あらら何でも屋
おはよう、諸君。
題名で釣られた、諸君。
あれだな。バーゲン品の中で超高級品を見つけたくらいに気になるってやつ。
ともあれ、本編を始めよう。胃薬の用意を怠るな。笑えな過ぎてムカつくから。では……。
春。
初々しい面をした新入生たちが、挙って期待に胸を膨らます季節。学年上がりの連中とは反比例だ。ついでに、ちょい前で最上級生さよーなら。
桜が満開となっている高校までの通学路。二年目だと感銘を受けたりはしないわけだ。
ずけずけ歩く。途中で執拗に辺りを見回す新入生の諸君、こんにちは。
どうだ? この新入生レーダーは。
半分まで歩いた所。往来に人集りができていた。
いやな予感がする。こんな普通の道で人が集まるなんてありえない。グレイ形の宇宙人がちゃぶ台返しで実演販売でもしていれば別だが。
人を掻き分け、中を覗く。見るんじゃなかった……。人集りの中心にはプラカードを持った少女が立っていた。
プラカードには『一回、千円』と書いてある。
何がだよ。
その下。長い黒髪の少女は、ボーッとこちらを見ている。脱力感全開のタレ目が特徴の女。
こいつは濯あらら。あらあらら。あら、あららだ。
美人だが頭の中がクレイジー・クレイジーな人間である。
俺の自慢の幼なじみだよ。いや、マジで。
「おい、あらら。なんだそれは?」
「あ、この前、わたしとは二度と話さないと公言した人。彼女いない歴イコール生きた時間と予約であと十年」
おい、てめえ。そんなのは解約だ。
「それはいいから、質問に答えろ。何だそれは?」
再び訊ねると、あららは自分の横の見た。そして空気を左手で撫でる仕草をしてから、
「可愛いでしょ?」
「ああ、そうだな。楚々として果敢無い病院に行けながらも可愛いな」
「わたしも思う。それにこの体格からは想像できない程ぷにぷにでこの童貞が柔らかい触感なの」
互いに解りにくい罵声だったな。だがこの女は無感情な台詞な分、こちらのがストレス溜まる。
きっとこいつの頭には十時間ほど煮込んだ豆腐が入ってるに違いない。
この指摘をしたならば、あららは『ペプチド』などと意味不明なことを呟くだろう。だから、やらない。
本題に戻る。
「そのプラカードは何だ?」
指差しの念まで押して訊ねた。
あららは首を傾げる。こんなときだけ仕草がやたらと可愛いから罪だ。全国の美少女マニアに謝罪しろ。
「解らない?」
解ってたら、苦労しない。
「環境問題について。雑草を燃やす楽しさ無料体験、一回千円」
矛盾で溢れてる。
できることならコンクリート詰めにして太平洋に流したいよ。世界平和のために。
呆れて溜息を吐き、そのまま無視して歩いた。
それから五分。
なんてこった。あららがついて来やがる。それもプラカードを持ったまま。
高校球児の行進かよ。
「おい、何でついてくる?」
「貴方の瞳がわたしに語り掛けた。『俺についてこい』、と」
「そうか。俺はたった今、ストーカー誕生の瞬間に立ち会ったわけだな」
「喜んで貰えて良かった」
「お前はこれから病院だろ?」
入学式を終え、クラス割りを確認すると、教室に向かった。
教室では見知った顔と逆の顔が半々。そして見たくない顔が約一名。
窓側にある俺の席の前。なぜか一回千円の女が座っている。そこは男子の席の筈で、仮に女子だとしても、こいつは廊下側の方だ。
何かが、おかしい。
まあ、ぶっちゃけこの女の頭が一番おかしいことだけは確かだ。
ここは無反応でいこう。
無言で座ると、あららが罠が正常に作動するか確かめる猟師のような顔をする。頻りに首を傾げ、俺の顔を覗き込む。
暫らくしてから、ポツリと呟く。
「……公認カップル」
「お祝いの花火と一緒に、夜空の光にしてやろうか?」
あららは無表情でサッと手を前に出す。
「千円」
朝っぱらから、かつあげか。
無視すると、あららはプラカードに文字を付け足す。何でも屋、と。
マジか。千円払えば、この女を消滅させられるぞ。オープン・ザ・財布!
などと思考する俺を余所に、更にプラカードに文字が追加。依頼次第で金額追加、だのと書いてやがる。
財布を引っ込め、詐欺師と連絡を試みる。
「それで『何でも屋』の主な仕事は?」
「色々と。恋愛相談から部屋のリフォーム、ペットの散歩。突飛な行動を取る幼なじみをどうにかしたいと考えながらも、その実、彼女が気になって仕方がないから付き合ってくださいとの依頼まで、何でも」
何だ最後の具体的かつ、一部、捏造された内容は。しかも解ってるなら改善しろ。『言っちゃったよ』って目で俺を見るな。
百歩譲って最後のが事実だとしよう。だとしても、ビタ一文も払わんぞ。
あららは自分の髪に着いていた髪留めを、こちらの髪に無断転送。何だ、クレイジーあらら。
「美少女を彼女にする貴方の夢が」
「ほう。俺の夢がお前に解るのか?」
「容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、才色兼備で人格者……」
パーフェクト・ヒューマンとはな。凡人では成し得ないスキルが男の夢か。はっ、笑わせてくれる。
「……な、目の前のクラスメートを自分を女にすること」
明確な殺意すら覚える。
その他にも、宇宙の彼方から机の木目に至るまで全てを敵に回したぞ。レーザー照射を急げ。
授業がないので、あとは帰るのみ。若干の億劫と思いながら来た道を戻る。
例によって、あららはストーキングの最中。
仕方がない。公園に寄って話し合いをするか。
思考と同時に、最寄りの公園が見えてきた。
薄いピンク色で咲き誇る敷居の門番を抜け、中へ。入り口にあるベンチに腰掛けた。
あららは当然と言わんばかりに隣に座る。
諸君らは、この恐怖を感じるだろうか?
