(12)貴方と同じ
微かに舞踏曲が聞こえる。
時々意識が浮上して、周囲を見回す。
人の気配にそちらを向くとゲオルグが、何かを語りかけてくる。
その度に水差しで飲ましてくれて、氷嚢と着替えを変えてくれた。
意外と面倒見の良い人だと気付く。
熱が高くだるい。そして眠い。
それ以外、何の特徴の見られない『魔コウ熱』
もう、確固たる特徴が出てきたって早くない──いや、遅い。
分かってる
分カッテル──頭に響く声。
古の時代は『魔コウ熱』は無かった。
これは、古の血と混じった転移した人の血が、拒絶しあう時に起きる。
何処かで譲り、混じり、その時に抜き出る能力が魔法の使い手達の特徴となる。
僕は?
僕は何故、何も出てこない。
分カッテル
分カッテルダロ?
何も出てこないのは
抜キ出タ
確固タル能力ガ
無いからだ。
──無インジャナイ
万能ダカラ
ソウジャナケレバ
マルティンノ魂ヲ、受ケ継イダトハ言エナイ
あの人は、古に
世界ノ意志
と言われた人だから──
教えて欲しい
前ニ教エタ
彼ノ意志 思イ 想イ 生キ様 色々ナ事
それは良い 分かった
僕が知りたいのは
僕の中のマルティンが 蘇ったら
──僕は何処へいくのか──
蘇ルノハ
魔法ダケダ
──嘘だ
「僕なのに……何故……嘘を付く」
寝台が沈む。
誰か、来た。
意識がまた浮上する。
枕元に座る影に、ロジオンは目を向けた。
既に日が落ち、寝台を囲む垂れ幕も更に闇を作る。
影が動き、ロジオンの湿った髪に触れた。
その手は女の手だ。
手の形、身体の線、流れる髪──ロジオンがよく知る人だ。
──でも、知らない人だ。
「……誰だ?」
ロジオンの、髪に触れている手が離れた。
「怯えなくて良い……私は貴方に危害は加えない」
──分かってる。
髪を撫でる手は、至極優しかった。
でも、酷く異質に感じた。
「彼女から……離れろ……」
ロジオンの言葉に首を振る。
「私は──ロジオン。貴方と同じ。貴方の中の意志と、同じ志を持つ」
「……だから、誰?」
「ジーア」
「──ロジオン!!」
荒々しく扉が開いてゲオルグが入ってきた。
同時──パタリ、と女はロジオンの寝台に身体ごと倒れた。
「誰かいるのか!!」
ゲオルグが寝台の幕を開ける。
怪訝な表情をし、倒れている女を見て、それからだるい身体を起こして座るロジオンに視線を移した。
「……俺の目を盗んで、いつの間に忍び込んできたんだ? アデラ嬢は?」
「……ゲオルグが寝てたんじゃない?」
「寝てはいないぞ。確かにラバトリーに行っていたが」
「じゃあ、その時でしょ」
「その時入ってきたとして、今まで気配を消していたのか……?」
「彼女の本職に必須だから……」
ゲオルグの言い分にロジオンが応答するも、ゲオルグは勿論納得出来ていないし、ロジオンも気難しく眉を寄せていた。
「取り合えず、起こしてみるか」
ゲオルグがペチペチとアデラの頭を叩く。
う……ん、と何とも艶かしい声を出したが、起きる気配がない。
「……酒くさい」
ロジオンが呟き、ゲオルグが近付いて鼻をひくつかせる。
「泥酔して、間違えてお前の寝室に?」
「……」
「……間違えてこっちに来るほど、親密な関係なわけか」
ニヤつくゲオルグに、ロジオンは否定する気力が出なかった。
まだ高熱は続いていて、体力はない。
それに、先程のアデラの様子をどう説明したら良いのか、ロジオンにも分かりかねない。
「好きにとって……」
ロジオンは気だるそうに言った。
「アデラ嬢を部屋まで連れてくか──寄宿舎で良いのか?」
「医務室でも良いんじゃない……? この分だと明日……二日酔いになってそうだし」
「近いし、そうするか」
よっこらせ、とゲオルグはアデラをおぶる。
「寝てろよ」ロジオンにそう告げて寝室から出ていった。
「ジーア……」
名前だろうか? 呼称のように聞こえた。
ロジオンは再び寝台に横たわり、瞳を閉じる。
イゾルテ様に聞けば何か分かるかも知れない。
トクントクンと胸が波打ち出す。
「……名前出したからって、ときめくの止めてよ。具合悪いんだから……」
自分の中にいる過去の自分。
普段は呼んでも出てこないし、答えてもくれないくせに。
イゾルテの名を出した途端こうだ。
自分自身にも分からない秘密を抱えているのに、アデラにも何か謎を持っている。
「……面倒だな……」
ロジオンはうっすらと瞳を開け、天蓋があるはずの闇を見て、また瞳を閉じた。
ラバトリー:トイレ




