(11)魔コウ熱
「疲労でしょうね。心身共にお疲れだったのでしょう」
医師が氷嚢をロジオンの額にあてながら、集まった者達に告げた。
ロジオンの寝室に集まったのは、アデラとラーレ。それとルーカス、ハインの魔導師二人。
そしてユリオンとリーリアに母のオルヒデーヤだった。
「風邪ではなくて?」
オルヒデーヤが心配そうに医師に尋ねる。
「熱だけですからね。ロジオン王子、治癒師を呼びますか? それとも熱冷ましの薬を飲みますか?」
医師の問い掛けにロジオンは
「熱冷ましの薬……置いといて。今……すぐには判断できないから……」
息荒く答える。
「でも、ロジオン。熱が高いのですよ。早目に飲んだ方が良いわ」
母の言葉にロジオンは、だるそうに拒否の首を振った。
「第二王妃様、もしかしたら『魔コウ熱』かも知れないので、飲めないのですよ」
「魔コウ熱?」
ハインの言葉にオルヒデーヤは顔をしかめた。
「魔法を使う者は、成長が止まるまで年齢と共に魔力が上がってきます。少しずつ、順調に上がっていけば良いのですが、たまに一気に上がる場合もあるのです。成長期に骨が伸びて、関節とか痛くなる場合とかあるでしょう? それと似た現象です」
「……それで身体が追い付かなくて熱が出たと?」
「そうですね」とハイン。
「ただ、今の段階では『魔コウ熱』か『風邪』による熱、はたまた『疲労』か、判断しにくいので様子を見る──ということなのです」
「その判断はどこで?」
リーリアが尋ねる。
「正直……本人が判断するしかないのです」
「曖昧だなあ」
ユリオンが呆れたように返し、母に諌められていた。
「我々も落ち着くまで、何回か出しましたからね。魔コウ熱。ただ、人によって様々なんですよね」
とハインとルーカス。
高い熱と倦怠感は大抵皆体験するが、後の症状は様々で
ハインは「手足が痺れた」
驚いたことにルーカスは「指から植物の芽が出た」らしい。
ルーカスは草木に恩恵ある種族の血が混じっているそうで、それが強く出たと言うことだろう。
魔コウ熱でどの属性が自分に一番合うのか分かることもあるので、大事な通過点になるのだ。
「だから解熱剤で熱下げちゃうと、まずいこともあるんですよ、母君」
と、ルーカス。
「薬って異物だから、それを体内に入れることによって成長する魔力を抑えてしまったり、抜き出るはずの彼の魔力の特徴が、消えてしまったりすることがあるんです」
成長過程の一つだから、ここは堪えてください──ルーカスに言われ、母妃達は渋々頷いた。
母妃とロジオンの兄弟達が医師と帰った後、扉を叩く音にラーレが応答する。
入ってきたのはゲオルグだった。
「今日の連絡事項済ませてきたぞ。容態はどうなんだ? 風邪なのか?」
ズカズカと威勢良く入ってきて、横になっているロジオンの顔を覗いた。
「何だ、魔コウ熱じゃないか。心配すること無い。一~二日でケロッと治るさ」
「分かるのか?」
ルーカスが不思議そうに尋ねる。
「俺はこう言う見立ては得意なんだよ。『魔眼』の称号は伊達に持ってない」
自分に親指を突き立て、胸を張る。
「『魔眼』……?」
アデラとラーレが、お互いの顔を見合わせ首を傾げていた。
「相手の正体、本性とか。状態とか分かってしまうものです。我々も経験とかである程度目利きが出来ますが、『魔眼』持ちはもっと緻密に詳しく視えてしまうのです」
そうハインが説明するとゲオルグに
「──なら、キアラとソアラを呼んできましょうか? 解熱剤より彼女達に熱を冷ましてもらった方が良いでしょう」
と、話す。
治癒しの治療と言うのは、主に対象者の気の流れを掴み、乱れている気を修復、軌道修正させる。
傷の手当てもそれを利用し、気を増幅させ傷の治癒力を上げ早く治すのだ。
対象者が弱りすぎて気の流れも弱っている場合、自身の気も利用する。
治癒師たる魔法の使い手が減少傾向にあるのは、気の流れを掴めても、自分に取り込んでしまうのがほとんどであり、その逆が今の魔法の使い手には難しいと言われているためだ。
「……彼女達は呼ばなくて良い」
ひき止めたのは、今まで黙って寝ていたロジオンだった。
「宮廷で治癒が出来るのは、彼女達だけなんだから……。もし、今騒ぎが起きて瀕死の負傷者が出たら……対応できなくなる」
治癒をする時、魔力を相当量使う。キアラとソアラは二人で一人分。二人で補いながら施行するが、やはり限界が来る。
「二人の魔力の総量を『視る』と……治ると分かってる『魔コウ熱』のために使うのは止めたい」
「──ロジオン、お前……良い子だなあ!」
ゲオルグがロジオンの額に当てている氷嚢をポンポンと叩く。
感心して撫でているつもりらしい。
「……ゲオルグ、叩くと中の氷が額に当たって痛い……」
「相変わらずチビ助だけど、中身は成長していたんだな!」
「……ゲオルグから見たら……みんなチビでしょ……だから痛いって……」
熱で避ける気力の無いロジオンの代わりに、アデラとハインがゲオルグを止めた。
熱が下がるまで養生しておけ──そう言って下がろうとする魔導師三人を、ロジオンは再び引き止めた。
「……昨夜は来たの?……挑戦者」
