(10)僕とダンスを
舞踏会会場のロジオンの控え室。
詳しく言えばユリオンと共同利用だが、彼は舞踏会会場に出っぱなしのようだ。
あの求婚を最後まで見守って、もうさすがにお邪魔虫だと感じた二人は、ソロソロと屈んだ体勢で後退。近くの方陣で移動したのだった。
「う、さむ……冷えたかな」
ロジオンは、燃える暖炉の側で身体を暖める。
かくゆうアデラは、ボーッと夢心地の中にいるようだ。常緑色の瞳が、魔法を使わずともキラキラしている。
はあ、と感嘆の息を吐くと両手を前で合わせた。
「素敵でした! エアロン様! まるで観劇を観ているようでした! 物語の中だけの話ではないのですね!」
顔を上気させてキャイキャイと黄色い声を出すアデラを、しらっとロジオンは暖炉に手をかざしながら見ていた。
「感激しましたよねー! ロジオン様! ようやくエアロン様の想いが通じたんですから! ああ、でもあんな熱い想いを幼少の頃からお持ちだったなんて!」
これはラーレやベルにも話さなきゃ!
興奮冷めないアデラだったが、ロジオンが結構冷めた様子に気付き
「嬉しくないのですか! ご兄弟の恋愛が成就した現場に居合わせたと言うのに?」
少々憤慨気味で問いかけた。
「嬉しいよ、そりゃあ。……でも、身内なだけに見ていてこそばゆいと言うか……ムズムズしたと言うか……つーか代弁したら半端無いムズムズ」
むず痒そうに身体を動かすロジオンにそんなものですか?と、アデラ。最後に呟いた内容はよく理解できなかったが。
「アデラだって、ラーレの告白される場面とかさ……逆でも良いけど、熱いとこ見たらどうよ?」
「ラーレですか? あの子、結構モテますから、あまり──と言うか『今度こそ長続きしますように』と心配になります」
「へえ……モテるんだ。そんな感じはするね……」
サラリと返してきたロジオンにアデラは
「ラーレのこと、お気になさらないのですか?」
と近付く。
普段の様子からして、ラーレは彼のお気に入りだと分かる。
だから、淡白な反応に無理しているのかとアデラは思ったのだ。
「ラーレは優秀だと思ってる……。侍女としての仕事だけじゃなく、それ以外もやってくれるし……ただ──」
「ただ?」
「やり過ぎ……と言うか、首を突っ込みすぎる……時々周囲が制してやらないと……危ないね」
そんな感じはするけれど──アデラも思っていたことを指摘された。
男女問わず、冷静にその人を判断する方だ──アデラは内心嬉しかった。
ちょっとヤッカミもあったから。
「それより……僕は、君の方がお気になります」
ちらりとブルーグレイの瞳を向けた主人に、アデラの胸が一気に高まった。
──ま、まずい!
退院して復帰してから、ようやく『真面目でお姉さんな仕官』の評価の自分を取り戻せた、と思ったのに。
ロジオンの悪戯な口説き文句も流せるようになってきて、心落ち着いた護衛生活。
とにかく主人を敵から身をていし、守らなくてはならない。
主人の誘惑に心乱れているわけにはいかない。
ゾウルの件で重々反省したじゃないか! 自分は切り替えが悪い。──だから、仕事中は気持ちを塞いでいた。
(まずいわ! エアロン様の求婚見て、外れちゃったんだー!)
