に持つグラスを、指で鳴らしながら言った。

「エアロンの兄上はシュティルゼーナ様をずっと慕っていたのですから……良いんじゃないですか?」

「良いわけがなかろう!」


 どん! と拳が卓上を叩く。

 振動で酒瓶が倒れそうになるのを、ロジオンは素早く止めた。

「この瓶……一枚石の虹彩石製ですよ……」

 コンコンと酒瓶を指で弾きながら呟く。

 構わずディリオンは激昂を続ける。

「あの領地は元々我が国の物だ。しかも、かなり古くから我々エルズバーグ家が所有していたもの! 本来だったらエリオンが受け継ぐものだった! 奴がバハルキマの姫君と問題を起こしたから、罰として没収した領地をレスパノに渡した。父上も隣り合わせな領地だからと簡単に決めて──良いわけなかろう!」

「……最近、惜しくなる鉱石が発掘されたからじゃないですか?」

「そうだ! 高値で取引される鉱石だ! これは国にとって脅威になるのだ! すぐ隣の国が力を蓄えていく……いずれ、戦争の火種となったらどうするのだ! 事前に食い止めねばならぬ!! ──お前なら分かるだろう? ロジオン!」


 分からない訳じゃない。実際に富ような領地を持つ国は豊かで国力がある。そうして現状の豊かさでは物足りなくなり更に豊かさを求め、争いを始める。

 貧困した国の方が、返って自分の国の対策に追われていて周囲に目がいかないものだ。

 でも、とロジオンは口を開いた。

「エルズバーグには戦を仕掛けることはないと思います……。戦を仕掛けるには……この国は巨大すぎます……。それに、エアロンの兄上が国間の架け橋となるのでは……?」

「現状はな──だが、十年二十年後の私の代もそうだとは限らん。バルカの動きが信用ならん」


 バルカ。

 異種族で創られた国。容姿や能力で差別や迫害を受けた人々が寄せ集まって暮らしたのが始まりだと言われている。

 現在は帝王を律し、エルズバーグ・バハルキマ・シアン・チュシェウとは和平条約を結んでいるはず。

 協会や教会にも友好な姿勢だ。


「バルカがレスパノに頻繁に出入りしていると、情報も入っている。油断ならん」

「……なら、ますますシュティルゼーナ様との婚姻は、こちらの利になるでしょう……?」

「お前は分かっていない。彼女は第三公女だ。政治的に人質としては有効な活用は無い。だから、エリオンの婚約者に選ばれたのだ。国の動きを制限させるのには足りない方なのだ」


 ──それなのにあんな貴重な領地を、と再度愚痴るディリオンを見てロジオンは、溜息を飲み込む。

「魔法使いのお前にはくだらないか? 我々より長い時を生きていくお前達魔法の使い手達には、十年二十年など大した人生の流れではないだろう! だがな! 貴重なんだよ! その十年がな! 私が生きているうちに国を争いの中にぶちこませないよう必死に裏でセコセコ動いているのがそんなにくだらぬか!!」

 ディリオンには勘に障ったのだろう。ロジオンに向かってグラスが飛ぶ。

 ロジオンは目を見開き、それを避ける。

 絨毯の上にディリオンが投げたグラスが音もなく落ち、転がった。


 ロジオンがそのグラスを拾い、荒い息で肩まで揺れているディリオンの前に置いた。

 瓶に残っていた酒を注ぎながら冷淡に告げる。

「……くだらないよ。笑っちゃうね……たかが百年そこそこしか生きられない只人達が、欲を出して豊かさを欲してさ……それで短い命を更に短くするんだもの」

 ロジオンの言い草にディリオンは睨み付ける──が、彼の顔を見て、はっと気付き、憑き物が落ちたように

「悪かった」

とポソリと言った。


「魔法の使い手は確かに長い時を生きます……。だから先を見ることをしない……視ることが出来てもみないんです。僕達は『今』が大事だから……。エアロンの兄上は……ずっとシュティルゼーナ様がお好きで、求婚の返事を貰うために頑張っていた。兄上の今の姿に打たれたんです。……それに、殿下の考えだとシュティルゼーナ様お一人が不幸になる。先の……誰だか分からない人の幸せより……今、幸せに生きたい人を手助けしたかった。今……不幸な人が多い中で先の幸福なんて……どう見ていくんですか……?」

 ──僕は分かりません。

 感情の起伏の無い、淡々とした静かな声音。

 だが、ディリオンには切なさを奥に抑えて話しているように聞こえ、胸が締め付けられた。

 顔をそらし、ロジオンが注いでくれた酒を見つめる。


「ごめんなさい……。今度から僕が邪魔をしそうな時は事前に言ってください……避けますから」

 そう言ってロジオンは扉に向かった。

「──エアロンは私の弟だ。出来が良いとは言えないが、血の繋がった弟だ。結婚が決まって、しかも好き合ったもの同士だ―嬉しくないわけはない。それだけは思い違いをするな」

