Issue#03 I I Dreamed A Dream CHAPTER 5 01
よくぞここまで辿り着いてくださいました。
ここから先こそが、私の見せたかった物語、この第3話の「真髄」です。
CHAPTER 5
その日、白走市の空は、奇妙な幾何学模様で埋め尽くされていた。
どこまでも続く青いキャンバスに、何本もの白い線が、まるで定規で引かれたかのように真っ直ぐに伸び、互いに交差し、巨大な格子を形成している。それは飛行機雲と呼ぶにはあまりに数が多く、そして、あまりに長く空に留まり続けていた。
自室の窓からその異様な光景を眺めていたハヤカワシノは、ふと、ある人物のことを思い出していた。
都市伝説や陰謀論にやたら詳しい親戚――カンノアキノ。あの人なら、この空を見て何か言うかもしれない。
軽い気持ちで、シノはスマートフォンのカメラを空に向け、その写真をアキノに送った。
『アキちゃん、今日の飛行機雲、なんだか多くない?』
すぐに、通知が画面を照らす。返信は、予想通り早く、しかし、予想を少しだけ超える熱量で返ってきた。ハンドルネームは、いつもの「ミス・パラレルワールド」。
『シノ、それは飛行機雲じゃない。ケムトレイルよ』
『政府が人口削減と気象操作のために、有害な化学物質を空から撒いてるの』
『またその話?都市伝説でしょ?』
シノは、苦笑しながら返信する。アキノが重度の陰謀論者であることは知っていた。
『本当のことよ』
返信は、有無を言わせぬ断定だった。
『今日は特に多いから、これからしばらく無くならないわよ。たぶん、何か大きな“イベント”の準備なんだと思う』
『イベントって……?』
『わからない。でも、いつもと違うパターンなのは確か。空を見てればわかる。空気が重くなってる。世界の“周波数”が、無理やり変えられようとしてる感じ』
周波数。アキノがよく口にする言葉だ。シノにはその意味がよくわからなかったが、彼女の文章から伝わる切迫感だけは、妙に生々しい。
『そう。私たちを無気力にさせて、支配しやすくするための。でも、気づいてる人は気づいてる。真実は、いつも隠されてるから。シノも、空気に意識を向けてみて。きっと、わかるはずだから』
そのメッセージを読んだ後、シノは、もう一度窓の外に目をやった。
気のせいだろうか。先ほどよりも、空の白い線はさらに数を増し、空全体が、まるで薄い膜に覆われたかのように、どんよりと白みがかって見えた。そして、言われてみれば、部屋の空気も、心なしか重く、よどんでいるような気がする。
ただの心理的な影響だ、とシノは頭を振る。だが、胸の内に生まれた小さなさざ波のような不安は、いつまでも消えることがなかった。
*
アキノの予言は、呪いのように現実となった。
あの日を境に、地球の空から“飛行機雲”が消えることはなくなった。それはもう、気象現象や航空機の航跡といった次元の話ではない。空は、常に白い線で編まれた巨大な網に覆われ、太陽の光さえも、どこか不自然に濾過されて地上に届くようになった。
そして、世界がその異様な光景に慣れるよりも早く、次なる悪夢が訪れる。
毎日、決まった時刻になると、その白い雲は鉛色に変じ、地上に雨を降らせ始めたのだ。それは、ただの雨ではなかった。酸性雨など比較にならぬほどの強い毒性を持ち、植物を枯らし、建物を腐食させ、触れた者の肌に炎症を引き起こす、未知の液体だった。
この「呪いの雨」が数時間にわたって降り注ぐ時間帯、人々は屋内に閉じこもり、
息を潜めるしかない。都市機能は完全に麻痺し、世界は1日のうちの数時間を、沈黙と恐怖の中で過ごすことを強いられた。
この雲が飛行機の運航によって生じること――すなわち飛行機雲が化学的に変異して発生することが次第に明らかになると、事態を重く見た世界の主要航空会社は、
前代未聞の共同声明を発表する。原因不明の超常現象が解決され、空の安全が完全に確認されるまで、すべての旅客便および貨物便の運航を無期限で見合わせる、と。
……その決定が、世界に巨大な混乱の渦を巻き起こした。
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