(4)王子なんて下へいくほど…
シュティルゼーナは幼少の頃から、大変に美しいと評判の姫であった。
隣国の王子・エリオンと婚約が決まり、更に父である大公や母妃に可愛がられ
「いずれ、大国に嫁いでいくのだから」
と甘やかされた。
もちろん教育はしっかりと受けたが、何をしても
「まあ、何てお上手にお出来になるのでしょう!」
と、誉めまくられる生活。
失敗しても
「まあ! 可愛らしい事をされましたわね」
と、良い風に転換される。
人間と言うのは称賛されると自信を持つものだが、シュティルゼーナは何でも称賛されて度が過ぎていた。
当然、花嫁教育でエルズバーグにやってくれば、厳しく注意を受けることも、間違いを指摘されることもある。
彼女は自分の価値観と違うものは絶対受け入れないから当然、注意や指摘をされると、ふてくされる。 侍女や自分より低い身分の者達を冷罵する。
──それでも自分より上の者の話は、ふてくされながらも受け入れていた。
それもエリオンあってのことだった。彼は上手くシュティルゼーナを手の上で転がしていた。
彼と結婚すれば、徐々に変わっていくだろう──皆がそう思い期待をしていた矢先。
婚約破棄。
この一件が、シュティルゼーナを更に歪んだ方向へ加速させていったと言う。
何せ、次の婚約者候補アリオンは、年下な上に『暴風王子』と異名を取る。
目上の人に対しても、間違っていることはガンガン指摘。言葉にオブラードを包むと言う発想がない年代。
見合い初日でシュティルゼーナを扱き下ろし大喧嘩。
次に見合いをしたエアロンは、にこにこと彼女の言い分をひたすら聞き続け、たまに相槌を打つ──次の日もその次の日も。三日目もそのように一日が終わり婚約が成立したのだった。
──それから十八年。
人と言うのは、生きざまが、性格が、顔に滲み出てくる。
シュティルゼーナがまさにそうであった。
三十路を過ぎても極め細かな肌、艶々の黒髪。バランス良い体型を維持はしても、目付きや表情に傲慢で我儘、意地の悪さが滲み出てきてしまった。
ロジオンは二度目の顔合わせだった。
初めて会ったのは、エルズバーグに帰ってきて、初めて晩餐会に出席したときだ。
慣れない場所で、おぼつかない作法で懸命に食事をしていた自分と不意に目が合い、馬鹿にした視線を送られた記憶がある。
その時は恥ずかしいとか思うどころじゃなく、緊張しすぎで早く終われと念じていた記憶が強くて、忘れていた。
「寝台は天蓋は下ろしてなくて、月明かりが中まで差し込んでいましたから……。──間違いないです」
ユリオンは神妙にエアロンに告げた。
兄の婚約者に対して言い過ぎはあったが、間違いはないと言う自信はあってのことだ。
「確かに今夜は旅の疲れが出たと、早々と退出されたけど……」
そう言ってエアロンは、悲しげに目を伏せた。
──やっぱり、そうなのか。
ぽそりとエアロンが呟いた。
「エアロン兄様、それで……なんですが……」
落ち込みを見せているエアロンに、ロジオンは提案をした。
「兄様がユリオンの寝室に行ってください」
「──えっ?」
「それで、一晩過ごせば丸く収まります」
「えっ? えっ? えっえええ……」
「僕の言っている意味……分かりますよね?」
ロジオンの台詞に、かああああああっと、顔を赤らめて「うん」と頷くエアロン。一気に体温が上がったせいか、じんわり汗まで掻いていた。
「意図的にユリオンの寝室に忍び込んで、既成事実を作ったとしても……」
「僕はしませんよ! 身内の婚約者ですよ?」
ユリオンの抗議にロジオンは「黙ってろ」と制し、言葉を続ける。
「レスパノ公国と問題になりますよね……? それにエアロン兄様が女性一人扱えることが出来ないと、各国で蔑まれる可能性もあります」
「四番目の僕の評価なんて……皆、気にしないよ」
「──シュティルゼーナ様だって……悪女扱いで酷評されますよ?」
ギュッ、とエアロンの拳が強く握られる。
「……でも彼女は……僕の元に来るより、ユリオンの所へ……」
項垂れたエアロンは、幅広な肩を縮めてしょげていた。
ポスッと、エアロンの腹にロジオンの拳が入る。
「だーかーら! これを機会に迫ってみたらどうでしょうか? ……って言ってるんです!」
ロジオンは自分の拳をエアロンの腹に、ポヨポヨと軽く押し続けながら助言した。
「ぅぅううう……」
「今まで迫ったこと……無いでしょ?」
「……出来ないよ、あの人にそんなこと……」
「『婚約者がいるのに……その弟の寝室に忍び込んで何しているんですか? 良いんですか? 問題になりますよね? ここは大人しく』 ──くらい言う気で攻めてくださいよ」
「脅迫だよ、それでは……!」
「例えばの話です。このままの台詞を言え、なんて兄上の場合は無理でしょ? シュティルゼーナ様に合わせた台詞が言えるのは兄上しかいません」
「だ、だけど……」
モジモジして、なかなか決心の付かないエアロンを、もう! と、ロジオンとユリオンは二人でエアロンの腕を取り、部屋から追い出す。
「僕の部屋なのに……」
まだ後込みしている兄・エアロンに
「お二人とも、もう良い大人なんですよ。……ってか、シュティルゼーナ様……とうが立つご年齢ですよ? これ以上待たせないために、今回頑張ってるんじゃないんですか?」
とロジオン。
