表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子達は本音を隠して華麗に踊る
15/49

(3)夜這いは人によりけり

 アデラが説得している横から、一緒に入ってきた中年の男がムンズとロジオンの頭を掴み上げた。


「おらっ、ロジオン! 男らしく納得しろ! いつまでも美人の護衛さんを困らせんじゃねえ!」


 指圧ばりの掴み方にロジオンは

「いたたたた! 思い出して感傷的になっただけだよ……!」

と、首を振って男の手を振り払う。


 あいたー、と今だズキズキする後頭部を擦りながら、二人を紹介した。

「……魔導術統率協会に派遣をお願いした魔導師です。宴が終わっても暫くは、僕達と働いてくれることになっています……知っている人もいるかと思いますが──」

 ロジオンはヒョロリと背の高い、いかにも温厚を絵に描いた細目の見かけ、若者を指す。

「『地』の称号を持つ……ルーカス=アソス」

 わー!と歓声が上がる。

 魔法の使い手達にとって、四大元素の称号を持つ魔導師は天の上の者だ。


 そして、先程の少々乱暴な見かけ中年を指す。


「前々筆頭魔導師のゲオルグ=フォンです」


「死期が近いからって、辞職しませんでした?!」

 魔法使いの一人がゲオルグに対し発言する。

 ──前々筆頭魔導師は、只人より長く生きる時が終わりに近付いてきたと告げ、辞職したのだ。

 死期が近付くと、魔力が落ちていく。今まで施行できていた魔法が出来なくなってしまう。

 それと同時流れていく生命力……。

『死期がいつ訪れるか知れないが、それまで心静かにゆっくり過ごしたい』


 比較的好戦的なゲオルグがそんな事を言うとは──陛下は断腸の思いで辞職願いを聞き入れたのだ。


 それが二十年前の話──。



「だから言ったよ?『死期がいつ訪れるか知れない』って」

「死期が近いから辞めたんじゃなかったんですか?」

 いいや、とゲオルグ。

「もう平和すぎちゃって。いつまでも生温い場所にいたら腐っちまうからね。根無し草の生活して点々としてたんだが、協会から勧誘うけて入ったんだよ。──何か最近エルズバーグが面白くなってきたらしいじゃないか? だから魔承師補佐に頼んで派遣に入れてもらったのさ」


 あっはっはーと悪びれることなく豪快に笑うゲオルグ。彼を知る者達は真実を知り、唖然としていた。


「それにしても、コンラートの弟子がエルズバーグの王子って言うのがな! 以前会った時はこ汚ねえマント付けてたチビ助でさあ!」

 そう言いながらゲオルグは横にいるロジオンの頭をバシバシ叩く。

「今も小さいけどな!」

「……ゲオルグがでかいだけ」

 ドレイク程背は高くはないが、ルーカスよりはある。

 そして何より、斧持って森で木こりでもした方が似合っている風貌。

 一見見た感じでは、魔法の使い手にはとても見えそうにはない。

 ロジオンも、今日顔合わせするまで、彼がゲオルグとは知らなかったのだ。

 

 旅の途中、ほんの一日だけ出会って話をした──お互い名前を告げないで別れた。

 自分の師が有名人だったことで声を掛けられた──それだけ。


 印象深い風貌だったから、ロジオンの記憶に残っていたのだった。


 ──どこで縁が転がっているか分からないもんだな──


 ゲオルグがそう話し、同じように感じていたロジオンも同意した。

 ふう、と息を付く。腹を決めたようでロジオンはいつもの淡々とした口調に戻る。

「そう言うことなので……。時間・当番割り等細かい内容は……ルーカス、ゲオルグ、ハインに伝えてあります。三人の指示の元動いてください」





**

 ロジオンは不思議だった。


 ──自分の寝室にユリオンがいることが。



 入る前に人の気配はあった。

 魔法の使い手ではない。只人の。

 殺し屋だろうか? 先程までいた同業者アサシンを呼んでこようか?

 迷ったが、晩餐会で遅くなった後だ。また呼び出すのも悪い。

 殺気は無いから平気かな。


 ロジオンは礼服のジャケットを脱ぎ、寝室に入っていった。



 お決まりで寝台の上にひとがいる。


(夜這い? もしかしたら──)


 初沿い?!

 ロジオンの胸は一気に跳ね上がる。

 貴族の間である、まあ、一人前の男になる儀式みたいなもの。

 でも風評被害が禍してか、自分は経験どころか百戦錬磨で浮き世を流している──ことになっている。

 本人の素振りも師の教えに従って、流暢に女性を気分良くさせるものだから、信憑性ありと広まってしまった。


 ──それから師が亡くなって、狙われる対象になってしまい隠っていたら

(ありがたくない異名は付けられるし、臭いとか言われて女性は近寄らないし)

 

 女に縁の無い人生進行中。


(あ、でも初沿いはないか。経験有りと思われてるし)


 ──じゃあ、単純に夜這い?


