婚約破棄したくてもできない~演劇好き悪役令嬢の考察~
よくある馬鹿王子の、よくある大切な門出を台無しにする婚約破棄宣言を聞いた公爵令嬢は、
「・・・」
(殿下に庇われて震えて見せている浮気相手。よく考えたら、殿下の側近たちにもなれなれしくて、婚約者たちがいくら言っても、側近たちが侍るのを止めなくって――――そういえば、劇で悪役が美女たちを侍らかせていたわ。これは似ているのではなくて?)
などと、斜め上の発想をしていた。
公爵令嬢が以前、見た劇の悪役は美女を両脇に侍らせて、手下に指示を出したり、報告を受けていた。
(何故、美女と悪役がセットなのかはわかりませんけど、悪役だけで出てくるよりも、美女連れのほうが大物感がありますわ。美女すら手に入る力があると暗示しているからかしら?)
悪役と美女の関係について考察する公爵令嬢。
確かに、黒幕と呼ばれるような大物の悪役は別格とばかりに美女と一緒に出てくることが多い。
それも、一筋縄ではいかない美女。並みの人間なら手に負えない。従わせられるだけの権力や暴力が必要な相手である。
(悪役が殿方だから悪どい顔つきの危険な風貌だったけれど、悪役が淑女なら・・・――表と裏の顔を使い分けて自分の魅力で殿方を従えるなら、浮気相手こそまさに淑女版悪役――いいえ、悪女だわ)
婚約者のいる男に言い寄るなど、淑女のすることではない。
たとえ、町娘に過ぎなかったとしても、町娘だからこそ、無闇に身分の高い男になれなれしくはしない。町娘が身分の高い男に馴れ馴れしくしようものなら、ただ、命を失うだけでは済まない。
それでも、男になれなれしくするのは悪女だけである。
社交界の淑女たちに喧嘩を売るだけあって、一筋縄ではいかない。
側近たちの婚約者たちは相手が悪かった。殿方を侍らしている悪女に、未婚の令嬢ごときが太刀打ち出来る筈もなかったのだ。
公爵令嬢は息を吐いた。
ここは自分が何とかしなくてはいけない。たとえ、自分もただの貴族の令嬢だとしても、王族の一員になる教育は受けている。夫や夫の父兄に何かが遭った時は、自らが差配せねばならぬ身なのだ。
悪の限りを尽くす悪役の黒幕――その淑女版との対決。
相手に不足はない。
「殊勝に観念したか。だが、もう遅い。彼女を苛める前なら許せたが、彼女は危害を加えられても健気に耐えたのだぞ」
悪女は濡れ衣を着せたようだ。
「・・・」
公爵令嬢は呆れて物が言えなくなった。王子との婚約は政治的な理由からである。愛人の一人や二人いることも覚悟した上での結婚だ。結婚前から愛人がいようと、目くじらを立てる必要性はまったくない、と彼女は割り切っていた。
それなのに、愛人をこれ見よがしに見せびらかせて公爵令嬢だけでなく、彼女の家まで蔑ろにし、婚約破棄だの、破談の理由を愛人苛めなどと、建物もなくテントで公演される大衆演劇でしか聞かないくだらない内容だ。
愛人などというのは、力を借りたいか、金が欲しいか、割り切っておこなう関係である。愛だなんだと言うのなら、余計に妻の耳に届かない場所でひっそりとしていなければいけない。
何故なら、男が死んだら、出過ぎた愛人は妻による報復を躱すすべを持たない。
金や力目当ての愛人なら進退を考えて妻の報復を受けるような真似はしないが、愛を理由として思い上がった愛人は妻の堪忍袋の緒を切るような真似を平然とおこなう。
今の彼らを動かしたように。
(悪役が好きだから美女たちが侍っていたわけではなかったけれど、側近たちは好きで侍っていて、今も一緒になってわたくしを責め立てる側に立っている、と。)
「・・・とんだ、お花畑ですわね。お話にもなりませんわ」
「なんだと?!」
「お粗末な言い分でわたくしに罪を着せるというなら、覚悟はなさっているということですわね」
微笑む公爵令嬢は完全に悪女――いや、完璧な淑女だった。
その雰囲気に平凡な者たちは完全に飲まれてしまった。
勿論、自分に酔っている未熟者など、唖然となっている。
「(お花畑)病でせん妄の者たちを保護しなさい」
女王様の言葉に思わず従ってしまう騎士たち。それは、従わずにいられない王者の空気だった。
「では、皆様。三文芝居も終わりましたし、ご歓談をお楽しみください」
このことで罪に問われた者は誰もいなかった。
公爵令嬢は未来の王族の妻に相応しい采配で事態の収拾を図っただけで、騎士たちは熱で錯乱した王子とその仲間たちを保護しただけなのだから。
王子たち?
特効薬の甲斐もなく、流行り病で亡くなったそうな。




