(2)コブラに誓って
儀式用マントをしまうことでようやく面目が立った侍女達は、むすりと口を曲げた状態で部屋から下がった。
(掃除や後片付けの為に来てるんじゃないと怒ってるわ……)
侍女とは言え、行儀見習いとして入っている良家の子女達だ。
しかも、容姿端麗に、そこそこ学力を積んでいる。
才色兼備の呼び名にあった女性達は、それなりにプライドだって高い。
いくら直系王家の人間だからって、無下にされたらそのプライドだってズタズタだ。
そして護衛として常に側にいるアデラに、きつい眼差しを向けたまま下がっていったときた。
──とばっちりがこっちにやってきた。
当の本人は、重いマントがやっと外されて、気だるそうに肩を回している。
侍女達のご立腹など、分かっていない様子だ。
(明日から、いや、今日の昼から来なさそう……)
「良いんだよ、向こうから担当代えを訴えてくれた方が」
「──えっ?」
自分が思っていたことを見透かした主人の台詞に、アデラは目を丸くした。
ロジオンはブローチを外し、襟巻きを取り、更に楽な格好になる。
「僕から言うと角が立つから……。何か機嫌を損ねるような失敗をしたのかと……責められるかもしれないでしょ?」
「ロジオン様が、素直に受け入れれば良いだけですよ?」
「充分……素直だけど」
アデラの言い分に、ロジオンは困ったように笑う。
「今……僕の立場って不安定でしょ? 城の中でも、魔法管轄処でも……魔法を扱う者達の間でも……なるべく僕の側に来る人は……自分の身は自分で守れる人が良いんだ」
「私のことを言っているのですか?」
ロジオンはアデラを見ながら曖昧な笑いをした。
まだ悩んでいる光を瞳に宿している。
「ご心配無く。自分の身は自分で守れます。──それに加えて、ロジオン様の御身だって守って見せましょう」
「婚期……逃すよ」
「そうしたら責任取って下さい」
カラカラと笑いながら何の気なしに言ったアデラだったが、ロジオンの顔がみるみる赤くなってきて、はっと台詞の意味に気付いた。
自分的には、めぼしい結婚相手を紹介してくださいね! と、冗談で言ったつもりだったが……。
(責任取って結婚してくださいね! と言う意味合いに聞こえるー!!)
「い、いや! その! あの! 責任取ってと言うのは、ロジオン様に結婚を迫っているのではなく!」
「アデラ……」
「──は、はい!」
「思わせ振りな言動は止めるように……」
「す、すいません……」
少々厳しい言い方の主人に、アデラはショボンと頭を垂らした。
「……そう言うこと、言ってるの?」
「えっ?」
「だから……他の男の人にも……言ってるわけ?」
「いっ? 言ってませんよ! 」
「どうかなあ……。エイルマーだっけ? 彼にも誤解を受けるようなのを言ったんじゃない?」
また話を振り返してきた……。
アデラは頭だけではなく、肩まで垂らす。
「徹夜明けで眠いところにやって来たんで、適当に相槌を打っていたらそんなことになったんですよ。 誤解を受けるような台詞は言っていません」
堪忍してください、そんなうんざりした口調のアデラをじっとロジオンは見つめていた。
「じゃあさ……誓える? 『コブラ』に」
ロジオンの言葉に、アデラはギョッとして顔を上げた。
「……プッ」
そのまま固まってしまったアデラの姿がおかしくて、ロジオンは思わず吹き出してしまった。
いつも、シャンと背中を伸ばし自分より立ち姿が堂々としている彼女が、だらんと手を下ろし背中を丸めている。
顔だけ上げるものだから、叱られた忠犬みたいに見えたのだ。
出来れば、彼女を引き離した方が良いのに。
こうしていると、手放すのが惜しい。
彼女の前向きさが、自分の心の窮地を救ってくれた。
これからも、そんな時には叱ったり慰めたり励ましたり──自分に活力を与えて欲しいと思う。
──自分勝手だけど。
アデラとは、生きる長さが違う。
自分に仕えることで、彼女の人生を大きく狂わせてしまうのは心苦しかった。
(でも)
僕も彼女も、お互いに側にいることを望んでいるなら、その事を認めて受け入れても良いか──と思う。
不思議なのは、自分を含む母である第二王妃や周囲の反応だ。
何故、従者を辞めさせたら護衛兼教育係に任命させるなど、こうもしつこく彼女を僕の側に置かせたがるのか?
それもどうも引っ掛かるのだ。
「あ、あの……ロジオン様」
「──? 何?」
モジモジしているアデラに、ロジオンは首を傾げる。
ほんのりと頬を染めたアデラが、その頬に手を当て恥ずかしそうに言った。
「本気ですか……? コブラの誓い」
「──あっ……いや、あの」
今度はロジオンが焦る番だった。
「ちょっとからかって見ようかと思っただけで……アデラが相手を落とそうとか……そう言う意図は無くて言ってしまうのは分かってたし……その……止めて欲しいんだ。──その……僕以外に、そんな思わせ振りな事を言うの……気を付けて欲しいだけ」
二人、頬を染め、俯いて向き合う。
お互いに、次の行動を待っているようにモジモジと手足を動かしていた。
「分かりました、言いません」
思い切って先に口を開いたのはアデラだった。
「アデラ……」
「誓います。『コブラ』に……」
「──えっ?……と」
──口付けしても良いってことだよね……?
アデラの、リップしか塗っていない唇に目がいってしまう。
艶やかな唇を見て、自分の生唾を飲む音がやけに響いた。
亡き師匠と比べて、こう言うことには場慣れしていないロジオン。
女好きだった師匠と生活していたから、知識は豊富だが、いざ、自分が対象となると避けてきた。
『魔法を極めるまでは女性経験は禁止』
と言う師匠の戒めを、きちんと守っていたのだ。
『若すぎるうちに経験すると、勉学に身が入らなくなるからね』
──自身の経験からなのか。
『と言っても、あからさまな拒絶は女性達に自信を失わせ、不愉快な印象しか残らない』
なので、女性が不快にならないように適度にお相手して、さりげなく逃げてきた。
だけど
(心憎からずの相手と口付けとなると、どうして冷静になれないんだろう?)
口付けだけで済むだろうか?
耳年増なロジオンは、それから先だってどう進めて良いか知っている←師匠の恋愛で。
だって今は昼休憩中。
そして
自室には二人っきり……。
(来年には成人だもん。まだ早いとか無いよね)
頭の中の妄想では、口付けから飛躍して、ロジオンはすっかりその気になっていた。
アデラの肩を掴む。
びくり──と彼女の肩が揺れ、目が合うと、風にあった緑葉のように瞳が揺れる。
まだ彼女の方が背が高い。
覗き込む形で、アデラの唇に向かって顔を近付けた──。
「ロジオン! お前のところの部屋付きの侍女達! 担当変えてくれって泣いて訴えてきたぞ!」
勢い良く扉を開けて乗り込んできたのは──またしてもアリオンだった。
イルマギアhttp://ncode.syosetu.com/n5103n/71話「誓いのコブラ」を読むと意味が分かります(笑)




