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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子達は本音を隠して華麗に踊る
16/49

(4)王子なんて下へいくほど…

 シュティルゼーナは幼少の頃から、大変に美しいと評判の姫であった。

 隣国の王子・エリオンと婚約が決まり、更に父である大公や母妃に可愛がられ

「いずれ、大国に嫁いでいくのだから」

と甘やかされた。

 もちろん教育はしっかりと受けたが、何をしても

「まあ、何てお上手にお出来になるのでしょう!」

と、誉めまくられる生活。

 失敗しても

「まあ! 可愛らしい事をされましたわね」

と、良い風に転換される。

 

 人間と言うのは称賛されると自信を持つものだが、シュティルゼーナは何でも称賛されて度が過ぎていた。

 当然、花嫁教育でエルズバーグにやってくれば、厳しく注意を受けることも、間違いを指摘されることもある。

 彼女は自分の価値観と違うものは絶対受け入れないから当然、注意や指摘をされると、ふてくされる。 侍女や自分より低い身分の者達を冷罵する。

 ──それでも自分より上の者の話は、ふてくされながらも受け入れていた。

 それもエリオンあってのことだった。彼は上手くシュティルゼーナを手の上で転がしていた。

 彼と結婚すれば、徐々に変わっていくだろう──皆がそう思い期待をしていた矢先。


 婚約破棄。


 この一件が、シュティルゼーナを更に歪んだ方向へ加速させていったと言う。

 何せ、次の婚約者候補アリオンは、年下な上に『暴風王子』と異名を取る。

 目上の人に対しても、間違っていることはガンガン指摘。言葉にオブラードを包むと言う発想がない年代。

 見合い初日でシュティルゼーナを扱き下ろし大喧嘩。


 次に見合いをしたエアロンは、にこにこと彼女の言い分をひたすら聞き続け、たまに相槌を打つ──次の日もその次の日も。三日目もそのように一日が終わり婚約が成立したのだった。




 ──それから十八年。

 人と言うのは、生きざまが、性格が、顔に滲み出てくる。

 シュティルゼーナがまさにそうであった。

 三十路を過ぎても極め細かな肌、艶々の黒髪。バランス良い体型を維持はしても、目付きや表情に傲慢で我儘、意地の悪さが滲み出てきてしまった。


 ロジオンは二度目の顔合わせだった。

 初めて会ったのは、エルズバーグに帰ってきて、初めて晩餐会に出席したときだ。

 慣れない場所で、おぼつかない作法で懸命に食事をしていた自分と不意に目が合い、馬鹿にした視線を送られた記憶がある。

 その時は恥ずかしいとか思うどころじゃなく、緊張しすぎで早く終われと念じていた記憶が強くて、忘れていた。


「寝台は天蓋は下ろしてなくて、月明かりが中まで差し込んでいましたから……。──間違いないです」


 ユリオンは神妙にエアロンに告げた。

 兄の婚約者に対して言い過ぎはあったが、間違いはないと言う自信はあってのことだ。

「確かに今夜は旅の疲れが出たと、早々と退出されたけど……」

 そう言ってエアロンは、悲しげに目を伏せた。


 ──やっぱり、そうなのか。


 ぽそりとエアロンが呟いた。



「エアロン兄様、それで……なんですが……」

 落ち込みを見せているエアロンに、ロジオンは提案をした。


「兄様がユリオンの寝室に行ってください」


「──えっ?」

「それで、一晩過ごせば丸く収まります」

「えっ? えっ? えっえええ……」

「僕の言っている意味……分かりますよね?」

 ロジオンの台詞に、かああああああっと、顔を赤らめて「うん」と頷くエアロン。一気に体温が上がったせいか、じんわり汗まで掻いていた。

「意図的にユリオンの寝室に忍び込んで、既成事実を作ったとしても……」

「僕はしませんよ! 身内の婚約者ですよ?」

 ユリオンの抗議にロジオンは「黙ってろ」と制し、言葉を続ける。

「レスパノ公国と問題になりますよね……? それにエアロン兄様が女性一人扱えることが出来ないと、各国で蔑まれる可能性もあります」

「四番目の僕の評価なんて……皆、気にしないよ」

「──シュティルゼーナ様だって……悪女扱いで酷評されますよ?」

 ギュッ、とエアロンの拳が強く握られる。

「……でも彼女は……僕の元に来るより、ユリオンの所へ……」

 項垂れたエアロンは、幅広な肩を縮めてしょげていた。


 ポスッと、エアロンの腹にロジオンの拳が入る。

「だーかーら! これを機会に迫ってみたらどうでしょうか? ……って言ってるんです!」

 ロジオンは自分の拳をエアロンの腹に、ポヨポヨと軽く押し続けながら助言した。

「ぅぅううう……」

「今まで迫ったこと……無いでしょ?」

「……出来ないよ、あの人にそんなこと……」

「『婚約者がいるのに……その弟の寝室に忍び込んで何しているんですか? 良いんですか? 問題になりますよね? ここは大人しく』 ──くらい言う気で攻めてくださいよ」

