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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子達は本音を隠して華麗に踊る
19/49

(7)噂は誰が

 艶のある黒髪はきつめに巻いて高く上げ真珠と生花を散らし、濃紺の、胸下でシェイプされた衣装は裾にいくほど色が薄くなっている。

 色の薄い裾の部分にも真珠が散りばめており、豪奢な作りではないが贅沢な仕上がりの衣装であった。

 自分をより美しく見せるセンスは存分に持っている。

 

 ──だからなのか、自分より劣ると思った相手には、蔑みの視線を向けるのだろう。

 

 ロジオンに群がる者達を一瞥すると「ふん」と鼻を鳴らした。

 露骨なその態度に、あからさまに顔をしかめその場を去る者もいたり、愛想笑いを向ける者もありと様々だ。

「曲が始まりますわ」

 さあ、と二の腕まで隠れている光沢のある絹の手袋を付けた手を、ロジオンに差し伸べる。

 ロジオンがどう行動を取るか──アデラを含む皆が固唾を飲んで見守っていた。

 すっ──と、ロジオンの手がシュティルゼーナの手を取った。

「喜んで」

 柔らかな笑みを彼女に見せ、広間に彼女を誘導した。




「羽が付いているように踊りますのね」

「シュティルゼーナ様にそう言って頂くとホッとします……審美眼の高いお方だと、エアロンの兄上から伺っておりますから」

 彼女の柳眉が上がる。

「無粋な。あの人の名を出すのはお止めになって。折角、久しぶりにお顔を合わせになったというのに」

「兄上の婚約者ですから。大切にしないと叱られます」

「あの人が? 叱る?」

 皮肉な笑いを見せた。

 うっすらと片側だけ皺があるのはそのせいか──ロジオンはそう思った。

「わたくしに、叱る勇気なんてあるものですか」

 吐き捨てる言い方に引っ掛かり、ロジオンは更に言葉を繋ぐ。

「シュティルゼーナ様を惚れ抜いていらっしゃいますからね……難儀な悪戯も可愛らしく思うのでしょう」


 ──馬鹿馬鹿しい。


 そう呟くシュティルゼーナが、泣きそうな顔をしている。

 それも瞬時に、あの傲慢で高飛車な態度へと戻ってしまった。

「そうね。エアロン様はわたくしが何をしても許すでしょう。それしか脳がありませんから──貴方と違って」

 シュティルゼーナの片腕が、するりとロジオンの首の後ろへと回ろうとする──その時。


「残念。僕は貴女にそんな許容は出来ません」

 ロジオンはくるりと大袈裟にターンをすると

「エアロンの兄上に交代」

と、宙に浮いたシュティルゼーナの手をエアロンに渡した。

「い、いつの間に──?」

 驚いてロジオンの方を見るも、彼は既に他の女性と踊っていた。

「──!?」

 ぐい、と腰を引き寄せられる。

 すぐ目の前には、エアロンの熱い眼差しがあった。

「お約束を今夜こそお果たし致します。シュティルゼーナ様……」

 そう囁くエアロンの吐息が熱い──眼差しより。

 いつもと違うエアロンに、シュティルゼーナはまるで何も知らない少女のように身体が硬直してしまった。

(怖い!)