ずいっ、と近付いてきたロジオンに、アデラはおたつきながら
「ずっと寒い外にいらっしゃいましたから、今、温かいお飲み物でもお持ち致します!」
と、言いながら下がる。
「飲み物は……」
ロジオンが指差した卓上には様々な飲み物が置かれており、その中には酒類もあった。
「これで温まるから平気」
「お酒よりミルクとか、蜂蜜と檸檬の入った物とかの方が!」
アデラは真顔でズンズン迫ってくるロジオンに、そう捲し立てると扉の取っ手に手を掛けた。──が、開かない。
「──えっ? 鍵?」
「魔法で施錠してるから……開かないよ」
「な! 何故こんなことを?!」
「だって……この部屋ユリオンと共同だし。邪魔されたくないんだよね……」
ニコッと、無邪気な笑いを見せるロジオンだが、アデラには大いに油断できない笑顔である。
「第一反則技だよ……? アデラの仕官服」
へっ?──アデラは自分の服装を見る。
今夜は華やかな席な為、宮廷内の女仕官は皆下はタイトかフレアなスカートだった。
アデラは膝下タイト。ただし、動きやすさ重視のため、長めにスリットが入っている。
「惜しげもなくおみ足を見せてくれちゃって……」
「そ、そ、そんなつもりでは……」
だって、タイト選んだ人はこのくらいのスリットは皆、入れているし。フレアだと足上げた時丸見えだ。
はっと気付いた。
(フレア選んで、にスパッツ履けば良かったんだー!)
半数以上がフレアな理由を、今頃思い付いたアデラだった。
扉に張り付くアデラにロジオンはズンズン近付いていく。
こんな急に 突然
(こ、心構えが……!)
アデラの前で立ち止まったロジオンは
すっ……と、右手を差し出した。
「僕と踊っていただけますか? アデラ」
口を開けてポカンとしているアデラに
「ここまで曲は聞こえてる……。この部屋なら……アデラと踊っても誰にも文句は言われないでしょ」
と、ロジオンは小首を傾げた。
──一気に身体の緊張が解けた。
「なら、別に扉の鍵を閉めなくても……」
不満そうな口調のアデラに
「ユリオンが来るかも知れないじゃない……邪魔されたくないし。──それに……エアロンの兄上との練習では、ちっともアデラと踊れなかったし」
そう言うと、差し出している手をくい、と軽く上げて促す。
ちょっと拗ねたような表情に変わっている主人に、アデラは含み笑いをする。
そうして
「喜んで」
と、ロジオンの手を取った。
曲は舞踏会が佳境に入っているせいか、しっとりとした落ち着いた曲が流れていた。
こう言う曲が流れれば、踊っている者達は今までより密着気味になる。
ロジオンとアデラもそうだが、アデラは若干腰が引けて、猫背気味でいた。
「……落ち着かないよ。練習の時はちゃんとやっていたじゃない」
エアロンの時は出来て、僕の時は出来ないの? ──不満そうに声音を低くしたロジオンにアデラは「すいません」と姿勢を正した。
その様子をロジオンは可笑しそうに見つめる。
「何もしないよ……今日はね」
意味ありげな台詞をアデラに投げ、顔を真っ赤にした彼女を見てクスクスとロジオンは笑う。
密着したダンスに馴れて、二人静かに曲に合わせて踊り続けた。
「今日はお疲れさまでした、ロジオン様」
「お互いにね……。後は年始の舞踏会に一日出て、他の日にちは適当に出席すれば良いから……」
「前半戦、終了──ですね」
「うん。半分気楽になった」
嬉しそうに微笑むロジオンに、アデラはつられて微笑んだ。
「一緒にデビューしたお嬢様方に、気になったお方はいましたか?」
(意地悪な質問だな─)
言って見て気付いた。他意無くした問い掛けだが、今夜踊った女性達に嫉妬して聞いているかのようだ。口に出して後悔したが、ロジオンの方も他意無く答える。
「いたよ」
「……どんなお方です?」
自然、アデラの声が小さくなった。聞かなきゃ良かったと。
んー、と、ロジオンは視線をそっぽに向けて話し出す。
「招待客含めて五人程……魔力を持ってる人がいたね」
「……魔力?」
そう、とロジオン。
「魔法を扱う者かどうか……分からないけど。招待客じゃなくて……侵入者じゃないことを祈るよ」
──まあ、怪しいのは目利きの良いゲオルグが捕らえてると思うけど。
そうぼやくロジオンに「そうですね」と返事を返したが、気に入ったとかでは無いことに、ちょっぴり安心したアデラだった。
次の日──
ロジオンが寝込んでしまった。




