(13)君の中で眠らせて
「昨夜は……大変失礼しました……」
アデラの顔色はロジオンが今まで見てきた、どの彼女の顔色より悪かった。
恐らく、熱を出して寝込んでいる自分より相当悪いだろう。
深夜、主人の寝室に忍び込んだ醜態に二日酔い──二つの責めぎがアデラを襲っていると思われた。
「泥酔するほど飲むんだね……アデラも……」
「勧められたのが、度数の強いお酒だったようで……」
甘いので、つい飲み過ぎたようです──と、アデラは苦々しく片側の頭を押さえた。
「怒ってはいないけど……ゲオルグは誤解してるから、話をしておいて……」
まだ熱が高い。こうして彼女と話していても、夢か現かはっきりしない。
色々突っ込んで話をしたいが、無理だとロジオンは思った。
「昨夜……こちらに来た時のこと、全く覚えてない?」
「すいません、何も……私、何かやらかしました?」
このまま倒れそうな程ショックを受けているアデラを、からかう気になれない。第一、しんどい。
「大したことはしてないから……。今日もこんな調子なんで、羽目外さない程度に楽しんでいて……」
「ロジオン様……」
そう言うことで──ロジオンは熱でうつろな瞳を閉じると、あっという間に寝入ってしまった。
**
ゲオルグに冷やかし混じりの注意を受け、二日酔いで痛む頭を押さえながら自室に戻る。
途中、寄宿舎の調理場に出向き、二日酔いに効く飲み物を貰った。
(最悪……主人が熱を出して寝込んでいると言うのに)
看病するどころか、安息の邪魔するとは。
(それにしたって……)
そんな度数の高いお酒とは思わなかった。
自分はアルコールに弱いわけじゃない。
エルズバークは、鉱石産出と関係して、生水は余程気を付けて飲まなければ健康を害する事がある。
国民が常飲しているのは葡萄酒や麦を抽出したエール。炭酸水。浄水した水や湯冷ましが多い。
自分達が飲用する葡萄酒や炭酸水は高級なものではないので、蜂蜜を入れたりと飲みやすくするので、甘い酒だって飲み慣れている。
(変ね……)
そう言えば、ラーレはどうしたろう?
昨日の夕方、兄弟で騎士となったシュエット家の息子二人と自分とラーレ―計四人で飲んだのだ。
場所はシュエットの長男・ノエルの部屋。騎士は特別待遇だ。宮廷内に個室を貰える。
ノエルも勿論個室を与えられており、小さいながらも贅沢な室内であった。
お互い年末の宴の合間な為、制服を着ての飲みだったが充分楽しんでいた。
『えっ? 第五王子の例のあい……いや、護衛って君だったの?』
驚かれたが、良い機会なので事の真相を暴露し、それが面白かったらしい。
一気に盛り上がり、話をしては笑いあった。
──途中まで記憶はあるんだけど……。
アデラはコンコンと、握り拳で自分の額を叩いた。
**
大人しく部屋で横になり、頭がスッキリしてきた午後──。
「お姉ちゃん! 聞いてよ! 腹立つ!!」
荒立だしくアデラの部屋の扉を開けたのは、ラーレであった。
「ラーレ? どうしたの? ──って言うか、今まで何処にいたのよ?」
「……シュエット家のノエルの部屋」
「──えっ? あんたまた!」
「私の貞操観念は、お姉ちゃんには関係ないの! それより聞いてよ!」
口調が厳しくなったアデラを遮り、ラーレは一気に捲し立てた。
盛り上がっていた最中、ラーレはノエルに熱く口説かれていたらしい。
「それに気遣ってお姉ちゃん達部屋から出てくれたのよ? 覚えてないの?」
覚えているほど酔っていなかったら、止めてるわ──と、アデラは思った。
シュエット家は伯爵家──所謂貴族だ。
普通だったら、例え宮廷仕えとは言え、庶民のアデラやラーレとは縁の無い方々。
身分違いの恋
そして
高い身分の男性が、低い身分の女性を情熱的に愛する。
これぞ宮廷仕えの醍醐味でロマン。
恋愛小説の中の夢物語だ。
「現実にあったらクラッときちゃうでしょ? 」
「あんたの場合は、いつもクラッとしちゃってるでしょ」
茶化さないでよ! とラーレはぷう、と頬を膨らませる。
「……朝、目が覚めても二人で余韻に浸っていたら……扉が壊れるくらい激しく叩く女がいて『開けて、ノエル! そこにいる泥棒猫を追い出してやる!』だって! 泥棒猫だなんて表現本当に使う女がいるとはね!」
「……で? どうしたの?」
