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イルマギア2(宮廷編)  作者: 鳴澤 衛
王子は宮廷筆頭魔法使い
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(10)首謀者の名は

「花……生けちゃおうか。花瓶は?」

 後でやると言うアデラを制し、花瓶を見つけると水を汲んできてちゃっちゃと生ける。

「相変わらず、ですね。ロジオン様は」

「やれることはやりたいからね……」

 しばらく沈黙があり、ロジオンは悪戯に花瓶に挿している花をいじる。

 アデラの方から口を開いた。

 ドキリ、とロジオンの胸が激しく打った。

「コリンのことなんですが……」

「──あ、そっちか……」

「えっ?」

「いや、気にしないで……コリンね。……コリンって名で呼んで良いのか……だけど」

 花を挿した花瓶から離れ、ロジオンは日の差す窓のさんに寄り掛かった。


『確かに手応えがあった』

 ラーレは言った。

 そこには彼女が投げたナイフだけ転がっていた。

 確かだ。ナイフの先には血痕が残っていた。だが微量、ほんの先っぽだ。

 移動方陣には後数歩間に合わないでいる。


 方陣を使わずに移動出来ないわけもないが、限られている。


「コリンが怪しいと思ったのは……二度目の面談の時なんだけど」

 ゾウルの実家の使用人の娘で幼馴染み。

「最初の面談の時に『ゾウル様が小さい頃からお世話をしていました』と話していたのに……思い起こしてみればゾウルに『明証』を施行した時……コリンに関して全く出てきてなかった……小さい頃からずっといれば……何かしら情報が刻まれてるものなのに」

「それでハイン殿にゾウルの実家に確認を頼んだのですね」

「『コリンって娘なんか今も昔も雇った覚えはない』使用人夫婦にも尋ねても『うちは娘はいませんよ』と怪訝な顔をされたって……ゾウルに記憶操作をしたんだ」


「しかも魔力を奪って……許せませんね、コリン」

 ロジオンは「違う」と首を横に振った。

「コリン……あの子は中継地点みたいな存在。あの子を介して首謀者が『代償』を行った……」

「『代償』って、引き換えに行うものじゃなかったでした?」

「うん……だから最初は『略奪』とか『もぎとる』じゃないかと考えた……でも、乱暴なやり方だから、対象者にばれてしまう。魔力は精神と連動してるからね……誰だって一部を……無理矢理奪われようとしたら抵抗するだろ?──ゾウル達は全く気付かないうちに奪われた。『仲介者がゾウル達の魔力を代償として渡す』……それだと、自然に渡せると考えた……」

 アデラが信じられないと言う風に眉を寄せた。

「そんなこと出来るのですか? だって、本人が承諾してませんよ……?」

「こう言う例が……今まで無かったわけじゃない。魔法の使い手同士のモラルとか……対策とかで……お互いに牽制しあってるし……信頼して、盾になっても良いと言う協力者が必要だし」

 見て、とロジオンが胸ポケットからメモ用紙とペンを出し説明を始めた。


『首謀者』と『ゾウル達』の間に『協力者・コリン』が立つ。

『首謀者』は『ゾウル達』の魔力が欲しい。

 そこで『協力者』だ。

『ゾウル達』に近付いて自分の『服従』を『代償』にゾウル達の魔力を『首謀者』に渡したんだ。

「──えっ? ゾウル達に、承諾も無しに服従で代償を決定させたのですか?」

「……お互い『代償』を何にするか話し合うのは……魔法の使い手のモラル上の問題。協会も禁止しているしね。……もしかしたら酒の席なんかで……ふざけて言ったのかもしれないね“服従するから、ゾウル様達の魔法を教えて下さい”……とかさ。記憶操作で“こいつは幼馴染みの使用人”って油断させてあったから……」


