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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子達は本音を隠して華麗に踊る
21/49

(9)求婚

 涙と同じように、シュティルゼーナの想いが一気に溢れ出た。

「……そうよ! わたくしはエリオン様を忘れられなかった! 愛していたの! 心の底から愛していた! 彼の為ならどんな我慢だって出来た、この国の違う習慣にも馴染もうと努力できたわ! ──エリオン様だって、この国に滞在した時は、いつもわたくしの側にいてくれて、わたくしに笑い掛けてくださっていた。わたくしも彼の前では素直に笑っていられたのよ! 『君のその笑顔は僕にしか見せないのだね、可愛い人』といつも言って下さったわ! 」

 なのに、なのに──怒りとも哀しみともつかない胸の痛みが、涙となってとめどもなく流れていく。

「エリオン様はたった一度、顔を合わせた女に心を奪われてしまった! 悲しかった、怒りが込み上げたわ。絶対に婚約を解消なんかしてやるものですか! ──そう思った。……でも、何度も……悲しい顔をして、許しを乞いにやってくるエリオン様を見て……思ったのよ。わたくし、彼の笑顔が好きだった……

ここで予定通りにわたくしと結婚しても、彼は以前のように笑ってはくれない……。遠く離れても、二度と会えなくても、他の女の元にいても……あの人が笑顔でいられるなら……それで良いと思った……」

「貴女は、本当はお優しい人だと僕は知っていました」

「違う……! 違います! わたくしは優しくなんて無い! エアロン様を利用していた! 酷い女です!」


 エアロンはシュティルゼーナと向き合うようにしゃがむと、己の腕を強く握っている手を優しく触れた。

「……僕と婚約し、結婚を延ばしていた理由も分かります。エリオン兄様を待っていたのでしょう?」

 シュティルゼーナの瞳が大きく揺らぐ。

「どうして……? どうしてそこまで分かっていながら……」

「シュティルゼーナ様、貴女を好きだから……。貴女がその気になるまでずっと待つつもりでした」

 わたくし……再びシュティルゼーナは俯いた。

「一目惚れでお互いをよく知らずに結婚して、後から『思ったより違う』と失望して、別れてしまうことが多いと聞いて……直ぐに冷めて戻ってくる。わたくしの元へ戻ってくる、そして『やはり貴女が一番だ』と微笑んでくださる。 わたくしの笑顔はあの人の物だ……愚かな考えに取り付かれて、わたくしは固くなに貴方を拒絶し続けました。エリオン様が戻って来るはずもないと言うのに……わたくしは自分の時を止めてしまって、貴方がもう大人の男性だと気付くのに随分と掛かってしまいました……」


 怖くなった。

 貴方が諦めないで、わたくしに求婚をする度に。

 いつの間にか、貴方からの求婚を心待ちにしていることに。

 首を縦に振ってしまいそうになることに。

 ──何より

 エリオン様を待ち続け歳もいった、我が儘で傲慢なわたくしを、エアロン様が受け入れようとしていることに。


「エルズバーグでは、わたくしに愛人がいて、それでエアロン様とのご結婚を渋っている──そう噂が流れていると大使から聞き……なら、その噂に便乗してわたくしが男狂いになったように振る舞えば……」

