(1)僕とダンスの練習を
季節外れの年末行事からの始まりです。
年末は忙しい。どこの国でもそうらしい。
年末から年始にかけて休むために働けと言うことらしい。
しかし、宮廷は年中無休だ。
やっぱり王子って損だなあ──とロジオンは、内門をくぐっていく納税者達をチェックしながら思った。
ロジオン含む魔法管轄処に在籍している魔法の使い手達は、四つに分かれている宮廷の門で監視をするために、四班に分かれて不審者や不審物を『視て』いた。
動かずに視ていると寒い。
門の壁に寄りかかると、毛皮が裏打ちされていてもマント越しに冷気が伝わってくる。
「ロジオン様」
交代の魔法使いが駆け付けてきてロジオンは「?」と首を傾げた。
「まだ……交代の時間じゃないよ」
「そうなんですが、陛下と殿下がお呼びなんです。なので早めの交代を言い渡されまして」
「戻ってきてたんだ……殿下」
「先程お戻りになったんですよ」
新しい鉱石が発掘されたと、エルタミーナ地区に視察しに行って、暫く留守だったディリオン殿下が帰ってきた。
ディリオンはアリオンやエアロンと同じ母を持ち、ロジオンにとっては異母兄である。
中肉中背か細身の体型ばかりのロジオンの同母兄弟達に比べると、がっしりとした骨太型の兄達を思い浮かべる。
「何の用なんだろう……?」
**
「これなんだが……今まで旅をしてきて、見たことがあるか?」
木箱の中に薄い布で包まれて入っている石を、ロジオンは食い入るように見つめた。
「触ってみても構いませんか?」
「構わない。と、言うかお前に是非触って欲しいものなんだ。その方が『それ』の珍しさが分かる」
ディリオンは「どーぞどーぞ」と急かすように答えた。
「はあ」とロジオンはしまり無い返事をしながら、薄包みを開けて手にとる。
すると
ホワン──
と温かな光を内側から出し、石その物が光を放ち出した。
「……これは?」
「どうやら、魔力に反応して光るらしいのだ。最初は何に反応して光るのか不明だったんだが、魔法が使えなくても魔力を持つ者が採掘場で働いていてな。その者達が触ると光ることが判明して、連絡が来たわけなんだ」
「……魔法が使える者は、触れていないんですか?」
「情報が漏れていて、誰かが持っていっていなければ、お前が最初だ」
ふーん、ロジオンは摘まんで、色々な角度から見ていた。
「熱も……出すんですね。熱いって程じゃないけど」
「預けるから魔法管轄処で調べてみてくれんか」
と、父陛下。
「研究班に渡す形になりますけど……」
それで良いのなら、とロジオンは答える。機密にしたいのなら研究班では無い方が──暗に発した台詞だ。
「ロジオンは、こう言うの調べるの好きだと言ってなかったかな?」
「……僕にやれ──と、言いたいんですか?」
ニコニコーと頷く陛下・殿下。
ロジオンは黙って鉱石を木箱に戻すと蓋をした。そうして、陛下の前に滑らす。
「好きですけどね……今は無理です。もう少し部署が落ち着かないと……せめて、魔導師認定考査が終わってからにしてくださいよ」
「大丈夫大丈夫。やれるやれる」
他人事だと思って安易に言い切る父陛下に、初めてイラッときたロジオンだ。
「年末年始の……僕の行事の参加を取り止めてくれるなら……請け負います」
「それは駄目だ。お前、感謝祭の時だって欠席したろう?」
殿下の言い分も分からないロジオンではないが、最近不満が溜まっている分素直に従いたくない。
一気に不満が口から吐き出される。
「僕……今、自分の時間が全く無いんですよ……睡眠時間だって削ってんです。午前に仕事して昼にはダンスとフルートの練習して……また仕事に戻って……夕飯済んだら認定考査に向けて魔法を創ってるんですから……間にもイレインやアラベラは『遊んで~お話しして~』と飛び込んでくるし……ユリオンは詩の出来具合を聞いてくるし。リーリアは愚痴りに来るし。エアロン兄さんは──」
「エアロン? 何でエアロンが?」
ディリオン殿下の突っ込みに、言い過ぎたことに気付いたロジオンは
「いえ……年末年始に出す料理を試食してくれと……」
と、誤魔化す。
うーん、と陛下。
「お前を気遣って、今までの距離を埋めようとしているのだろうけどね……毎日じゃあ鬱陶しいね」
「もう、そんな歳ではないしな」
殿下も同意する。
「陛下の方からも言ってくださいよ……父親として」
鉱石は中央監査に預けることになった。
(やれやれ……危ない危ない……)
中央執務室から出て、ホッと胸を撫で下ろすロジオンだった。
**
夜──ロジオンの寝室がうすら明るい。
燭台の明かりに映る、延びた影二つ。
一つの影はラーレ。
もう一つは──。
「一、二、三。一、二、三。ターン!」
決して軽やかではないが、リズム良く動く影はラーレと比べると大きい。横に。