 ──でも、と、アデラ。


「そうなると『協力者』はずっと記憶操作通りの『服従』生活をすることになりますよね」

「んー……二年間かけて五人だからね……あまり能率の良いやり方でもないし……ただ魔力が欲しいのが目的かどうかも……」


「あの……コリンが鳥に襲われた時に『フェザーク様!』と叫んだんです。もしかしたら『首謀者』の名ではないでしょうか?」

「フェザーク……」

「ご存知ですか?」

 ロジオンは首を振る。

「……その名前も本名かどうか……フェザークなんて名、わりといるから」

「そうですよね……犯罪犯す人ってよく偽名を使いますし」

 がっかりと肩を落とすアデラに

「まあ、まだ偽名だと決まったわけじゃないし……色々と当たってみるよ」

 丸っきり的が外れてるんじゃないだよと、ロジオン。

「でも……コリンが自分からか首謀者からかは、服従生活に終止符を打とうとしていたのは間違いはないね……。僕が筆頭として魔法管轄処に来て……色々予定が狂ったっぽい」

「……ぽい……ですか」

 あやふやな言い方をするロジオンを見るアデラを指差す。

「アデラに射った毒……。分析した結果……一人分としては量が多いんだって。あのまま大人しく射たれていたら即死だったらしい……」

 びくり、とアデラは青ざめながら、思わず射たれた部分を触る。

 射たれてすぐに、ロジオンが放った追跡の魔法がコリンを襲ったから、微量で済んだのだ。

「大体……五人分の致死量だって……人数は合うでしょ?」

「……殺してしまえば『代償』による『服従』は無くなる──って言うことでしょうか……」

「自殺と見せかけたかったのかもね……。でも、僕が来てゾウル達は……宮廷から追い出されると思い込んでいた。何とかしようと君を盾にすることを思い付いたんだ──あ……これはゾウル達本人が白状したんだからね」

 ロジオンはコホン、と咳払い一つすると、話を続ける。

「ゾウル達が実行に移すのが早かった……それで急遽予定を変更……君を殺してゾウル達に罪を着せようとした……」

「でも……それだと……コリンは『服従』から──」

「……君を殺されて……僕が怒り狂ってゾウル達を殺すだろう……と思ったんじゃないかな……」

「ロジオン様がそんなこと──」

「したと思うよ……縛り上げたゾウル達の横を通り過ぎるとき……焼き殺そうか、溺れ死にさせようか、縛り首にしようか……考えたもの……」


 トントン……と、ペンをメモ用紙に当てるロジオンの視線は、アデラを見ることをしない。

 そんな考えを起こした自分を恥じているようだった。

 声に乗らないようにロジオンの口が動く。

 短い台詞で、アデラにも何を呟いたのか分かった。

 アデラはまだペンを動かすロジオンの手に、自分の手をそっと乗せた。

「そんなことありません。人なら誰だってそんな感情になる時がありますよ。大人になっても……」

「僕は……たぶん、簡単に人を殺せる……だから……抑制が必要なんだよ」

「武器を持てば、誰だって簡単に人を殺せるものです。ロジオン様だけが抑制が必要なわけじゃありません」

 長い前髪が、ロジオンの瞳を隠す。

 少し俯いて、アデラを見ないようにしている姿は、どこか怯えているように見えた。


 こんな風に思わせる気はなかった。

 自分の傲った考えが、結局大きく事を広げてしまい周囲に迷惑を掛けて、主人に自分自身の力は恐ろしいと改めて認識させてしまった。


「私がこんなことになってしまったから……ロジオン様にそのようなお気持ちを持たせてしまったのですね……」




「違う。以前から……思っていた」

 アデラの手が、ゆっくりとロジオンから離れた。

 そして、膝の上に両手を重ねて置く。

「捕まった時に殴られたとは言え私は、逃げて逆にゾウル達を捕らえることが、可能だったかと思います。だけど、私は誰かと分かってもすぐに行動に起こすことをしなかった……。彼等なら、いつでも倒せるだろう──そう驕ってしまったんです。状況など直ぐに変化してしまうものなのに……。私は自分の力を過信してしていました。 それが──この結果なんです」

 告白が進む度にアデラが自分で握る手に力が入っていくのが、目に見えて分かる。

 美眉がつり上がり、後悔の光が瞳を何度も過る。

「ロジオン様が助けに来なかったら、ここに私はいません。そうでしょう?」

「君が助かったのは……僕だけの力じゃないよ。皆が、そこにいた皆が力を貸してくれたから……」

「ロジオン様、貴方が自分で『人を簡単に殺せる』って思う気持ちが、いつも表面に出ていたら皆さん、力を合わせて助けようとしなかったのではないでしょうか?」

 驚いて目を見開いたままアデラを見つめ直す。

 そんなロジオンの視線を、アデラは受け止めた。やんわりと、包むように。


「伝わりやすいものですよ? 人って。 その人が日頃、何を思っているのかって。隠しても、ちょっとした態度や口調に表情──見え隠れしてしまうものじゃないですか。ロジオン様が私を助けようとした時『どうせ助からない』とか『簡単に人を殺せる僕が、救助なんて似合わない』とか、否定する考えがあったら、皆さん、手を貸さなかったと思います。『簡単に人を殺せる魔法使い』じゃなくて『難しくても人を救おうとする魔法使い』の姿のロジオン様があったらかでしょう?」

