【Day.2】義弟、義姉に手を出してしまう【】
俺は手前のグラスを引き寄せ、残り僅かだった茶を飲み切って喉を潤す。
ご機嫌そうにピコピコと動くハルさんの獣耳に視点を合わせながら手を叩いた。
「じゃあここらへんで。もう一時間も経つし、ハルさんも疲れたでしょ。付き合わせちゃってごめん。でも、勇気を出して話しかけてよかった」
「ふふっ、気にしないで。私もリクと話せてよかった。また夕食の時ね。ママの料理は絶品だから楽しみにしといて」
「らしいね。楽しみにしてる。グラスは俺が片づけるね。座布団はあとで取りに来るよ」
「わかった。ありがと」
俺は、一階の冷蔵庫から緑茶の一リットル紙パックとグラス二つを持参。
ハルさんの部屋で、小一時間ほど会話した。
内容としては、姉弟になったのだから敬語は辞めようとか、お互いの呼び名をもっと呼びやすくしようだとか、好きな食べ物、趣味、夢、学校のことについてなどを話し合った。
後半は大したテーマもない雑談になっていたが、敬語なしや呼び名の改善からか自然に笑い合い、気軽に話せる関係になれたと考える。
俺はハルさんのことを一方的に、憧憬に似た感情を抱いていた。
しかし、面と向かって喋ってみれば、彼女は一人の普通の女の子であり、緊張していたのが馬鹿みたいだと思った。
勿論、依然として推しであることには変わりない。
が、ハルさんは義理雖も今は俺の姉だ。
少しくらい彼女と会話しても罰は当たらない、と信じたい。
片付けを終えた俺は、左右にゆらりゆらりと尻尾を揺らすハルさんから座布団を受け取る。
ハルさんによると本格的なダンボールの開封は明日にするらしい。
当然、俺も手伝う予定だ。
俺は自室に戻り、椅子に深く腰掛けてリラックスすることを意識する。
ただでさえ家族が増えるという精神的負担があるのに、前日に姉ができると言われ、その姉が当日に会ってみれば憧れの先輩であったのだ。
……そりゃ疲れる。
まだ夕飯まで二、三時間はある。
俺はタブレットでアプリを開き、お気に入りのプレイリストを流して筋トレを始めた。
────────────
あれから陽は傾き、辺りは暗闇に包まれて夕方となった。
俺はハルさんの部屋を一瞥するが、声をかけるのは流石にお節介だと思ってスルーする。
良い匂いを漂わせている一階に下りた。
俺は本を読んでいる父を尻目に、楽しそうに鼻歌を歌いながらキッチンに立つフタバさんの背に声をかける。
「フタバさん、俺に手伝えることはありますか?」
「あらリクくん。うーん、夕食はあと少し……十五分くらいでできるから、アマハルのこと起こしてきてくれる? さっき見に行ったら寝てたのよね、あの子」
「わかりました、任せてください」
俺はフタバさんに了承の意を示した後、階段を上ってハルさんの部屋の前で止まる。
「ハルさん、起きてますかー?」
三回ノックをしてから、口元に手で筒を作って呼びかける。
……十秒ほど待っても、彼女から返事がない。
再度呼びかけたが、反応がなかったので恐る恐る扉を開けた。
「すいません、入りますねー」
お目当てのハルさんはというと、積み上げられたダンボールの中心に布団を敷いて寝ていた。
どこからどう見ても、ぐっすりである。
俺は初めて見る彼女の寝顔に高鳴る鼓動を誤魔化して早歩きでハルさんのベッド横まで行く。
俺は再度彼女を起こそうと呼びかけた。
「は、ハルさん。起きてくださーい。ほら、おーきーてー」
何度も耳元で呼びかけるも、獣耳が小刻みに動くのみで起きる気配がない。
仕方なく袖を伸ばして──所謂萌え袖で──彼女の肩を持って恐る恐る揺さぶったが、それでも起きる気配がない。
「これは困った……どうするか」
俺は諦めて一階に戻って事の顛末をフタバさんに伝えるべきか迷う。
……思考の端に、良くない考えが浮かんできた。
一年前に学校で習った魔力操作。
その応用であれば、もしかすると────
「いや、ダメだ。レツも言ってたじゃないか……」
魔力とは、〈神秘の光〉によって齎された超常の力の一つである。
心臓部近くにある、目には見えない臓器から二つ目の血管を通って発せられる変幻自在の力だ。
今では人体に備わっているのが当然である魔力だが、個々によってその総量は異なり、操作の熟練度や技量も違う。
そして、俺はこの魔力操作が他者よりも上達するのが早く、応用も容易に出来てしまった。
そこで思いついたことをレツで試した所、彼は忽ち骨抜きとなった。
……あの時のレツの表情は忘れられない。
当事者であるレツに、アレはヤバいと、絶対に他者に使うな、と言い含められたのだ。
──俺の中で悪魔が囁いた。
