(15)戸惑う心
次の日オレクを送り出した後、久しぶりに馬に乗り離れ家に出向く。
「本当に久しぶりですね」
アデラも馬に乗り、ロジオンの後ろに付いている。
「うん? 僕は一日置きに行ってたよ……方陣移動で。馬に跨がるのは久し振りだけど」
時間を掛けて移動した方が、宮廷内で取っ捕まらなくて良いし──そう言いながらロジオンは笑う。
「いつの間に?」
「温室で育てている花とか薬草とか……ちゃんと見ないと枯れちゃうでしょ……? 貴重な植物も植えているからね」
「宮廷に植え替えたら如何ですか?」
アデラの台詞にロジオンは微笑みを返すだけだった。
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ここも冬景色になっている離れ家。相変わらず離れ家の周囲は閑散としていた。
化け物と化した師匠・コンラートが暴れて、離れ家の周囲の木々を薙ぎ倒し更地にしてしまったのだ。
「格段に日当たりは良くなったけどね」
ロジオンは苦笑混じりに言いながら、離れ家の鍵を魔法で開けた。
サン・ルームのようになっている温室からは、日の光が居間に向かって差し込んでいる。
昼間はこれだけで暖房いらずだろう。それほど暖かい。
「綺麗に片付いてますね……」
清掃要員だと思って付いてきたアデラは、少々がっかりだ。
「そろそろ、認定考査の魔法を考えなきゃいけないし……ゆっくり考えられる場所ってここしかないんだよね……」
ロジオンは棚に片付けておいたインクやペン、そして羊皮紙を取り出す。
後ろ姿を見ながらアデラは、主人のマントと自分のコートを壁に掛ける。
「お茶を煎れてきます」
そう主人の背中に声掛けをすると台所へ向かった。
(一応、茶葉を持ってきたけど)
一日置きに来ているんなら、常備しているのが痛んでないかしら? アデラは茶缶の蓋を開け臭いを嗅ぐ。
「……」
無言で捨てた。
(色々持ってきて良かった)
バスケットの中から茶葉に菓子に瓶詰めの野菜、パン、ハム、チーズとどんどん取り出す。
夕方にはまた戻らなくてはならないから間食の量だけ。ロジオンはまだ成長期だから沢山食べるだろう。
(お茶を煎れたら食べやすいように、パンにはさんだ食事を作って……)
以前お褒めを頂いたソースを絡めて、と鼻歌を歌いながら火をくべて網の上にヤカンを置く。
「楽しそうだね……」
すぐ後ろから主人の声がし、アデラは飛び上がった。
「あ、危ないじゃないですか! 火の元の側なのに!」
怒り浸透のアデラにロジオンは
「……ずっと後ろにいたんだけど……気が付かなかった?」
と、飄々と答え、アデラを落ち込ませた。
**
「アサシンとしての訓練を再開したのに……」
茶を片手に沈んでいるアデラに、ロジオンは微笑む。
「姉妹で飲みに誘われたりして……気持ちが浮わついてるからじゃないかな?」
凍り付いた── 一瞬にして。
身体は固まったが、羞恥でアデラの顔は真っ赤になり、汗が流れ出ている。
「意識失う程飲むって……職種うんねんじゃなくて、年頃の女の人としてどうなの……?」
「いや、それは……! 普段はそこまでなったことはありません!」
「なかなか格好良いみたいだしね……シュエット兄弟。騎士だし、身分もそこそこ。お金も困窮していないし……よく話題に上がってるよね……結婚相手としては問題ないよねえ……」
ニコニコと、微笑みを絶やさないまま追求モードの主人は怖い。アデラは思う。
「意識失って好きにされちゃって、既成事実が出来ても安心して……。僕が責任取らせるからね?」
アデラは思いっきり拒絶に首を振る。
「く、薬を混入した酒を飲ませて女性を好きにしようなんて男! お断りです!!」
「……裏で流行ってるらしいね……アリオンの兄上にチクっといたけど」
「──えっ?」
呆気にとられているアデラを他所に、ロジオンは茶をすすりながら話を続けた。
「暇を持て余している騎士達の間で『遊戯』として流行ってるって……下品な話だから割愛するけど……泣かされてる女性も出てきてるから──ラーレは勇者だね」
淡々と話し
「騎士なんて、貴族がほとんどで世襲制っぽくなって……ろくに訓練していない者も出てきてるから……これを機会に絞めていくんじゃない?」
とカップを置いた。
そして、頬に手を付き神妙な顔をする。
「アデラも相手が身分が上だからって……諦めなくて良いよ……。責任は取らせるつもりだから」
──間違いが起きたと思っているのか。
