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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子達は本音を隠して華麗に踊る
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(16)必ず見つけるから

 着替えたアデラを長椅子に座らせ、自分もその横に座った。

 ふと、目が合うと柔らかに微笑む。

 その表情がアデラには、やけに大人びて見えた。

 アデラの手を握り引き寄せた。

 アデラも抵抗せずそのままロジオンの肩に頭を乗せる。

 自然とロジオンのもう片方の腕はアデラの肩を抱いていた。


 こうすることが当たり前のように。


 暫く、お互い黙って握っている方の手を弄んでいた。

 何も知らない外部の人間が見たら、普通の恋人同士に見えるだろう。


「アデラのこと……好きだよ」

 ロジオンが徐に告げた。

「知っていました」

 アデラが拗ねたように答える。

 そうだね、ロジオンが苦笑混じりに言った。

「僕が……あやふやな態度を取っていたのは……先程、アデラが言っていた問題だけじゃない……。──僕の中にいる『僕』達の想いが痛いんだ……」

「ロジオン様の中の……?」

 アデラはそっとロジオンの胸に触れる。

 

 コンラートとの戦いの時に明るみに出た、継ぎ接ぎの魂。

 それは、過去にマルティンが創り出した魂の魔法。

 ロジオンの中に幾つかの過去を持つ魂が合わさって、個々の自我を持っていると言う。

「普段は表に出てこないと……」

「うん……話し掛けても出てこないし、話し掛けられたこともない。でも──痛くなる。アデラを想うと同時……イゾルテ様を想う。『何故、マルティンの記憶を持つのに他の女を想うの』と言う感情が襲ってくるんだ……。マルティンはイゾルテ様一筋だったみたいだから……」

「そんな……! この身体も心もロジオン様の物ですよ! 過去の記憶が魂が何だと言うんです!」

 ロジオンがアデラの頭を撫でる。

「僕は魔コウ熱が出た時、中の僕の一人と融合を果たした。『時が満ちた』らしい。彼はイゾルテ様以外の人を愛して子まで成してる。──だから、中の僕の想いに負けないわけじゃない」


 ──でも、とロジオンは続ける。

「『時が満ちた』と言うことは、僕の代でイルマギアが施行されるってことだろう……。その為に、残りの僕とも融合する……同時、マルティンの意識が強く表に出てくるだろうとも……」

「──!?」

 アデラとロジオンの視線が絡む。


 ──ロジオンの自我が、マルティンの意識に消される?


「ロジオン様がロジオン様でなくなる……ってことですか……?」

 アデラの声が震えた。

 ロジオンは「分からない」と言いたげに首を振るが、弱々しかった。

 前もこんな話をした、確か城下街で。

 あの時のロジオンの冷静で落ち着いた様子とは違う。

 憶測だったからだ。

 どこかで『違う』と楽観視していたからだ。


 ──今は

 確信があるんだ。自分が自分でなくなることに。

 生きたまま、自分は消されてしまうことに。

(どうして?!)

 震える口は声を出すことを憚れた。


「……アデラが好きだ。僕を好きだと言ってくれたアデラの気持ちが……とても嬉しい」

 そして、アデラを頭から抱えるように抱き締める。

「アデラを抱きたい。自分の恋人にしたい。ずっと側にいて欲しい。誰にも渡したくない……そう思ってる……。だけど歳を重ねて、中の僕と融合して僕じゃなくなって……その時、アデラを見る僕が、アデラを傷付けてしまうのが……怖くて、悲しい……」

「ロジオン様……」

「諦めなくちゃ、そう思っても……僕の身体なのに、心なのに……どうして過去の僕やマルティンの想いに左右されなくちゃ……ならない? 人を好きになることくらい自由にさせてよ──アデラを愛しても良いじゃない……。でも、駄目だ──その繰り返し……その度に僕はアデラを振り回す。諦めと嫉妬に執着に……どうして良いか分からなくなる。忙しい時は良い。大変だけど……あっという間に一日が終わる。自分のこと、アデラのこと……考えなくて済むから。間に時間が空くと……もぅ……」


 ロジオンの声が、段々とか細くなっていった。

 ロジオンの想いが、アデラを抱き締める腕に詰め込まれて切ない。

 どれ程沢山の重圧を抱えているんだろう。

 これがイルマギアを持つ、マルティンの魂を抱える者の使命なのだろうか。

 彼の代で蘇らせなくても良い。


 ──でも


 もっと長く長く待ち望んでいる人がいる。

 知っているから 余計に


 縛られる──。




「ロジオン様……」

 アデラも負けじと自分の想いを託すように、ロジオンを抱き締める。

「アデラは、例えロジオン様がお隠れになっても見付けてみせます。私がお慕いしている人です、すぐに分かります。──ロジオン様も、ロジオン様でいられるよう私を見ていてください」

 ロジオンの手を握りそっと自分の頬に当てる。


「……私に触れて、愛して──」

「……アデラ……」

 二人、共に流す涙が重なる。

 濡れた唇が触れ、お互いの意思を確認するように鼻を擦り合い、唇が重なった。


 ただの主従関係には戻らない──。


 照らす冬の日溜まりが、二人を静かに見守っていた。






**

 目立つわ、この人──。


 周囲より頭一つ分も背が高く、全身黒の出で立ち。

 紅い瞳は濁ること無く煌々と放つ。

 容姿も去ることながら、何処かの国の王者たる立ち振舞い。

 そして、決して媚びること無い表情には惹き付ける影がある。


「ロジオン」

「ドレイク」


 うちのお坊っちゃまと、親しげに呼び合い話をしている。

 魔法関係の人よね。

 ルーカスさんやゲオルグさん、それにハインさんまでいるってことは、魔導術統率協会の人かしら?