「扉、蹴破られたわ。対面してみたら、侍女仲間だった。良家のお嬢様だけど。口も手も足も出されたけど、お嬢が鍛えたアサシンに勝てるわけ無いじゃん。 返り討ちにしたら泣いちゃって──そしたらノエルったら、向こうに味方してやんの! 『君がこんな乱暴な人だとは思わなかった』『やはり相応しいのは、家柄の釣り合う君だ』とかあっちの女抱き締めてんの! 扉壊す方が余程乱暴なのにも、抱き締められて私に『あかんべー』してる女の本性を見抜けない男なんて狙い下げよ。吹っ飛ぶほどビンタして帰ってきたわけ」
「……もう少し時間をかけて親密になったら?」
アデラは溜め息を付いた。
ラーレは何でも積極的で前向きだ。だが、時には勇み足過ぎて泣きを見る──特に恋愛。
「お姉ちゃんはどうだったのよ? 弟のクリスとは?」
投げ掛けられ、アデラは腕を組んで唸る。
「思い出せないのよ……あの後クリスの部屋で飲み直して、人生相談に乗った事までは覚えてるんだけど……。気が付いたら医務室で寝てた」
「クリスが医務室まで運んでくれたわけ?」
優しいじゃない、そっちにすれば良かったと、問題発言をする妹にアデラは
「運んだのはゲオルグ殿よ。魔導師の。その前には……ロジオン様の……その、寝室にいたみたい……」
そう言って、頭を垂らした。
「──はっ? じゃあ……酔った勢いで寝込んでるロジオン様を襲ったの?!」
「……眠りこけていたみたい……呆れてた……」
「本音は隠せないものなのね」
うんうん、とラーレは沁々と頷いていた。
**
目が覚める度に分かる。
内なる力が強くなってることに。
これが分かってくれば、熱は明日には下がるだろう。
ロジオンは今までの経験でそれを知っていた。
それにしても眠い。
今回、寝てても寝ていると言う感覚が無いせいか。
話し声が聞こえるから。
僕の中の過去の僕の。
何を話しているのかまでは聞こえないけど。
不思議だと思うよ。
過去の自分が自己を持って中に生きていて
それを当たり前のように、躊躇い無く受け入れてる自分にも。
──でも、今回はさすがにイラッときた。
僕なのに何か隠してる。
考えてみたら、僕が話しかけても答えない。
いつも一方的。
何なんだよ、全く。
“ごめん、ごめん。僕達も君の中で自分を保つのって、なかなか大変なんだよ”
話し掛けてきた声にロジオンは驚く。
夢の中?
イゾルテの時と同じ、だたっぴろい、見えない先まで白くて何もない空間。
ロジオンは急に現れた少年を見つめた。
自分と同じ程の背格好だ。
似た顔に笑顔を作り、同じように自分を見つめている。
“親族会議をしていたんで……耳障りだった?”
「日頃もこんなことされちゃあ、やかましいね」
“だから出てこないだろ?”
と笑った。
ロジオンはマジマジと相手を見つめた。
少年の姿だが、姿に見合った雰囲気じゃない。老成して落ち着いている。
“気付いた?”
彼は寂しげに目を伏せる。
“僕は早くに成長が止まってしまった。この中にいる誰よりもね……”
そう言うこともあるのか──ロジオンは思った。
“心配ないよ、他の三人はドレイク位だから。多分君も、二十歳の半ばか後半で止まるよ”
ロジオンの杞憂を察するかのような言葉を吐く。
“それでも……イゾルテ様とドレイクは待っていてくれた。……もう潮時だと僕は彼に言った。今もそうだ──君の中に溶けても良いだろう、と……”
「僕の中に……? 魂が融合するってこと?」
彼は頷いた。
“継ぎ接ぎなのは、一つ一つ中にいるマルティンの自我が強すぎるから”
ズキン──と胸が鼓動を上げた。
「いるの? マルティン?」
彼は頷いた。
“マルティンの魂はもう既に君と融合している。だけど、僕らの中にいるマルティンの意識ままだだ。これから君と融合するのは、僕の意思だけど──マルティンの意思でもある。この先にも残りの二つと融合を果たさなければならない。勿論、この身体から追い出したエクティレスもね”
ロジオンに向かって歩み寄る。
「……何故、僕の代で? 君達が、マルティンが、融合しようと決めたの?」
“『満ちた』から”
彼が手を差し出す。
“君の中で眠らせて”
そう言った。
“融合を果たす度にマルティンの意識が強くなってくるだろう。──でも僕は、負けないことを祈るよ。他の魂がどう思おうと……”
──彼の言わんとすることが分かった。
自分の憶測が確信に変わる。
「君は、他の魂と少し違う……よね?」
彼の口角が上がった。
“僕は君と同じように、イゾルテ様以外の女性を好きになった。そして愛し合って子を成した”
「──えっ?」
“頼みがある、聞いてくれる?”
「……僕が出来ることなら」