 ふと、アデラの顔が浮かぶ。

 違うだろうな──ロジオンはふるんと首を振った。


 あの事件の後、無事に職場に復帰したが、微妙な言い様の無い距離を感じる。

 アデラが自分の意味ありげな言葉に狼狽えはしなくなったし、対応が

 『お姉さん』

 又は『部下』 だ。



 一線を引かれた──そう感じた。


(仕方ないよな)


 好きだけど好きと言えない。

 好きと言って、これからどうするのか?

 ロジオンも答えが見つからない。

 言ったら言ったで、アデラは受け入れるだろう──『部下』として、『王子の愛人』になることに。

 今の彼女も周囲もそう見るだろう。


(それも癪に障るんだよね)

 

 ──それに

 ロジオンはざわめく胸に手を当てる。

 この胸の疼きが、アデラを想う時になることを知った。

 不愉快 罪悪感 非難 ──波となって襲ってくる。


(何なんだよ)

 想うのも気に食わないのか。

 感情の入らない女の人なら良い、と言うくせに。

 そっちの方が余程に彼女に不誠実じゃないのか。


 ──煩いな

 今、こうして人の寝台に入って待ってる人なら、覚悟はできているんだろうし。

 自分を心憎からず思っていてくれている相手なら、例え魔法使いで生きる長さが違くても、許容の範囲なんだろう? 

 それで良いんだろう?

 自分でも自棄気味だな、と思いながら心の中で吐き捨てた。



 ──とは、思うものの、相手が他国の姫様とかだと大変だ。

 まだ国内の良家のご息女ならまだしも。


 ロジオンは足音を立てずにそろりと寝台に近付き、そっと幕を開け中の人を確認した。



 ──ら、弟・ユリオンだったのだ。





**

 えーと……。

 うつ伏せに丸くなっていますが、この銀の髪に髪型。そして女っぽい体型。

 晩餐会で見た見覚えのある、フリフリと高級レースをふんだんに使った襟に袖。

「……ユリオン?」

 声を掛けると、ビクリ、と肩を揺らし恐々と顔を上げた。

 やはり、よく似てると言われている同母兄弟のすぐ下、ユリオンだ。

「僕の寝室で、何やってるの……?」

「ロジオン兄様……!」

 ロジオンだと分かり安心したのか、じわあ、とユリオンの瞳から涙が溢れてきた。

 被っていた羽毛の掛け物をがばっと外すと、兄に飛び込む。

「えっ? 何? 何?」

 しかっと抱き付いて離さないユリオンに仰天して、突き放そうとするロジオンだったが、竪琴しか持ったことが無いと豪語した弟の腕力は強かった。

「な、なんだよ! 急に……! 驚くじゃないか、人の寝室に勝手に入って……!」

「兄様、助けて!」

「助けてって……何?」

「僕の寝室に女の人が!」


 ──ああ、そうですか。


 ものすっごい低い声でロジオンは呟いた。

「……別に良いんじゃない? 僕みたいに男が待ってるよりも」

「そんな悠長な笑い取ってる場合じゃないんですよ!」

「冗談じゃなくて……イヤミだって」


「シュティルゼーナ様なんですよ、僕の寝室にいるの! エアロン兄様の婚約者の!!」


「……えっ?」





**

 夜半、取り次ぎ無しの突然の来訪者に驚きながら開けてみたら、

「ロジオン。……ユリオン?」

 深刻な顔をしたロジオンと、その彼の腕に抱き着くように引っ付いているユリオン。

「失礼、兄様」

 するりと入り、扉を閉めようとしたロジオンだったが、ユリオンが挟まってしまった。

「いっ……った!」

「ごめん……付いてきてたんだよね……忘れてた」

 横っ面を擦りながら扉を閉めるユリオンにお構い無く、ロジオンは小声でエアロンに向かい口を開いた。

「今……この部屋に付き添いはいますか?」

「いや、下がらせてるよ」

 そう答えたエアロンの腕を掴み、部屋の奥へ誘導する。

「どうしたんだい? 聞こえてはいけないこと?」

「そうです」

 ロジオンは更に小声で話す。

「兄様の婚約者のシュティルゼーナ様が、ユリオンの寝室にいるんだそうです」

「──えっ? まさか?」

 冗談でしょ? と言わんばかりのエアロンの言い方に、ユリオンは必死に告げた。

「ほ、本当ですよ、間違いないです! 服は寝着に変わっていましたけど、あの傲慢な態度にいつもふて腐れた顔は印象深い──」

 ロジオンに小突かれユリオンは自分の言ったことに、はっと口に手を当てた。

「……ごめんなさい。言い過ぎました」

 エアロンの顔から、穏やかな笑みが消えていた。






次は6/18(月)の予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