今ならハルさんは意識がないからバレないよ、やってみれば……と。
──俺の中で天使が囁いた。
もしアレを了承も得ずに行使すれば最早、犯罪ではないか、止めておいた方がいい……と。
「はぁ……はぁ……」
何故だろうか、運動をしてもいないのに息が上がってきた。
頭ではイケナイと考えてるのに……。
まるで、そうするべきだと言わんばかりに、目の前ですやすやと眠るハルさんの腹部へと俺の腕が伸びてゆく──。
「……起きてよ、ハルさん」
俺は祈るように、何かに縋るように呟く。
布越しに俺の指先がハルさんの腹部に触れる──触れて、しまった。
「っ、ぁ……」
情けない声が俺の口から零れ落ちた。
掌から伝わる柔らかな感触と、無許可でハルさんに触ってしまったという罪悪感で、今にも押し潰されそうになる。
でも、食み出た欲望は治まりそうにない。
「……ごめん」
俺は震える腕を伸ばして、押し込むように掌を当てる。
ハルさんの身体に俺の魔力を一方的に注ぐ。
彼女の二つ目の血管を俺の魔力で侵すように接続し、透明な第二の心臓まで侵す領域を徐々に広げていく。
ハルさんの端正な寝顔が歪む。
獣耳は上から閉じるように畳まれている。
「んっ……ぁ……ゃ……」
第二の心臓を俺の魔力で侵し尽くして掌握。
二つ目の血管を通して、ハルさんの魔力の循環を促すように満遍なく圧迫してゆく。
「……っ……ぁんっ……ぁ……っあ……」
ハルさんは尻尾を支えに全身をしならせて四肢の先で踏ん張っており、シーツにシワが付いてしまっている。
ハルさんは玉のように汗を浮かべていて、前髪が額に張り付いて苦しそうにしている。
でも、俺は圧迫する手を緩めなかった。
何かに耐えるように食い縛っているハルさんを見ていると気分が高揚し、昂っていく。
もっと、もっと彼女の身体を掻き混ぜたい、支配したいという欲が湧き上がってくる。
……どれほど経ったのだろうか。
やがてハルさんはビクビクと身体を一際大きく跳ねさせると、彼女だけ時が止まったように静止し、ピクリとも動かなくなってしまった。
変な汗が溢れてくる。
「〜〜〜〜っ」
「!? ハルさん……?」
俺は圧迫の手を止めて直様ハルさんの脈を確認し、ほっと息を吐いて安堵した。
「ごめん、ハルさん……あっ」
ハルさんは呼吸が安定すると同時に、彼女の目が見開かれた。
俺は有り得ないほど素早くベッドから離れた。
ハルさんは眠気まなこを擦りながら俺を視野に収めると、驚いたように毛を逆立ててベッドの端へと逃げるように移動した。
「え、り、リク……?」
「あっ、まずはおはようハルさん。その、夕食の時間になっても下りてこなかったから起こしに来たんだ。ノックをしても返事がなかったから勝手に部屋に入らせてもらったよ。気を悪くしたならごめん。なんだか魘されてたけど大丈夫?」
「う、うん。なんともない。起こしてくれてありがと。……夢見が悪かったみたい」
「そっか、じゃあ俺は先に下へ行ってるね。……あと五分くらいで夕食ができると思う」
「わかった。それまでに下りるわ」
俺は悪いことをしてしまって怒られないか心配する子供のように。
内心のドキドキから破裂しそうな胸を無意識に手で抑えて、足早に階段を下りる。
俺はハルさんの前で平静を装えると思えなかった為、貼り付けたような笑顔で夕食の時間を過ごした。
四人分の食器を洗い終わると、逃げるように自室へ駆け込んだ。
力無く扉を閉めて、ずり落ちるように座り込む。
先程まで昂っていた気分は、今となってはマイナスまで落ち込んでいた。
「ははっ、上手く笑えてたかな…………ごめん、ハルさん」
父さんやハルさんが自慢していた、フタバさんの絶品料理。
初めて食べるフタバさんが丹精込めて作った夕食の味は、無味で一切わからなかった。
【登場人物&用語集(※微ネタバレ有り)】
・魔力
摩訶不思議な力の略称。個々によって性質が異なる。
〈世界改変の日〉に降り注いだ〈神秘の光〉の影響で顕れた超常の力の一つ。
第二の心臓から二つ目の血管を通じて魔法などの行使が可能とされる。
・魔力操作
読んで字の如し。
この操作の速度や練度によって行使する魔法などの質が大きく左右される大事な要素の一つ。
・二つ目の血管
読んで時の如し。目に見えない。
〈世界改変の日〉に降り注いだ〈神秘の光〉の影響で顕れた超常の力の一つ。
第二の心臓から魔法発動までのパスの役割を持つ。
・第二の心臓
読んで時の如し。魔力の供給源。目に見えない。
〈世界改変の日〉に降り注いだ〈神秘の光〉の影響で顕れた超常の力の一つ。
超常の力の根源である要素の一つ。




