(11)そして幕が開く
魔導術統率協会──。
生きる『人柱』として存在している魔承師・イゾルテが、協会の中で健やかに過ごせるよう、様々な施設がある。
その一つが温室。
趣向を凝らしたそこは、入ると、一見、温室には見えない。
奥行が十分にとられ、まるで草原か人が足を踏み入れたことの無い花畑の中にいるよう。
協会ではこの場所を『花園』と呼んでいた。
ロジオンが帰った後も、イゾルテは一人そこに留まり、集めた花々で飾りを作っていた。
さくさくと草を踏む音がイゾルテの元に近付いて来る。
「ドレイク、見て。大きな花冠」
「沢山お作りになりましたね」
座り込んで夢中に花飾りを作っているイゾルテの横に、魔承師・補佐のドレイクはしゃがみこんだ。
「この中で、一番良く出来た物をアデラに渡しましょう。早く良くなるように願いを込めて……」
穏やかな笑顔を見せるイゾルテに対して、ドレイクは表情が固い。日頃から、あまり喜怒哀楽を顔に出さない彼だが、今日は殊更固かった。イゾルテの前だと、柔らかい表情を見せる事が多いのだが、今回は様子が少し違っていた。
「……そのアデラのことですが」
「何?」
「死の淵からお救いになりましたね?」
怪我は良い。
―─だが、人の生死に関わることに、彼女は力を貸してはいけない。
人を死から救うのは、膨大な魔力を消費する。
世界から
五大国家から
魔力を集め、空の歪みを止めている今──それをしたら、歪みが広がる可能性がある。
それに、よしみだからと安易に行えば、あっという間に話が広がり、助けを求めて人々が群がってくる。
それは教会側に取っても、顔をしかめることにしかならない。人々の救済による信仰は、魔力と同等の扱いなのだから。
イゾルテが黙ってそれを行っていたら──歪みに対する対処を行わなければならない。
ドレイクの表情が固いのはそれのせいであった。
「いくらロジオンが好いている方だからと言っても、特別扱いは―─」
「ドレイク」
ぽん、とイゾルテの手から、ドレイクの頭に花冠が一つ飾られた。
「違うわ」
驚いて紅い瞳を見開いてこちらを見ているドレイクに、イゾルテは繰り返し言った。
「違うわ……私ではないのよ」
「―─では、誰が? ロジオンが?」
まさか、とドレイク。
マルティンはそんな力は無かった。
マルティンとイゾルテ──双子であり、番であった二人。
魔力の量は同等だったが、力の質は違っていた。
「遠い……古の。私達より、もっともっと遠い古の──『神』と呼ばれるはずだった……『物』」
「……『神』?『物』?」
ファサリ……と、今度はドレイクの首に花輪が掛けられる。
「疑ったお仕置きです。今日一日外さないで仕事なさいね」
ふふふ、と面白そうに微笑んでいるイゾルテなのに、冷えた気が纏っている。
「……」
ドレイクに拒否権はなかった。
**
アデラには話さなかったこと──。
夜、魔法管轄処内。
ハーブのアンジェリカの香りが、部屋中に漂う中。水を張った金製の、平たく大きな桶の前に、ロジオンが中を覗くように立っていた。
腕まくりをし無表情に眉一つ動かさず、指一本もピクリともしないその姿は、物言わぬ人形のようだ。
最小限に制限した瞬きで、人形では無く生きている本人だと、辛うじて確認出来た。
桶の中にはナイフが一本。錆びることを気にしないのか、水の中から出そうともしない。
そもそも、そのナイフはラーレがコリンに向かって投げた物であった。
せっかく証拠になりうる血痕まで付いていたのに、水に浸してただ上から眺めているロジオンの姿は奇妙だった。
突然、桶の中の水が真ん中から泉が湧くように波紋が生まれた。
あまりに静かにゆっくりと生まれた波紋は、縁に届くまで時間が掛かっていた。
ロジオンはその様子を瞳を凝らし、じっと見つめている。
──詳しくは、波紋の奥のナイフのもっと向こう。
空間を越えた先──。
刹那、ロジオンの瞳が大きく見開いた同時、彼の右腕が桶の中へ突っ込まれた。
桶の中で一瞬、大きな水の音を放ち、水飛沫が立ち周囲に飛び散った。
彼の腕が桶の高さよりも入っているのが確認出来たのは、ほんの一瞬。彼が桶の中へ腕を入れた時と変わらない時間。
ロジオンが桶から腕を抜く。
手にはナイフ。
飛沫で僅かに桶に残った水が、赤く染まっている。
濁った水とは違った、ぬるりとした物で、戦の時にロジオンがよく見かけたもの。
呪い返しに使う、アンジェリカの香りが強くて助かる。ロジオンはそう思った。
血の臭いに鬱にならなくて済む。
ナイフが見つかった場所に向かう。
その場所にナイフを埋め、桶に溜まったものも流した。
土は拒絶もしないで素直に受け入れ、飲み込んだ。
桶は使ったアンジェリカを入れ、月の光にさらす。浄化を促すために。
長居は無用、と言うように踵を返し、ロジオンは足早に歩く。
──既に僕は人を殺めている。
戦で 旅の様々な場所で
日常の一部分として どちらに死の揺り篭が傾くか 分からない中にいた。
簡単に人を殺せるから。
だから
選ばなくてはならない。
時期を
タイミングを
人を
選ぶほど立派な人でも魔法の使い手でもない。
そして
その世界でしか生きれないだろう、と思う自分。
だけど
簡単に殺めることが出来るから
より優れた存在だと
勘違いするのだけは──
「したくないよね……」
『呪詛返し』施行終了
ロジオンはポソリと呟きながら、月明かりの下、自室へと歩いていった。
**
パチパチと、ぞんざいな拍手が聞こえる。
目の前で横たわる女の前で。
女は既に事切れていた。
女の顔は瞬間に何が起こったのか分からない、驚いた表情をしていた。
拍手を止めて、事切れた女を見下しながら口を開いた。
「『代償』を『昇華』と呼ぶべきだと、そう唱える者もいる。だが、『呪い』言った方が近いと言う者もいる。私もそう考える一人だ」
事切れた女に向かい、その者は話し続ける。
「『呪い』で『服従』したなら『服従』の相手を消せば良い。そうしたら『呪い』から解放される。──でも、その逆──も可能なのだ」
自信たっぷりに胸を張り、自分の理論を事切れた女に喋っていた。
にっと形良い口が笑いに歪む。
暗い部屋には窓から差し込む月明かりしかない。月明かりは女だけを照らし、闇はその者を隠していた。
「しかし素晴らしかったよ、ロジオン。さすがマルティンの魂を受け継ぐ者。マルティンは冷淡に采配を下す人だった。冷酷と情熱の二面性は惚れ惚れしたものだ。よく似ているよ」
──だけど、と少々残念そうに声を落とす。
「まだ、マルティンには追い付いていない。──早く追い付いてくれないと、私が貰うよ……? ロジオン」
これで第一章は終わりです。
第二章は6/9辺りから始める予定です。
ここまで読んで下さってありがとうございました。




