(6)王子は光るものです
聖燭祭──この祭りまでに、これから一年間使う量の蝋燭を作り、この日に始めの蝋燭を灯す。
灯す役は教皇だが、この日のために各地駆けずり回る余裕と身体がない。
なので宮廷の司祭が灯す。
初めの蝋燭は蜜蝋で、香り高いハーブや金粉を散りばめ、大抵、教会の始まりの絵が描かれている。この日のために選ばれた『罪無き子供達』が古い蝋燭に火を灯し司教の前に並び、司教自ら火を消していく。
終わると厳かにパイプオルガンと共に聖歌隊が讃美歌を歌い、終わるのだ。
この日から五日間、各領地の領主、荘園管理者、教会の神父──等、各地の特権階級者達は訪れに来た民達に『ボーナス』と言う形で食料、衣料、燃料などを分け与える。
──今ではこの行事も簡易化され、事前に支給していたり、金銭で渡したりと様々な方法を取られていた。
宮廷内の教会から舞踏会場に移動する。
この日は良家や貴族の息女・子息の社交界デビューの日に当てられる。
デビューする者達は胸に一輪の薔薇を付け、男女一列に並び、そこからロジオンにとって『憂鬱な五時間ダンス』が始まるのだった。
移動する途中に、思わぬ混み具合でかロジオンは初老の男性と肩がぶつかってしまった。
「失礼──よそ見をしていました」
ロジオンは素直に謝り、頭を垂らす。
相手は誰だかすぐに分かったようで、慌てて
「どうか、頭を上げてください。ロジオン王子」
と、懸命にお願いをしていた。
「大丈夫ですから。軽く当たっただけです」
男性は小柄な身体を恐縮するように縮めるものだから、更に小さく見えた。
「そうですか、良かった」
ロジオンは男性に向かって目を細め微笑む。
その表情は気品があり、また同性でも惹き付けられるものだった。
(悪臭だのボンクラだの言われているようだが……気品ある若者ではないか)
特にブルーグレイの瞳が良い──会場に繋がる通路が、いつもより明るく照らしているせいなのか、強い輝きを放っている。
(まるで、吸い込まれるような……)
男性はロジオンの瞳から目が放せなくなっていた。
「是非、お尋ねしたいことがあるのです……レスパノ大使・ヴィルジェン殿……」
ロジオンの微笑みが深くなった。
**
「エアロン兄様」
デビューの列に並ぶ前に見付けることが出来て、ロジオンはホッとして彼に近寄る。
エアロンも王子らしく仕立ての良い華麗なものだ。
黒の詰襟に金の縁取りが複雑に刺繍されており、肩から金モールが付けてある。襟元には白の襟巻きにエアロンの記章である月桂樹の葉が埋め込まれたブローチを付けていた。
華やかな装いなのに──目が死んでる。
(ギャップが酷い)
こんなに落ち込むほどシュティルゼーナに惚れてるなら、どんどん押していけば良いのに。その辺りは性格の違いなんだろうけど。
自分の案が、二人の仲を拗らせてしまった責任もある。
(これで駄目ならもう駄目だな)
「やあ……ロジオン。よく似合ってるよ……」
口だけの挨拶。空気が鬱々と広がっている。
「いつまでも、そんな空気背負ってないで……こっち」
「──えっ? 何だい?」
後ろから付いてきている護衛に手助けをしてもらい、動きの緩慢なエアロンを柱の奥へ誘導した。
「何? こんな所へ連れてきて……」
「──もう、奥の手をやります」
ロジオンの提案にエアロンは途端、難色を示した。
「もう良いよ。僕は彼女に嫌われてるし……」
「エアロン兄様は? 良いんですか? 諦めるんですか?」
ずいっと気迫あるロジオンに詰め寄られ、エアロンは頭を垂らす。
「……あの人は忘れられないんだよ……僕は代理品にもならなかったんだ」
「誰の代理品だか知りませんけど……代理品にならなくて良いんです! そんな考えが頭にこびりついてるから、自信が持てないんでしょ!」
自分より年下で、背の低いロジオンに頭ごなしに叱られる姿は小さく見える。
「兄様の良いところを……見せてくださいよ、彼女に。きっと気持ちが変わります。傾きます。僕やユリオンや他の兄弟達や、仕えているもの達は皆、エアロン兄様の素晴らしいところを知っています。──何故、彼女には見せないでオドオドとするんです?」
「……僕の素晴らしいところ……」
「まず、身に付けなくてはいけないのは『自信』です。……今から兄様に暗示をかけます。王たる者として相応しき『自信』と『威厳』が元から身に付いているような振るまいが出来るように」
「そんなことが出来るのかい?!」
「あまり長い時間はかけられませんが……今夜の舞踏会くらいの時間なら、人格障害はおきません」
シュティルゼーナ様と、足踏まずに最後まで踊りたいでしょ?