「……アデラ」

「だから、そんなに思い詰めないで下さい」


 穏やかなアデラの微笑みを、ロジオンは受けとるように笑う。

 迷いが無くなったようなロジオンの表情は一変して明るい。

 窓から差し込んでくる冬の日差しまでも、彼を励ますように包んでいるように見えて、アデラは眩しさに目を細めた。

「一つ……約束して」

 ロジオンは、眩しそうにこちらを見つめるアデラの手を握った。

「何でしょう?」

「まず……約束に対しての約束なんだけど……。約束して。断らないって」

「えっ……私に出来る内容なら、お約束できますが?」

 どぎまぎしているアデラにロジオンは

「そんな……難しいことじゃないよ」

 だから、約束してとねだられる。

 

 何だろう?

 この状態から察するに「無茶するな」とか「自分勝手な行動を取るな」とかだろうか?

(自分勝手な行動は注意されても仕方ないけど、『無茶をするな』は、護衛はそれが仕事だしな……)

 悩んでいるのが分かるのかロジオンがもう一度

「約束」

と、少々強い口調で迫ってきた。

「うっ……分かりました。約束します」

 ほっとして、口を上げたロジオンは、きゅっと少しだけ強くアデラの手を握った。


「『迷惑をかけたから護衛を辞める』と言わないで。約束」


 てっきり、これからロジオンの護衛は外されるかと思っていたアデラにとっては、意外な言葉だった。「──でも、陛下やアリオン様に言われませんでした?『不適任』だって」

「言われたけど……『魔法管轄処内で起きている謎の事件を調査させて、負傷してしまった。これは調査を頼んだ僕に責任がある』と……まあ、それで納得させました」

「──良くありませんよ! ロジオン様が監督不行き届きで罪に問われたりしたら……!」

「ゴタゴタの部署に就任してまだ数日だもの……その真っ最中に起きた事だから……。でも、拳骨はくらって、事件を解決するように厳命されました」


 ケロリと、何の憂いもなく喋る自分の主人を見てアデラは呆れたように笑った。


 自分に不名誉になることとか、気にせずに被って──。

 面目とか全く気にかけない。


 そんなロジオンの生き方を見るのは、アデラにとって気持ちの良いものだ。


 ロジオン様を異性として好きがどうかは別にして、主人として好感の持てる。出来ればずっと彼に仕えていきたい。

 

 それにはまず──。

「鍛え直さないといけませんね、私……。身体だけではなく精神も……」

 決心したアデラの口調は力強い。

 ──だが、そんなアデラの決意にロジオンは

「根つめなくて良いんだ」

と、いつもののんびりとした口調で話す。

「そう言う訳にはいきませんよ」

 詰め寄るアデラにロジオンは、諭すように言った。

「今回、僕は『何とか部署を良くしないと』って気合い入れて……一人で空回りしてたのかな……って。今の部署にいる魔法の使い手達は使えないって……心のどこかで蔑んでいた。──でも、そうじゃなかった。皆、自分の出来ることを提供しあって……助け合って……皆で願いを叶えることができた。──それで……思ったわけ」

 大人びた、柔らかな笑顔がアデラに向けられる。

 アデラの胸の鼓動がトクンと軽やかに跳ねた。

「アデラに助けてもらいながら……僕もアデラの助けになる。それが、まともな関係なんだ……。どちらかが頑張って……頑張りすぎちゃうと……通わなくなっちゃう……だから、程々で良い」



 ──それを言いたかったんだ。



 ゆっくり、名残惜しいようにロジオンの手が離れた。

「もう……戻らないと……ゆっくり身体を休めて」

「ありがとうございます。いってらっしゃいませ」

 扉に手を掛け、ロジオンはもう一度、にこりとアデラに微笑む。


「行ってきます」


と。




次回でこの章が終わりです。

5/31更新予定。

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