Issue#03 I I Dreamed A Dream CHAPTER 5 02
「嘘でしょ……家に、帰れないなんて……」
空港のターミナルで、女性が力なく床に座り込む。彼女のように、帰る場所を失った人々が世界中の空港に溢れ、国境を越えた人々の移動は完全に停止した。
物流は寸断され、経済は大打撃を受ける……。
「……船便だけじゃ追いつかない!港がパンクするぞ!」
世界中のサプライチェーンが悲鳴を上げ、企業の株価は連鎖的に暴落していく。モニターに映し出される数字の滝を前に、あるトレーダーは絶叫した。
「なんだこの数字は!売りだ、今すぐ全部売れ!」
テレビのニュースは、終末の日のように、各地の混乱と専門家たちの無力な分析を映し出し続ける。
『……各国政府は、国民に冷静な対応を呼びかけていますが、ご覧の通り、混乱は広がる一方です』
「もう終わりだ……世界は、どうなっちまうんだ?」
誰もが、ただ画面を呆然と見つめることしかできなかった。
……世界は、空を見上げることをやめた。
かつて希望や憧れの象徴であったはずの空は、今や、得体の知れない脅威と、決して止むことのない不安の色をたたえているだけだった。
*
……未曽有の事態――その言葉に、使い古された感の出るほどに災厄の頻発する昨今。今回の、この1件に挑む者が誰であるかも、また、人々の目には明らかだった。世界中が、ただカルテット・マジコが事態を解決することだけを渇望していた。
「片付け」という概念が永遠に放棄されたはちるの部屋では、ちゃぶ台の上に開けたポテトチップスが転がり、塩辛い残り香が空気に溶けている。
壁には、先日張りつけられたばかりのものがある。人気RPG「錬金工房」シリーズ最新作の購入特典ポスターだ。
満面の笑みで手を差し伸べる主人公の少女の、丸みのある胸元には、
アシュリーがこっそり貼り付けた吸盤ダーツが、乳首の位置を過剰な正確さでマーキングしている。
そんな無防備な日常の空気の中、はちるは、窓越しに世界の終わりを思わせる光景を見つめていた。
この病んだ空のずっと向こうでは、ケムトレイルから降り注ぐ毒の雨が、都市の機能を完全に麻痺させているのだ。
「やっぱりこれさ……ウチが消した方がいいんじゃ?みんなそろそろもう限界だと思うよ?今の生活……」
窓の外の惨状から一旦目を離して、はちるがぽつりと呟く。その声には、自身の強大な力に対する、かすかな戸惑いと責任感が滲んでいた。一方ちゃぶ台で、その「錬金工房」の最新作に没頭していたおせちは、テレビ画面から一瞬も目を離さずに、しかしきっぱりとした口調でその提案を退けた。
「ダメ。言ったでしょ。その力は、安全性が完全に証明されるまで凍結。万能すぎる力には、必ずどこかで予測不能な『代償』が伴うものだから。ある日いきなり時空が裂けたり、はちるがおばあちゃんになったりするかもしれない」
自分を例えに出されたはちるが、
「ヤダー!」
素っ頓狂な声を上げた。そのやり取りを、アシュリーは鼻で笑い、ふざけて付け加える。
「ああそうだな。ほかには、女房言葉が廃止されて『おせち』が『せち』になったり、世界の色がネガポジ反転したり、いつの間にか母ちゃんがでかいコーカサスオオカブトになってる、とかな」
しかし彼女はすぐに真顔に戻ると、いよいよ抑えきれないといった様子で、焦燥に満ちた声を上げた。
「……でも、そういう冗談は置いといてだぞ?ここまで何日も調べまくって、手がかりゼロだ!おとといなんて、”あの雨が自分たちの身体にも効くかどうか全員で耐久”とか、一体何の意味があったんだよ……!?」
アシュリーはソファから身を起こし、その声のトーンをさらに強める。
「そんなことしてる間に物価が上がり続けて、サッカーの試合がなくなってっ!
何の責任もないのに倒産する会社も出てくるんだったら、はちるの力、さっさと使った方がいいだろ!マジで!」
「それ、サッカーの試合が本音だよね……」
と、さなが苦笑しながら呟いた。