生地を延べ棒で伸ばしたような人影は、エアロンであった。
「──エアロン様、大丈夫です。踊れていますよ。自信持って!」
ラーレが明るい笑顔で励ます。
「そ、そうかな……?」
エアロンは褒められて恥ずかしいのか、手を後頭部に回し頭を垂らした。
「僕よりずっと上手ですよ」
「それは褒めすぎだよ、ロジオン。僕は君みたいな軽いステップを踏めないから」
首を振りながら、にこやかにしゃべる様子は、父陛下によく似ている。
恐らく兄弟の中で、父陛下に一番よく似ている容姿だろう。
―─体型を除けば。
食に傾倒して、宮廷の料理人になったくらいだ。
見た目、すごく太っている訳ではないが、ディリオンとアリオンと同母なだけあって、骨太の体型なのだ。
──ただ、筋肉が付いたがっしり体型ではなく、ぽっちゃりぷよぷよぽよんぽよん、と言う表現が似合う癒し系である(他侍女談)
もう聞いただけで
(ぬいぐるみ扱いだな)
と悟ったロジオンであった。
「でも、僕もロジオンみたいに軽やかなステップで踊れたら良いな」
「……僕のは何て言うか……色々混じってますから……。優雅ではありませんので、参考にしない方が……」
民衆が踊るステップが身に付いているので、見た目とても楽しそうに軽やかに踊るロジオンだが、相手は戸惑うらしい。
一緒に練習をしているリーリアから
「兄様と踊ると落ち着かなくて」
と不満を言われた。
「今からでも減量すれば、当日には少しはマシになるかな?」
若干出気味の、ポコンとした腹を撫でながらエアロンが笑う。
「いらっしゃるのが五日後ですからね……。あまり無理は出来ませんよ? 気になるのでしたら、パンや菓子を控えてみたらいかがでしょう?」
と、アデラ。
「そうだな、少しでも良い風に見られたいからね。控えてみるよ」
照れながらもそう話すエアロン。
──何て健気な。
優しい眼差しで、そんなエアロンを見つめた。
アデラもラーレも、エアロンの相手に対する純粋な思いに打たれ、こうして夜遅くまでダンスの相手を立候補したのだ。
来年二十九のエアロンは、王家の中では珍しく、この歳になっても結婚していなかった。
王家の人間は跡継ぎ問題もあって早婚が多い。
産まれてすぐに婚約者が出来たと言う強者だっている。
例えば
父は、最初の第一王妃とは十八で結婚。
ディリオン殿下は、二十歳で結婚する予定だったが、父が第二王妃になるオルヒデーヤとの結婚が被るため、一年遅らせ、二十一で。
──そして、こうもエアロンの結婚が遅れた理由が、ディリオンの後の二人の王子が関わっているのだった。
バハルキマに婿養子として入り、現在バハルキマ帝国の殿下として活躍しているエリオン。
エルズバーグの第二王子であった。
第二王子であるエリオンは、将来国王となるディリオンの補佐として国の中核に残るはずであった。
──だが、エリオンが十九の時に運命の出会いが起きた。
バハルキマの第一皇女・オルタシアとの出会い。
両名一目惚れであった。
当時バハルキマは戦による後継者の死亡が相次ぎ、深刻な世継ぎ問題が発生していた。
そこで、親交国のエルズバーグから婿入りを打診してきたのだ。
最初、見合い相手──と言うより、結婚相手はアリオンであった……。
第一皇女のオルタシアは当時十六。
当時十四であった乳くさいアリオンと比べたら『清風の王子』と呼ばれ、爽やかな雰囲気の大人びたエリオンはオルタシアに魅力的に見えた。
一方エリオンの方も、十六でありながら、芍薬のごとく艶やかに成長したオルタシアに惹かれずにいられなかった。
一気に盛り上がった二人は王位継承権を放棄どころか廃嫡覚悟で、両国に結婚を承諾の許しを得ようとした。
──勿論、大反対をくらった。
特に問題だったのは、エリオンは既に婚約者がいる身であったからだ。
レスパノ公国の公女・シュティルゼーナ。
幼い頃に結んだ婚約とは言え、結婚後はエルズバーグで生活するために何度も来訪し、習慣やしきたりに馴染んでいた矢先。
怒り浸透のレスパノ国王に、レスパノに近い領土の譲渡を条件に婚約者の交代を打診。
小国のレスパノにとって、このまま婚約破棄に国交断絶を取るより、好条件のうちに受け入れた方が良い。何せ国土が増えるのは大変魅力だ。
何より当のシュティルゼーナ本人が
『わたくしの魅力に気付かない、エリオン様の審美眼はイカれていますわね』
『私の良さに気付かず、ありきたりの容姿に惹かれては、私が宝の持ち腐れと言うもの』
―─こちらからお断りですわ。
と、つんと顎を上げ、勝手になさいと言うスタンス。
すぐ下のアリオンとの見合いを試みるも──二人の相性は最悪だった。
そしてエアロンにお鉢が回ってきたのだ。
可もなく不可もない様子のシュティルゼーナに安心して、婚約を決めた両国だった。
次回は来週で朝の投稿になります。