「脅迫だよ、それでは……!」

「例えばの話です。このままの台詞を言え、なんて兄上の場合は無理でしょ? シュティルゼーナ様に合わせた台詞が言えるのは兄上しかいません」

「だ、だけど……」

 モジモジして、なかなか決心の付かないエアロンを、もう! と、ロジオンとユリオンは二人でエアロンの腕を取り、部屋から追い出す。

「僕の部屋なのに……」

 まだ後込みしている兄・エアロンに

「お二人とも、もう良い大人なんですよ。……ってか、シュティルゼーナ様……とうが立つご年齢ですよ? これ以上待たせないために、今回頑張ってるんじゃないんですか?」

とロジオン。


「うん……でも」

「ついでに頑張って見てくださいよ」

 暫くモジモジしていたエアロンだったが、決意したのか、キッと顔を上げた。

「やってみるよ! 今年の僕は今までの僕とは違うってこと見せなきゃね!」

「頑張って!」


 強い光を瞳に宿したエアロンに、ロジオンとユリオンは、拳を奮って応援し見送った。




**

「上手くいくと良いですね、兄様」

「そうだね……って、何故僕の部屋に来て、僕の寝台で一緒に寝るわけ?」

 当たり前のようにロジオンの寝台の半分を占領し、潜っているユリオンはケロリとした顔で答えた。

「だって僕の寝室、逢瀬の場所になってるじゃありませんか」

「エアロンの兄上の部屋で寝たら……? 向こうの方が広いし」

 ユリオンはビビった顔をしながら、フルフルと顔を横に振り拒絶した。

「嫌ですよ! 今夜の夜這いの件で、まだ一人で寝るの怖いんですから!」


 トラウマにする気ですか! と半ベソで言われ、ロジオンは渋々承諾する。

 寝台は二人が寝ても、まだ充分余裕がある。

 今夜だけだよ、とユリオンに言い聞かせ自分も寝台に潜った。


「消すよ」

「うん」


 燭台の蝋燭を吹き消す。

 天蓋の厚手の幕が闇を作っていたが、僅かな隙間から月の光が差し込んでいた。

 暫く静寂があったが、ゴソゴソとユリオンがうつ伏せになり、ロジオンの方に顔を向ける。

「ロジオン兄様、聞きたいことがあるんだけど……寝ちゃいました?」

「……お前が煩くて、眠れない」

「シュティルゼーナ様、どうしてロジオン兄様を飛ばして、僕の寝室に来たんでしょう?」

「僕が……『魔法使い』だからじゃない?」

「兄上は強いんでしょ?『騎士』と同じじゃないですか。お姫様の永遠の憧れじゃない」

「『騎士』とは違うよ……僕はあくまでも『魔法使い』。『魔導師』だったら……もしかしたら来たかもね」


 それを考えたら魔法使いで良かったかな──ロジオンは苦笑した。


「『魔法使い』はね……ピンキリなんだ。それこそ一句一語間違えずに詠唱しながら……最初から最後まで身体の動作も間違えずに動かさないと、施行できない者とか。 まじないや占い……薬師とかも『魔法使い』を名乗ってる人もいるからね……シュティルゼーナ様から見れば、華々しい履歴をもっていない、あるとしたら『王子』としての地位。普通、常識に考えたら『その地位に便乗して“筆頭”になった』としか思わないでしょ……? 自分にも自国にも有益になるかどうか分からない相手の寝室に……忍び込まないよ」

「それを言ったら、僕もそうじゃないですか?」

「……彼女の琴線に触れるものを……持ってるんじゃないのかと思うよ」

「顔──とか?」

「……じゃあ何? 僕と比べてお前の方が女性受けすると?」

 似た顔だろ、とロジオンに突っ込まれたユリオンは「そうでした」と唸る。

「じゃあ、何だろう?」

「エアロン兄様は、分かってるみたいだけどね……」


 もう、寝よう──いい加減瞼が重い。

 ユリオンにそう言うと、ロジオンは仰向けの体勢で瞼を閉じた。


「明日、一緒にお風呂に入りましょうね」

「嫌だ」

 ロジオンの即答にユリオンはふてくされた顔をして、そのままうつ伏せの格好で寝た。






 肩を揺さぶられ、ユリオンはゆっくり意識を覚醒していく。

 でも眠い。寝入ってまだ、そんなに時間が経っていないのだと分かる。

 すぐ耳の近くで吐息が聞こえた。


 ──シュ、シュティルゼーナ様?!


 思わず叫び声を上げてしまう所で口を塞がれた。

 手が男のものだ。

「ユリオン……静かに。ゆっくり反対側から寝台から出て……隠れて」

小声で話し掛けてきたのはロジオンだと分かり、ユリオンは胸を撫で下ろしたが、次の台詞に緊張が走る。

「僕側に……男が立ってる」

 ユリオンは、ゆっくりと音を立てないように反対側から寝台を降りる。


 ロジオンの口が動く。声に出さないで魔法の呪文を唱えているらしかった。

 その時──。

「ロジオン……」

 弱々しい、今にも泣きそうな声音に聞き覚えがあった。

「エアロン兄様……?」

 問い掛けてみれば「うん」と返事。

 一人しかそこに立っていない。罠ではないことを確認し、幕を開けた。


「駄目だったよ……」

 ロジオンが顔を出すと、すぐに告げエアロンは項垂れた。

「『わたくしに恥をかかせる気?』『出ていって』……と」

「──僕の寝室ですって」

 エアロンだと安心し寝台に戻ってきたユリオンが、抗議した。

「うん……。だから、さっきロジオンが言ったようなこと言ったんだ……そしたら『意気地無しのくせに脅迫は出来るのね!』って喚きながら帰っていった……」


 ロジオンは「あちゃー」と言わんばかりに額に手を当てた。

 自分の例えが悪かったとは言え、そのまま引用するとは思わなかったロジオンだ。

「……僕はシュティルゼーナ様の性格とかよく存じてない上で……『例えば』を話したんですよ? エアロン兄様の方が付き合い長いのですから……彼女に合わせた物の言い方を知ってるでしょう? それこそ、宥めすかして……」

「──どうせ僕は君みたいに百戦錬磨じゃないよ!」


 うわわわわわわわわわわわわわっっ!


と、エアロンはロジオンの寝台に泣き崩れた。


「……だから、事実無根だって……」

と、ロジオンは眠たそうに呟いた。




次は6/20予定

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