 そう思ったらもう駄目だった。


「──いや!」


 エアロンの胸を突き飛ばし、逃げ去ってしまった。




 止まり、ざわつく招待客達の中、唖然とシュティルゼーナが走り去った方角を見つめるエアロン。

 そしてロジオン。


 気を利かした楽団が、違う賑やかな音楽を奏で始めると、何事もなかったかのように皆再び踊り出した。





**

人の目を掠めて、ようやく中庭に出て一息を付く。

「ロジオン様」

しっかりアデラは後を付いてきていて、ロジオンは人差し指を自分の口に当てた。

 二人壁に張り付き、ロジオンを探しているらしい貴婦人から身を隠した。

 コソコソと横歩きで壁づたいに会場から離れる。


 冬に観賞するには少々寒く感じる噴水の庭まで来ると、ロジオンは

「やれやれ……」

と備え付けられた石のベンチに座り込んだ。

「宜しいのですか? まだ舞踏会の途中ですよ」

「もう、踊らなきゃいけない人達とは踊ったよ……。中身の無い会話に見合い話にまで付き合う気無い」

 素っ気なく言い放つと、靴を脱ぎ足をベンチに乗せた。

「履き慣れない靴で何時間も踊ったから……もう、痛くて痛くて……」

 ロジオンは悲鳴に近い声を上げながら、更に靴下まで脱いでズボンの裾を捲った。


 らくちんらくちんと、足の指を動かしたり広げたり、枯れた芝の上でジャンプを繰り返す。

「そう言えば……ドレイクに『運動は毎日欠かさずにやりなさい』って言われてるけど……やってないな……」

 ロジオンは一人心地に呟く。

「今度会ったら、お小言くらいそうですね」

「全くだね」

 アデラの言葉にハハ、と軽く笑い合う。

 じっと見つめてくるアデラに、ロジオンは気恥ずかしさに「何?」と尋ねながらベンチに座る。

「会場でロジオン様がキラキラしていたのが話題に登っていましたよ? あれは何の魔法なんですか?」


 ああ、あれね──と、ロジオンは特別な動きもしないでアデラの周囲を光らせた。

 いきなり細かな輝きが現れアデラは歓声を上げる──が

「……ちょっと寒いんですが」

と、背中を丸めた。

「会場内は熱気で熱いからね、丁度良かったけど……外だとね」

と、笑うとキラキラとした物が消えた。

「空気中の水蒸気を凍らせ、光を当てる……会場内だと明かりが存分にあるから、凍らせれば勝手に光るけど……今のは光も入れたんだ」

「のぼせ予防だったのでしたか」

 感心するアデラにロジオンは「いやいや」と首を振り、至極真剣な顔で答えた。

「王子『様』らしい演出をしようと思って。キラキラしていれば……ダンスにしろ動作にしろ色々誤魔化せると考えました……!」


 ──これさえやれば、あなたも物語の王子・お姫様に!


 広告の文句がアデラの脳裏に浮かんだ。


「でも……やり過ぎると寒いのが難点。調整しないと今の時期は風邪を引く……」

「夏場は涼しそうで良いですね」

 夏場は凍らせなくちゃいけないからね。冬場より魔力使うんだ──と、アデラにロジオンは話した。

「その環境や状況に合わせた魔法を施行するのが大事なんだ……その中に、季節だって入るんだよ」

「魔法と言えば……エアロン様、残念でしたね。暗示までかけたのに、ダンスの途中でシュティルゼーナ様が逃げ出すなんて──」

 途中で放棄するのは大変失礼な事だ。社交界の礼儀や作法にはうるさい彼女が途中で投げ出すとは、前代未聞のことだった。

「あの後……すぐにエアロンの兄上が追い掛けていったから……何とかなるんじゃないかな?」

「今年も駄目なら来年ですかね」

「……来年は……無いよ。これで駄目なら婚約破棄になる……」

 神妙に答えたロジオンに、アデラは眉を寄せた。



 エアロンとシュティルゼーナの婚約は、個人の問題ではない。国と国で結ばれた物だ。

 お互い相性が悪いから──とかで簡単に破棄など出来るはずがない。

 ここまで待った両国もエアロン同様に気の長い話だ。その気になれば強制的に婚姻を結べ無いことはないのだから。

 アデラは困惑した様子で

「有り得ませんよ。……でも、もしかしたら、 あの例の噂が絡んでいるのですか?」

と、ロジオンに問いかけた。

 アデラの問いかけにロジオンは肯定も否定もせずに、止まらずに流れる噴水の水を見つめ、淡々と話す。

「エリオンの兄上との婚約破棄の時……慰謝料的に譲渡した領地に、ここ数年前から貴重な鉱石が取れることが分かった……。その鉱石は高額で取引されているもの……。レスパノの財源は潤うけど──エルズバーグにとっては残念なことだよ……」

「──噂を盾に婚約破棄に領土返還を……?」

「小国の弱味に大国の強み……だよね。エアロンの兄上はまだ良い……ここで破棄になっても、すぐに相手は見つかると思う。──でも、シュティルゼーナ様一人が不幸になってしまう……」

「でも、噂ですよ?」

「あの人さ……まるで噂に信憑性あるような行動と振る舞いをするんだよね……あれじゃあ、誤解されまくりなのに……」

 溜め息を付きながらロジオンは、靴下を穿き直す。

「その噂が本当のように、さも男狂いになっているように振る舞っている……ってことでしょうか?」

 ―─そう言うことかな?


 靴を履き、ベンチから立ち上がったロジオンにアデラは、引っ掛かっていた部分を尋ねる。

「……その噂を流したのは──」

 ロジオンがアデラに顔を向けた。

 表情の無い主人の顔は、これ以上追求するな──と、告げていた。

「……噂は噂だよ、アデラ」

 ロジオンの台詞にアデラは言葉も無く頷いた。



 カッカッカッ──

 と、ヒールの駆ける音に二人ハッとし、音のした薄闇の方に目を向けた。



次は6/26予定です。そこから不定期になる感じですがよろしくお願いします。

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