Issue#03 I I Dreamed A Dream CHAPTER 5 05
自分の前に回り込んで、期待に満ちた顔で背中を向けたさなに、はちるはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、片目を閉じてみせる。
そして彼女は、神によってあらゆる種類の愛らしさが注ぎ込まれたかのようなさなの細身を、
そのお尻から、すくい上げるように軽々と抱え上げた。瞬間、まるで祭りの屋台の呼
び込みのように、威勢のいいはちるの声が青空に響いた。
「……1ライド1000円!」
「ファミリー割で無料!」
掲げられたさなが、これから最高のジェットコースターに乗る子供のように、満面の笑みで叫んだ。次の瞬間、はちるの足が砂利を深くえぐり、その全身が巨大なバネのようにしなる。
解き放たれたミーティスの身体は、大気を切り裂く衝撃波の円環を幾重にも引き連れる、白光の弾丸と化した。絶叫マシンを五感すべてで堪能する時の、あの甲高い歓声だけを境内に残し、
彼女の姿は一瞬で空の彼方へと消え去る。
休む間もなく、はちるは向き直り、今度はおせちのお尻をわしっと掴んだ。
「2人目、発射!」
「ちょっと、はちる!さっきのさなより5%も角度が高いよ!ちゃんと計算通りに投げてよね!」
その悲鳴にも似たクレームを意に介する様子もなく、はちるの腕が再び大きくしなる。一連の動作は常人の目には捉えられないほどの速度に達し、おせちの身体は、先行く姉妹と同じ種類の絶叫と共に、空の彼方へと弾き飛ばされていった。
姉妹たちが描いた2条の飛翔軌跡を見上げて、アシュリーとはちるは、わずかにアイコンタクトを交わし、次の瞬間、2人の身体もまた、爆発的な推進力で大地を蹴った。
はちるの足元では地面が爆ぜ、半径10数mにわたってクレーターが穿たれる。それは跳躍の範疇を超えた、成層圏をも貫く、圧倒的な力の放出だった。
その刹那、吉濱家の境内を、いや、近隣一帯の空気を、天地を覆すかのような轟音が支配した。それは雷鳴などという生易しいものではない。まず、空気が巨大な壁となって押し寄せ、木々の葉を薙ぎ払い、地面の砂利を波立たせる。次いで到達した衝撃波の本体は、大気の層そのものが巨大な鞭で打ち据えられたかのように、古寺の瓦をビリビリと震わせ、家中の窓ガラスを今にも砕け散らんばかりに激しく揺さぶった。
奥屋敷、静謐な空気に満たされた尊の私室。床の間に掛けられた古雅な掛け軸が大きくしなり、使い古しの湿っぽい布団の上で猫のように丸くなっていた彼女の小さな身体が、文字通り「ビクンッ!」と30センチは跳ね上がった。
「ぐえっ!」
寝ぼけ眼のまま、彼女の身体は部屋の隅まで弾けながら転がっていく。勢いそのままに、美しい木目の障子戸に激突し、バリバリという凄まじい音を立てて人型の穴を穿った。
「あがががっ!」
戸を突き破った尊は、縁側を通り越して庭まで滑り出て、池の鯉を脅かして盛大な水しぶきを上げる。
ずぶ濡れになって石砂利の上へはいずり出ると、そのままの姿勢で荒く息をついた。
彼女が穿った戸の穴から、棚から落ちてきた達磨が、まるで後を追うようにことことと転がり出てきて、その傍らでぴたりと静止する。
「……な、なんじゃあッ!?」
口からは、神の威厳など微塵も感じさせない、息の詰まった声が漏れる。
「じ、地震か!?いや、この揺れは……うちの子らかッ!」
ようやく事態を飲み込んだ尊が、泥と草にまみれた顔を上げる。
その視線の先、遥か上空では、4条の白い軌跡が、澄み切った青空を切り裂いてどこまでも伸びていく。
「バカモン!ウチは空港ではないんじゃぞ!」
尊の怒声が、静けさを取り戻した敷地に虚しく響き渡る。だが、その怒りはすぐに、ふう、という深いため息に変わった。彼女はよろよろと立ち上がると、濡れた着物の裾を払いながら、娘たちが消えていった空を、どこか心配そうな面持ちで見つめるのだった。




