(3)夜這いは人によりけり
アデラが説得している横から、一緒に入ってきた中年の男がムンズとロジオンの頭を掴み上げた。
「おらっ、ロジオン! 男らしく納得しろ! いつまでも美人の護衛さんを困らせんじゃねえ!」
指圧ばりの掴み方にロジオンは
「いたたたた! 思い出して感傷的になっただけだよ……!」
と、首を振って男の手を振り払う。
あいたー、と今だズキズキする後頭部を擦りながら、二人を紹介した。
「……魔導術統率協会に派遣をお願いした魔導師です。宴が終わっても暫くは、僕達と働いてくれることになっています……知っている人もいるかと思いますが──」
ロジオンはヒョロリと背の高い、いかにも温厚を絵に描いた細目の見かけ、若者を指す。
「『地』の称号を持つ……ルーカス=アソス」
わー!と歓声が上がる。
魔法の使い手達にとって、四大元素の称号を持つ魔導師は天の上の者だ。
そして、先程の少々乱暴な見かけ中年を指す。
「前々筆頭魔導師のゲオルグ=フォンです」
「死期が近いからって、辞職しませんでした?!」
魔法使いの一人がゲオルグに対し発言する。
──前々筆頭魔導師は、只人より長く生きる時が終わりに近付いてきたと告げ、辞職したのだ。
死期が近付くと、魔力が落ちていく。今まで施行できていた魔法が出来なくなってしまう。
それと同時流れていく生命力……。
『死期がいつ訪れるか知れないが、それまで心静かにゆっくり過ごしたい』
比較的好戦的なゲオルグがそんな事を言うとは──陛下は断腸の思いで辞職願いを聞き入れたのだ。
それが二十年前の話──。
「だから言ったよ?『死期がいつ訪れるか知れない』って」
「死期が近いから辞めたんじゃなかったんですか?」
いいや、とゲオルグ。
「もう平和すぎちゃって。いつまでも生温い場所にいたら腐っちまうからね。根無し草の生活して点々としてたんだが、協会から勧誘うけて入ったんだよ。──何か最近エルズバーグが面白くなってきたらしいじゃないか? だから魔承師補佐に頼んで派遣に入れてもらったのさ」
あっはっはーと悪びれることなく豪快に笑うゲオルグ。彼を知る者達は真実を知り、唖然としていた。
「それにしても、コンラートの弟子がエルズバーグの王子って言うのがな! 以前会った時はこ汚ねえマント付けてたチビ助でさあ!」
そう言いながらゲオルグは横にいるロジオンの頭をバシバシ叩く。
「今も小さいけどな!」
「……ゲオルグがでかいだけ」
ドレイク程背は高くはないが、ルーカスよりはある。
そして何より、斧持って森で木こりでもした方が似合っている風貌。
一見見た感じでは、魔法の使い手にはとても見えそうにはない。
ロジオンも、今日顔合わせするまで、彼がゲオルグとは知らなかったのだ。
旅の途中、ほんの一日だけ出会って話をした──お互い名前を告げないで別れた。
自分の師が有名人だったことで声を掛けられた──それだけ。
印象深い風貌だったから、ロジオンの記憶に残っていたのだった。
──どこで縁が転がっているか分からないもんだな──
ゲオルグがそう話し、同じように感じていたロジオンも同意した。
ふう、と息を付く。腹を決めたようでロジオンはいつもの淡々とした口調に戻る。
「そう言うことなので……。時間・当番割り等細かい内容は……ルーカス、ゲオルグ、ハインに伝えてあります。三人の指示の元動いてください」
**
ロジオンは不思議だった。
──自分の寝室にユリオンがいることが。
入る前に人の気配はあった。
魔法の使い手ではない。只人の。
殺し屋だろうか? 先程までいた同業者を呼んでこようか?
迷ったが、晩餐会で遅くなった後だ。また呼び出すのも悪い。
殺気は無いから平気かな。
ロジオンは礼服のジャケットを脱ぎ、寝室に入っていった。
お決まりで寝台の上にひとがいる。
(夜這い? もしかしたら──)
初沿い?!
ロジオンの胸は一気に跳ね上がる。
貴族の間である、まあ、一人前の男になる儀式みたいなもの。
でも風評被害が禍してか、自分は経験どころか百戦錬磨で浮き世を流している──ことになっている。
本人の素振りも師の教えに従って、流暢に女性を気分良くさせるものだから、信憑性ありと広まってしまった。
──それから師が亡くなって、狙われる対象になってしまい隠っていたら
(ありがたくない異名は付けられるし、臭いとか言われて女性は近寄らないし)
女に縁の無い人生進行中。
(あ、でも初沿いはないか。経験有りと思われてるし)
──じゃあ、単純に夜這い?
