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その四(語り終わり)

 世間で呪文やお経のように唱えられている「努力はいつか必ず報われる」という文句について、私が生まれて初めて納得したのは、高校二年の夏休みのことだった。

 サブリミナル効果を意図した誇大広告の如く、毎日のように粉雪君に「実家に連れてって」と言い続けた努力が実り、粉雪君がついに、私を実家に連れて行ってくれたのだ。

 決め手は、「私が御両親に、粉雪君がいかに優雅で幸せで有意義な学園生活を送っているか、きっちりしっかり説明してあげる」という交換条件だった。どうやら、その辺の事柄について、最近お母さんと一悶着あったらしい(……まあ、『魔術』について一言たりとも話せない分、校外の人に高校生活をきちんと説明するのが至極難しいというのは、我が『那頭奈学園』全校生徒共通の悩みだ)。この頃の粉雪君の口癖は「まったく。もっと息子を信用してもいいだろうに……」だった。粉雪君が私の手(というか、口)ですら必要とするとは、なかなかに大変な状況だったのだろう。

 電車とバスを乗り継いで、正味五時間。

 当然の如くそこは私が初めて訪れる場所であり、その移動の最中も私は観光気分だった。私が生きてきた街とはほとんど違う街並み、風景、そして空。特に、最寄駅から粉雪君の実家に向かう途中、粉雪君の母校を横切った時なんかには、どことなく感慨深いものがあった。粉雪君が私とはまったく違う人生を歩んでいたことを少しばかり寂しく思い――――そしてまた、今まで知らなかった粉雪君の幼少時代を何となく感じることができて嬉しかった。

 玄関の前にたどり着いた際、粉雪君は真顔を作って「……おい。間違っても変な自己紹介はするなよ。近くの海に遊びに行きがてら寄るという形で、男二人、女二人で来る予定だったのを、二人に別用が入って後から合流することになり、お前だけがウチに来ることになったって説明してあるんだから。特に、妹には冗談でも変なことを言うんじゃないぞ。こんな住宅街で野宿したくなければな」と言ってきた。粉雪君からすれば至極重要な注意事項だったのだろうが、早く粉雪君の家族を見たいとわくわくしていた私は、適当に「うん」と返事しておいた。

 そしていよいよ、粉雪君がインターフォンを鳴らした。

 出てきたのはお母さんと妹さん。一目で粉雪君の親族であることが見て取れるほど、それぞれ粉雪君の面影がある顔立ちだった。二人とも「おかえり、粉雪」「遅かったね、にーちゃん」と長男をねぎらった後、私の方を向いて「ああ、あなたが粉雪のクラスメイトの――」と、私にも笑顔を向けてきてくれた。

 私も私でそれに笑顔を返し「あ、はい。風宮すだれです。お世話になります」と言って、ぺこりとお辞儀した。

 お母さんの方は、「疲れたでしょう。さ、上がって。冷たいもの用意してるから」と、いそいそと家の中に入って行った。

 粉雪君もそれに倣って玄関に上がり、私もそれについていこうとしたところで――――妹さんが私の前に立ちはだかり、じっと私の方を眺めてきた。そしてあごに手をやり、まるで品定めするかのように、数秒間私をじろじろと見てきた後、「……風宮、すだれ、さん? ええと、にーちゃんのクラスメイト、なんだよね?」と、探るように言ってきた。

 それに対し、私は再び微笑を作り、恥じらうように地面に視線を向けた。そして呟くような声音で、「あ、はい。そうです。えっと、粉雪君とは――


 ――『いいお付き合い』をさせてもらってます」と言った。


 その瞬間、妹さんはぎらんと目を鋭く輝かせた。

 私の視界の端には、粉雪君が茫然と大口を開けているのが映った。

 その後、粉雪君と妹さんの間でひと騒動あり、私が家に上がれるまでには、さらに三十分ほどの時間を要した。加えて、家に上げてもらった後も、私は粉雪君の部屋でくどくどと説教を(しかも正座で)聞くことになってしまった。おかげで、御両親への懐柔という私の唯一無二の今回の目的は、残念ながら未完遂のままでその日が終わってしまったのだった。

 結果として粉雪君と妹さんの間でどんな結論が出たのか、私自身はよく聞いていない。しかしまあ、野宿だけは勘弁してくれたのだから(一応断わっておくと、私が泊まったのはあくまで妹さんの部屋だった)、私の意見に対する粉雪君の『回答』というのは――――そしてまた、妹さんによる『採点結果』というのは、つまり――


 ――『否定』ではなかった、ってことなのかな?



〈インサイド・インサイド END〉

 ということで、『インサイド・インサイド』でした。お読みいただき、ありがとうございました。

 この作品を書くことにしたきっかけというのは、別作品を書いてる時に浮んだ「女の子の一人称ものって、書いたらおもしろいだろうか?」という思いつきでした。

 何となく筆が進みそうな感じはしたのですが、かといって、そのためだけに新しくプロットを起こすのもなんだかなあと思い、過去の女性キャラを主人公にしようと決めました――――そして、その中で白羽の矢が当たったのが、『閉鎖インサイド』の登場人物、風宮すだれだったというわけです。

 完全にプロットなしで好きなように書いたので、キャラクターが深まったのか、それともそんなことはまったくなかったのか、式織自身はよくわかっていないのですが、どちらにしても、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 ありがとうございました!

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