「うん……でも」
「ついでに頑張って見てくださいよ」
暫くモジモジしていたエアロンだったが、決意したのか、キッと顔を上げた。
「やってみるよ! 今年の僕は今までの僕とは違うってこと見せなきゃね!」
「頑張って!」
強い光を瞳に宿したエアロンに、ロジオンとユリオンは、拳を奮って応援し見送った。
**
「上手くいくと良いですね、兄様」
「そうだね……って、何故僕の部屋に来て、僕の寝台で一緒に寝るわけ?」
当たり前のようにロジオンの寝台の半分を占領し、潜っているユリオンはケロリとした顔で答えた。
「だって僕の寝室、逢瀬の場所になってるじゃありませんか」
「エアロンの兄上の部屋で寝たら……? 向こうの方が広いし」
ユリオンはビビった顔をしながら、フルフルと顔を横に振り拒絶した。
「嫌ですよ! 今夜の夜這いの件で、まだ一人で寝るの怖いんですから!」
トラウマにする気ですか! と半ベソで言われ、ロジオンは渋々承諾する。
寝台は二人が寝ても、まだ充分余裕がある。
今夜だけだよ、とユリオンに言い聞かせ自分も寝台に潜った。
「消すよ」
「うん」
燭台の蝋燭を吹き消す。
天蓋の厚手の幕が闇を作っていたが、僅かな隙間から月の光が差し込んでいた。
暫く静寂があったが、ゴソゴソとユリオンがうつ伏せになり、ロジオンの方に顔を向ける。
「ロジオン兄様、聞きたいことがあるんだけど……寝ちゃいました?」
「……お前が煩くて、眠れない」
「シュティルゼーナ様、どうしてロジオン兄様を飛ばして、僕の寝室に来たんでしょう?」
「僕が……『魔法使い』だからじゃない?」
「兄上は強いんでしょ?『騎士』と同じじゃないですか。お姫様の永遠の憧れじゃない」
「『騎士』とは違うよ……僕はあくまでも『魔法使い』。『魔導師』だったら……もしかしたら来たかもね」
それを考えたら魔法使いで良かったかな──ロジオンは苦笑した。
「『魔法使い』はね……ピンキリなんだ。それこそ一句一語間違えずに詠唱しながら……最初から最後まで身体の動作も間違えずに動かさないと、施行できない者とか。 まじないや占い……薬師とかも『魔法使い』を名乗ってる人もいるからね……シュティルゼーナ様から見れば、華々しい履歴をもっていない、あるとしたら『王子』としての地位。普通、常識に考えたら『その地位に便乗して“筆頭”になった』としか思わないでしょ……? 自分にも自国にも有益になるかどうか分からない相手の寝室に……忍び込まないよ」
「それを言ったら、僕もそうじゃないですか?」
「……彼女の琴線に触れるものを……持ってるんじゃないのかと思うよ」
「顔──とか?」
「……じゃあ何? 僕と比べてお前の方が女性受けすると?」
似た顔だろ、とロジオンに突っ込まれたユリオンは「そうでした」と唸る。
「じゃあ、何だろう?」
「エアロン兄様は、分かってるみたいだけどね……」
もう、寝よう──いい加減瞼が重い。
ユリオンにそう言うと、ロジオンは仰向けの体勢で瞼を閉じた。
「明日、一緒にお風呂に入りましょうね」
「嫌だ」
ロジオンの即答にユリオンはふてくされた顔をして、そのままうつ伏せの格好で寝た。
肩を揺さぶられ、ユリオンはゆっくり意識を覚醒していく。
でも眠い。寝入ってまだ、そんなに時間が経っていないのだと分かる。
すぐ耳の近くで吐息が聞こえた。
──シュ、シュティルゼーナ様?!
思わず叫び声を上げてしまう所で口を塞がれた。
手が男のものだ。
「ユリオン……静かに。ゆっくり反対側から寝台から出て……隠れて」
小声で話し掛けてきたのはロジオンだと分かり、ユリオンは胸を撫で下ろしたが、次の台詞に緊張が走る。
「僕側に……男が立ってる」
ユリオンは、ゆっくりと音を立てないように反対側から寝台を降りる。
ロジオンの口が動く。声に出さないで魔法の呪文を唱えているらしかった。
その時──。
「ロジオン……」
弱々しい、今にも泣きそうな声音に聞き覚えがあった。
「エアロン兄様……?」
問い掛けてみれば「うん」と返事。
一人しかそこに立っていない。罠ではないことを確認し、幕を開けた。
「駄目だったよ……」
ロジオンが顔を出すと、すぐに告げエアロンは項垂れた。
「『わたくしに恥をかかせる気?』『出ていって』……と」
「──僕の寝室ですって」
エアロンだと安心し寝台に戻ってきたユリオンが、抗議した。
「うん……。だから、さっきロジオンが言ったようなこと言ったんだ……そしたら『意気地無しのくせに脅迫は出来るのね!』って喚きながら帰っていった……」
ロジオンは「あちゃー」と言わんばかりに額に手を当てた。
自分の例えが悪かったとは言え、そのまま引用するとは思わなかったロジオンだ。
「……僕はシュティルゼーナ様の性格とかよく存じてない上で……『例えば』を話したんですよ? エアロン兄様の方が付き合い長いのですから……彼女に合わせた物の言い方を知ってるでしょう? それこそ、宥めすかして……」
「──どうせ僕は君みたいに百戦錬磨じゃないよ!」
うわわわわわわわわわわわわわっっ!
と、エアロンはロジオンの寝台に泣き崩れた。
「……だから、事実無根だって……」
と、ロジオンは眠たそうに呟いた。
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