(14)エクロースの使者
ロジオンは二日熱でうなされたが、三日目の朝には嘘のようにケロリとして起き上がっていた。
──仕事だ!
ゲオルグから聞いて、アデラはウキウキしながら催事用の制服に着替える。
タイトなスカートは止めて、フレアタイプで下にスパッツを履いた。
昨日は折をみてクリスに謝りに行ったら、自分の顔を見た途端ビクッ──と後退された。
『い、いや……こっちも悪かったよ。色々と……』
何が色々悪かったのか。そこまで勘の鈍いアデラでも無い。
彼の額に大きな痣が見られ、それは多分自分の仕業だろう。
男女で深夜に個室で二人っきり──覚えてなくても、想像が付いた。
──もう二度とお誘いはないだろう。彼がマゾでも無い限り──
(まあ、そっちの方が気楽だけどね)
考えてみたら──
主人のロジオンにも痛い目に合わせてる。
(……よく首にならないわ。つーか、よく首と胴体離れないわ)
マゾなのか?
それはないと思うけど、変わり者には違いない。
──でも
こんな風に仕事で会うのに浮かれて、せめて薄化粧くらいはしようかと思ってしまうのは
(惹かれているんだろな……)
と認めざる得ないアデラであった。
**
ロジオンは凄い勢いで食事を平らげて尚且つ、おかわりを要求してきた以外、全く変わらない様子だったと言う。
交代の仲間から連絡事項を受けて、更にほっとしたアデラだった。
午前中に魔法管轄処の仕事を済ませ、夕方からまた宴があるのだが、その前に第二王妃の故郷であり、ロジオンが継ぐエクロース領の使者と対面する予定が入っている。
(さて……)
扉の前で深呼吸して仕事モードに入る。
きりり、と精悍な表情で扉を叩いた。
「アデラです。交代で参りました」
「どうぞ」
淡々とした返事──でも、いつもの口調。ほっとしながら、扉を開けた。
ロジオンは所属する部署の礼服を着ていた。他の者と違うのは服の部分に王家の印として赤い線が入っている。
こちらを見てゆるりと笑うロジオンに、アデラはドキリとした。
今までより少し大人びた微笑み。魔力が上がると、何処か違う所も成長するのだろうか?
アデラはロジオンの前まで来ると一礼をした。
「ご回復、ようございました」
「病気じゃないからね……。また同じことがあるから……肝に免じといて」
「はい」
「しばらくしたら、エクロース領の使者と対談があるんだ。ゲオルグも一緒に来るから……ちょっとここで待ってて」
「ゲオルグ殿も? 魔法関係で何か心配事でもおありに?」
エクロース領はいずれロジオンが継ぐと言うことが知れ渡り、今では魔法関係の事で発展している。
年末年始の挨拶で来訪したのかと思っていたが違うのだろうか?
杞憂が顔に出ていたのか、アデラの顔を見てロジオンが口を開く。
「使者が……魔導師なんだって。だから、念のために……ね」
軽くウィンクして見せた。
「オレク=エルステラです。ようやくお目にかかれましたね。ロジオン王子」
差し出された手をロジオンは握り返す。
白に近い髪を綺麗に揃え、後ろに一本に結わいている。
切れ長の瞳は薄い空色。色白の肌。
全体的に女性とみまごう線の細い身体付に顔立ちだ。
エクロースの民の特徴を、見事に持ちあわせている。
「ロジオン、いずれ貴方が継ぎますが、それまではわたくしの弟のエーヴェルトが名代をやっているのよ。オレクは補佐として手伝ってくれています。魔法の使い手としてだけでなく、執務の方でも優秀な方なの」
母妃のオルヒデーヤがそう説明する。
「滅相もございません。エーヴェルト様の努力があってこそ、今の私とエクロースがあるのですから」
オレクはそう言いながら、ちらりとロジオンを見る。
一瞬だが、侮蔑した光をこちらに見せていた事にアデラはムッと顔に出すところであった。
「本日はエーヴェルト様の代理でご挨拶に参上しただけのことですが、オルヒデーヤ様もロジオン様もご機嫌麗しく、この先、エクロースだけでなくエルズバークもご繁栄が続くことを確認出来ましたことを嬉しく思います」
「ありがとう。オレク、お前はいつまで滞在できるの?」
「はい。実はあまりゆっくりとは……。明日には起たねばなりません」
「そう……残念ね」
「年末まで執務が押しておりまして。早くにロジオン様に来ていただき、仕事を覚えて頂きたいところでして……」
またオレクの視線がロジオンに向く。
今度は誰にも分かるようにはっきりと向けられた。
その切れ長の瞳の奥の光に臆すること無く、ロジオンは穏やかな笑みを浮かべた。
「すまないけど……後数年は頑張って欲しい。こちらで部署を任されたばかりなので……。エーヴェルト様も貴方も、とても優秀な方なようで安心して任せられると母も言っております。僕もそう思います」
そうオレクに返した。
そうですか──オレクはさも残念そうに溜め息をついた。
「エーヴェルトの代理として、夕方からの宴には出席してくれるわよね、オレク」
「はい、そのつもりでございます」
オレクはオルヒデーヤの言葉に頷く。
しばらく、イェレを含めたエクロースの今の状況について話をした。
昔より人の出入りが盛んなため、以前から住んでいる住民の中にはよく思わない者もいるらしいが、衝突はなく平和だと言う。
「魔具目当てにくる魔法使いや魔導師が多く来訪するようになって、宿泊施設の増築が盛んですが娯楽施設の建設も要望があって、風俗が乱れると反対の声が上がっていて、それがいずれ問題になりそうです」
娯楽施設を作るにも選出が必要ですね──と、卓を挟んで話し合う。
この様子を見ている限り、オレクの先程の敵意ある眼差しは見間違いだったのかもと、アデラは胸を撫で下ろしていた。
**
話が落ち着いた所でオルヒデーヤは、他に面会があるために退出をし、ロジオンとオレク、そしてゲオルグとアデラのみとなった。
──それを待っていたのだろう。
オレクが目の前に悠々と座っているロジオンに言った。
「魔法勝負願いたい」と。
「ロジオンは魔法使いだ。魔導師のあんたとは勝負は出来ない」
言ってきたのはゲオルグだった。
「この国の筆頭をかけて、魔導師と勝負をしたと聞き及んでおりますが?」
負けじとオレクが言い返してきた。
「それは違うぞ。魔承師補佐の後衛をめぐって勝負をしたんだ。補佐にもそう聞いてる」
──確かに。
あの時、ハインがドレイクの後衛を立候補してロジオンに振ってきた。
「補佐承諾の上の勝負だ。今回とは訳が違う。──その場合、通例にしたがって代役と勝負だろう?」
そんなことは聞いていない、と言いたげに不満な顔をしてオレクはロジオンを睨んでいた。
魔承師補佐の名前が出ては、こちらも無理に戦いを挑めない。
オレクは悔しそうに唇を噛み締め暫く考えていたが、やがて諦めたのか
「分かりました。今回は諦めましょう」
と溜め息混じりに言った。
「──ところで、ロジオン王子は来年は魔導師認定考査を受けるのでしょう?」
「そのつもりですが……」
ロジオンも溜め息混じりに答える。
「──では、勝負はその後にしましょうか」
──言うと思った──
(ゲオルグの言う通り、早いところ『計画』を進めないと……)
そう思ったロジオンだった。