「あの人誰?」

って仲間に聞いたらビンゴ!

「毎年来てるわよ、陛下に挨拶してさっさと帰っちゃうけど。今年は長居してるわね」

だって。


(こんな上玉見逃していたなんて!)




**

「ユージンのことですか?」

「と、言うより……彼の子孫のこと」

 ロジオンは宮廷の自室にドレイクを招いた。

 舞踏会会場にいると人がワラワラ寄ってきて、おちおち話も出来ない。


 ──ここでも紅茶を煎れてくれたラーレが、熱視線をドレイクに送っているが……。

「……知ってどうするのですか?」

 紅い瞳を薄く開きカップの中の紅茶を見つめている姿は、過去の一場面を鮮明に思い出しているように見られた。彼にとって気持ちの良いものでは無いだろう、ロジオンは思う。

 イル・マギアを思い出すことが叶わず、その手で殺めてきた──次の転生を早めるために。

「ユージンが知りたいと言ったんだ……融合する前に……」


 ドレイクの持っていた紅茶のカップが乱暴に卓に置かれた。


 紅い瞳が大きく開き、ロジオンを見つめる。

『視てる』

 そして眉を寄せ瞳を閉じた。


「そろそろ協会に戻らないと……。ロジオン、途中まで宜しいですか?」

 突然帰り支度を始めたドレイクに、ロジオンは焦ること無く頷いた。

 残念そうにしているラーレを尻目に、二人は居住区の方陣に出向き離れ家まで移動した。

 宮廷内はどうしても人目が付く。


 中に入りランプを灯した。

 何か飲む? と聞いてきたロジオンに、何もいらないとドレイクは首を振る。


 じっとドレイクはロジオンを見据えた。

「魔コウ熱が出た際に、融合をしたわけですか」

「うん……その時に融合した『僕』が『ユージン』だと初めて名前を告げた」

「それでか」

 ドレイクの口から溜め息が漏れた。

「……融合して間もない貴方は、ユージンの人格の影響が出ています」

「そう……? 気付かなかったけど」

「ユージンは、只人を愛しました。魔法の使い手として生きるより、何も持たない自分を選んだのです。只人の女性と生きる為に」

 ドレイクの手が、ロジオンの頬に触れた。

「ロジオン、元々貴方は只人のアデラを好いている。その感性がユージンと似ている。貴方がアデラと一線を越えたのも、その影響があるからです」

「──」


 そこまで視たのか、つーか、そこまで視るな──ロジオンの頬が染まる。


「これから融合する度に、その相手の影響が出てきますから気を付けなさい」

 ドレイクの手がロジオンの頬から離れた。

「……僕にはアデラが必要だから」

「貴方が本当に彼女を必要としているのか……違うかも知れません」

 ドレイクの言葉に、ロジオンの眉尻が上がった。

 嫌みじゃない。叱咤じゃない──彼の、静かで淡々とした口調が物語ってる。

 しかし、ロジオンには聞き捨てならない言葉だった。

「僕が……逃避の材料としていると?」

 違う──ドレイクは首を振った。

「アデラは只人なのに、只人と違う何かを持っています──それは、私もイゾルテ様も感じています。ロジオン、貴方も感じていないわけはありませんよね?」

「だから、何?」


 ドレイクの人差し指が、ロジオンの胸を指す。

「──マルティン様……かも知れません」

 その言葉にロジオンは驚愕し、自分の胸を押さえた。

「……有り得ない。だって彼は──」

「貴方はマルティン様がどういう方なのか、まだ知らない、これから知ることになるでしょう……」

 ロジオンの言葉を遮り、ドレイクは告げた。


「魔導師認定考査を受けるそうですね。楽しみにしていますよ」

 そう言う割りには表情の無い彼に、口を曲げロジオンは睨む。

「……それよりさ、僕が尋ねたこと全部スルーしてない?」

「まさか」

 ドレイクの口角が僅かに上がった。

「フェザークと言う名の魔法の使い手のことは、確信が持てないので今は言えません。……ユージンは相手の姓を名乗りました。『メイヤー』です。産まれた子は男の子。残念ながら母親似でした」

「……奥さん残念な顔立ちだったの?」

 微妙な顔をするロジオンに「そう言う意味ではありません」とドレイクは付け加えた。

「魔力はありましたが、魔法は習いませんでした。母親が否定したのです。そして子も否定しました。……仕方ありませんが」

 ドレイクが自嘲するように微笑んだ。

「魔法を使えるから私に殺された、と思っていましたから」

 暫く静寂が起きた。

「……今は曾孫の代になっております。女の子です」

「そう……今は何処に?」


 ドレイクは意味深に微笑むと

「近いうちに分かります」

とロジオンに告げる。


「創った魔法の書類期限は、初雪の月の十日までですよ。お忘れなく」


 そう言って、常闇の中に消えたドレイクにロジオンは

「……謎かけだけしてさっさと帰った……」

と、呟き、悩む内容が増えただけに腹ただしく空を蹴りあげた。

 

 ──あっ、と、ロジオンはもう一つ、ドレイクに尋ねるのを忘れていた名を思い出す。

「ジーアのこと……どうしよう……」

 少し考えて、まあ良いやとランプを消す。

 今度会った時にでも聞いてみよう、ロジオンはそう考えながら離れ屋の施錠をした。





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