アデラは納得して頷いた。
ここに連れてきたのも、宮廷だと人の目がどこかしらあるからだ。
「彼に責任を取ってもらうようなことはされてませんよ」
「──えっ?」
今度はロジオンが呆気に取られる番だった。
「されてません。本人から聞きました。オデコに頭突きを食らわしたそうで、私。彼は暫く気を失っていたそうです」
「──だ、だって! それまでの間に何もなかったわけ無いよ……! ベタベタベタして肩触ったり腰触ったり胸触ったりしてるよ……! 絶対!」
キッ、とアデラがロジオンを睨む。
「そうやって無いことあるって言って、責任転換させようって魂胆ですか?! 全部過去にロジオン様がしたことじゃないですか!」
「下心があってしてないでしょう……! 偶然じゃないか! それを言ったらアデラの方が後ろから抱きついてきたり、騙してキスしたり!」
「騙してキスしたのはロジオン様が先でしょ!!」
「それはアデラが聞き分けがないから!」
「聞き分けがないからキスって、訳分からないですけどね! そんなに私を離したいんですか! 年増女を側に置いといたのは良いけど、何もさせてくれないから若いのにしたいだけなんでしょ?!」
「下品なこと言うなよ!」
「本当のことじゃないですか!」
お互い席から立ち上がり、怒鳴り合いになった。
ハアハアとお互いに息が上がり、睨み合いなると、ロジオンがプイと顔を背け椅子に座り込んだ。
──何でこうなったの?
ロジオンの焦燥した横顔を見ていくうちに、アデラは泣きたくなっていった。
この人は私をどうしたいの?
辞めろと言って私を遠ざけようとしたり
辞めないでと言ったり
今はまた私を誰かに渡そうとしたり
意味ありげな台詞で私を振り回して、喜ばせて──。
カタン
卓上に置く金属音がロジオンの耳に届き、アデラがヘッドドレスを外したのだと分かった。
それはドレイクから託された品である。
次にアデラは制服のジャケットを脱ぎ、同じくドレイクから託された胸当てをはずす。
次の行為にロジオンは、目と口を開いたまま愕然と彼女を凝視してしまった。
ブーツを脱ぎ、馬に乗るために履き替えたズボンも脱ぐ。
ジャケットの下に着ていた襟巻きもアンダーシャツも脱ぎ捨て、下着姿になった。
バレッタで留めていた髪を下ろす。
次に上の下着を外すために前屈みになった時、ロジオンが弾けるように立ち上がり止めた。
「──な! 何してんの! 服着て!」
自分の脱いだジャケットをアデラの前に掛けたが、そこからスルリと上の下着が床に落ちた。
無言のままアデラがロジオンに近付く。せっかく掛けたジャケットも床に落ちた。
両腕で自分の胸を隠し、後ろへ逃げるロジオンに迫る。
背中が壁に当たる。
隣の部屋に逃げるにも躊躇う──寝室だから。
一体全体、何故アデラがこんな行動を起こしたのか?
「ア……デラ、服……着て」
目を反らそうとしても、男としての性が先に立ち、彼女の胸元を見てしまう。
小麦色の谷間──顔だけじゃなく身体まで熱くなる。
「……ロジオン様、私のことをどう思っていらっしゃいますか……?」
まっすぐ見つめる常緑色の瞳にロジオンが映っていた。
「……どうって……」
「私はお慕いしております」
はっきりとした口調にロジオンは息を飲んだ。
「全てを捧げても良いと思っています。……こんな気持ちになったのは、ロジオン様だけなんです」
「アデラ……」
「私は四つも年上だし、只人です。魔法も使えないし生きる長さも違う。何十年後にはロジオン様が若いままでいても、私はシワシワのおばあちゃんになるでしょう。 ──勿論、そこまでお側に居ることは出来ないでしょうけど、可能な限りロジオン様のお側にいたいと思っております」
でも、とアデラはそこで初めて視線を反らした。
「今回、ロジオン様は私を信じていらっしゃらない……だから」
ロジオンの目の前で下の肌着も脱いだ。
「ロジオン様が私を誰かに渡そうとするおつもりでいるなら、言う通りにします……」
「──」
「だけど、その前に私の身の潔白を知っていただいて……そして、私も……好きになった人との最後の思い出にさせてください……」
アデラの瞳が悲しげに揺れた。
強張っていたロジオンの肩から力が抜けた。
「……ごめん。思い詰めさせた。僕の態度が悪いんだよね……あやふやにしちゃうから……」
アデラから滑るように離れると、自分のジャケットを着せた。
「……着て。ちゃんと話す」