「知ってると思うが、迷惑してるぞ?」
「そう。あとは押し倒して終わらせるつもり……」
「話が噛み合ってないぞ。今はどこの空域を航行中だ?」
あららは鞄からアルミホイルに包んだ球体を取り出していた。さて、異民族との交流は難しいな。
そんな彼女は伏し目がちに、
「食べて。一生懸命つくったの」
顔には期待と不安の色。
こいつがこんな表情を見せたのは、小学五年生のとき以来だ。
差し出されたアルミホイルをゆっくりと開いてみる。中から出てきたのはオニギリだった。オニギリを一生懸命つくるって、逆に恐い台詞だぞ。
「中身は?」
「ウニ」
そりゃまた珍しくも危険な具だ。
とりあえず一口噛り付くと、不思議な触感が広がった。苦くも甘い、とろける舌触り。
結論を言おう。米を食ったのにウニの味がする。
毒ではないが、思わず躊躇してしまう。この、ウニギリの対処の困っていると、
「不味い?」
率直に訊く割に、知らない夜道を進んだら行き止まりだったような不安一杯の顔をしている。
何だかねえ……。
いや、とだけ答えウニギリを頬張っていく。
食い終わる頃には、あららは無表情に戻っていた。
そこで再度、言う。
「迷惑だ、そうだぞ」
「…………」
沈黙。
話を進ませようとしない彼女の態度に、内心で怒気が膨らむ。
それを抑えて話の進行を促そうと構えた。
その時だ。あららの頬から水滴が零れたのは。
契機になったように両手で顔を隠し、肩を震わせ始めた。嗚咽が静けさに混じり響き渡る。
泣く理由が解らなかった。話の流れからしても、泣きたいのはこっちだが。
錯綜する思考の片隅で、不意に昔を思い出した。
彼女が感情を表に出た最後の瞬間だ。あの時も同じように泣いていた。
その後に言葉が紡がれた。訥々としていたが、意外にはっきりと。
「ごめんなさい……」
声が重複した。記憶の底だけでなく、現実でも聞えた。
その言葉の真意は、やはり解らない。でも、咄嗟に出たのは返事ではなく千円札だった。手に握らせ、
「泣き止め」
と我ながら方策が尽きた果ての苦行。それきり言葉はない。いつも皮肉野郎な癖して、今は口が上手く動かなかった。
あららが泣き止むのに十分を要した。
すっかり無表情となった彼女。但し、目の下は赤みの変化がある。
「あと千円で美少女と付き合える。お得なサービス付き」
抑揚のないはずの声に、僅かに気持ちを感じた。
「さっきので品切れだ」
「限定一名様にキャッシュバックのサービスを発動します」
おいおい、これからの事を考えると無謀な選択ではないか?
そう思うも、口にした言葉は違った。
「金は大事にしないとな。他の奴が買ってくれるといいな」
あららはプラカードに更に加筆した。それは俺の名前と『専用』との文字。
本当に不器用な女になったよな、お前……。
オープンな彼女の気持ちが、本気だと気付いてながらも看過した俺も充分に不器用だがな。
溜息を吐く。今までよりも大きな溜息。
俺が器用になる方法は、一つ。『何でも屋』に頼むことだ。
千円を突き返して告げる。
「サービスを受けてやる」
すると彼女は立ち上がり、プラカードをパーツごとに小さく分けた。
それから。
「閉店。解約は、もう無理」
苦笑する俺の手を取った。繋がれた手。あららは、顔の形こそ崩さないが頬は真っ赤だ。
「サービスって、これだけか?」
照れ隠しの言葉と、自ら認めよう。
「他にもある。水攻め火攻めに、夜空に打ち上げ」
「へえー、そうか。最近のサービス業は建設的に素晴らしく頭がイカれてるぞもあり充実してるな」
相変わらず、言えるんだな。互いの関係が変わろうとしても。
なら、いいか。
ふと横を見ると、あららが笑顔でいることに気付く。明け透けではないが、眩しいくらいに輝いていた。
少なくとも、そう見えたんだ。
互いの手を引き、歩は着実に速度を得ていた。突き進む俺たちの背中を、桜が見送ってくれる。
そう思うんだよ。何となく。
それにしても、いかんな。手を繋いだだけで、純情すぎる脳が指令を送っている。認めたくないが、嬉しい、と。自分でも頬が弛むのが解る。
おい、あらら。何でも屋を臨時開業だ。
料金は後払い。
頼むから、俺の頬をひっぱたけ。