ふと、アデラの顔が浮かぶ。
違うだろうな──ロジオンはふるんと首を振った。
あの事件の後、無事に職場に復帰したが、微妙な言い様の無い距離を感じる。
アデラが自分の意味ありげな言葉に狼狽えはしなくなったし、対応が
『お姉さん』
又は『部下』 だ。
一線を引かれた──そう感じた。
(仕方ないよな)
好きだけど好きと言えない。
好きと言って、これからどうするのか?
ロジオンも答えが見つからない。
言ったら言ったで、アデラは受け入れるだろう──『部下』として、『王子の愛人』になることに。
今の彼女も周囲もそう見るだろう。
(それも癪に障るんだよね)
──それに
ロジオンはざわめく胸に手を当てる。
この胸の疼きが、アデラを想う時になることを知った。
不愉快 罪悪感 非難 ──波となって襲ってくる。
(何なんだよ)
想うのも気に食わないのか。
感情の入らない女の人なら良い、と言うくせに。
そっちの方が余程に彼女に不誠実じゃないのか。
──煩いな
今、こうして人の寝台に入って待ってる人なら、覚悟はできているんだろうし。
自分を心憎からず思っていてくれている相手なら、例え魔法使いで生きる長さが違くても、許容の範囲なんだろう?
それで良いんだろう?
自分でも自棄気味だな、と思いながら心の中で吐き捨てた。
──とは、思うものの、相手が他国の姫様とかだと大変だ。
まだ国内の良家のご息女ならまだしも。
ロジオンは足音を立てずにそろりと寝台に近付き、そっと幕を開け中の人を確認した。
──ら、弟・ユリオンだったのだ。
**
えーと……。
うつ伏せに丸くなっていますが、この銀の髪に髪型。そして女っぽい体型。
晩餐会で見た見覚えのある、フリフリと高級レースをふんだんに使った襟に袖。
「……ユリオン?」
声を掛けると、ビクリ、と肩を揺らし恐々と顔を上げた。
やはり、よく似てると言われている同母兄弟のすぐ下、ユリオンだ。
「僕の寝室で、何やってるの……?」
「ロジオン兄様……!」
ロジオンだと分かり安心したのか、じわあ、とユリオンの瞳から涙が溢れてきた。
被っていた羽毛の掛け物をがばっと外すと、兄に飛び込む。
「えっ? 何? 何?」
しかっと抱き付いて離さないユリオンに仰天して、突き放そうとするロジオンだったが、竪琴しか持ったことが無いと豪語した弟の腕力は強かった。
「な、なんだよ! 急に……! 驚くじゃないか、人の寝室に勝手に入って……!」
「兄様、助けて!」
「助けてって……何?」
「僕の寝室に女の人が!」
──ああ、そうですか。
ものすっごい低い声でロジオンは呟いた。
「……別に良いんじゃない? 僕みたいに男が待ってるよりも」
「そんな悠長な笑い取ってる場合じゃないんですよ!」
「冗談じゃなくて……イヤミだって」
「シュティルゼーナ様なんですよ、僕の寝室にいるの! エアロン兄様の婚約者の!!」
「……えっ?」
**
夜半、取り次ぎ無しの突然の来訪者に驚きながら開けてみたら、
「ロジオン。……ユリオン?」
深刻な顔をしたロジオンと、その彼の腕に抱き着くように引っ付いているユリオン。
「失礼、兄様」
するりと入り、扉を閉めようとしたロジオンだったが、ユリオンが挟まってしまった。
「いっ……った!」
「ごめん……付いてきてたんだよね……忘れてた」
横っ面を擦りながら扉を閉めるユリオンにお構い無く、ロジオンは小声でエアロンに向かい口を開いた。
「今……この部屋に付き添いはいますか?」
「いや、下がらせてるよ」
そう答えたエアロンの腕を掴み、部屋の奥へ誘導する。
「どうしたんだい? 聞こえてはいけないこと?」
「そうです」
ロジオンは更に小声で話す。
「兄様の婚約者のシュティルゼーナ様が、ユリオンの寝室にいるんだそうです」
「──えっ? まさか?」
冗談でしょ? と言わんばかりのエアロンの言い方に、ユリオンは必死に告げた。
「ほ、本当ですよ、間違いないです! 服は寝着に変わっていましたけど、あの傲慢な態度にいつもふて腐れた顔は印象深い──」
ロジオンに小突かれユリオンは自分の言ったことに、はっと口に手を当てた。
「……ごめんなさい。言い過ぎました」
エアロンの顔から、穏やかな笑みが消えていた。
次は6/18(月)の予定。