 ぎゅっと強く手を握られ、シュティルゼーナは驚いて顔を上げた。

 目の前には上気して、嬉しそうなエアロンの顔がある。

「僕のことを──! 少しでも愛しているのですね? ああ! こんな嬉しいことは生まれて初めてだ!」

 シュティルゼーナは、悲しげな顔をしたまま首を振る。

「エアロン様、いけません……。わたくしのような女を妻にしては、貴方のお人柄を疑われてしまう……。どうか、婚約の破棄を。貴方に相応しい女性を娶りください」

「何を言うんです! それで貴女はどうする気なんですか?!」

「……修道院に入り、静かに余生を過ごすつもりです」


 暫く沈黙があった。


 離して、と言うようにシュティルゼーナの腕が伸びる。

「どうか……お許しを……」

 懇願するシュティルゼーナに、エアロンは首を振り拒絶した。


「僕は……! 嬉しかった、貴女と婚約出来たことに! 幼い頃からずっと好きだったから。エリオン兄様の婚約者であった時からずっと!」





「……エアロン様?」

 まさか──そんな言い方と表情のシュティルゼーナにエアロンは、恥じるように顔を背ける。

「許してください……でも! 本当なんだ……!」


 僕を含むディリオン殿下、エリオン、アリオンの第一王妃との間で生まれた男子は、帝王学を徹底的に仕込まれました。

 でも僕は他の兄弟に比べて不出来で、いつも殿下には『胸を張れ』と言われるし、アリオンの兄上には『こんなことも出来ないのか、情けない奴』と怒られていて。

 エリオンの兄上は優しかった。

 いつもかばってくれて、色々な楽しみ方を教えてくれた。

 ──だから


「シュティルゼーナ様が滞在している時、僕は嫌いだった。エリオン兄様を取られて嫉妬していたのだと思う」

 そう言えば──シュティルゼーナは記憶を辿って思い出す。

 木陰や、城の窓際、部屋の片隅でそっとこちらを覗いている影。まだ幼い少年の彼だったと思い起こした。


「当時から貴女のご評判はあまり良くありませんでした。僕はその評判を真に受けて『エリオン兄様に相応しくない!』とよく一人で憤慨していたんです」

 シュティルゼーナは、納得したように頷いていた。

 自分はその高い虚栄心の為に、自分の素を晒すことはしなかった。する必要もなかった。自分は誰よりも優れていて美しいと思っていたから。

 意味もなく、侍女や家庭教師、使用人を嘲り笑っていた。

 普通の少女のように素直に話を受け入れたり優しく出来ていたのは、エリオンの前だけだったと自覚している。


 ──だから

 彼との居場所に執着していたのだろう。

 シュティルゼーナは、歳を重ねてきた今、素直にそう感じている。

 それを考えると、エアロンが幼い時から自分を好きだと言う告白は、到底信じられるものでは無かった。

 そんな様子を見て取れたのだろう。エアロンは話を重ねる。


「よく隠れて……そっと見ていました、二人の姿を。その時に思いがけなく貴女の笑顔を目の当たりにして……。一気に身体が熱くなって、胸の鼓動が激しくて口から心臓が飛び出るんじゃないかと怖くなったほどでした」

 ずっと見ていて、その笑顔が出る時はエリオンの前だけ。

 どうして他の人には見せないのか?

 とても可愛い笑顔なのに。

「……気付けば、追うのは貴女でした。見たかった……。兄が羨ましいと思いました。僕にも見せて欲しいと……。いつの間にか、貴女に嫉妬しているのでなく、兄に嫉妬していること、貴女を僕のものに出来たら──そう思っている自分を知りました」


 婚約解消の知らせが届き、貴女の不幸を喜びました──酷い男です、僕は。


「酷いだなんて! ちっとも思っておりません!」

 シュティルゼーナが急に声を荒げた。

 手を震わせ、その目には涙を溜め、エアロンを見つめる。

「エアロン様はわたくしが自国にいる時も、十日と置かずに、自らお作りになった菓子と手紙を届けてくださいました。エリオン様との婚約解消で自国の王宮内でも、わたくしは腫れ物に触る扱いでした。自分でもどうして良いか分からず、周囲の者に八つ当たりして……ますます嫌われて。貴方からの贈り物がど

んなにわたくしを癒してくれたか……! 酷いのはエリオン様ではありませんか?! 貴方が負い目になることなど、ちっともありません……!!」


 はっ、と気付きシュティルゼーナは口を噤む。

 そこにはエアロンの熱い眼差しがあり、共に涙を流していた事に気付いたからだ。

「シュティルゼーナ……」

 エアロンはシュティルゼーナの前で片膝を付き、彼女の右手を優しく手にとる。

「僕達は今まで本音を語ることがなかった。今夜は貴女の素直な気持ちを聞けてよかった……。やはり貴女は可愛い人です。──どうか、僕の妻になって下さい」

「いけません、エアロン様。こんな薹が立ったわたくしなど……子が望めるかどうか分からないのですよ? 」

「だったらだったで、夫婦仲良く過ごせば良いでしょう? そんな夫婦、世界中に沢山いますよ」

 いいえ──エアロンの求婚に、頷くことが出来ないでいるシュティルゼーナにエアロンは

「僕と貴女は似ています。一人の人しか愛せない。ここで断られても、僕は修道院まで追いかけていきますよ」

 そう言った。

「エアロン様……」

「愛しています。一生貴女だけを……シュティルゼーナ……」

 エアロンが触れるシュティルゼーナの手の甲に、微かに唇が当たる。


 良いのだろうか?

 彼の愛に飛び込んでも

 自分の悪評に、彼が苦しい立場に追い込まれはしないか。

 こんなに長く待たせて

 自分は彼の迷惑でしかない。


 シュティルゼーナはもう、傲慢で我が儘な女ではなかった。

 悲しみを知り、痛みを知り

 相手を思いやれる一人の大人の女性。


 ──もっと早く素直になっていれば

 

 シュティルゼーナは返事が出来ずにいた。

「シュティルゼーナ、どうか……!」

 再度申し込まれ、もう振りきるしかない──と思った瞬間。


「わたくしで宜しいなら……」

 

 勝手に口が動き、台詞を吐いた。

「シュティルゼーナ!」

「え? え? わたくし……?」

 驚いて口に手を当てるシュティルゼーナを、エアロンはかまわず抱き締める。

「あ、あの……? わたくし……」

「愛しています! 兄のようにはいかないかもしれませんが、貴女を不幸にはしません! いつも笑顔でいられるように頑張っていきます!」

 大きな体躯に抱き締められ、エリオンとは違う、ぽよん、と揺れるお腹を感じる。

 兄弟でも違うんだと、つい笑ってしまうシュティルゼーナ。

「笑って下さった!」

 身体全体で喜び、笑い掛けてくるエアロンと共にシュティルゼーナは再び笑う。


 苦悩から離脱することは、突然やってくるものなのね、と。

 間違えた台詞は本心だけど。口に出せなかった言葉。


 この人の為なら努力できる、きっと。

 長い物患いから抜け出たシュティルゼーナの笑顔は、晴れやかなものと変わっていった。



ここから暫く不定期更新となります。

よろしくお願いします。

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