(9)あなたは誰?
輝く金の髪に、輝くような金麦の肌──。
貴女、誰?
私の問いに振り向く。
……私?
私より年上で私より綺麗。
でも私に似ている。
その人は私に触れて微笑む。
“ダメ。ヨウヤク希望ガ叶ウノ”
えっ? 希望?
“アノ人ノ元ヲ離レテハイケナイ”
あの人?
“触レテ感ジテ私二渡シテ”
何を?
“私ノ願イハ、人々ノ願イ”
願い?
“イル、ヲ──”
無限ノ魔法ヲ(イル・マギア)──
──ああ、溶けていく。
貴女は誰──
眩しい。
重たい瞼を懸命に開け、目の前にいる女性と見つめ合う。
「ラー……レ……」
「お姉ちゃん……気分はどう? どこか痛む所、ある?」
アデラがゆっくりと首を横に振ると、ラーレは自分の目元に溜まった滴を指で払いながら
「先生を呼んでくるね」
と出ていった。
外でワー!! と大歓声が沸き上がり、アデラは不思議に思いながらも、まだ重たい瞼を閉じる。
──あれは、誰だったんだろう?
夢なのに、現実に感じた。
生々しい感覚。
そっと胸に手を当てる。
──私の中にいる……?
ロジオン様と同じ──自分の中の誰か―……。
まさかね、アデラは突拍子もない自分の考えに口角を上げた。
ロジオンは、外でアデラの意識の回復を聞いた。
盛り上がる魔法管轄処の者達に『午後から仕事』と伝え、解散させ、一人向かった場所──。
離れ屋──
施錠を外し中へ入ると、温室の硝子から朝日がいっぱいに部屋に差し込んでいた。
粗末な白い四角いテーブル。
壁際にぴったり付けた作業机。
薬棚に本棚。
ロジオンは一つ一つゆっくりと愛しげに撫でながら、最後に一番馴染んでいる長椅子に座った。
目を閉じるとまだ、鮮明に思い起こせることが出来る記憶。
師匠──コンラートとの日々。
昨夜の出来事と記憶が重なる。
大切な人
助けたかった。
助けられなかった。
思い──。
「……良かった……」
漏らした言葉が我慢できず震える。
我慢することもない。
だから、ここへ来たんだから。
「助け……られた……今度は……。良かった……僕でも救ることが出来た……」
前に屈み、両手で顔を覆った。
死して救えたが、死んで欲しくなかった。
物心が付く前からずっと自分の側にいて
親より兄弟より近しい人だった。
思い出すたびに自分は無力だと、うな垂れる。
魔法なんて使えても、何の役に立つと言うんだろう?
それでも、それしか出来ない自分。
魔法があったから、彼女を見つけることが出来た。
生きる手助けが出来た。
自分はこの世界で生きていけるだろうか?
生きていける きっと──。
どんなに罪を被ろうと
どんなに血塗られた道になろうと
愛しい人を救えた喜びを知ったから。
漏れる掠れた嗚咽を、硝子越しの光が、優しく受け止めていた。
**
「ごめんね……直ぐに来れなくて。仕事が押してたから」
ロジオンは申し訳なさそうに見舞いの花をアデラに渡した。
アデラはクスクスと
「私が寝ている時に様子を見に来るんですって? ロジオン様?」
笑いながらすましている主人に聞いた。
「う……お喋りな看護師だな……」
口を尖らすと、恥ずかしそうに備え付けの椅子に座った。
「綺麗な薔薇……王居の庭の?」
色鮮やかな花々が束ねられたブーケ。冬の時期にこれだけ種類の揃ったのは珍しい。
病室内だと言うことも考慮してか、あまり香りの立たない花を選んである。
「魔導術統率協会のイゾルテ様──あそこの温室は凄かったよ……秘境の花畑の中にいる気分だった」
「人材の派遣依頼をしに?」
「うん……まあ、魔法使いは……あのグループ以外……全員残ってくれるって言うから。魔導師だけの依頼で……」
「良かったですね。皆、ロジオン様のお人柄のお陰です」
「──もう、それ止めて……」
照れ臭そうに目を瞑ると、恥ずかしさを誤魔化すように足を伸ばす。
一昨日──。
辞職を希望していた魔法使い全員が、執務室にやって来た。
『辞職を取り下げてください!』
『自分達、ここで──いえ! ロジオン王子の下で頑張ります!』
ポカンとするロジオンとハイン。
コリンの件で真剣に話し合っていた矢先である。
昨日今日で突然の心境の変化。
そりゃあ、辞めないでいてくれた方が助かるけど。
『一体何が……?』
まさか、コリンに全員何かの操作をされていた? ──疑惑に眉が寄る。
プライバシー侵害になるが『明証』をしておけば良かったと言う考えが、頭に過る。
『俺達、いまいちロジオン王子って人が掴めなくて……前回の筆頭のこともありましたから、面倒な争いに巻き込まれて、部署内がドロドロするのかったるいなーって』
『だったら、違う場所でやり直した方が良いと考えていたんです』
ハインが『すいません』と、項垂れた。
──まあ、自分も逆に『視えない』ように精神防御をしていたから、返ってそれも良くなかったか──
ロジオンは警戒し過ぎたかな? と、顎を擦る。
『今回、護衛さんの件で王子は決して見捨てない、人を大事にしてくれる方だと思いました』
『可能性を探ってとことん出し尽くす──魔法を使う者達の探究心を唱える姿に感動しました!』
『王子の下で、魔法の使い手として頑張らせてください!!』
一斉に頭を下げ、懇願する魔法使い達。
ようするに──ロジオンのアデラを助けようと必死になっている姿に感動した──と言うことになる。
(うわ~……こっぱずかしい……)
好きな人が目の前で死にかけたら、必死になるのは当然じゃないか。
こほん、と、恥ずかしさを誤魔化すように一つ咳払いをしたロジオンは、彼らに一つ約束をさせた。
『これからは『王子』と呼ばないこと』
つらつらと思いだし、アデラの顔を見る。
まだ顔色が良くないし、あれだけ身体に負担をかけた。毒が抜けても、しばらく休職させることにしてある。
それでも、顔を合わせると恥ずかしながら笑顔を向けてくれる彼女。
再び笑顔が見れて良かった。
そう思うロジオンだった。
次回は明日5/29の予定です。