「まあ、な。 聖燭祭だし、初日で警備に抜かりがない所だから、相手も分かっていて来たのは二人だけだった」
と、ゲオルグ。
「説得でお帰り願いました。──ゲオルグとルーカス二人で」
ハインの言い方が説得で大人しく帰っていく程、二人が怖かったのだろうな(特にゲオルグ)と納得した。
「魔法の使い手のマナーに沿えば、ロジオンは同じ魔法使いなら戦いに挑めるけど、魔導師ならロジオ
ンではなく、ロジオンの師か代理がやる」
「魔導師なら俺が代理だろ? 魔法使いが来たら昨夜と同じで『お帰り願い』で良いだろう」
ゲオルグの話の内容でロジオンは頷いた。
「だが、早いとこ魔導師になって、勝ち負け関係無く水の王に戦いを挑まんと続くぞ、ロジオン」
ゲオルグに忠告されたロジオンは
「……色々と考えはあるよ、今は……眠い……」
そう言った途端、パタリと寝入ってしまった。
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枕元で話をしては、ゆっくり寝れないだろうと一旦全員寝室から出る。
「そこの美人姉妹さん達は、チビ助が熱下がるまで付き添わなくて良いぞ」
「チビ助じゃなくてロジオン様です」
アデラにきつく言われ、すまんな、とゲオルグは素直に謝った。
「チビの時の印象が強くてなあ。静かに本読んでておとなしいガキだな、って思っていたら、一旦口開いたらうるっさいのなんのって! 『何?どうして?』って納得するまで質問攻めでさ!」
「子供なんて皆そんなものですよ?」
ラーレの言葉に「いやー」とゲオルグ。
「ここにブドウパンがあったとするだろ?『このパンはどうやって作ったの?』『どうしてパンの中に干ブドウが入ってるの?』『葡萄は干して干ブドウにすると、どうしてシワシワになるのに甘くなって保存がきくの?』『パンの中に干ブドウが入ることで何か違うの?』『パンの材料の小麦粉と干ブドウの葡萄は同じ植物なのに、どこでどうして違くなるの?』『葡萄の味になる小麦粉がどうしてないの?』『パンの味がする葡萄は作れないの?』──とまあ、くるっくるに目を真ん丸にしてさ、聞いてくるわけ」
「可愛いじゃないですか」
アデラとラーレは仲良く頷いた。
えええ? 引き気味の男性魔導師達であった。
とにかく、熱が下がるまではゲオルグが看ることになった。
「挑戦者が寝込んでいるところ幸いと、襲ってくるかも知れん。魔法の使い手でないとややこしくなる場合もあるんでな」
そうゲオルグに説明され、こちらも渋々了解するアデラとラーレだった。
入れ替わりロジオンの護衛と、身の回りの世話をしていた仲間のアサシンに連絡を終えた二人は──主人の容態が回復するまで自由時間となるわけだが……。
突然の休暇に鼻唄交じりのラーレに比べ、アデラの表情は晴れやかではない。
トボトボと足取り重く歩く姉を見て、ラーレは溜め息をついた。
「お姉ちゃん、仕方無いわよ。『水』の称号をめぐって挑戦者が来たら、私達、実際に迷惑な存在になるんだし」
「それは分かってるけど……。魔法相手だとほんと、役に立たないなあ……って」
落ち込んでいる様子がありありと分かるアデラに、ラーレは再度溜め息を付く。
「ロジオン様だって万能を求めてないでしょ? お姉ちゃんは普段頑張っていて、それでロジオン様は満足してるみたいだよ?」
「そうなんだけど……」
自分はまだ、魔法を使う者達と比べたら、ロジオンとの間に隔たりがあると思う。
それが何だか寂しく感じるのだ。
こんなことラーレに言ったら「嫉妬? ごちそう様」なんてからかわれるから口に出さないが。
「そうやって無理するの止めてよね」
ラーレのきつい口調にアデラは顔を上げた。
きつい口調に更にきつい眼差しの妹。その瞳は潤んでいた。
「私達は危険な職に就いてるわ。いつ死ぬか分からないけど、死ぬために危険に飛び込んでるんじゃない。生きて大事な情報を持ち帰るために生きなきゃいけない。主人に報告するために帰らなくちゃいけない。無理はするけど死ぬための無理じゃない。生きるための無茶よ──お姉ちゃんは意味を履き違えてる」
「ラーレ……」
「能力外の無茶なんて、良いこと何もないわ──もう、あんな想定外なの……止めてよね……」
泣くのを押し殺し喋るラーレを「ごめん」とアデラは抱き締めた。
「姉妹で休みって滅多に無いから、二人で何かする?」
「──じゃあ、今から飲み会しない?」
「……えっ?」
明るい声で離れたラーレはウキウキと身体を弾ませる。
「兄弟で騎士団に入ってる人に、『今夜暇?』って誘われてたの。 こちらも姉妹で暇になって偶然の幸運じゃない!」
早速言って聞いてくるわ──ラーレはアデラの返事も聞かないままに、さっさと行ってしまった。
確かに、このような華やかな催しがある時は、働いている者達にも出会いのチャンスは散らばっている。この為に、宮廷で働きたい子女もいるくらいに。
アデラだって、そんな恋小説のような出会いに一度は憧れた口だ。
だけど今回は、ラーレと二人で語り合って静かに過ごすつもりなアデラだったのだが──。
「何この急展開……」
呆然と、走るラーレの後ろ姿を見守るアデラだった。