 ディリオンはロジオンの背中に、そう語りかけた。

「はい」

「ロジオン」

「はい」

「お前も、母は違えど私の弟だ。魔法の使い手である前に私と兄弟だ」

「……はい」

「だから──そんな顔をするな……酷い顔だぞ」

「兄上こそ……酔いすぎです。酒は程々にしてくださいね」


 ロジオンの後ろ姿を見送る。

「確かに飲みすぎたかもしれんな……」

 姦計が上手くいかなかったからと、八つ当たりなどして。

 心の中でどこか恥ずかしい事だと思っていたから、ロジオンに知られて余計に腹ただしかったのか。

 グラスの中の酒を飲み干して、今日の酒は止めにしよう──そう、くいっと飲んで驚いてむせた。


「水じゃないか?! ──えっ?」

 瓶の蓋を開け匂いを嗅ぐ。

「水に変えたのか?! ロジオン、あいつ! 特級品だぞ!!」

 

 あいつにグラスや瓶を叩かせてはまずい。


 そう思ったディリオンだった。





**

 新年の宴は、聖燭の宴よりくだけている。

 新年初日はそれぞれの役割はこなすものの、宮廷内ものんびりムード。時間をさいて集まっては酒に食べ物。歌え踊れと騒いでいた。

 アデラのいる寄宿舎も、非番の者や交代の時間まで暇な者達が食堂に集い騒いでいる。


「──?」

 仲間と一緒に食堂にいたアデラだったが、よく知る気配に輪からそっと抜け出す。


「ロジオン様」

 後ろから声を掛けられ、ひっと肩をすぼめた。

「……や、やあ……」

「どうして此所に? 今の時間帯の護衛のローリーはどうしたのです?」

 焦って作り笑いをするロジオンに、不思議そうに目を瞬かせながらアデラは尋ねた。

「今まで殿下と二人で話していて……席を外してもらっていたんだ。殿下の護衛と何処かで飲んでるんじゃない?」

 仕方無いなあ──と言いたげに、アデラは溜め息を付く。

「今日は無礼講ですが、こんな時こそしっかり役目を果たさないといけないと言うのに」

「いいよ。今夜はおとなしく宮廷の自室で……ユリオンから借りた詩集でも読んでる」

 途中で抜けた護衛を庇うように言うロジオンの顔を、アデラはじっと見つめた。

「早いのですが、もう交代します。──少々お待ちを」

「せっかく盛り上がってるんだから……僕のことは気にしないで楽しんでおいで。……滅多に無いんだし」

 そう言いながらも、じっと自分を食い入るように見つめるアデラの視線が、しくしくと胸を揺らす。


「……何かあったのですか?」

 こう言う時のアデラはとても勘が良い。ロジオンは本音だけど誤魔化せる台詞を吐く。

「……ちょっと、恋人の顔を見たくなったから覗きに来ただけ──おかしい?」

 瞬く間にアデラの顔が朱に染まった。

「そ、それは、その……ロジオン様の恋人と思われることは、非常に光栄ですけど……」

「僕はそう思ってるけど……? アデラは違うの?」

 そんな意味で首を横に振った訳じゃないと──アデラは顔を更に赤くし

「いえ……おこがましくはないでしょうか?」

と両手を頬に当てた。


 アデラはそう言う性格だ。

 その華美な顔立ちに反し、控え目で地味だ。

 そして主従の関係を越えてしまったこと、どこか罪悪感があるだろう。


 アデラの両手を彼女の頬から外し、指を絡めながら彼女の背を壁に寄せた。

 向かい合わせになり、柔らかく唇が合わさる。

「アデラ、髪を下ろしてんだ……そっちの方が好きだな……」

 そう言うと、アデラの頬に自分の頬を合わせ、彼女の背中に手を回す。

「ロジオン様は、髪がお好きですよね」

「髪フェチです」

 くすくすとアデラの含み笑いが耳元で聞こえ、彼女の手が自分の背中に回った感触がした。その温もりにロジオンは口角を上げた。



「……もっと栄養補給したいな……」

 駄目? 上目使いでアデラにおねだりをし出したロジオンに、アデラは

「駄目です」

とピシャリと言った。

 栄養補給の内容は分かってる。

「魔導師認定考査が終わるまで──お預けです」

「うそ……! 長いよ!」

 まだ先の話だよ認定考査ってと、我が儘にロジオンはアデラの身体に擦り寄る。

「もう二十日は切ってます。魔導師になるために精進しましょう! 私も応援しますから!」

ぐい、と壁に押されていた手を戻し、笑顔で拳を振った。


「もし……魔導師になれなかったら……?」

 恐る恐るアデラに尋ねる。

 アデラは、にこっと自信たっぷりに言い切った。

「大丈夫ですって! 受かりますよ、一心不乱に頑張りましょう!」

 そうして、ロジオンの耳に吹き掛けるように告げる。

「受かったら……私、一日お暇を頂きますから。──その日はずっとロジオン様のお側にいて……好きにして……下さい」


 色っぽい発言ながら、恥じらうアデラに今度はロジオンが沸騰する。


「──よし!! やる気出たーーー!!」


 叫んだロジオンだった。




「今時の若い魔法の使い手っつーのは、普通に異性に興味あんのな」

 たまたまそこに居合わせたゲオルグが呟く。

「ゲオルグ、お前もね」

 一緒にいたルーカスが、女兵士に囲まれたゲオルグを見て突っ込みを入れた。



第三章に出してみたい登場人物がいまして…。まだきちんと出せるかどうかわからない状態ですが、その為に先に「ムーン」のサイドストーリーを完結させないといけません。

しばらく「ムーン」の方の執筆になりますので、本編はしばらくお休みになります。

18歳以上の方は読めるので良かったら読んでみて下さい。

※ムーンの方はロジオンは出てきません。ドレイクが中心の話となってます。

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