ロジオンの言葉にエアロンは顔を上げた。
「そうだ。その為にロジオン達に付き合って貰ってまで練習したんだ! そして、最高の求婚をする為に何度もやり直した言葉も!」
ロジオンに向けて強い視線を向け告げた。
「頼む! 今年こそ後悔しないダンスと求婚をする為に!」
**
始め、今年デビューする男女が一列に並び、代わる代わる踊っていく。
それが終わると、囲むように見学していた老若男女の招待客が、交ざって共に踊る。
招待客はデビューする男女を暖かく見守り、又は値踏みしている。
──なのでデビューのお披露目ダンスが終了すると──
壁の花になる者
とっとと帰り支度をする者
飲み食いに走る者
談話に花を咲かせる者
疲れて椅子に座る者
様々だが、『目玉商品』とも言える者には、デビューした者が何をしていようと群がるものだ。
ロジオンも、知名度は低くても、五番目でも『王子』である。しかも、後ろの方の王位継承権だから継ぐ必要もない気楽な五男。
宮廷に住んでいて金持ちで魔法の使い手。
最近は宮廷の魔法管轄処の筆頭になった出世頭。
それに──顔良しスタイル良しで、吟遊詩人として人気の第六王子・ユリオンとよく似てる。
──群がらないはずはない。
とにかく『王家』だ。それだけでネームバリューばり有り。
次から次へとダンスのお誘いに、喉が乾いて飲み物を飲んでれば大勢で話しかけてくる。
(鬱陶しいわああああああああ!)
心の叫びと共に、癇癪起こして暴れたい衝動を必死に押さえ、ロジオンはひたすら『王室スマイル』に勤しむ。
キラキラと輝かせながら。
アデラは主人を見失なわず、それでいて、事件が起きたらすぐに守れる距離を取り、ロジオンを見守っていた。
確かに今夜の夜会服ばよく似合う。勤務中だと言うことを忘れて、見惚れていたい位。
──だけど
アデラは不思議だった。
(どうしてロジオン様の回りだけ、キラキラ輝いてるのかしら?)
と。
自分の視界に、王子フェルターが掛かってしまったのか?
そこまで惚れてしまったのかしら?
と首を傾げるが、どうやら『キラキラ』が見えるのは自分だけではないことが分かった。
『ロジオン王子の周り……光ってません?』
『ええ、しかも涼しくて!』
『私は寒くなってしまって、お近づきになるにはケープが必要だわ』
何かの魔法を施行しているらしい。
(何はともあれ、ロジオン様の社交界デビューはつつがなく終わりそうだ)
一緒にいて分かったが、あの方は本番や土壇場に強い。腰がすわる性格だ。
(そう──今夜の問題のお方は……)
アデラはロジオンから目を離さないで見ている傍ら、エアロンも探した。
「一曲、お願いできないかしら? ロジオン王子」
すました口振りの聞き覚えのある声。艶があるが、どこか傲慢さが見え隠れする。
──シュティルゼーナ
空気が止まった。
次は6/24の予定




