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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子は宮廷筆頭魔法使い
12/49

(11)そして幕が開く

 魔導術統率協会──。

 生きる『人柱』として存在している魔承師・イゾルテが、協会の中で健やかに過ごせるよう、様々な施設がある。

 その一つが温室。

 趣向を凝らしたそこは、入ると、一見、温室には見えない。

 奥行が十分にとられ、まるで草原か人が足を踏み入れたことの無い花畑の中にいるよう。

 協会ではこの場所を『花園』と呼んでいた。

 ロジオンが帰った後も、イゾルテは一人そこに留まり、集めた花々で飾りを作っていた。


 さくさくと草を踏む音がイゾルテの元に近付いて来る。

「ドレイク、見て。大きな花冠」

「沢山お作りになりましたね」

 座り込んで夢中に花飾りを作っているイゾルテの横に、魔承師・補佐のドレイクはしゃがみこんだ。

「この中で、一番良く出来た物をアデラに渡しましょう。早く良くなるように願いを込めて……」

 穏やかな笑顔を見せるイゾルテに対して、ドレイクは表情が固い。日頃から、あまり喜怒哀楽を顔に出さない彼だが、今日は殊更固かった。イゾルテの前だと、柔らかい表情を見せる事が多いのだが、今回は様子が少し違っていた。

「……そのアデラのことですが」

「何?」

「死の淵からお救いになりましたね?」

 怪我は良い。

 ―─だが、人の生死に関わることに、彼女は力を貸してはいけない。

 人を死から救うのは、膨大な魔力を消費する。

 世界から

 五大国家から

 魔力を集め、空の歪みを止めている今──それをしたら、歪みが広がる可能性がある。


 それに、よしみだからと安易に行えば、あっという間に話が広がり、助けを求めて人々が群がってくる。

 それは教会側に取っても、顔をしかめることにしかならない。人々の救済による信仰は、魔力と同等の扱いなのだから。

 イゾルテが黙ってそれを行っていたら──歪みに対する対処を行わなければならない。

 ドレイクの表情が固いのはそれのせいであった。


「いくらロジオンが好いている方だからと言っても、特別扱いは―─」

「ドレイク」

 ぽん、とイゾルテの手から、ドレイクの頭に花冠が一つ飾られた。

「違うわ」

 驚いて紅い瞳を見開いてこちらを見ているドレイクに、イゾルテは繰り返し言った。

「違うわ……私ではないのよ」

「―─では、誰が? ロジオンが?」

 まさか、とドレイク。

 マルティンはそんな力は無かった。

 マルティンとイゾルテ──双子であり、番であった二人。

 魔力の量は同等だったが、力の質は違っていた。


「遠い……古の。私達より、もっともっと遠い古の──『神』と呼ばれるはずだった……『物』」


「……『神』?『物』?」


 ファサリ……と、今度はドレイクの首に花輪が掛けられる。

「疑ったお仕置きです。今日一日外さないで仕事なさいね」


 ふふふ、と面白そうに微笑んでいるイゾルテなのに、冷えた気が纏っている。


「……」

 ドレイクに拒否権はなかった。





**

 アデラには話さなかったこと──。


 夜、魔法管轄処内。

 ハーブのアンジェリカの香りが、部屋中に漂う中。水を張った金製の、平たく大きな桶の前に、ロジオンが中を覗くように立っていた。

 腕まくりをし無表情に眉一つ動かさず、指一本もピクリともしないその姿は、物言わぬ人形のようだ。

 最小限に制限した瞬きで、人形では無く生きている本人だと、辛うじて確認出来た。

 桶の中にはナイフが一本。錆びることを気にしないのか、水の中から出そうともしない。

 そもそも、そのナイフはラーレがコリンに向かって投げた物であった。

 せっかく証拠になりうる血痕まで付いていたのに、水に浸してただ上から眺めているロジオンの姿は奇妙だった。


 突然、桶の中の水が真ん中から泉が湧くように波紋が生まれた。

 あまりに静かにゆっくりと生まれた波紋は、縁に届くまで時間が掛かっていた。

 ロジオンはその様子を瞳を凝らし、じっと見つめている。


 ──詳しくは、波紋の奥のナイフのもっと向こう。

 空間を越えた先──。

 

 刹那、ロジオンの瞳が大きく見開いた同時、彼の右腕が桶の中へ突っ込まれた。

 桶の中で一瞬、大きな水の音を放ち、水飛沫が立ち周囲に飛び散った。

 彼の腕が桶の高さよりも入っているのが確認出来たのは、ほんの一瞬。彼が桶の中へ腕を入れた時と変わらない時間。


 ロジオンが桶から腕を抜く。

 手にはナイフ。


 飛沫で僅かに桶に残った水が、赤く染まっている。

 濁った水とは違った、ぬるりとした物で、戦の時にロジオンがよく見かけたもの。

 呪い返しに使う、アンジェリカの香りが強くて助かる。ロジオンはそう思った。

 血の臭いに鬱にならなくて済む。




 ナイフが見つかった場所に向かう。

 その場所にナイフを埋め、桶に溜まったものも流した。

 土は拒絶もしないで素直に受け入れ、飲み込んだ。


 桶は使ったアンジェリカを入れ、月の光にさらす。浄化を促すために。



 長居は無用、と言うように踵を返し、ロジオンは足早に歩く。


 ──既に僕は人を殺めている。

 

 戦で 旅の様々な場所で 

 日常の一部分として どちらに死の揺り篭が傾くか 分からない中にいた。


 簡単に人を殺せるから。

 だから

 選ばなくてはならない。


 時期を

 タイミングを

 人を


 選ぶほど立派な人でも魔法の使い手でもない。

 そして

 その世界でしか生きれないだろう、と思う自分。


 だけど

 簡単に殺めることが出来るから

 より優れた存在だと

 勘違いするのだけは──


「したくないよね……」



『呪詛返し』施行終了


 ロジオンはポソリと呟きながら、月明かりの下、自室へと歩いていった。






**

 パチパチと、ぞんざいな拍手が聞こえる。

 目の前で横たわる女の前で。

 女は既に事切れていた。 

 女の顔は瞬間に何が起こったのか分からない、驚いた表情をしていた。


 拍手を止めて、事切れた女を見下しながら口を開いた。

「『代償』を『昇華』と呼ぶべきだと、そう唱える者もいる。だが、『呪い』言った方が近いと言う者もいる。私もそう考える一人だ」

 事切れた女に向かい、その者は話し続ける。

「『呪い』で『服従』したなら『服従』の相手を消せば良い。そうしたら『呪い』から解放される。──でも、その逆──も可能なのだ」

 自信たっぷりに胸を張り、自分の理論を事切れた女に喋っていた。

 にっと形良い口が笑いに歪む。

 暗い部屋には窓から差し込む月明かりしかない。月明かりは女だけを照らし、闇はその者を隠していた。


「しかし素晴らしかったよ、ロジオン。さすがマルティンの魂を受け継ぐ者。マルティンは冷淡に采配を下す人だった。冷酷と情熱の二面性は惚れ惚れしたものだ。よく似ているよ」


 ──だけど、と少々残念そうに声を落とす。




「まだ、マルティンには追い付いていない。──早く追い付いてくれないと、私が貰うよ……? ロジオン」






これで第一章は終わりです。

第二章は6/9辺りから始める予定です。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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